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5 今日のオカズ


 食事を終えて片付けを済ませると、さすがに泳ぎ疲れたので宿に帰ることにした。


 …………


「これはどうしたものか」


 宿に帰り、獲ってきたイカを見つめながら考える。



(刺身は冷凍とかしないと寄生虫がまずかった気がする)


 うろ覚えなのだがイカは生で食べると寄生虫がいるから気をつけろって何かで見た気がする。ちゃんとした知識ではないが、わざわざ危ない橋を渡る必要もないだろう。


「ちょっと干してみるか」


 俺は表面に軽く塩を塗ると部屋の窓から干してみることにした。


 翌朝には取り込んで焼いて食ってみる予定だ。いわゆる一夜干しってやつだ。


「うまくいくだろうか」


 多少不安は残るが失敗したら煮て食えばいい。


 俺は洗濯物のTシャツのようになって窓辺でそよぐイカに手を合わせると夕飯を食べに酒場へ向かった。


 …………


 ――翌日。


 午前中は荷物の整理などをしていたので何もできなかった。



 それでも腹は減るので昼食にする。


 早速昨日干したイカを焼いてみることにする。


 食べてみて丁度いい塩梅ならアイテムボックスにしまい、味が今一だったらもう少し干しておこうかと思う。



 このまま宿で焼いてもいいが折角だし海岸で焼いてみようと海に向かう。


 外がこんなに晴れ渡っているのなら外で食べた方が旨いはずだ。


 海を見ながらイカをつついてビール。いいと思います。



 そう、ビールを入手しました。ビールです。


 非常に重要なことなので二回言いました。かなり小さな樽に入っている状態で売っていて自分でコップに注いで飲む感じです。


 さすがに三百五十ミリのアルミ缶とかでは売っていなかったが非常に朗報です。しかもお手頃価格でした。


 元の世界ならビールのコーナーなど目もくれずに発泡酒とチューハイのコーナーをウロウロしていた俺がビールを樽買いできる世界。ここは天国なのだろうか。


 大量に買ったビールは宿の冷蔵庫で限界まで冷やし、アイテムボックスに入れてある。


 いつでもお茶感覚で飲める状態だ。


 そんなことを思いながらニヤニヤ歩いていると海が見えてきた。


 ここまで天気がいいと気持ちも晴れやかになる。宿に干している洗濯物もパリッパリに乾いてくれるだろう。


 …………


 砂浜に着くと風が当たりにくい場所を探してかまどを作って火をおこす。


 火が安定してきたら金網を置いて準備を整えた。



 早速干したイカを適当な大きさに切って金網の上に置いていく。


 干したせいか透明感がなくなり、白っぽくなったイカを火で炙ると皮の部分の赤みがどんどん濃くなっていき身も火から遠ざかろうとするように反り返っていく。


 軽く表面に焼け目がついたところで取り出して口に放り込んだ。



「あ、うまいわ」


 イカ独特の強い弾力のある歯応え、噛めば噛むほど口いっぱいに広がる旨味。


 たまらない。これならもう干す必要はなさそうだ。


 少し小さめに切ったのも幸いし、ついつい手が止まらず次々口に放り込んでしまう。


「おっと、ビールビール」


 ここで冷えたビールをこれでもかというほど喉に流し込む。


「んぐんぐっ……、ぱっぁああッ!」


 うまい。


 このまま夜までゴロゴロしながらじわじわ飲み食いしていたい。



「あー! ねぇねぇ何やってるの?」


 俺が焼きイカを楽しんでいると、この間俺の芸術作品を破壊した子供たちがつめかけてきた。今日は三人のようだ。



「ん〜、昼間っから酒飲んでるんだよ」


 真顔で正答を答える。


「いっけないんだ〜。お酒は夜しか飲んじゃいけないんだよ〜」


 子供たちが指差しながらはやし立てる。


「うちの父ちゃんなんか月に一回しか飲んだらいけないんだぜ」


 それは可哀想だな。



「それはな、家族持ちの人だけなんだ。俺みたいに一人身だと、いつ飲んでもいいんだよ」


 真顔で正答を答える。大正解だ。


「うっそだ〜」


 疑いの眼差しを向ける子供たち。



「うそじゃないって、俺以外もよくやってるぞ」


 俺も帰りの駅でチューハイ買ってその場で飲んでる人見たことあるもん。


 そんな会話をしていると、一人の子供がずずいと俺の方へ寄ってきた。



「それってイカじゃないの?」


 声をかけてきたのはこの間俺のお誘いを断った海とのお話が大好きな子供だ。


 どうも俺の一夜干しのイカに興味を示したご様子。


「お、なんだこれが分かるのか?」


 市場で売っているのは見かけなかったので、あまり知られていないのかと思ったがそうでもないようだ。


「それって悪魔の使いじゃん!」


 他の子供が金網の上を指差して声をあげる。


「あー! 今食ってるのも悪魔の使いだー!」


 他の子供たちも俺が何を食っているのか気づいたようだ。


 そういえば元の世界でもタコやイカを食う習慣のない国って結構あったな。



「なんだよ悪魔の使いって。超旨いのに」


 そんな名前で呼んでやるなよイカが可哀想だろ、と思ってしまう。


 イカさんが怒ってイアッイアッとか言い出すぞ。



「うっそだー。そんな気持ち悪い見た目で旨いわけないじゃん」


「ね〜」


 どうやら子供たちはイカが旨いというのに納得がいかないようだ。


 こんなに旨いのにそれが分からないなんて逆に可哀想になってくる。



「ふっ、見た目が悪いものほど味わい深いんだよ。この俺みたいにな!」


 俺は自分を親指で指差しドヤる。俺、間違いなく濃厚でクリーミー。


「「あはは、絶対うそだー」」


 どうやら説得力に欠けるようだ。



「じゃあ、食ってみろってうまいから」


 正直一人で食べきりたいがこの状況ではのんびり一人飯を楽しむのはもう無理だと判断してイカを勧めてみる。


「やだよ〜まずそう」


「絶対まずいって」


「うん、頂戴」


 他の子は心底嫌がるも海と交信少年だけ首肯する。意外にチャレンジャー。



 火で軽く炙ったイカを一口サイズにちぎって渡すと交信少年は何の躊躇もなく口に入れて咀嚼した。


「……それも頂戴」


 イカの感想も言わずに酒を指差す。



「いや、これはダメだ。子供の内は我慢しろ」


「うん」


 欲しいと言った割には聞き分けがよかった。


 だが、その表情は飲みたくて仕方がないといった感じだ。



 他の子供たちは交信少年に張り付いて本当に旨かったか、しつこく聞いているようだったが程なくして心を決めたのかこっちに近づいてきた。


「僕たちにも頂戴」


「おう、ほらよ」


 そういって小さくちぎったのを渡すと、さらにそれを小さくちぎって恐る恐る口に入れる。


 はじめは物凄く慎重に食べていたが、ある瞬間を過ぎるとぱぁっと表情を変えて無心に食いだした。


「「うめぇ!」」


 口の中のものがなくなると同時に二人そろって騒ぐ。



「俺が味わい深いダンディーな男ってことがわかっただろ?」


 そう、見た目じゃないんだ見た目じゃ。俺、マジでロイヤルミルクティー。


「「それは違う」」


 食い気味に否定された。


 …………


 イカを食べ終わった後は全員で浅瀬の魚や貝を採って遊んだ。


 こうやって子供たちと遊んでいると小学生のころの夏休みを思い出す。


 あのころは毎日が楽しくて異常に早起きだった気がする。


 死ぬ直前も早起きには違いなかったが、起きなければ当日中に仕事が終わらないという恐怖心からだった。


 歳を重ねると起きる理由も変わってくるもんだなと子供たちを見ているとしみじみそう思う。ちなみに今は好きな時間に起きて好きな時間に寝ている。


 フリーランスの素晴らしさよ。


 子供たちはこの辺りで遊びなれているらしく魚や貝、小さなカニなどがどこいるか知っていて俺一人では見つけられなかった量をあっというまに獲ってしまう。大漁だ。


「うーん……、多すぎるな」


「僕たちはこれ貰っていくね」


 子供たちが勝手に獲れた獲物を分配していく。



 俺が魚貝に詳しくないせいか、良い物は全部子供たちに持っていかれた気がする。表情を見るとしてやったりといった顔をしているので、多分そうなんだろう。まあ、それはそれでいいだろう。


 そんな子供たちを見ながら、そろそろ帰ろうかと考える。


 思わぬところで魚も手に入ってしまったし、どこかに立ち寄る必要もなくなった。


「おし、じゃあ俺は帰るわ。またな」


 そう言って軽く手を振る。


「「ばいばーい」」


 子供たちも元気一杯に手を振り返してくれる。



 俺は獲物が入った袋を担ぐと、子供たちと別れて宿に向かった。



 宿に帰る途中に武器屋に寄って手入れの終わったナイフと片手剣を受け取る。


 専門家にやってもらうとやはり出来栄えが断然違う。まるで新品のようだ。


 綺麗になった武器を見てホクホク顔で宿に戻った。


 …………


 宿に帰り、ここ数日のことを思い出す。



 来た初日こそ酷い目にあったが、それ以降は結構楽しめている。


 このまま遊び倒したいところだが、まだまだこの街にはいるつもりだし、一旦金を稼いでおくべきだろう。今日まで色々楽しめたし、また一息つきたいときに遊んで周ろうと思う。



「んじゃ、そろそろ夕飯にするか」


 少し物思いにふけってしまったが、もういい時間なので明日に備えて夕食にする。


 今日はさっき獲ってきた獲物があるのでそれを調理して食べようと決めていた。


「獲り立てのを締めておいたし、刺身にしてみるか?」


 正直生で食って大丈夫なのか味がうまいか分からないが、そろそろ刺身も食いたくてしょうがなかったので、チャレンジしてみることにする。


 新鮮だし大丈夫だろうという素人考えが発動。


 これは訓練されたプロの冒険者だから許される行いで良い子は絶対マネしてはいけない。ケンタとの約束だ。



 早速獲った魚をまな板の上に置き【短刀術】を発動させる。


 経験が感覚として全身を駆け抜け、それに合わせて体を動かすとまるで手馴れた職人技のように魚が捌かれていく。



 ゆっくりではないが速くもないスピードで、すうっと綺麗に身を切り出していく。


 一口サイズに切り分けると反対側が透けて見えるほどの薄さで切ることができた。それらを皿へと移していく。


 折角綺麗に切れても、花のように盛り付けられる実力はないのでクシャクシャになったビニール袋が皿の上に置かれているような惨状だ。


(食えればいいんだ、食えれば)


 自分にそう言い聞かせて次の作業に移る。



「次はカニだ」


 まずは片手鍋を火にかけて油を入れる。


 十分加熱したらそこにカニを投入する。


 カニはとても小さい。大体USBメモリ位の大きさだ。いわゆるイソガニってやつだろう。



 熱した油に放り込まれたカニは黒ずんだ色が段々色鮮やかな朱色に変わっていく。


 色が変わった後もしばらく揚げて適当なタイミングで取り出す。


 取り出したカニは皿に盛って軽く塩を振って完成だ。


「うし、両方うまくいったし、片付けたら食うか」


 早く食べたい気持ちを抑えて先に調理器具を片付ける


 その後、調理したものが載っている皿を持ってテーブルに移動し、実食に移る。



「まずは刺身からいってみるか」


 食ってみてダメだったら味噌汁にしようと思いつつ、箸でつまんだ刺身を小皿に入れた醤油にちょんとつけて口に運ぶ。


 口に入れて咀嚼するとコリコリと適度な弾力がありつつ、かみ締めると刺身独特の甘みがあふれ出してくる。新鮮なせいか臭みは全くない。これは……。


「うまいな!」


 うまかった。成功だ。


 わさびがないのが悔やまれる。


「次いくか」


 次は揚げたカニを箸で摘む。


「っと」


 油で揚げたので表面がちょっとツルツルしていて掴みにくい。


 それでも箸でしっかり挟み込んで口へ運ぶ。口の側までくると油の香りと揚げられたカニの香ばしい匂いが鼻を突く。


 たまらず口へ放り込む。


 ポリポリ。


 まるでおかきやアラレでも食べているような音がする。



 香ばしく揚がった甲羅は歯応えが小気味良く、かみ締める度に旨味を感じる。


 甲羅をかみ砕くと中から身が出てくるわけだが、小さいカニなので身の味がするというよりは内臓の味、つまりカニミソの味がすると言った方がいいかもしれない。


 パリパリとした甲羅の食感の後には濃厚なカニミソの味がする。



 ……もう少し、もう少しだけこの甲羅とカニミソの味を楽しみたいと思っていると、口の中は空っぽになってしまう。カニが小さいので味わいつくす前になくなってしまうのだ。


 そのため、つい次のカニを摘んで口に放りこんでしまう。


 ……止まらない。


 ここでアイテムボックスから炊きたてのご飯を取り出す。


 ふっくら炊けたご飯を片手に持ち、カニを口に放り込む。ある程度咀嚼したタイミングでご飯を合流させる。カニの旨味に炊きたてのご飯の甘みが加わりご飯がすすむ。


 カニを食べきったので刺身にバトンタッチして、ご飯と刺身でさらに米を貪り喰う。


 夢中でカニと刺身と米を完食した後である重大なことに気づく。



「酒飲めばよかった!」


 痛恨の失敗である。



 この揚げたカニと冷たいビールのセットは絶対にあう。


 次があれば是非試したい組み合わせだ。


 食べ終わる頃には夜も更けてきたので、そのまま就寝することにする。


 俺は刺身とカニの余韻を楽しみながらベッドに潜り込んだ。



 …………


「よーし、たっぷり遊びまくったし、そろそろ仕事するか」


 起床した俺は体を盛大に伸ばしながらそんなことを言う。



 このセリフ、生前に言ってみたかった。


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