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2 暴雨の決闘


「おわっ! おいっ待てっ!!」


 顔を上げるとテントが暴風で舞い上がり糸の切れたタコのように上空に消えていくところだった。


 テントはまるで一秒でもこの場にいたくなかったかのような速度で空へと旅立った。



「残念でしたね」


 俺は固まるハーゲンに慰めの言葉をかける。


 ハーゲンはテントを指差した姿勢のまま固まっていたがハッと意識を取り戻した。



「こうなったら街の宿に泊まるしかねぇな。あんたも行くだろ?」


「街はこの雨のせいで門を閉めちゃってるんで入れませんよ」


「呼べば開けてくれるだろ。行くぞ」


 そう言うとハーゲンはズンズンと街へと歩き出した。その後を俺も小走りで追いかける。



「いや、俺も呼んだけど雨の音が酷くて反応がなかったんだ」


 雨を腕で防ぎながら無理だったことを伝えておく。



「気合が足りねぇんだよ。こういうのは気合が重要なんだ」


 ハーゲンの歩みに迷いはない。何か策でもあるのだろうか。


 街に入れるなら俺もありがたいのでそのまま着いていくことにする。


 …………


「開けろぉおおおお! オラアアアアッ!!」


 叫ぶだけでなく門を破壊しようと殴りかかるハーゲン。



「お、おい、やりすぎだって!」


 街の門に辿り着いて四度目に声をかけたとき、ハーゲンの行動はエスカレートしすぎて門を破壊せんばかりの力で殴っていた。


 慌てた俺は後ろから羽交い絞めにしてハーゲンを門から引き離そうとする。


「てめぇ! 放せ!」


「街に入る前に捕まっちまうだろうが! 大人しく明日になるのを待とうぜ。な?」


「うるせぇ! 俺は濡れるのが嫌なんだよ!」


 ハーゲンは暴れて俺の羽交い絞めを解くと、身振り手振りで濡れるのが嫌なのを全身で表した。さっきまでサーフィンしていた奴のセリフとは思えない。



「無理だって。朝になれば誰か来るだろうし諦めようぜ」


「お前は諦めろ! 俺は門を壊してでも入るからな!」


「おい! 止めろって。俺まで目をつけられるだろ! 頼むから大人しくしていてくれよ」


 まだ街にも入っていないのに門を壊して逃げ帰るとか最悪だ。



 俺はここで夏のバカンスを楽しむために来たんだ。


 何としても止めなければならない。


 だが、ハーゲンの怒りは最高潮に達していた。


 俺を見る顔がさっきまでと違う。



「……おい。これ以上邪魔するなら門を壊す前にお前を壊すぞ」


 明らかにハーゲンの声音が変わり、俺を睨みつけてくる。


 暴風雨の中、獣のような眼が俺を見据える。



「明日まで待てって! あんたもこんなところで捕まりたくないだろ?」


 それでも俺は必死に説得を試みた。



「てめぇは寝てろ!」


 そう言うとハーゲンは拳を繰り出してきた。俺はそれを紙一重でかわす。



「おい……、さすがにそれはやりすぎだろうが!」


 ハーゲンの行動にさすがに俺も怒ってしまう。


「うるせぇ! そこから動けねぇようにしてやる!」


「ふざけんな!」


 そこからは殴り合いのケンカに発展した。


 激しい暴風雨で視界が悪く、足場は水田のように水が溜まっていたため、戦うには最悪の条件だ。


「オラッ! 止まれや!」


 ハーゲンはなぜか執拗に俺の股間を殴ろうとしてくる。


 一撃で動けなくしたいのだろうか。



 そんな打撃をかわしつつ俺はハーゲンの髪を掴んで引き抜く。


 身を屈めて拳を打ってくるので丁度頭が側を通り、掴みやすいのだ。


 髪の毛はまるで水田の稲のように大した抵抗もなく引っこ抜ける。


「お前こそ禿げろ! 禿げ散らかれ!」


「てめぇ! やめろおおおおおおおぉぉぉぉッ!!」



 ハーゲンの魂の叫びを無視し、俺は引き抜き続ける。


 後一抜きで頭がトゥルントゥルンになる瞬間、ハーゲンの拳が俺の股間を捉えた。



(まずい! 簡単に抜けるからつい粘りすぎたっ!)


 なんとか後ろに跳んで威力を殺そうしたが一瞬遅かった。



 拳が股間にめり込むと同時に痛みを通り越した何かが俺を襲う。


 俺は意識がなくなる直前に両手を組んでハーゲンの後頭部に叩き下ろした。


 ハーゲンはそのまま地面に倒れて動かなくなる。俺もそれを確認した瞬間に気絶した。


 …………


 ――あれは何だ?

 ――何でこんなところで……。

 ――あれは一体何をしているんだ……。

 ――こんな人通りの多いところでなぜ……。


 妙な話し声が耳障りで俺は目を覚ました。


 目を開けると昨日の雨がウソのような快晴だった。


 夏の日差しが俺の頬に当たっているのを感じる。


 体の一部に鈍い痛みを感じておぼろげな記憶を探り出す。


(確か昨日はハーゲンと殴りあって……それから……)


「気絶したんだった」


 昨日のことを思い出し、意識がはっきりしてきたころで目の前にハーゲンの尻があることに気がついた。どうやら倒したハーゲンの上に俺が倒れたようだ。


 そして顔を上げると周りにいた人達が一斉に顔をそらして歩き出した。



「君、大丈夫かい?」


 声のする方に顔を向けると衛兵がいた。


「あ、大丈夫です。昨日の暴風雨で何かが飛んできて頭に当たって気絶してしまったみたいです」


 無難な言い訳をしておく。


「そうか、ケガが気になるなら治療院へ行くことを勧める。その下の人は知り合いかい?」


「いえ、知らない人ですね。俺が倒れた下に滑り込んできた変態でしょうか」


 一拍おいてそう応える。


「そ、そうか。そこにいると往来の邪魔になるので移動してくれ」


「わかりました。お手数をおかけしてすみません」


 衛兵に頭を下げると俺は倒れたハーゲンを無視し、街に入る手続きを済ませて中に入った。



 街についた初日からえらい目にあってしまったが、これであいつと会うこともないだろう。とりあえずはギルドで更新手続きをして宿をとることにする。


 俺は街の人にギルドの場所を聞き、そちらへ向かった。


 …………


「ここのギルドは普通の大きさだな」


 目の前の冒険者ギルドを見てそう呟いてしまう。


 やはりメイッキューのギルドは特別なのだろう。扉を開けて中に入る。


 ギルドの大きさはスーラムと変わらないが冒険者の数はこちらのほうが圧倒的に多かった。受付を済ませようと一番列の長いところに並んで待つ。


「次の方どうぞ」


「今この街に着いたので更新手続きをお願いします」


「はい、ギルドカードの提示をお願いします」


 そう言われてカードを提出する。今回の受付は男性だった。


 手続きを終え、受付の人にお勧めの宿を聞いてみると三軒教えてもらえたのでその中から前回と同じくキッチンの大きいところを選んで宿を取った。


「……痛ぇ」


 宿へ行く道すがら、ずっと股間が痛かった。


 朝起きたときから違和感があったがずっと痛い。薬草を塗って休むべきか迷うが場所が場所だけに治療院で診てもらった方がいいかもしれない。


 ちょっと恥ずかしいが止むを得ないだろう。


 後遺症が残ったら嫌だし、さっさと治してもらおう。


 俺は宿屋の店主に場所を聞いて治療院へ向かった。


 …………


「どうされましたぁ〜?」


 目の前には桃色の髪をした美女がいる。


 メイッキューの治療院では男性の僧侶だったがウーミンでは女性のようだ。



 髪の毛は桃色で長く、少しくせっ毛なのかモコモコしてボリューム感がある。


 白いナース服のようのな物を着ているが、サイズがあっていないのか妙にぴっちりしていて体のラインがはっきりわかる。


 スカートがかなり短く、脚を組みかえるたびにドキドキしてしまう。


 そんな美女に俺は今から股間の症状を解説しなくてはならない。



「あ、えっとですね。ちょっとぶつけてしまって」


 俯きがちに症状を伝える。


「どこをですかぁ〜?」


 女性僧侶は微妙にゆったりした口調で聞いてくる。


「そ、その股間です」


 意を決して場所を伝える。


「わかりましたぁ。そちらに横になって見せてもらっていいですかぁ」


 とても事務的に受け答えされる。逆にその方がありがたいが。


「あ、はい」


 俺は躊躇いがちにズボンを脱ぐとベッドに横になった。


「は〜い、もうちょっと脚を広げて下さいね〜」


 女性僧侶の顔が俺の股間に近づく。


「はい」


 言われるままに脚を広げて患部が見え易いようにする。


「あ〜かなり腫れてますね〜。痛かったでしょ〜? これくらいの治療でしたらぁ……」


 とてもドライに患部を診察して治療費を明示される。


「わかりました、お願いします」


 俺はそれに同意して回復魔法をかけてもらった。


「はーい。ヒール〜〜」



 俺の股間が白い光に包まれる。



 この部分だけ抜粋するとどんな状況なのかさっぱりわからないが緊急事態なのは理解してもらえそうだ。


 しばらくすると痛みは完全にひいた。



「終わりましたよぉ。お疲れ様でしたぁ」


 笑顔で施術の終了を告げられる。


「ありがとうございました」


 無事治療を終えた俺は重い足取りで治療院を出た。


 なぜか必要以上にダメージを受けたような気がする。


「くそっまだ街に来て一日も経ってないのに滅茶苦茶じゃないか!」



 心が荒む。


 ここは辛い過去と決別するためにも観光を楽しむべきだろう。


 俺はそう決意するとそのまま酒場がある通りへ繰り出した。



 酒場へ入り、お勧めの魚介料理と酒を頼む。


 まだ午前中のためか客はまばらだ。客が少なかったこともあり、注文した品はすぐにきた。


 豪華な朝食になってしまったが、こうなったら今日はガンガン行くと決める。



 料理を堪能しながら店員に観光名所のような場所がないか聞いてみると灯台や砂浜、市場のある漁港、土産物屋がある区画、丘の上にある海や街を一望できる料理屋などを教えてくれた。


 また近海には無人島が何箇所かあり、そこまで泳いでいく人もいると教わった。


 うまい飯を食って店を出た後、今日の行動を決める。



「よし! まずは砂浜に行って遊んで昼飯はそのあたりで済ませよう。夜は丘の上の料理店に行ってみるか!」


 俺は今までの気分を振り払って砂浜へ向かった。


 股間の痛みも退いたので街並みを見る余裕も出てくる。



 街の建築物は全体的に白で統一されており、建物に日光が反射し、まるで真夏に積雪したかのような鮮やかさだ。


 真っ白な建物を眺めながら砂浜へ向かう途中で女性とすれ違った。


 美人だったので、つい気をとられてしまう。


 女性は立ち止まって辺りをキョロキョロ見回していた。道に迷っているのだろうか。



「どうかしたんですか?」


 旅行で来ているのだろうか、などと考えながらつい声をかけてしまう。



「あ、すいません。この辺りに土産物屋があると聞いたのですが、場所が分からなくて」


「俺はこの街の人間じゃないけど。さっき店の場所を聞いたから案内しようか?」


 どうやら土産物屋を探して道に迷ったようだ。店の場所ならさっき酒場の店員から聞いて知っていたので案内してもいいかと思い、そう言う。



「あらあら、よろしいのですか?」


「いいよ。俺もそのうち行こうと思っていたし」


「ではすいませんがお願いします」


「ああ、聞いた話だと多分こっちだわ」


 そう言って女性を案内した。女性の髪は黒に近い藍色で長いストレートだった。


 夏の日差しを受けた藍色の髪は眩い光沢を放ち、なんとも艶っぽい。


 高そうな服を着ているが軽やかな動きからか全身から旅慣れている感じがした。



「旅行ですか?」


 土産物屋へ行く道すがら沈黙に耐えられず聞いてみる。


「ええ、そうなんですよ。いつもお土産を買い忘れてしまうので今回は先に買っておこうとしたのですが、はじめて来た街で迷ってしまいまして」


 そう言って照れくさそうにする仕草も絵になる。



「俺も海を見に来たんですよ」


「あらあら、そうでしたか」


 そんな会話をしていると土産物屋が建ち並ぶ区画に着いた。海の街の土産物屋らしく貝殻でできたアクセサリーや置物、魚の干物などを扱っているようだ。


「どうやらこの辺りみたいだ」


「どうもありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げると女性はお店を求めて奥へ進んで行った。


 俺は区画の入り口で案内した女性と別れた。



 一緒に見て回りたいほどの美人だったが、エルザの二の舞は御免なので深追いは厳禁だ。


 だが折角ここまで来たし、少し散策してみることにする。



(俺もルーフや婆さんとかおやっさん一家用に何か買っておこうかな)


 オリン婆さんにはいつ再会できるかわからないから買うかどうか迷うところだが、アイテムボックスなら時間が止まっているし買っておいても問題ないだろう。



 そんなことを考えながら店内を見て周る。


「やっぱり干物がいいだろうな……」


 娘ちゃんにはアクセサリーがいいかもしれないが、他のメンツは全て干物がいいだろう。ここ以外では珍しいし無難なのではないだろうか。



「旅行ですかい?」


 商品を物色していると店の店主が声をかけてくる。



「ん〜冒険者なんで旅行半分、仕事半分かな」


「そうかい。あんたも海賊退治に来てくれたのか?」


「海賊とかいるんだ?」


「ああ、以前からいることはいたんだが、最近やたら暴れまわっていてね。みんな困っているんだよ。多分ギルドにもそれ関連の依頼が出ていると思うから、気が向いたら頼むよ」


「ああ、今度気をつけて見てみるよ」


 どううやらここでは、海の街らしく海賊が出るらしい。報酬が高ければ狙ってみるのも有りかもしれない。


 次回ギルドで依頼の詳細をチェックしてみよう。


 店内の物色も終わり、土産物用の魚の干物を数点と海パンを見つけたので購入し、俺は再度砂浜へ向かった。


 …………


 しばらく歩くと潮の香りが濃くなってきた。海が近くなってきたのだろう。


 段々周りに建物がなくなって、周囲の景色が開けてくると同時に視界に入る青の割合が増大してきた。歩を進めるにつれ、波の音が聞こえるようになってくる。


 俺は早く海が見たくなって駆け出した。



「青いわぁ!」


 白く輝く砂浜に着く。


 そこには晴れ渡る空と海が繋がって視界が青一色に染まった空間が広がっていた。


 彩度の高い青を見ていると体の中が清涼感で満たされるようだ。


 そんな爽快感とは裏腹に雲ひとつない快晴のせいで気温は高く、全身に汗が吹き出る。



 夏って感じがする。


 波打ち際まで近づくと海水の透明度が高く、かなり遠くまで海中が良く見えた。


 辺りを見渡すと遠くに子供が数人遊んでいるだけで、他には誰もいない。


 ほぼ貸切状態だ。


「さて、やっぱり泳ぐか?」


 土産物屋で海パンは調達できたので泳ぐ準備は整っている。


(あれ? でも海中にモンスターって出るのか?)


 ここにきてそんなことがつい気になる。


 ギルドでは更新手続きしかしてこなかったので、この辺りのモンスターについてはまだよく分かっていない。


「調べておけばよかったな……」


 海に入ってモンスターに襲われた場合、動きが制限されてしまい、かなり危険だ。



「んじゃ、砂浜で遊ぶか!」


 しばらくこの街で過ごすつもりだし、焦る必要はない。



 今日は砂浜で遊んで次回安全を確認してから海に入ろう。


 食堂で聞いた話だと無人島まで泳いだりする人もいるみたいだし、モンスターがいたとしても安全な方法があるのだろう。


「砂浜かぁ……」


 一人でビーチバレーやスイカ割りはできないし、釣りをしようにも道具がない。


 海に入らないとなると以外と行動が制限されてしまうものだ。



「サンドアートでもやってみるか!」


 要は砂の彫刻だ。砂浜でそんなことは一度もしたことがないし面白そうだ。


 ちゃんとした建築物などを凝って作れば大人がやっても恥ずかしくないはず。



(……いくか、サクラダファミリア)


 俺はそう心に決めると高いステータスを活かして砂を掘り出した。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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