6 手加減抜き
「よーし、たっぷり遊びまくったし、そろそろ仕事するか」
起床して俺は体を盛大に伸ばしながらそんなことを言う。
このセリフ、生前に言ってみたかった。
冗談はさておき、今日からしばらくは依頼をこなして金を稼ぐ予定だ。
戦闘から離れすぎると勘が鈍るだろうし、少し本腰を入れてモンスター討伐もしておくべきだ。
ギルドで情報チェックをちゃんとしていないので、今日はその辺りを調べに行ってみることにする。
ギルドに到着し、常時討伐依頼とボードに貼られた依頼をチェックしていく。
常時討伐依頼の方は初期ランクはスライムとホーンラビットの討伐のようだった。
俺のランクで討伐可能なモンスターはそれに加えてコボルト、フラワーマン、ビッグボア、ビッグモンキーが追加される。
新顔のモンスターもいるが知っている固体もいるのでちょっと安心する。
こうやって経験が活きるのもメイッキューで色々なモンスターを討伐できたからだ。
メイッキューの受付のお姉さんに感謝せねば。
通常依頼の方はやたらと漁船の護衛が目立った。
これが聞いていた海賊絡みの依頼ということなんだろう。
海賊絡みは他にもアジトの捜索や討伐依頼も見られる。
もし海賊絡みの依頼を受けるのであれば、アジトの捜索や討伐依頼は海賊そのものが見つかるまで報酬が発生しないのでパスすべきだろう。選ぶなら海賊との接触の有無に関わらず報酬が発生する漁船の護衛だが……。
(漁船、船上かぁ……)
依頼内容からして、ずっと船上での作業になるはず。
「……酔いそうだな」
船酔いもそうだが、足場の悪さや狭さ、さらには周りが海というのは行動に制限がつき、戦闘するには難易度が高そうだ。そう考えると躊躇してしまう。
だがこの依頼の場合は海賊に襲われなくても報酬が発生する。
襲われる確立が低いのであれば美味しい依頼になるだろう。
常時討伐依頼か漁船の護衛、どちらにするか悩ましい。
「あらあら、お仕事ですか?」
腕組みして依頼を吟味していると聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り向くと道案内した女性が立っていた。
「珍しいところで会うね。そっちもお仕事かな?」
旅慣れている感じはしたが、冒険者には見えなかったので聞いてみる。
「いえ、人と待ち合わせていたのですが、待ちぼうけをくらってしまいまして……。諦めて帰るところだったんですよ。それじゃあ私はこれで」
軽く会釈すると女性は去っていった。
「ご馳走してくれるんじゃなかったのかよ」
やっぱり奢ってくれないようだ。俺は女の背中を恨めしそうに見送った。
女性を見送り、意識を依頼に戻す。
少し迷ったが今日は無難に常時討伐依頼をこなすことにする。
とりあえず討伐経験のある、ホーンラビット、コボルト、フラワーマンの生息区域を受付で聞き、早速討伐に向かう。
準備は整っているので、そのまま街を出て森を目指した。
モンスターは大まかにランク分けされていて初級モンスター、中級モンスター、上級モンスターと分類されて呼ばれている。ダンジョンとほぼ同じだ。
冒険者の死亡を減らすため、それぞれ討伐可能なギルドランクに到達していないとそのモンスターを狩ることは禁じられている。
狩ることに成功しても報酬が貰えなかったりとペナルティーも発生するようだ。
ウーミンの街は周辺の森を大きく三等分する形でそれぞれモンスターの生息区域が変わるようで、今回は初級と中級の境界辺りで狩りをすることにする。
俺にとって森での活動はお手の物なのでスイスイ目的地に辿り着いた。
早速【気配察知】を使い、モンスターの気配を探す。
【気配察知】を使用するには一瞬眉間に力を込めて、しばらく集中しなければならない。
そうするとまるでソナーのように自分を中心に波が発生し、それに反応する形でモンスターや人間の気配を探知することができる。
そのため常時使いっぱなしとか、他に集中しなければならないことをしている場合には使うことができない。ただ、連続で使用しても疲労はほぼ感じないので重宝しているスキルだ。
しばらくするとモンスターの気配をあっさり発見した。この気配はホーンラビットだろう。最近は討伐したことがあるモンスターならある程度気配の判別がつくようになってきた。
ホーンラビットは一箇所にとどまらず、ゆっくり進行しているようなので丁度背後に回るように調節しながら接近していく。
目視できる範囲に近づいたらナイフを抜いて構え、いつでも攻撃できるようにする。
そして【気配遮断】と【忍び足】を活かして一気に接近し【短刀術】で斬りつけた。
ホーンラビットがこちらに気がつく前に難なく一撃で仕留めることに成功する。
「いっちょ上がり〜」
そんなことを言いながら仕留めたホーンラビットを持ち上げる。
「そういえば、ホーンラビットって肉を売ったほうが儲かるって聞いたな」
スーラムの兄貴情報ではギルドで換金するより儲かるって言ってた気がする。
(それなら無理に強いモンスターを狩らずに兎狩りすりゃ良さそうな気もするな)
ウサギをアイテムボックスにしまいながらそんなことを思い、はたと気づく。
「あ〜、こういう感覚なのかもな」
以前、受付担当さんと話したことを思い出す。
冒険者でもそんなに上昇志向がなく、レベルや職業にこだわらない人が一定数いると言っていたが多分こんな感じなのだろう。
例えるなら普通車免許があれば大型やら重機の免許までわざわざ取る必要を感じないといったところだろう。必要に迫られなければいらない物だ。
安定して食っていけるなら職業やレベルにこだわる必要はない。
逆に俺はゲーム感覚が抜けないので、ついついやり込んでしまうといったところか。
でも、ホーンラビットを狩るのは良いアイデアだと思うので今回はそれで行ってみることにする。
「うし、今日はホーンラビット祭りだな」
俺は再度動く準備を整え、次の獲物を探し始めた。
数分後、ホーンラビットの気配を捉える。
だが、同時に問題も発生した。
「俺以外にも狙ってる奴が近くにいるな……」
【気配察知】にはホーンラビットへ近づく気配が同時に引っかかった。
ここからではよく分からないが、多分人の気配だ。
同じ獲物を狙っている奴がいるとみて間違いない。
ただ、その気配は一つだけなので、どうやら向こうも単独で行動しているようだ。パーティーを組んでいるのなら数の暴力に負けてえらいことになりそうだが、一人なら早い者勝ちで獲ってしまえば文句は言えないだろう。
そう判断すると俺は弓を取り出してホーンラビットを追う。
こういうときに弓が使えると本当に役に立つ。
まだホーンラビットまで多少距離があるが【弓術】スキルに身を任せれば命中させる自信はある。俺は立ち止まると弓を構えてホーンラビットに狙いを定める。
矢を番えて弦を引き絞り【弓術】を使用するとスキルの感覚に身を任せて弓を射った。
凄まじい勢いで飛んでいった矢は見事に命中し、ホーンラビットは抵抗する間もなく絶命した。
(競合相手が近づく前にかっさらって逃げよ)
俺は弓をしまって素早くホーンラビットの死体に駆け寄る。
「おいコラ! それは俺の獲物だ! 横取りすんじゃねぇ!」
が、相手もかなりの脚力を持っていたのか、予想以上の速度で接近し、こちらへ抗議してきた。
「いや、仕留めたのは俺だから俺の獲物だ」
ホーンラビットを拾って振り向くと、そこには見覚えのある顔と頭部があった。
「てめぇ! ケンタじゃねぇか!」
見覚えのある頭部が俺を睨みつけ口を開く。
「えっと……、ハ……ゲ? さんでしたっけ?」
「ハーゲンだ!!」
そこにはトゥルントゥルンの頭部が眩しく輝くハーゲンが立っていた。
「てめぇ……そいつを寄越せ!」
俺に威嚇しながらホーンラビットを指差す。
「ほらよっ」
俺はホーンラビットの死体をハーゲンに投げた。
「あ? どういうつもりだ」
寄越せというから寄越したのになぜかと聞かれてしまう。
「あ〜、やるよ。もうケンカとか御免だからな。まだ時間はあるし、それくらいならすぐ狩れるからアンタにやるよ」
もう股間を殴られるのは嫌だし、何よりここで争うのは時間の無駄だ。
ホーンラビット一匹で片がつくなら安いだろう考えて渡してしまうことにする。
「はん! 俺の方がすぐ狩れるからこれはお前に譲ってやるよ!」
が、ハーゲンは鼻息も荒く、ホーンラビットを投げ返してきた。
(どうしろと……。面倒だから張り合ってくるなよー)
ホーンラビットをナイキャッチした俺は困惑を極める。
「わかった。じゃあこれは俺がありがたく貰うよ。じゃあな」
困惑しながらも礼を言って別れを告げる。
「おい、待てコラ! 俺の方が狩れるんだからな! 本当だからな!」
ツバを飛ばしてまくし立てながらハーゲンは俺の後についてくる。
(面倒臭えぇぇぇぇぇぇ!)
この気持ち、多分顔に出ているだろう。
「ああ、あんたの方が凄い。俺は大して狩れない腕だし、あんたが側にいると獲物が減るんだ。だからもう着いてこないでくれ」
何ていうんだろう、こういうのってツンデレ系のお嬢様キャラが主人公に対抗意識を燃やしたりするシチュエーションでやることだと思うんだ。
俺も一度でいいから“べ、別にあなたのためじゃないんだからね!”とか赤面しながら言われて面倒みてもらいたい。俺だってキャッキャウフフとかしたい。
でも何故だか知らないがそんなツンデレお嬢様には一生会わない気がしてならない。
具体的にはタイトルが関係している気がする。
……おっと誰か来たようだ。
そんな現実逃避をしながら後ろから大股でついてくるハゲに一瞥をくれる。
心が荒らんだ俺は何でよりにもよってむさいおっさんの……、しかも無駄に良い筋肉したハゲに付きまとわれなきゃいけないんだと苛立ちを覚える。
……まあ、ハゲになった原因は俺にあるんだが。
「わかった。なら日没までにどちらが多く狩れるか勝負だ!」
後ろから着いてきていたハーゲンが急にわけの分からないことを言い出す。
(何が分かったのかさっぱり分からねえぇぇぇ!)
この気持ち、多分顔に出ているだろう。
「勝負するまでもないよ。あんたが大勝するだけだ。だから今、この時点であんたの勝ちだ」
何とかハーゲンを引き剥がそうと苦しいこと言う。これで聞き分ける……
「なんだボロ負けするのが怖いのか?」
はずもなかった。
ハーゲンは俺を挑発しながらニヤニヤと口元を緩ませる。
「そうだな、ボロ負け確定だし怖いよ。じゃあな」
俺は早歩きでなんとか引き離そうと試みる。
「おい待てコラ! 勝負だって言ってるだろうが!」
だがハーゲンは声を荒らげて追ってくる。
なんだろう。昔のRPGで正しい選択肢を選ばないとずっとループするのと同じ気分だ。
「……わかった、日没だな。集合場所はどこにする?」
観念した俺は心のコントローラーを操作して“はい”を選択する。
きっと俺の心のコントローラーは全体は赤でボタンは黒。金色のシールが格好良い優れモノ。
2Pコントローラーには、ほぼ使わないマイク搭載だ。
本体は、カセットの接触が悪いときに、ついフーッと息を吹きかけてしまいがちな見た目をしているに違ない。
「よし! 森の出口だ! そこで集合だからな!」
ハーゲンが“はじめっからそう言えよ。面倒臭い奴だな”って顔でニヤニヤしていた。
俺はどっちが面倒臭い奴なのか三日ぐらい話し合うべきか真剣に悩む。だがここは気持ちを切り替えるべきだろう。
「ああ、そこなら俺でもよく分かる。だがやるからには本気だ、手加減なしでいくぞ! 今更なかったことにしようとしても無駄だからな! 分かってるんだろうな!」
俺はハーゲンに大声で最終確認をとる。
やるからには本気だ。
勝負事で手加減するなんて、ありえない話だ。
「へっ、いい面できるじゃねぇか! 上等だ、やってやらぁ!」
ハーゲンは拳と拳を突きあわせてゴツリを音を出す。
「日没に森の出口だな! 逃げるんじゃねぇぞ!」
俺はそんなハーゲンを指差しながら挑発する。
「その言葉、そっくり返すぜ!」
そう言いながら口角を釣り上げるハーゲン。
お互い啖呵を切ると背を向け森の奥へ進み始めた。
散々挑発しあったのが開始の合図となった形だ。
その後、俺は適当にコボルトとフラワーマンを狩ってから森の出口を迂回してギルドへ帰った。
「やるわけないだろ……」
俺は手加減なしで宿に帰った。
…………
翌日もギルドへ向かう。
「今度は倒してないモンスターでも討伐してみるかな」
戦ったことのないモンスターを知っておくことの重要さは骨身に染みている。
不意の遭遇などを避けるためにも、早い目にこちらから戦いを挑んでおいたほうがいいだろう。
「はじめての相手なら臨時パーティを組んでおいた方がいいかもしれないな……」
臨時パーティなら報酬は等分で安くなるが安全性は上がる。はじめは無理しない方が大きなケガにもならないだろうし、うまくパーティが組めそうなら組んでしまおう。
そう決めた俺は早速臨時パーティ探しをはじめた。
…………
「俺はよっしー、よろしく!」
「俺はもっすん、よろしくぅ」
「俺はゴマダレ、よろしくッ」
「え……ケンタだ。よろしく」
俺の挨拶を最後に全員の自己紹介が終わる。
……臨時パーティは無事組むことができた。
できはしたが……、なんか妙に軽い連中だ。
よっしーことヨハンはこのパーティのまとめ役で槍を使う戦士。
もっすんことモスマは盾と片手剣で戦う戦士。
ゴマダレことウィリアムは盾と短槍を使う遊撃ポジションの戦士。
二人は名前をもじったあだ名なのに、なぜ一人だけゴマダレなのだろうか。
ちょっと気になる。
三人は俺と同じく、夏だからこの街に来たパーティなのだそうだ。
あだ名の由来について考えている俺に三人は親しげに話しかけてくれる。
「ケンタって固くね?」
「ああ、カッチカッチだな。釘が打てそうだぜ」
「何ソレ、冷凍バナナ的な?」
などと、よっしーからもっすん、ゴマダレと順に会話を回していく三人。
「冷凍とかノリ悪くね?」
肩をすくめるもっすん。
「俺らみたいにあだ名で呼び合おうぜ。な?」
よっしーはそう言いながら肩に腕をまわしてくる。
「え、まあいいけど」
あだ名で呼び合うことには特に問題ないと判断して同意する。
ただこの面子でつけるあだ名という部分には不安を感じる。
大丈夫だよね?
「「「ウェーーーイ!」」」
ハイタッチする三人。
「ウェィ?」
俺もそんな三人とハイタッチ。
ウェーイって生ではじめて聞いたけど、ちゃんとウェと発音しているというよりはワーイとかイェーイが濁って合わさった感じなんだな、と一人どうでもいいことに関心を寄せる。
ちょっと逃避気味になっているのだろうか。




