21 ステップアップ
俺は軽く息を吐くと【疾駆】を使い、店へひた走った。
まだ朝だが、さっさと謝らないとまずい。
サボっていると思われるなら問題ないが、ダンジョンでケガして来れないとか心配されていたら洒落にならない。
俺は土下座のイメージトレーニングをしながら店へ向かった。
店に着くとやはり音信不通になったためにかなり心配させてしまったようで、相当絞られた。
本当に悪いと思い、何度も謝ったがこれは後を引きそうな予感だ。
それから連日の土下座の効果もあり、日に日におやっさんの眉間の皺は薄れ、娘ちゃんのぷっくりした頬も縮んでいった。
二人の雰囲気も元に戻り店の手伝いを終え、宿に帰る途中ふとあることに気づいた。
「……婆さんにも言ってないわ」
しかも店のことに気をとられていた間もオリン婆さんに会っていない。
やばい。
ボコボコにされる未来しか見えない。
でもよく考えるといつもボコボコにされていたので、いつも通りのような気もする。俺は翌朝生還できることを祈り眠りについた。
「覚悟はできてるんだろうね?」
オリン婆さんと数日振りに会った第一声がそれだった。
「……はい、すいませんでした」
数分後、俺は稽古という名のおしおきを受け、全身がコントロールできない痙攣に襲われていた。
「しばらく何してたんだい?」
「ちょっとトラブルに巻き込まれて身動きが取れませんでした。解決はしたのですが連絡をとる手段がなかったので今まで言えませんでした。すいません」
「そうかい、ならいいさ」
この追求しない男らしさ、見習いたい。でも俺はネチネチ聞いちゃうタイプ。
それからはいつもの生活リズムに戻った。
今日も相変わらず早朝はオリン婆さんにボコボコにされている。
「スキルを使わずにスキルを使いな」
倒れた俺にオリン婆さんがそう告げる。
「どういう意味だ?」
使わずに使うってなんだよ。
俺は一休さんじゃないんだから、もっとわかり易く説明してほしいものだ。
「そのままの意味さ。スキルを使わずにスキルを再現するのさ」
「ああ、なるほど」
スキルを使わずにスキルをなぞるような動きができるようになればいいわけか、と一人納得する。確かに今まではスキルを使うなと言われたのでガムシャラに斬りかかっていたが、それよりはいい動きができそうだ。
俺は立ち上がると再び木刀を構えた。
「来な」
オリン婆さんの短い合図と共に模擬戦が再度はじまる。
スキルを使っていたときの感覚を思い出しながらそれをなぞるように動く。
そうやって動くことでどれだけ自分の動きに無駄が多く、バラけた動きだったのかがよく分かる。
スキルのイメージと自分の体の動きがぴったりと合わさるように心がける。
以前なら体力も経験もなかったので難しいことだっただろうが、今なら高い能力値と散々モンスターを倒してきた経験がイメージとのシンクロを補助してくれる。
しばらくするとオリン婆さんに決定打を浴びせることはできないがこちらも攻撃を貰わなくなった。
今まで拮抗した状態を作ることができなかったのでかなりの進歩だ。
ただ、進歩したとはいえオリン婆さんはその場から動かず、片手で木刀を振っているので実力の差は歴然だったりする。
「止めな」
オリン婆さんの合図で木刀を下ろす。
「ちょっとは見れるようになったじゃないか。稽古は今日で終わりにするよ」
「ありがとう。なんとなくコツがわかったよ」
「今のアンタなら中級者用ダンジョンでアタシとパーティーを組んでも問題なさそうだね」
「お、いいの? じゃあ今度の休日に中級者ダンジョンへ行こうぜ」
「わかったよ。あんまり調子に乗るんじゃないよ」
「片手で相手されたうえにその場から一歩も動かせないのに調子に乗れるわけないだろ」
「わかればいいのさ。それで何を狩るんだい?」
「そうだな…………」
…………
それから何事もなく休日を迎え、俺たちはダンジョン探索へ向かった。
俺の【気配察知】ですぐに今回の獲物を見つけ、それぞれ武器を構える。
「まあ、こいつらなら集団で行動してるし稼げそうだね」
オリン婆さんは腰の刀に手をそえ、モンスターの方に視線を固定したまま話しかけてくる。
「違う。そうじゃないんだ」
俺は弓を構えたままオリン婆さんの考えを否定した。
「狩り易いってことかい? アタシゃ面倒くさい部類に入ると思うけどね」
「違うんだ。俺はこいつの外見を見たときピンときたんだ」
「何のことだい?」
「オークが肉をドロップするならこいつらだってありえるんじゃないかってね」
「アンタまさか?」
「気づいたみたいだな。婆さんだって食いたいだろ?」
「そりゃあ、とんとご無沙汰だからね」
遠くを見るような目で何かを思い浮かべるオリン婆さん。
俺もその顔を見ながら深く頷く。
米があるなら食いたいに決まっているそれを思い浮かべ、俺は目をカッと見開いた。
「俺も食いたいんだ! 魚料理を!」
俺は心の奥底から湧き出た叫びとともに今回の獲物になるフライフィッシュに向かって矢を射った。
それが合図となってオリン婆さんも一気に接近する。
一射目は見事命中し、フライフィッシュを仕留める。オリン婆さんがフライフィッシュの集団に近づくまでにはまだ時間があるので、矢を番え第二射目を射る。これも見事命中し絶命させた。
仕留めた二匹目が地面に落ちるころにオリン婆さんも攻撃範囲に入り随時攻撃を開始していく。
そこからはあっという間だった。
「ふぅ〜」
「今回は何も出なかったねぇ」
フライフィッシュを全滅させ、地面に残った魔石を見ながらオリン婆さんは残念そうに呟いた。
「今日中に出ればいいんだし、焦ることはないさ」
「それもそうだね。身が出たらアタシゃ煮付けが食いたいよ」
「お、いいねぇ。俺はてり焼きとかかなぁ。いや、いけるなら刺身がいいな」
「アンタも攻めるねぇ」
お互い頭の中は魚料理のことで一杯だ。
あの和食屋に持ち込めばなんとかなるだろうと思っている俺たちの妄想は止まらない。この街では魚介類は中々食えないので、もしここで手に入れば本当に嬉しいのだ。
その後も狩り続け、とうとうお目当てのドロップアイテムが出た。
出たのは良かったのだが…………。
「……いや、違うだろう」
「……こりゃなんだい?」
目の前にはフライフィッシュの吻がドロップしていた。
いわゆる上顎、カジキマグロのくちばしみたいにとんがってる部分だ。
「そうじゃないだろう! なんだよフンって読めねぇよ!」
「とんだ骨折り損だね」
全くだ。
オークが肉なのになんで空飛ぶカジキマグロは身を落とさないのか。
理不尽だ。
魚の身は手に入らなかったが群れを狩りまくったので魔石は大量に入手できた。
オリン婆さん大活躍といったところだ。
今回も俺は弓での援護に徹したが二人で戦う時はその方がいいようだ。
無事探索を終え、ギルドへの道すがらオリン婆さんはフライフィッシュの吻を掌の上で器用に回転させていた。
ダンジョンの出口にいた職員に聞いたところによると一応素材として買い取ってくれるそうだ。
「アタシゃ歯が悪いからこれは遠慮するよ。アンタが好きなだけかじりな」
そう言ってクチバシみたいな骨を半眼で見つめるオリン婆さん。
「かじれるわけないだろ、骨だぞ。まあ薬の材料になるらしいから買い取ってくれるみたいだ」
「そうかい。ならいいんだけどね」
魚が食えると期待していただけに二人とも意気消沈気味だ。会話も元気がない。
よく考えればダンジョンで魚の身が手に入るのならいくら不人気モンスターとはいえ、魚料理も普通に食べれるはずだったのにそれに気づくことができなかった。
結局思いつかなかった俺たちのミスだろう。
その後貰った報酬を山分けし、それぞれの宿へ帰った。
俺は宿へ帰る途中に武器屋へ寄ってみることにする。
街の中は人で賑わっているが夕方になると少し薄暗いせいか何とも言えない寂寞さを感じる。これから日が沈んでくると寒さが一気に増してくる。
俺は震える体を抱え込みながら小走りに店へ向かった。
武器屋に着くと店内にはそこそこの客がいた。
今の時期は冒険者が多いため、流通が盛んで日を空けると品揃えが結構変化するのでちょくちょく顔を出しているのだ。
今のところ掘り出し物には出会えていないが色々な商品を見れるので参考にはなっていると思う。
オリン婆さんとパーティーを組むと戦闘が早く済むし、報酬の分配などの雑事も気心が知れているので余分な話も少なくスムーズに事が進む。
そのため今日は時間に余裕があるので武器屋の隅から隅までじっくり見て回ることにする。
「何かいいものないかなっと……」
今一番欲しいのは刀だが、やはり高くて手が出ない。二番目は槍だ。
どちらも欲しい理由は覚えたスキルを試してみたいためだ。
槍は手頃な物がかなりあるのだが、逆にそれがもう少しお金を貯めていいものを買おうという気持ちにさせてしまい、今まで手を出せずにいる。
(いい加減買うか)
ずっと迷ってるわけにもいかないし、今日槍を買おうと決める。
これからはオリン婆さんとのパーティーも組めることになったし、ちょっと高めの買い物でもなんとかなる。ここは買おうか迷っていた槍よりワンランク上の槍を買ってしまおう。
そう思い、槍に手を伸ばした時に側にあった物がふと目に入った。




