29 燻る火種
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そこは薄暗い部屋だった。
間接照明でもついているのか、暗くて周囲が見えないわけではない。
壁面には天井までつく高さの本棚があり、その中には豪華な装丁の分厚いハードカバーの本がびっしり詰まっていた。
部屋の中央には一際大きな執務机があった。
細部までこだわった作りのそれらは誰が見ても至高の逸品と分かるものだ。
座ることがはばかられる芸術品のような椅子には初老の男が腰かけていた。男の両手の五指にはゴテゴテした装飾のいかにも高そうな指輪がはめられている。
その手中にはとても気品のある小さな黒猫が丸くなっていた。男は指輪でゴツゴツした手で猫を撫でていた。
黒猫を撫でる動きは可愛がるためのものではなく、手触りを楽しんでいるかのように無感情だ。黒猫はとても大人しく、されるがままになっていた。
初老の男は撫でるのに飽きたのか手を止めて顔を上げる。
「聞こうか」
静かな部屋ではっきり通る声でそう呟いた。
初老の男の眼前には二人の男が立っていた。
二人とも堅気では出せない鋭利な雰囲気を漂わせている。
一人の男が口を開く。
「メイッキューの街への人員の再配置が終わりました」
「ご苦労」
初老の男はそうあって当然という口ぶりで短く相づちを打つ。
一人の男が口を開く。
「アジトを捜索の結果、盗られたものはなく争った痕跡もありませんでした。あいつらは直近では地上げを積極的に行っていたようです。また、行方不明になる直前に尋問していた女に逃げられ、方々を捜し回っていたことがわかっています」
「女の行方は?」
「以前不明のままです」
「女の特徴は?」
「名前はエルザ。中肉中背の茶髪。片手と片目を失っているので遠くには逃げていないと思われます」
「女を捜せ」
「はっ」
薄暗い部屋は照明が消えたのか、静かに闇に包まれた。
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