25 決断の時
そんな中、いつも通り手伝いに行くと店の中に見覚えのある男がいた。
エルザの一件で見かけたギャングのボス格の男だ。
男は椅子に座ったまま顔だけこちらを見てくる。
「盗んだ金はどこですか?」
「俺はエルザとは関係ない。というか荷物を盗まれた被害者だ」
入口で立ち止まった俺は額にじっとりと汗を浮かべながら返答する。
……男のはじめの一言からしてまずい。
関係ないと説明したが、これで納得してくれるとも思えない。
「困りましたね」
男はそう言いながら顔を戻し、背を向ける。
そして、背を向けたままポケットから小さな包みを取り出し、それを机の上に置いたようだが、こちらからは体が邪魔でよく見えない。
「彼女はあなたの指示でやったと言っています」
「前も言ったが俺も被害者だ。眠らされて金を盗られた」
トン、と包みから何かを取り出して机に置く音が聞こえる。
音からして机の上に置かれたのは小さい物のようだ。
男の正面にいるおやっさんと娘ちゃんがなぜか目を見開くのが見えた。
「おかしいですね。彼女に何度も聞いたのですが」
「俺に罪をなすりつける気なんだろ」
また、トン、と小さな音がする。
同じ物を置いているのだろうか、音色は同じだ。
おやっさんが顔をしかめ、娘ちゃんが口を両手で覆う。
「私も盗られた金額が大きいので、泣き寝入りしたくないのですよ」
「あの女に返してもらうんだな」
トン。
「それがね、彼女の言い分がコロコロ変わるんですよ。全部使ったとか、貴方に渡したとかね。正直私も困っていましてね」
「なら働いて返して貰えばいいさ、身柄はあんたが押さえてるんだろ?」
トン、トン。
二つ立て続けに何かを置く音が聞こえる。
おやっさんの眉間の皺が増える、娘ちゃんは顔を背けた。
「それが彼女、逃げ出しちゃいましてね? 今までも何度か逃げられたのですが、今回は完全に見失ってしまったんですよ。しかも、置き土産に部下を何人か殺していってくれましてね。もしかしてこちらにお邪魔してるのかもと思って来たのも理由の一つなんですよ」
「ここには来てない。大体知り合いでもないんだ」
コトッ、コロコロと何かが転がる音が聞こえる。
音からして今までと違う物のようだ。
「おっと、これは丸いから安定しないな」
男がそう言いながら落ちた玉のようなものを拾おうとする。身を屈めたため、今まで背で隠れていたそれらが見えた。
見えてしまった。
机の上にドミノのように綺麗に並べられた指を。
男が拾っているのは眼球だった。
「とても丁寧に聞いたんですよ? でもあなたの指示でやったと言い張っていたんです」
そう言いながら手のひらの眼球をボール遊びでもするかのように上に放って取り、また上に放る。
「俺は関係ない。……本当だ。大体、この街ではじめて会ったんだ」
「あなたにも丁寧に聞いた方がいいですかね?」
「分かった……。場所をかえよう」
「いいえ、あなたが払えなかったら、ここの人に払って頂くのでここでしましょう」
「この店は関係ないだろ!」
「店を売ってもいいし、そこのお嬢さんでも、ねぇ?」
ここで気づく。
多分、はじめから目的は店の方だ。
俺はただの口実にすぎない。
この男は俺が金を持っていないと分かっていてここに来たんだろう。
これ以上問答しても無駄だ、金を払おう。
こいつは誰でもいいから金を取り返したいだけなんだろう。
「いくらなんだ?」
「三千万です」
高すぎる。すぐ用意できる金額じゃない。
「そんな大金あるわけないだろ! 大体それが本当の金額なのか分からないだろうが!」
今まで黙っていたおやっさんが口をはさむ。
「私がウソをついているとでも? 心外だなぁ。やっぱり払えないようですし、ここは……」
男の粘ついた目が娘ちゃんをジロリと見る。
「てめぇ!」
掴みかかろうとするおやっさん。
「おっと、動かないで下さい」
「ぐあっ」
次の瞬間、苦痛を訴える声と共におやっさんの右手が跳ね飛んだ。
「失礼、殴りかかってくるとはなんて乱暴な人だ」
「……どの口が言いやがる」
「私は話し合いに来ただけなのに。まあ、また来ますよ。それまでに用意できてるといいですね、三千万」
男は悠々と店を出て行った。
「おやっさん!」
俺はおやっさんに駆け寄る。
「お父さん!」
娘ちゃんが悲痛な顔でおやっさんを介抱する。
「ケンタさん、逃げてください!」
娘ちゃんの顔は覚悟を決めた顔だった。だが、そんなことできるはずもない。
「治療院へ運ぶ!」
俺は切り落とされた手をアイテムボックスにしまい、おやっさんを担ぐと店の外へ出た。
「え?」
その時、向かいの店からギャングが一人出てくるところだった。
開きっぱなしの扉の奥には自分が出した血溜まりに体を沈める店主の死体が見えた。
俺は予想外のことに驚いて声を漏らすと同時に一瞬固まってしまった。
そうやって俺が立ち止まっている間にさらに斜め向かいの店からもギャングが出てきた。さらに数軒先の店々からも出てくるのが見える。
今までギャングがこの辺りに来ることはあったが、こんなことははじめてだ。
異様な光景だったが、そのことがエルザが大金を奪ったことを裏付けているように思えた。
俺にはギャングたちがなんとしても金をかき集めようと切羽詰っているように見えたのだ。
だが今はそのことに気をとられている場合ではない。
俺は【疾駆】を使い、全力で治療院へ走った。
「すいません! 急患なんですお願いします!」
「大丈夫です、落ち着いて症状を説明してください」
俺は顔を出した僧侶に向かって土下座した。
「切断された手を回復魔法で繋げてください。金はなんとかします。お願いします!」
「切れてからどのくらい経っているのですか?」
「まだ三十分も経ってないです」
「大丈夫、それなら間に合いますよ。切れた手を持ってこちらへ」
相手を落ちつかせるような話し方で僧侶は俺を安心させつつ回復魔法をかけてくれた。
おやっさんの腕は無事繋がった。
良かった。本当によかった。
「俺のせいですいませんでした」
俺は体を直角に曲げ謝った。
「おめえが誤ることは一つもねぇ」
おやっさんは繋がった手の感触を確かめながら呟く。
「さっき言ってた通りなんだろ? おめえもその女に騙されて金を盗られた。その女がおめえに罪をなすりつけようとして、苦し紛れに言ったことなんだろ?」
「そうです……。でも、俺がおやっさんの店に来なければこんなことには……」
「うるせぇっ!」
殴られた。
「あいつらの目的は端からうちの店なんだよ。ケンタは口実にすぎん」
目を閉じ眉間の皺を増やすおやっさん。
原因が俺一人なら逃げれば済む問題だが、今それをすると残された二人が狙われるのは確実だ。
かといって、おやっさんたちに逃げるように言って聞き入れてもらえるか……。
「あいつらはこの街を根城にしています。ここから出れば問題はないですし、ここは……」
「だめだ」
「娘ちゃんが大事じゃないんですか?」
「大事に決まってるだろ。それに苦労して手に入れた店も手放せん。だがそういうことじゃないんだ。多分この街を出てもあいつらは来る」
「そんな……」
「あいつらはかなりでかい組織なんだ。ここも支部の一つで本部といえるところは別にある。ここを離れても逃げた先で情報が回っていて、弱ったところをさらに狙われるだけだ。だからお前だけでも逃げろ」
おやっさんの話は本当だろう。
その話を聞いて俺も思い当たる節がある。
酒場で情報収集していたときにあいつらに目をつけられた奴が街から逃げたけど捕まった話は聞いたことがあるのを思い出す。
もし、うまく逃げ延びることができても店もなくなるし、収入の見込みもなくなる。俺一人でおやっさん一家を養えるわけもない。
殺された冒険者、尋問されたエルザ、脅しで手を切られたおやっさん、殺された向かいの店主、今まで見てきた光景が順を追って俺の頭の中で甦る。このままではいずれ最悪の結果を迎えてしまうだろう。
だが、今ならまだ……。
「大丈夫です。金は俺が全額払ってきます」
「おめえ、そんな大金持ってねぇだろ?」
「ありますよ。店には手を出させません」
「金を払えば、向こうは味をしめて更にせびってくるぞ」
「でしょうね」
「どうするんだ?」
「大丈夫です」
詮索されないため、俺はおやっさんを強引に振り切って治療院を出た。
払わなければ店が売られるか、娘ちゃんが売られる。
払えばたかられる。そしてこの国、いやこの世界かもしれないが元の世界と比べると法や犯罪の取締りが甘い。あいつらがまともに裁かれる可能性はない。
なら、やることは一つ。
(全員消す)




