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5 離れられない関係


 川で手を洗いながらぼんやりと水面を見たとき、あることに気付いた。


「俺、若いな」


 今まで自分の姿を見る機会がなかったため気がつかなかったが、どうやらこの異世界に転生した際、元の世界の年齢より若くなっているようだった。


 見た感じ二十歳位だろうか。


 微妙にフレッシュ感が漂う。


「ヒゲ伸びてねぇ」


 顎をさすってみるも一晩たったのにツルツルだ。


 元々すね毛なども濃くなかったし、若い頃はツルツル体質だった。


 胸毛や肩毛のある奴からは羨ましがられたが、逆に俺はもうちょっと生えているほうが格好がつくのになと思っていたものだ。


 ……もしかすると、宿屋での出来事は俺が相当若く見えたから起きたことかもしれないな、などと考えてしまう。


 俺は顎をさすりながらまじまじと水面を覗く。


 日本人は実年齢より若く見られがちというし、水面に映る小粋な顔が益々世間知らずのカモに見えてしまう。実際この世界では世間知らずだしな、とも思う。


 そしてもう一つの違和感に気付く。


「……転生したわりに同じ顔だな」


 水面に映る顔は若返りはしたものの、元いた世界の自分の姿と何も変わっていなかった。


 金髪碧眼のイケメンとかにはなっていない様子。


 水面に映るそれは見慣れた髪型に一重のまぶた。もっと高くてもいいのに低い鼻。彫りの深さなど全くない顔の洗いやすい平たい顔だった。


 生まれ変わってもこの顔と付き合っていくのかと思うと、ちょっとがっくりしつつもどこかホッとしてしまう。


 前と同じ顔なので違和感はないが、なんとも残念な気もする。


 街の人を思い出してみるも髪の色は多種多様だったし、黒髪の人もいたので外見で目立つという心配はしなくてもよさそうだ。


 折角異世界転生したんだし、イケメンの両親から産まれて赤ん坊無双とかしたかったものだ。


 生まれて数か月の状態で口に人差し指と中指を当てながら、タバコある? とか言ってみたかった。

 まあ、元々吸わないけど。



「転生したらイケメンになるのは鉄板だろうに……」


 しかし雑な転生だ。こちらの世界での幼少期の記憶もないし、両親が誰かもわからない。その上、顔は元のまま。


 もしかして死体を元の世界から転移して蘇生とかしたのだろうか?


 だが、それだと若返っているのが謎だ。


 元の世界で即死した事には自信があるが、こちらでのことはわからないことだらけだ。


 俺は頭を悩ませつつ重い腰をあげ、街に向かうため歩き出す。


 眠気を飛ばすために干し肉をかじりつつ、ひたすら街を目指す。


「肉の味がしねぇ」


 買っておいた干し肉は木の皮に塩を塗りたくった様な味の上に噛み切れない。


 ガシガシやってると顎が段々だるくなってくる。


 眠気や疲労と戦いつつも、注意深く森を抜け、なんとか街に戻ることに成功する。



 街にたどり着いた俺は早速冒険者ギルドを目指す。


 その頭の中は不安で一杯だった。


 コブリンの換金が出来なかった場合のことを考えると今からお腹が痛い。


 ポンポンを摩りながらしばらく歩くと冒険者ギルドに到着する。一度通った道だったので迷うことなく着いたのはよかった。


 ギルドの周囲は相変わらず人気はなく、俺一人の状態だった。


 一応、俺がアイテムボックスを使えることは隠しておきたい。


 そのため、人の居ないこの場でゴブリンの耳をアイテムボックスから取り出し、両手一杯に抱える。


 よし、と気合を入れた俺は冒険者ギルドに入った。


 以前手続きしたおばちゃんの方を見ると、眉間にペットボトルを挟めそうな程深い皺を作って机に向かっているのが見えた。


 ……アレに話しかけるのはハードルが高すぎる。


「違う受付のおばちゃんに聞こう」


 苦手意識ができたのではなく、他の受付がどんな感じか知りたいだけだと自分に言い聞かせ、一昨日会ったおばちゃんを避け、となりの受付に行く。



「すいません、ゴブリンの常時討伐依頼の報酬を受け取りたいのですが」


「ギルドカードを提示してもらえますか?」


 俺が話しかけたおばちゃんは両手一杯の耳を見て若干引き気味だったが、威嚇はしてこない。ほっとした俺は器用に体をくねらせ懐からカードを出す。


「ケンタさんですね?」


「はい」


「申し訳ありませんが、あなたが登録されたのは隣の受付になりますので、再度隣の受付でカードを提示していただけますか?」


(そうきたか)


 俺は心底嫌そうな顔をしつつ、同じ手続きをもう一度隣の受付で行う。


「すいません、ゴブリンの常時討……」


「聞こえていたわよ! 早くカード出しなさい!」


 相変わらず食い気味に威嚇してくるおばちゃんにカードを渡すと、何かの装置の上にセットする。


「ゴブリンの耳をこれに入れて!」


 ボールの様なものを突き出すおばちゃん。


「はい」


 俺は言われるがままにゴブリンの耳をボールに放り込む。


「報酬はこれ! カードは更新しておいたから! 他に用は!」


「ないです」


 俺は投げつけるように出された報酬とカードをキャッチ。早く出て行けと言わんばかりに睨み付けてくるおばちゃんを背を向けると、逃げるようにギルドを出た。


……今日はこのくらいにしておいてやろう。


(報酬も手に入ったし、飯にしようそうしよう)


 この街に居る限り俺の担当はあのおばちゃんだという知りたくない事実を少しでも紛らわすため、俺は受け取った報酬で早速朝飯を食うことにする。


 朝から大量の耳剥ぎ。街までの移動。そしておばちゃんとのフレンドリーなトークのお蔭で随分と時間が経ってしまった。


 今日はじめて食べるという意味では朝食かもしれないが、時間的に見れば紛れもなく昼食である。


(さて、何を食べるか……)


 折角のご飯だし、酒場のようなところにでも行ってみたいが、時間が惜しいので屋台で済ましてしまうことにする。俺は匂いに誘われるままに手近な屋台へと吸い寄せられた。


 屋台で遅めの朝食である串焼き肉をもきゅもきゅと食っていると、またもやカツアゲの現場を目撃してしまう。しかも二件同時に勃発中であった。


 なんというエンカウント率。もはや止めに入るという発想は俺になく、ぼんやり見物するに終わってしまう。多分、この街ではカツアゲなど日常茶飯事と見るべき。俺一人が関わって何かが変わるレベルではない。


 俺も絡まれないようにさっさと街を出ないとな、などと考えつつ肉を胃に流し込む。


 腹も膨れたので、市場へ行って残金で干し肉と水筒を買っておく。多少金が残ったが残りは貯金することにして速やかに街を出た。


 朝来たのと同じ道を辿り、森に入る。


 森を歩きながらこれからのことを考える。



 ……とにかく何をするにしてもゴブリンを狩らねばならない。


 結局、金がないとどうにもならないのだ。


 俺は愛用の石を取り出すと獲物を求めて彷徨う。


 しばらく歩き回って単独行動するゴブリンを見つけることに成功する。


 昨日と同じように物陰から石で襲い掛かり、頭部を殴打する。同じ場所で狩っているせいか昨日より集団で行動しているゴブリンが少なく、単独で行動しているものが多い。そのため、気が付いた時には殺した数が前回を上回った。


 暗殺者のスキル、【暗殺術】もうまく機能してくれたようで頭部の陥没具合が前日比の二倍位になっていた。


 しばらくすると狩りはじめたのが少し遅かったため、日が沈んでしまう。


 俺は薄暗い中を進み、昨日見つけた倒木と崖の場所へ急ぐ。


 到着すると昨日と同じように倒木と崖の間に身を押し込め、枝葉を被る。


 一息つけたのでステータスを確認してみるもレベルは上がっていないようだった。



 干し肉をかじり、共用井戸からくんできた水が入った水筒に口をつける。


 簡易の食事を済ませると連日動き回っていたためか、そのまま意識を失うように寝てしまった。



 そして次に気がつくと朝になっていた。


 今日も朝から耳剥ぎをしてギルドで換金を済ませ、干し肉と水を補給する。


 今回は市場に寄り、やっぱりビタミン的なものも摂取しておいた方がいいだろうという思いから、リンゴのような果物を多めに買った。


 そして昨日と同じ屋台で少し固めの串焼き肉と格闘しながら、日常の風景となりつつあるカツアゲを観戦する。


 今日はカツアゲされた側の太めの男が抵抗し、殴り合いのケンカになって人だかりができていた。


 ぼんやり肉をかじりながら見ていると、太めの男がチンピラをのしてしまう。


 カツアゲに勝利した太めの男は屈みこむと、おもむろに倒れたチンピラの懐をあさりだす。


 そしてチンピラから財布を抜き取ると蹴りを入れ、酒場通りの方へ消えていった。


(ろくでもない街だな)


 その光景を見ていると、のされたチンピラに自分の姿がだぶる。


 いつか自分もああなるかもしれない。


 そうと思うと自然と全身に寒気が走る。


 そんな事を考えながらしばらく咀嚼していると串焼き肉も片付いたのでとっとと森に戻った。


 …………


 同じ場所へ戻り、狩りを続けるもゴブリンの数が減ってきている気がする。


 どうしたものかと思いつつも手は休めず、眼前で背を見せるゴブリンの頭部に石を振り下ろす。


 完全に狩りつくしてしまう前に大量にいる場所を探さないと森暮らしから抜け出せない。


 少し休憩するため川辺で手を洗い、買ってきたリンゴのような果物にかじりつく。


「リンゴだな」


 色も味も歯ごたえもリンゴそのものだった。


 元の世界と同じ食べ物を口にすると、なんとなくほっとする。


 リンゴならアイテムボックスが時間停止しない普通の倉庫のようなタイプだったとしても何日かはもちそうだ。


 しかし、初夏にリンゴってとれるものなのだろうか。


 味はうまいので俺はありがたいが。


 そんな事を考えつつステータスを確認するも相変わらずレベルは上がっていなかった。


「まあ、昨日の今日だしな……。気長に行くか」


 それからは特に変化のない毎日を過ごした。


 朝に耳を剥ぎ、ギルドで換金、そして朝食。


 昼からはゴブリンを狩って日が暮れたら寝る。

 その繰り返しだ。



 そんなある日、ギルドで報酬を貰い、屋台でお馴染みの串焼き肉を頬張っていると子供が果物を盗って逃げるところを目撃した。怒り狂った店主は全力で追いかけてその子を捕まえ、殴り倒して何度も腹を蹴っていた。


(……さすがに止めた方がいいだろうか)


 そんなことを考えていると店主の背後に男女が現れ、店の野菜を根こそぎ袋に入れて逃げていくのが見えた。



「あっ」


 呆気にとられて思わず声が出てしまう。


 その声に反応した店主と目が合う。店主はハッとして俺が見ている方に視線を向ける。すると丁度大きな袋を二人がかりで担いで逃げる男女が遠ざかって行くところだった。


「おい! 待て!」


 店主が声を張り上げるも二人は待つはずもなくドンドン離れていく。


 店主がその二人に気を取られている隙に倒れていた子供が立ち上がる。子供はニヤリと笑うとスッと人ごみの中へ消えていった。


(あれはグルだ……多分家族なんだな)


 一連の出来事を見てそう思った。


 あんなのを何かのテレビ番組で見たことがある。


 確か、旅行者の目の前で通行人役が小銭をわざとぶちまけてみせる。それを見た旅行者が荷物を置いてそれを手伝って拾っている間にもう一人が背後から荷物を盗んでいってしまうといった感じだった。


 今回のもはじめに果物を盗んだ子供が店主を引きつける役だったのだろう。


(止めにいかなくて良かった)


 下手したら共犯と思われていただろう。


 そんなことを思いながら怒りが収まらず店の柱を蹴っている店主を眺めつつ、串焼き肉を頬張る。


 いいことなのか分からないが、店主や野菜を盗んだ家族のことを見ても日常の風景として感じられるようになってきた。伊達に毎日カツアゲを目撃しているわけではないのだ。こうやって自分でも無自覚に段々この世界に染まっていくのだろう。


 ………


 あれから数日後の朝、朝食代わりのリンゴをかじりながらステータスを確認する。


 ケンタ LV3 暗殺者


 どうやらレベルが上がったようだ。


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