22 お外は寒い
ここは買おうか迷っていた槍よりワンランク上の槍を買ってしまおう。
そう思い、槍に手を伸ばした時に側にあった物がふと目に入った。
「お、これってドスじゃね?」
それは展示された武器群に埋もれ、ひっそりと隠れていた。
遠くから見ると短い木刀や警棒のように見えたが、鞘と柄の間に切れ目が入っている。木の鞘に木の柄のせいか周りの金属の武器から浮いて見え、まるで置物のようだ。
俺は誘われるようにそれを手に取り、鞘を抜いてみる。
鞘は切れ目からすっと離れ、中から光を受けた綺麗な片刃がギラリと現れた。
鞘を抜ききると見事な刃があらわになる。
「おお〜」
西洋の剣とは違う刃の輝きについ声が漏れてしまう。
「そいつが気に入ったのかい?」
武器屋の店主が声をかけてくる。
「珍しい武器ですね」
「ああ、珍しいから試しに置いてみたんだが、そいつはダメだな」
「欠陥でもあるんですか?」
「おい、俺の目をあなどるんじゃねえ。そいつは業物の逸品だぜ」
「じゃあ何がダメなんですか?」
「刃が短いんだ。刀がどうしても高額になっちまうから、それの代替として使えるかと思ったんだが、サムライ連中には受け入れられなくてな。ナイフの代用として使えるが、そうなると同等のナイフよりそいつの方が高くなっちまう。だから売れなくて困ってるってわけよ」
「なるほど」
俺は刃に見入ったまま店主の説明に頷いた。
どうやらこのドスは店主の思惑が外れて売れ残っているようだ。
確かにドスの刃は四十センチほどで刀と比べると短い。
サムライ相手に売ろうとしてたってことは、もしかして【居合い術】が使えるのだろうか。
そう考えた俺はドスを鞘に納め、【居合い術】を使おうと集中してみる。
すると、スキル使用時の独特の感覚が全身に行き渡るのを感じた。
(【居合い術】が使える!)
驚愕した俺はすぐさまドスの値札を確認した。
今買おうとしていた槍より高いが、なんとかなる価格だ。
「これ買います!」
「今の話聞いてなかったのか? それを買うならもっと上等なナイフが買えるぞ」
「気に入っちゃったので、これでお願いします」
「物好きな奴だな。まあ俺はありがたいがな」
「そう思うなら、ちょっとまけて下さいよ」
「じゃあ、そいつを腰にさせる剣帯をおまけしてやるよ」
「ありがとうございます!」
俺はほくほく顔で支払いを済ませ、ドスとおまけの剣帯を受け取る。
思わぬところでいい買い物ができた。
槍はどこでも手に入るが刀はそうはいかない。
そう考えると槍を諦めて正解だったかもしれない。
俺はついでに短刀サイズの木刀も購入し、武器屋を後にした。
翌朝、普段ならトロールのダンジョンへ向かうところだがドスの試し切りのため、ゴブリンのダンジョンへ向かった。
(うし、やってみるか)
目の前には例のごとく背を向けたゴブリンが二匹いる。
もはやスキルの併用でモンスターの背後に回ることは朝飯前だ。
ドスの刃の短さを考え、はじめは腕を狙って攻撃してみることにする。
攻撃が届く範囲まで近づいてから柄に手をかけて【居合い術】を使う。
言葉で説明できない、勘や経験のようなものが全身を駆け巡る。
俺はその感覚に身をまかせ、なるべく抵抗しないように体を動かす。
抜き放たれた刃は白銀の剣閃を残し、あっという間に鞘に戻った。
一連の動作に驚き、我に返ると眼前の腕を落とされたゴブリンが振り向くところだった。
俺はそこから【縮地】で振り向くゴブリンと同じ方向に移動して相手の背後を確保しつつ再度【居合い術】を放つ。
今度は片足を斬り落とすことに成功した。
そこからさらに【縮地】でもう一匹のゴブリンに接近し、同じように片足を斬り飛ばす。二匹が行動不能になったところで素早く止めをさした。
「婆さんのようにはいかないな……」
十分な結果だったが、それよりすごいものを見てしまっていたので、ついぼやいてしまう。
さすがにオリン婆さんのように一瞬の間に四匹を縦に裂くとかは無理そうだ。
刃の長さが足りないのもあるが、レベルとスキルレベルも足りていない。
オリン婆さんは多分【縮地】と【居合い術】を併用してあの早業を行っている。
だが俺の【縮地】の飛距離とスピードは全力で発動しても、一メートル程の距離を素早く飛ぶ位の速度でしか移動できない。
オリン婆さんは多分一度の【縮地】で最低でも五メートル以上を移動している。
そしてその間に何度も【居合い術】で斬りつけているのだろう。
しかもその全てが目で追えないほどの速度なのだから尋常ではない。
ステータスの高さと高スキルレベルで放たれるスキルを活かすことによって、はじめてあの早業が再現できるのだろう。だが、オリン婆さんの動きはそれだけでは説明できない部分もある。やはりその辺りは長年の鍛錬と経験によるものだったりするのだろう。
とりあえず【居合い術】の検証は終わったので、次にその場でドスを抜き【短刀術】を使ってみる。
武器屋の店主がナイフの代用として使えると言っていたのが気になったのだ。
すると問題なく【短刀術】も使うことができた。
このことから考えると刀なら【居合い術】と【剣術】が使えるのかもしれない。
「これは意外にすごいんじゃないか?」
【居合い術】と【短刀術】両方が使えるというのは俺にとってかなり相性がいい。
試しに【居合い術】を使ってドスを抜き、鞘に収める前に解除する。
その後【短刀術】に切り替えてみる。
なんとか連続で発動させることには成功したが、スキルとスキルのつなぎ目で動きがガタガタになってしまった。
ただ何度か練習すればスムーズに切り替えれそうな感触はある。
その場で何度か素振りをし、繋ぎのガタつきが増しになった後はさらにゴブリンを実験台に練習を昼まで行った。
翌日、その日は休日だったがまだ試していないことがあったので、この日もゴブリンの迷宮に行くことにした。
迷宮に着くと早速昨日気になったことを試してみる。
まずはドスを一旦しまって、両手にそれぞれ片手剣とナイフを持つ。
いわゆる二刀流だ。【居合い術】から【短刀術】への切り替えができるのなら【剣術】と【短刀術】を交互に切り替えて二刀流を再現できないかと思ったのだ。
ちなみに片手剣とナイフをそれぞれ持ち、片手ずつスキルを発動して二つ同時にスキルを使うことはできなかった。半身ずつで武器スキルを併用することはできないようだ。
まずは【剣術】を使い、剣を振る。剣を振り切り、構えに戻るタイミングでスキルを解除し、【短刀術】を発動してみるとうまく切り替えることができた。
「ん〜できたけど、いまいちだな」
やってみて分かったが、案外使いにくい。
まずナイフと剣ではリーチに差があるため、剣の有効打になるような間合いではナイフが届かないか当てにくい。
さらに戦士と狩人(暗殺者も込み)でスキルレベルの差があるため、動きの滑らかさに違いが出てくる。
【居合い術】からの切り替えのときには【居合い術】が短い時間で行われる攻撃だったため、あまり感じなかったが二刀流のように常時動き続けようとするとチグハグさが際立ってしまった。
そうなってくると二刀流として立ち回るには、ナイフの動きと攻撃範囲を優先させ剣を補助的に使うのが良さそうだ。
「なら【短刀術】同士の方がもっといいかな?」
そう思い、抜いたドスとナイフで【短刀術】同士の切り替えをしようとしてみたがうまくできなかった。
【短刀術】を解除してもう片方の手で【短刀術】を発動しようとすると、はじめに持った手でスイッチのオンオフを繰り返しているような認識になってしまい、うまく切り替わってくれなかった。逆の手で【短刀術】を使おうとするには、一旦動きを止めて集中しないと不可能だった。
「そう上手くはいかないか」
多少難点は残るが手数を増やしたり、攻撃の隙を補う方法は確保できたのでよしとする。
しばらくの間はこのダンジョンで両手でのスキルの切り替えを練習して使えるようにしておいたほうがいいだろう。
「そういえば……、ここに来てからずっとダンジョンしか行ってないな」
目の前のゴブリンに止めをさしながらそんなことを思い出す。
森でゴブリンを狩っていた頃が懐かしく感じるほど外で狩りをしていない。
(さすがに森での感覚を忘れてしまうのはまずいんじゃないか?)
ふとそんなことを考えてしまう。
この街にずっといるつもりでもないし、ここ以外では外でモンスターを狩ることがほとんどだろう。
そうなってくると勘を鈍らせるのはよろしくない。
「一度外でモンスター討伐でもやってみるか」
感覚を思い出すだけなので、モンスターでなくても獣でも問題ないだろう。
店で使える物を獲ってくれば、おやっさん達に喜ばれるかもしれない。
「まだ時間もあるし、ちょっと下見に行ってくるか」
俺はそう思い、ダンジョン探索を切り上げ、ダンジョンの近くにある山へ向かった。
「さっむ!」
が、寒かった。
この辺りは雪が積もることはないそうだが、それでも寒い。
ダンジョンは温度管理されているのか、寒さを感じることはなかった。
店や宿も当然寒さを感じなかった。寒さを感じるのは移動のときくらいだったので、山も大したことないだろうと高をくくっていたのだ。
だがそれは誤りだった。
大丈夫だろうと思ってしまったのは今まで外で活動している時間が少なかっただけだったのだ。
山に入り、時間が経てば経つほど体の芯から冷えていき、体の震えがゆったり揺れるメトロノームから機械の震動のように変わる。
冷たい風が耳に吹きつけ、痛みを感じはじめる。吐く息は白く、煙のようだ。
山の中は空気が凍りついてレンズにでもなったかのように遠くまでよく見える。
枯れ木や枯れ枝の間を風が吹き抜け、獣の鳴き声のような音を出す。
もっと長居しろといわんばかりに強い向かい風が俺を押し止めようとしてくる。
冷気にさらされて全身の体液が凝固してしまったような気分だ。
「何もいねぇ……」
そして生き物の気配を感じない。
寒さを我慢して歩き回ってみたが、全く気配を感じなかった。
冬場はモンスターが少なくなると聞いていたが、ここまで何もないとは予想外だった。
獣の類も冬眠でもしているのかもしれない。
体の震えを止めようとガッチリ腕を組んで呆然としていると、目の前に雪がチラついてきた。
地面に接触すると溶けているので積もることはないだろう。
だが寒い。
限界だ。
「おうちにかえる!」
外での狩りは暖かくなってからでないと無理だということが分かっただけでもよしとするべきだろう。
とにかく宿に帰って体を温めないと風邪をひいてしまいそうだ。
しかし、獲物を探してかなり山の奥まで来てしまっている。
ここから戻るには、かなり時間がかかるだろう。
俺はカチカチになった体を動かし、壊れたロボットのような動きで宿へ帰った。
…………
「ふぃ〜」
宿に戻ると急いで風呂に入り、固まった体をほぐして出てきた第一声がこれだ。
じっくりと体を温めて風呂から上がる。だが、まだ体の奥が冷えているような気がする。
これはもっと温めないといけない。
俺は魔道コンロに火をつけると金網を載せ、その上にフライフィッシュの吻を置いた。
オリン婆さんに許可を得て、換金せずに二個だけ貰っておいたものだ。
それを軽く表面に焦げ目がつくまで火で炙る。
その後は米を炊くのに使った土鍋を出し、そこに水を張って焼いた吻を投入する。
そして吻をじっくり煮ていく。灰汁が出るかと思ったが問題ないようだった。
その間にアイテムボックスに入れておいたオーク肉と適当な野菜をカットし、皿に盛る。
さらに焼き物のコップに酒を注ぐ。深めの取り皿に味噌、醤油、レモン汁を入れる。ゆずやすだちが欲しかったが見つけることができなかったので、今回はレモンで代用した。
「うし、やってみるか」
吻を取り出し、土鍋に仕切り板を立てる。
半分に野菜や肉を投入し、半分に酒の入ったコップを入れて燗をつける。
今回の夕食は吻から出汁がとれるかもしれないと思い、鍋にしてみたのだ。土鍋に味噌なども投入した方が味は良くなりそうな気もしたが、俺の料理の腕だとただの味噌汁になりそうだったので、取り皿に入れるだけにしておいた。
酒を温めるのに仕切り板を使ったので一人で食べるのに丁度いいくらいの分量になりそうだ。
出来上がりを想像しながら具材に火が通るのを見守る。
静かな冬の夜にクツクツと鍋の煮える音だけが聞こえてくる。
頃合なので先に温めていた酒を取り出す。
「あちちち」
酒を入れたコップが熱いのを我慢して持ちながら口へ運ぶ。温めた酒が口の中に広がり、それと同時に熱を帯びた酒精が喉を伝って胃に到達するのが分かる。
「っぱあぁぁ!」
豪快に息を吐く。鍋に冷たいビールも捨てがたいが、これこそ冬の醍醐味だろう。
「あったまるわ〜」
結局昼飯は食べそびれたので、空きっ腹にアルコールが染みこんでいく。
チビチビ酒を口に含みながら、次の酒を別の容器に入れて鍋に投入していく。
「そろそろいいかな?」
具材のほうも火が通ってきたようだ。
今回鍋に入れたものはオークの肉、豆腐、白菜、大根、葉物だ。オークの肉と大根は薄くスライスしたのでしっかり煮えている。
鍋料理に何を入れるかなんて覚えているわけもないので、入れたものは適当だ。だが、大きく味の変化するものは入れていないので、まずくはなっていないだろう。
俺は白菜を箸で取ると取り皿のレモン醤油に味噌が入ったタレに軽くつけて口に運ぶ。白菜は火が通ったせいか、少し半透明になってほんのり湯気を出している。
箸で持っているとタレが落ちそうになり慌てて口の中へ入れた。
「ほふっほふほふ」
一気に口に入れたのでかなり熱く、なんとか息を吸い込んで白菜を冷まそうと格闘する。
ちょっと落ち着いてきたので咀嚼すると、シャクシャクとした歯応えとともに旨味を含んだ水分が溢れてくる。タレの酸味と塩気が白菜の味を引き立てている。
「いいねぇ。次は肉いってみるか」
俺はスライスしたオークの肉をすくい出し、タレにつけて口へ入れた。
肉の味がする。
まごうことなき豚肉の味だ。
精肉された状態で豚肉とオーク肉で食べ比べをしても、俺にはどちらがどの肉か分からないだろう。
柔らかいがかみ応えがあり、かめばかむほど肉独特の旨味を感じることができる。
この肉からもいい出汁が出てくれそうだ。
「次は豆腐をいってみよう」
俺は豆腐を掴もうと箸で挟んだ。しかし、力加減を間違えて豆腐は掴めず割れてしまった。
「ちょっと力をいれすぎたな」
今度は割れた豆腐を細心の注意を払い、そっと箸で掴む。崩れる前に素早く取り皿に移し、タレをつけたあと口に運んだ。
「あっつ!」
豆腐から噴出した汁があまりにも熱くて悶える。
豆腐は大量の水分を含んでいて、かむとその水分が一気に放出される。
そしてその水分は鍋で限界まで熱せられていたのだ。
それは刺激に弱い口内では致命的な熱さだ。
俺はその熱さになんとか耐えながら豆腐を飲み込んだ。
一旦気持ちを落ち着けるため、酒を一口飲む。
「ふ〜」
鍋で豆腐のような汁気を多く含んだ物を食べるときは気をつけなければならないのにすっかり忘れていた。
だが、こんな失敗をしながら鍋をつつくのが、なんとも懐かしく感じられて楽しい。
「よし、どんどん食うぞ!」
俺は久しぶりの鍋を思う存分楽しんだ。
「う〜し、空になったな……」
そう言いながら鍋の中を見れば水分以外は空っぽになっている。熱々の鍋との格闘は体の芯から温まるものだった。
そして、これから第二ラウンドに突入だ。




