9 大猿
「心配するな、今言ったのは最悪のパターンだ。俺がなんとかしてやる。無事に帰れたら出世払いでいいから何か奢れよ」
俺はなんとか交信君を安心させるような言葉を並べて頭をガシガシ撫でると木から飛び降りた。
音もたてずに着地すると、するりと木の陰に隠れてアイテムボックスから弓を取り出す。
(まずは一匹だ)
俺は正面にいるビッグモンキーに向かって弓を構えた。
ビッグモンキーは落ち着きがなく、一定の区間をせわしなく動き回っている。
矢の先から出る赤いラインが細かく動くビッグモンキーを追いかける。
(ここだ!)
なんとかタイミングを合わせて矢を射る。
矢はビッグモンキーの進行方向の少し先を目指して飛んでいき、まるでそこを通ると分かっていたかのように矢が頭部を捉えた。
かなりせわしなく動きまわっていたが、射るタイミングを計るのに川で魚を獲っていたのが役に立った。
頭部を貫かれたビッグモンキーは電池の切れたおもちゃのようにそのまま倒れて動かなくなる。
(こいつは頭部を狙っても大丈夫なんだな)
頑丈な頭部の持ち主とばかりやりあってきたので少しホッとする。
素早くビッグモンキーの死体に近寄り、アイテムボックスに回収し終えると【気配察知】で他の個体の様子を探る。
これで少しは隠蔽できたかと思ったが、次の瞬間状況が一気に変わった。
発動した【気配察知】が俺に異常を警告する。
(一斉に全部こっちに向かって来る!?)
残りの五匹の気配がこちらを目指して一直線に移動してきているのを感じたのだ。
(何か同族同士での独自の交信手段でも持ってるのか……?)
はじめから妙な連携をしていたし考えられることだ。
ビッグモンキーは迷うことなくこちらへ向かってきている。
森の中なので木々が障害になるはずなのに俺がいる方へ一直線に向かって来ているのがわかる。
「スピードが速いな……」
比較的近くにいた二匹と後方にいた三匹で接敵するまでにある程度タイムラグは生じそうだが、あまり悠長に構えてもいられない。今から木の上で隠れてやりすごすのは難しい。
……このまま迎え撃つしかないだろう。
あと数秒もしないうちに目視可能になるはずだ。
俺は迫りくるはじめの二匹の内の一匹が来るであろう方へ向けて弓を構える。
「ギャギャギャギャッ!」
ビッグモンキーの鳴き声が近づいてくると同時にその姿も視界に入る。
手足を犬などの四足歩行の獣が駆けるような動作で動かし、一気に距離を詰めてくる。
「フッ」
俺は迷わず矢を射った。
この距離なら正面からでも【気配遮断】の影響で命中するだろうと思っていたが矢はすんでのところでビッグモンキーに気づかれ反応されてしまう。
完全にかわされることはなかったが頭を狙った矢は相手が屈んでいたために横っ腹に命中したようだ。
俺の手から離れた時点で【気配遮断】の効果外となったのか、ビッグモンキーの反応速度が速かったのかは分からないが次の行動に移るべきだろう。
俺は弓をアイテムボックスにしまうと負傷したビッグモンキーへと向かう。
そして駆けながらナイフと片手剣を抜く。剣の届く範囲に到達したら【剣術】を使いながら片手剣を突き出した。
だが、ビッグモンキーはそれに反応して片腕で剣を払ってきた。
剣を受けたので腕を傷つけることには成功したが致命傷には至らない。
俺はそこで止まらず一気に詰め寄る。
ビッグモンキーは腕を斬られ、矢が刺さっていても意外に動きが鈍らない。
俺は傷ついた腕を押さえるビッグモンキーに【剣術】から切り替えた【短刀術】で連撃を繰り出す。
流れるようなナイフの動きは確実に急所を捉えてビッグモンキーを仕留めた。
しかし、俺の背後には同時に来たもう一匹が迫っていた。
さらに後方にいた三匹も視認できる距離まで近づいてきている。
(クソッ時間がかかりすぎた!)
一匹倒すのに思った以上に時間がかかってしまった。
このままでは後方の三匹が合流してしまう。
「ギャギャッ!」
背後に迫ったビッグモンキーが飛び掛って来る。
俺は振り下ろされた腕を力任せにナイフで弾くと、がら空きになった胸に片手剣を突き刺す。
剣は深々と刺さり、一瞬抜くことができなかった。
その間に胸を貫かれて絶命したビッグモンキーが俺にそのままのしかかってくる。
「クッ」
俺は仕方なく剣ごとビッグモンキーの死体を払いのけた。
――なんとか合流前に二匹を倒す。
しかし息つく暇を与えず三匹のビッグモンキーがこちらへ接近する。
ビッグモンキーは縦一列に並んでこちらへ突進してきた。
先頭以外は完全に死角になって見えない。
「クソッ!」
俺は死体を払いのけた不自然な姿勢のままビッグモンキーへ【縮地】で距離を詰め、ナイフを振るう。不自然な姿勢から【短刀術】の流麗な動きでビッグモンキーの喉笛を切り裂いた。
――残り二匹だ。
パックリ切り裂かれたビッグモンキーの喉から鮮血が噴出し、俺に降りかかる。
俺はそれを気にせず目を見開いて仕留めたビッグモンキーの背後を凝視する。
(どっちだ!?)
目を世話しなく上下左右に動かし二匹目以降のビッグモンキーがどこから来るのかを必死で探す。俺が眼球をぐるりと一周させるころに喉を切り裂いたビッグモンキーの両サイドから二匹同時に飛び出してくるのが見えた。
後ろに跳べば良かったと気づくころには鋭い挟撃が問答無用で迫る。
俺は片方のビッグモンキーの攻撃を【剣戟】で弾き、もう片方の攻撃にあわせてドスを抜いて【居合い術】を発動させる。
弾いた個体を少し後方に押し返し、【居合い術】を当てた個体は振り下ろした腕を斬り飛ばすことに成功する。だが二匹ともそれで怯まずそのまま再度飛び掛って来た。
「ギャギャギャッッ!!」
至近距離にいる腕を斬り飛ばした方のビッグモンキーが奇声と共に大きく口を開けてかみついてこようとする。
「オラァッ!」
俺はナイフもドスも振りぬいたままなので次撃を入れることができず、無理やりビッグモンキーを蹴り上げた。蹴りは顎に深く突き刺さり、大きく開いた口を強引に閉じさせる。
――その時、【剣戟】で弾いたビッグモンキーが背後から襲い掛かってきた。
(間に合わん!)
振り向いた俺の目とビッグモンキーの血走った目が重なる。
「ギャギャギャギャッ!」
無防備な背中にビッグモンキーの爪が突き刺さる。
突き刺さった爪は力任せに上から下へ振り下ろされた。
「グアッ!」
たまらず声が漏れる。
一瞬、背中の痛みに注意が向いてしまう。
「ギャギャッ!!」
数秒前に蹴り上げたビッグモンキーがその一瞬の隙を見逃さずに俺の足にかみついた。
「離れろッ!」
俺はかみついてきた個体を振り払おうと脚を振り回す。
が、そこに俺の背を攻撃したビッグモンキーが襲い掛かってくる。
暴れまわっている俺にさらに爪をたてようとしてきた。
俺は気が動転してナイフをがむしゃらに振り回し、それを遠ざけようとする。
(くそっもう無茶苦茶だ!)
ナイフを嫌がったビッグモンキーの引っ掻きは狙いがそれて肩をかすめる。
俺はその衝撃でナイフを落としてしまう。
地面に転がるナイフに目もくれずにかまれた脚を振り回す。
暴れまわりながら脚を振り回したのがうまくいき、かみついていたビッグモッキーをなんとか引き剥がせた。しかし、転がり落ちたナイフはビッグモンキーの後方に行ってしまった。あれを取りにいくのは絶望的だ。
かみつかれた脚の傷は深く、走ることはできそうにない。
肩の傷もそこそこ深く、腕の稼動範囲が落ちている気がする。
背中の傷は見えないが痛い。すごい痛い。
「ハァハァ……」
追い詰められ、息が上がってくる。
そんな満身創痍の俺を見ながら動きが衰えないビッグモンキーは飛びかかろうと身を屈める。
「「ギャギャッ!」」
ビッグモンキーは息を合わせ、また挟み込むようにして二匹同時に飛び掛ってきた。
「うおおおおお!」
二匹は狙えない。片方一匹しか攻撃はできない。
なら少しでも確実に攻撃が当たる方、腕を落としたビッグモンキーへ攻撃すべきだ。
俺は声を張り上げながらもそんなことを考えていた。
痛みを堪えてドスを構える。
俺はふらつく体で腕を落とした方のビッグモンキーへと体を向ける。
当然もう片方のビッグモンキーへは背中を向ける形となる。
そこから【縮地】を使って詰め寄り【短刀術】でドスを振るう。
ドスは吸い込まれるようにビッグモンキーの胸部を裂いた。
「グッ」
だが足の踏ん張りが利かず、前のめりに倒れてしまう。
急いで顔だけ振り向くと、そこにはもう一匹のビッグモンキーが覆いかぶさらんばかりに飛び掛ってくるところだった。
俺は慌てて転がって避けようとするが、その瞬間、傷をうけた肩に痛みが走る。 そのせいで思うように動けなかった。
ビッグモンキーは俺が身動きが取れないことに遠慮することなく容赦なく飛び掛ってきた。
俺は横になった姿勢のままドスを構えて迎え撃とうとする。
しかし、構えはしたが今の姿勢ではまともに振るうことができない。
軽い諦めの感情が俺の頭を締め付けてくる。
(だめか……)
そんな思いが頭をよぎる。
だがそのとき、爪と牙が接触する寸前にビッグモンキーの顔が俺の目の前で唐突に歪んだ。
ビッグモンキーの顔に何かがめり込み、吹き飛ばされたのだ。
……その何かは盾だった。
俺が驚いて盾を持っている人物へ顔を向けるとそこには……。
「ナイスゴマダレ!」
ゴマダレがいた。




