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23 月夜の美女


 そしてこれから第二ラウンドに突入する。



 雑炊だ。



 締めってやつだ。


 俺は炊いたご飯を一膳投入し、蓋を閉めると水分を飛ばすため鍋を煮詰めた。


 土鍋が大きいため、水分をある程度飛ばさないとシャバシャバのままなので止むを得ない処置だ。


 酔っていなければ汁を捨てるということに気づいたかもしれない。


 しばらく放置し、グラグラ煮立ってきたので蓋を開けて様子を見てみると、丁度いい加減になっていた。


 火を止めて、といた卵を回し入れ蓋をして少し待つ。


「そろそろいいか?」


 俺は恐る恐る蓋を開けてみる。


「これだよ、これ」


 蓋を開けると前が見えなくなるほどの湯気と共に雑炊が姿をあらわした。


 俺は雑炊を小皿に取るとスプーンで適量すくい、ふーふーしながら口へ入れる。


「……うめぇ」


 当然の結果としての感想が自然と漏れる。


 最近分かってきたが、俺は食べ物を食べて美味しいと感じたときは旨いとしか言えないみたいだ。



 しかしこれはまずい状態だ。



 これでは将来グルメレポーターになれない。


 料理番組のオファーが来ても上手く食レポできないのはまずい。


 俺は落ち着くために酒をあおる。いや、でも、もしかしたらすごい表現ができるかもしれない。



 そう思い、味の感想を言ってみる。


「雑炊が旨い。あとあったかい」


 今のは素振りなのでノーカンだ。次が本番だ。


 気合を入れなおすために酒を飲む。


「米とか卵が入ってて超ヤバイ」


 ダメだ。


 テレビ慣れしていない地下アイドルがはじめて深夜番組に出演して、進行の芸人にいじられてパニックになったとき並みの表現しかできない。


 残念だがグルメレポーターへの道は閉ざされてしまった。


 明日からもダンジョン探索を頑張ろう。


 俺がほろ酔い気分でそんなよく分からないことを考えている間にも夜はこんこんとふけていった。


 …………


 野外での狩りは難しいと分かったあとは大人しくダンジョンに潜り続けた。


 相変わらず平日は午前中にトロールを狩り、昼から店に入る。


 休日はオリン婆さんとフライフィッシュ狩りだ。



 たまに平日の午前中をゴブリンのダンジョジョンに変更し、スキルの連携を練習したりしている。


 ナイフ主体での動きも大分様になってきたので、そのうちスキル有りでオリン婆さんと模擬戦をやって驚かせてやりたい。




 そんなある日の夜、店の手伝いを終えて帰るところで俺はそれを見かけてしまった。



 それとは、店と店の狭い路地で女がギャング数人に絡まれているところだ。



 女は後ろ姿しか見えないが、多分美人なのだろうと思わせる雰囲気を醸し出していた。


 髪は薄い紫色で光沢があり、腰まで伸びたそれはよく月明かりに映えている。


 服装は体のラインがわかる背中の開いた黒いドレスを着ていた。



 ギャング数人に囲まれ揉めている美女。


 その映像だけ見れば、これは助けに行った方がいい絵面だ。


 か弱い女性のピンチだと思っただろう。



 だが俺には【聞き耳】がある。


 その集団の会話の内容を聞くと、どうにも助けに行きたくなかった……。


 ぶっちゃけ関わりたくなかった。



 会話を聞く限り、どうもギャングの方にいるボス格の男がその女に金を盗まれたらしい。


 しかも財布を盗られたとかではなく、かなりの大金を盗られたようだ。


 女は逃げ回っていたが、とうとうこの路地でご用となった様子。



 しかも女は女で開き直った口調でやっていないと繰り返している。


 あれは誰がどう見ても、やっているのを誤魔化すためにやっていないと言っているだけだ。


 聞けば聞くほど、どちらにも関わりたくない。



 だが、その光景を見ていると、どうにも女の声が妙に気になった。



 なんというか自分の母親がかかってきた電話に出るとき、声音を妙に高くして声を作っているのを思い出してしまうような違和感を覚えたのだ。



 俺がそんなことに一瞬気をとられている間にギャングが動いた。


 挑発的ともとれる女の態度が気に食わなかったのか、ギャングの一人が逆上して髪を掴んで引き倒そうとしたのだ。


「あっ」


 しかし女は地面に倒れることなく、髪だけがするりと頭部から外れた。


 月に映えるその髪はカツラだったのだ。


 俺はそれを見てつい声を出してしまう。



 そして、俺の迂闊な声に反応して、ギャングと女が一斉にこちらを見た。


(ヤベェ! ってあれ?)



 振り向いた女は薄い紫色のカツラが外れ、短い茶髪があらわになっていた。


 そして振り向いたその顔は綺麗に整っているが見覚えのある顔だった。



「てめぇ! エルザ!」



 女は新人冒険者を装い、宿で俺の荷物を盗んだエルザだった。


 こちらの反応を見てエルザの方も俺に気付いたようだった。



 そこでエルザは俺に気づくと、ろくでもないことを言い出した。



「全部あの人の指示なんです! お金はアイツに渡しました!」


「はぁ?」


「あの人に逆らえなくて男の人を騙してはお金を盗っていました」


 再会の喜びを分かち合うこともなく、数秒で美人局に仕立てあげられてしまう。



(さすがだな)


 あきれる俺を尻目にエルザはこちらを指差しながらギャングの囲みを抜けて向かってくる。



 多分、ある程度こちらへ近づけたら俺を身代わりにして逃げる気なのだろう。


 俺はペチペチと両手で自分の頬を叩き、軽く膝を屈伸させて準備を整える。


(よ〜し、来い来い。そこだぁっ!)


 近づいてくるエルザを目測で捉え、絶妙なタイミングで脚の力を解放する。


「オッラアアアアアッ!」


 気合一閃、俺は近づいてきたエルザ目掛けてドロップキックをかました。


 俺の怒りの両足は見事に胸部にヒットし、吹き飛ばされたエルザはギャングの囲いに逆戻りした。


「全部ウソです! 俺はそいつに荷物を全て盗まれました! 俺の分までかわいがってあげてください!」


 その場から立ち上がって俺がまくしたてると、息つく暇もなくエルザのカウンターが飛んでくる。


「何言ってるのよ! アンタの指示よ! 私は何もしていないわ! お金なんて知らない! 盗んでいないわ! そうよ、アイツが盗んだのよ! アイツよ! アイツがやったのよ!」


 俺に罪をなすりつけようとして色々言ってくるが、ギャングたちはそれに耳を貸すこともなく、エルザを引きずって光の差し込まない路地裏へ消えていった。



(大丈夫か、これ……)



 多分、ギャングに顔を覚えられてしまった。


 しかもややこしいエルザ付きで。


 一抹の不安が残るがギャングは去っていったし、大丈夫と思いたい。



 その出来事から数日経ったが、特にトラブルに発展することはなかった。



 こちらから探りを入れて藪をつついて蛇を出すのも嫌なので、このまま放置でいこうと思う。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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