8 迷子捜索
「おい、どうした? おしっこか?」
子供が走る=おしっこ、間違いない。
「ち、違うよ! あいつが一人で森に入っちゃったんだよ!」
違った。
しかも内容がちょっと危険な香りがするものだった。
「あー、あの交信君か?」
「そうなんだ! だからギルドに言って探してもらうことになって……。今、あいつの母ちゃんがお金持ってこっちに来てるところなんだ!」
前から目を離すと一人でどこかへ行くとは聞いていたが、とうとうモンスターのいる森にまで行ってしまうとは、なんて行動力のある奴なんだ。
ちょっと関心してしまうがモンスターのいる森はまずい。
早く連れ戻した方がいいだろう。
「入ってからどれくらい経つんだ?」
「えっと、俺が見かけてそれから慌ててあいつの母ちゃんところに行ったから一時間くらい経ってるかも」
かなり時間が経ってる……。
本格的にまずい気がする。
「どの辺から入って行ったのか分かるのか?」
同じ経路を辿れば早く追いつけるかもしれないと思い、聞いてみる。
「森に入っていくところを見たから分かるよ。あんな所をウロウロしてるなんておかしいと思ったんだ」
「じゃあ、その場所を教えてくれ。ギルドへの依頼はあいつの母ちゃんがするだろうし、お前らはここにいてもしょうがないだろ? 俺が一足先に探しに行ってやるよ」
あんまり悠長に構えていると交信君がまずい。
子供の体格や体力ではモンスターには対応できないだろう。
ケガとかしたら目も当てられない。
「にーちゃん行ってくれるの!?」
にーちゃん呼ばわりに感動する。俺、若くなったんだなぁ。
「まあなぁ。ここで放っておくのも寝覚めが悪いし、子供の足ならそんな遠くにも行ってないだろうしな」
顔見知りの子供を放って置くほど俺も捻くれてない。
追いかけて連れ戻すだけなら俺一人でも問題ないはずだ。
交信君のお母さんにお金を使わせるのも勿体無いし、さっさと見つけてあげよう。
「ありがとうにーちゃん。こっちだよ!」
「おう!」
子供たちの案内で交信君が森へ入って行った場所へ案内してもらう。
そのルートは子供の隠し通路や秘密基地的な道のりで童心を思い出す。
「着いたよ! この先から入って行ったんだ」
「分かった。俺はここからあいつを探すからお前らはギルドに帰ってあいつの母ちゃんと合流してろ。絶対俺を追いかけて来るなよ!」
「分かったよ。にーちゃんも気をつけてね!」
「おう!」
俺は短く返事をすると森へ舞い戻ることとなった。
「ん〜近くに人の気配は感じないなぁ……」
森に入るも入り口近辺にはそれらしい気配を感じない。奥へ進んで行ったのだろうか。夏のせいか昼を過ぎた今も日は高いが辺りには夕方独特の匂いが漂いはじめていた。
(どの方角へ進んだのかね)
交信君と進行方向を逆に進んでしまうといつまでたっても【気配察知】にひっかからない可能性がある。そう考え、まずはどちらに進んだか調べてみる。
「足跡とかあるかね……」
俺は屈みこんでじっくりと地面を観察する。
「これかな?」
しばらくして地面に小さな窪みを見つけた。
動物のものより大きく、人間の大人より小さい。
森の土は柔らかい上に枯れ葉や枝の破片などが積もっていて、それが踏み固められ、しっかりと痕跡が残っていたのだ。
細い枝や葉を払った形跡もあるので大体の進行方向もつかめた。
多分この先に交信君はいるのだろう。
「まずいな……」
だがその進行方向がまずかった。
交信君の向かった先は中級モンスターと上級モンスターが出現する境界辺りだ。
ただ、上級モンスターの森といっても出ることが確認されているだけで、ほぼ遭遇することはない。
ダンジョンではボロボロ出てくるが地上では中級までが多く見られ、上級以上は希少な存在だ。だが、万が一もある。
「急ぐか」
俺は【気配察知】と【疾駆】を使って交信君の後を追った。
…………
森の中を駆けながら辺りを見回す。
「かなり、奥まで来たぞ? 子供の足でこんなに来れるもんなのか?」
痕跡は途切れることがなかったので進路を間違えたとも思えない。
だが相当森の奥深くまで来てしまった。
短時間でこんなに進めるものなのだろうか。
さすがにこれ以上【疾駆】で進むと気づかない内に追い越してしまいそうなので、ここからは慎重に歩きながら気配を探る。
しばらくすると人間の気配を近くで感じ取った。
どうやら立ち止まっているようで動いてはいない。
俺はそれが交信君であることを祈りつつ、気配のする方へゆっくりと近づいた。
(お、いたいた)
どうやら探し当てた気配は交信君で間違いないようだった。
何かブツブツ言いながら地面を見ている姿が視界に入る。
交信君は手に薪割り用のオノを持ち、息絶えて動かなくなったスライムをじっと見ているようだった。俺は【聞き耳】を使いつつ、交信君に近づいていく。
近づくにつれ交信君の独り言がはっきり聞こえてくる。
「……大体、二発で倒せたな。経験値はどの位なんだろうか。もう少し検証が必要だな」
などと言いながら斧でスライムをつつく。
「もっと効率的にレベル上げとかできないかなぁ。ああハーレム欲しい……」
ため息なんか吐きつつ、遠くを見て黄昏る交信君。
(はい、勇者決定!)
つい心の中で叫んでしまう。間違いないよね?
どうやら呟きを聞くと、チーレム勇者を目指してレベル上げの最中だったようだ。
俺はそれを中断させるために背後から近寄ると声をかけた。
「おい! 帰るぞ。お前のレベルがいくつか知らんがここはまずい。レベル上げしたけりゃ今度手伝ってやるから今は一旦帰るぞ」
俺に背後から声を掛けられた交信君は盛大にビクッと身を震わせてこちらへ振り向く。
「え、どうして?」
慌てて振り向いた交信君は俺の登場に驚きが隠せないようだった。
「お前の友達が森に入るのを見たんだよ。お前は知らないかもしれないが、ここは中級以上のモンスターが頻繁に出る危険な区域だ。もうすぐ日も暮れてくる。本当に危ないから出るぞ」
「でも、みんなにバレたのならもうここに来れないかもしれないし、もう少しだけ……」
俺の説得にも交信君はレベル上げに未練がある様子。
ここはもう少しきつめに言っておいた方がいいだろう。
「転生してすぐに死にたくないだろ? 本当に死にかねんぞ」
「え、なんで?」
俺の言葉に交信君がなぜ転生のことを知っているんだ的な表情を浮かべて固まる。
「今は話は後だ。ここは本当にまずいんだ。分かってくれ」
「う、うん」
交信君は納得してくれたのか帰ることに同意してくれた。ここで逃げられたり暴れられたりしたら、気絶させて持って帰らなければならないところだった。
話を終えて準備を整え終わると交信君と来た道を戻り始めることにする。
(まずいな……)
移動をはじめて程なくすると【気配察知】にモンスターの気配が引っかかってきた。
それは二匹と少なく、距離が離れているからまだ問題ないが、今通ってきたルート上にいる。俺か交信君の痕跡を追ってここまで来たのだろう。
少し面倒だが迂回する必要がありそうだ。
「おい、今通ってきた道にモンスターがいる。だから少し回り道しながら行くぞ」
「分かった」
「かなり奥まで来ているが体力は大丈夫か? 途中で走ったりするかもしれんぞ」
「大丈夫だと思う。ねえ、そいつを倒したら一直線に進めるんじゃないの?」
「二匹いるんだ。一匹ならそうしたがお前がいる状態で二匹を相手にするのは辛い」
「う、うん」
交信君は素直に頷いて俺の後を着いて来てくれている。
モンスターの移動速度はさほど速くないようなので、このまま迂回していけば接触することはないだろう。俺はモンスターの気配を注意深く意識しながら進む。
(やばいな……失敗した)
しかし、迂回した先にもモンスターの気配があった。
今度も二匹だ。
そして一定距離を保っていた最初の二匹が背後から近づいてきている。
しかも少し前より明らかに移動速度が上がっていた。
はじめから挟み撃ちにするためにおびき寄せられていたってことなんだろう。
完全な失敗だ。
「すまん、罠だった。はじめの二匹に誘導された。この先に二匹が待ち伏せていて挟み撃ちにしようとしてきている」
交信君に現状を伝える。
「えええ! どうするの!?」
うろたえて軽いパニックになる交信君。
そんな姿を見ていると逆にこっちは冷静になってくる。どうしたものか。
【疾駆】を使っていなければ交信君を担いで離脱できたかもしれないがこの状態で担いで逃げるのは難しい。
とりあえず今からでも【気配遮断】と【忍び足】を使ってやり過ごせるか試すしかないだろう。
あれだけ危ないと連呼しておきながらスキルを使うことを忘れてしまうなんて相当焦っていた証拠だ。
「スキルを使って隠れてやりすごす。俺におぶされ」
「大丈夫なの?」
「多分な」
俺は更新君を背負うと【跳躍】と【張り付く】を併用して木々の間を三角跳びの要領で上り、木の上から様子を窺うことにした。
しばらくすると眼下にビッグモンキーと思わしきモンスターが四匹集まってきていた。
はじめて見るがかなり大きい、まるで毛むくじゃらの人間のようだ。
ただ、歩くときは四速歩行の動物のように動くので人には見えない。
俺たちを誘導したことからも知能が高いのかもしれない。
ビッグモンキーは地面や木々に鼻を近づけて匂いを嗅いだりしながら辺りに俺たちがいないかを調べているようだった。
だが、【気配遮断】と【忍び足】はちゃんと機能しているようで俺たちがいる木の上を見てくることはない。
そんな様子を見て緊張してしまったのか背負っている交信君が俺の服を強く握り締めてくる。
しばらくするとビッグモンキーたちは俺たちを探すのを諦めたのか、散り散りになって森の中へ消えていった。
「もう行っちゃったし、降りてもいいんじゃない?」
我慢できなくなったのか交信君がそんなことを言ってくる。
実際視認できる範囲に姿は見えないので交信君がそう思うのも無理はない。
だが…………。
「それがなぁ……」
事態はさらに最悪な方向へ進んでいた。
【気配察知】で辿ると散り散りになったビッグモンキーがさらに仲間を呼び、合計六匹になっていた。
さらにビッグモンキーは俺たちのいる木を中心に円を描くようにしてゆっくり周回している。
完全包囲状態だ。かなりしつこい。
なんとか包囲を抜けたいところだが包囲を抜け切れなかった場合、一匹を相手にしている間に他が駆けつけるとみて間違いないだろう。
ここまでの状態になってしまうとクールタイムが終わって【疾駆】が使えるようになっても振り切れるかわからない。……微妙なところだ。
(悩ましいなぁ)
自然と眉間に皺が寄る。
「ねぇ、どうしたの? 行かないの?」
交信君はじれったくなって俺を揺すりながら聞いてくる。
「ギリギリ見えない距離にまだ居座って、こっちの様子を窺ってるんだよね〜」
「そんな……」
現状の説明に絶句する交信君。
俺が囮になる手も考えられるが、ここから森の出口まではかなり距離がある。
交信君を一人にして行かせるのは危険だろう。
ここでギルドからの捜索が来るのを待つのもありかもしれないがこの森の広さだと相当な数の冒険者を動員しないと俺たちを見付けるのは難しいかもしれない。
さらに、夜になったら二次被害を防ぐために捜索は一旦打ち切られる可能性が高い。
(結局行くしかないパターンだな……、これ……)
これ以上悩んでも結論は変わらない気がしてくる。
「ちょっと動くなよ〜」
俺はそう言いながら交信君をロープで木にグルグル巻きにした。
「な、何するんだよ!」
「ちょっと下の猿を倒してくる。その間ここで大人しくしてろ。もし俺が倒れたら無視して捜索が来るのを待て。多分捜索が来るのは明日になるだろうから覚悟しておけよ」
矢次早に交信君に指示しておく。
「だ、大丈夫なんだよね? 倒せるよね?」
「戦ったことないから正直わからん。でもやばい気がする」
中級モンスター六匹とソロで戦闘。未体験ゾーンだ。
「じゃあ、ここで待とうよ! 明日になったら救助が来るんだろ?」
「森は広い。ここには来ないかもしれない。側を通っても見つけられないかもしれない」
「そ、そんな……」
「心配するな、今言ったのは最悪のパターンだ。俺がなんとかしてやる。無事に帰れたら出世払いでいいから何か奢れよ」
俺はなんとか交信君を安心させるような言葉を並べて頭をガシガシ撫でると木から飛び降りた。




