20 激重である
勇者の活躍する話なら色んな場面で使えそうだ。
俺は内心ワクワクしながら勇者の話を待った。
「えっと、じゃあ改めて……。僕が生まれたのは小さな村なんですが、結構危険な場所でモンスターがよく出たんですよ。まだ小さな頃に幼馴染の女の子と遊んでいた時にモンスターに襲われたのですが、その時に女の子を庇ってモンスターを一撃で倒した辺りがことの始まりですね。
そんな小さな子がモンスターを倒せるなんて不可能なことだったので村で大騒ぎになったんですよ。その後はその幼馴染とパーティーを組んで周辺のモンスターを一掃しました。これで村も安全になったし、モンスターの報酬でお金も溜まるとみんな喜んでいたのですが、その話を聞きつけた領主様が村の治安を良くしたお礼にと僕らを学校に入れてくれることになりまして、二人で学校に行くことになったんですよ。それで学校に行ったらたまたま僕が学年で一位の成績を獲ってしまって、今まで一位だった魔法使いの女の子に目をつけられてしまったんですよ。初めはケンカばかりしていたのですが、モンスターの討伐演習で一緒のパーティーになったとき魔法のアドバイスをしたら、それが上達するきっかけになって仲良くなったんです。学校卒業後は幼馴染と魔法使いの子の三人でパーティーを組んで冒険していたのですが、ある時誘拐の現場を目撃したんです。誘拐された人物を助けたら貴族のご令嬢だったんですよ。その子に気に入られて四人パーティーで行動するようになったんです。その後はギルドの方にもかなり貢献できて、その功績が認められてご令嬢と婚約することになったのですがその辺りからおかしいことになっていって……。
まず、幼馴染がケガをして依頼に参加できずに一人で療養中の時に、窓から転落して亡くなりました。その次に、魔法使いの子が実験中に誤って爆発事故を起こして亡くなりました。最後にご令嬢が二人の死に耐え切れず、首を吊りました。幼馴染が亡くなったときから違和感を覚えていたのですが、ご令嬢の死体を見たときはっきりとわかったんです。全員誰かに殺されたんだって。彼女の死体には首を絞められたあとが二箇所あったんです。絞殺してから首を吊ったから痕が二つ残ったんです。それから間もなくして複数の縁談の話が持ち上がりました。どうやら僕を貴族間の政治的抑止力として利用しようとしていたようで、みんなはその犠牲になってしまったんです。それで今はその犯人とおぼしき貴族のご令嬢と婚約の話が進んでいて、形だけですがこの街の管理をやっていることになっています」
「お、おう」
結局生まれから話しやがった。
しかもなんか想像してたのと違う。
タイトルつけるなら、"チート勇者でハーレムになったけど謀略でヒロイン全員殺されて鬱いです。" とかになりそうなくらい違う。
もっとハーレム満喫してないとダメだろ! ドロドロしすぎだろ!
スナック感覚って言ったじゃん。お前の常食スナックは鉛でも入っているのが普通なのかってくらい重いよ。
洒落にならないレベルだ。
どう声をかけたらいいかわらかない。
「やっぱり村の生まれだとダメなんですよ。事あるごとに村のみんなや家族が脅しの材料に上がってくるし、権力が絡むとこちらは身動きがとれなくなるんです。どんなに一人の力が強くても結局自分自身しか守ることができないんです」
激重である。
だからって重いよ、なんて言える雰囲気など皆無である。
後ろ盾って重要なんだなぁ、そう思わせてしまう話だった。
とにかく謝罪だ。
「すまん、辛いことを聞いてしまって、勇者と言われるくらいだからきっと色々な経験をしてるだろうと軽はずみなことを言ってしまった」
「いえ、お気になさらないでください。僕が話したくて話したことですから」
勇者は薄幸としか言いようのない笑顔をこちらに向ける。
見てるこっちが身につまされる思いだ。
「おやおやぁ? どうも店が辛気臭いと思ったら、赤いのがいるじゃないか」
俺がどう声をかけたらいいか迷っていると背後から妙に芝居がかった声が聞こえた。
振り向くとそこには緑の髪をした男と複数の女がいた。緑の髪の男は見るからに貴族といった装いで左右にいる女性の腰に腕を回している。
四〜五人いる女たちはかしましい声を上げて男の周りで騒いでいた。
女を侍らせた緑の髪の男はまさしくハーレム貴族といった風だ。
「……あ、どうもご無沙汰しています」
赤い勇者は軽く頭を下げる。
「一人寂しく夕食をとるなんて可哀想に。同じ勇者として同情を禁じえないよ」
緑の髪の男は片手で顔を覆いオーバーアクション気味に嘆く素振りを見せる。
周りの女たちはそんな男の身振り手振りを見てクスクス笑っている。
(……うっわ〜。また濃いのが来たな)
あの男も自分のことを勇者と言っている。勇者っていうのはそうホイホイ名乗れるものでもないだろうし、やっぱり職業として選択できる可能性が高い気がする。
それにしても赤い勇者に緑の勇者か……。
妙にうどんとそばが食いたくなってくるな。
「それじゃあ僕たちはヴィッッップルームへ行くからここで失礼させてもらうよ」
ビップのところを異常に巻き舌で発音したのは何か意味があるのだろうか、などと考えているうちに緑の勇者は店員に案内され、店の奥へ消えていった。
「何あれ?」
貴族なのについあれ呼ばわりしてしまう。俺まじ不敬。
「彼も勇者なんですよ。貴族の生まれで女性関係も華やかな人なんです」
「華やかねぇ」
「はい。決して悪い人ではないのですが、ウザいです」
「確かに。まあ、あいつはヴィッッッップルームに行ったみたいだし、こっちも飲もうぜ」
「プッ、そうですね」
赤の勇者は俺の巻き舌がツボに入ったのか少し噴き出した後、勧められるままに酒を飲み少し酔ったようだった。
俺はさっきの話がどこまで確証があるのか気になった。
「なあ、その貴族がみんなを殺したのは確実なのか?」
偶然や本当に事故って可能性もある。
「ええ、従わなければお友達の次は家族が事故にあうかもしれないみたいなことをほのめかしてきましたよ。僕が誘いを断ろうとしたときも実際に死にかけた人もいます」
「真っ黒じゃねぇか」
「はい、他にも色々あるので間違いないです。僕はもう……どうしていけばいいのか……」
「その貴族を殺しちゃうのはどうだ?」
なるべく明るめに言ってみる。
「それも考えたのですが、うまく殺せたとしても僕が存在する限り、第二の脅迫貴族が出てくるだけのような気がするんですよ」
「……確かに」
「はじめは、村が安全になればいいと思ってやっただけのことだったんですけどね。目立ち過ぎるとお金も権力もない状態では身動きがとれなくなってしまいました」
「いっそのこと逃げたらどうだ?」
「人質がいるので簡単には無理ですね。逃げたとしてもしつこく追ってくるのですよ」
「行方不明とか生死不明に偽装すればいけるんじゃないか?」
俺は腕組みをして黙考したあと、そう言ってみる。
「どういうことですか?」
「この街には上級者用ダンジョンより危険な立ち入り禁止のダンジョンがあるだろ?」
「ええ、とても危険なので封鎖してあります」
「そこに攻略すると言って入り、見つからないように出てきてダンジョン攻略に失敗して中で死んだように見せかけるのはどうだ?」
俺の頭で考え付くことといったらこのくらいだ。
「なるほど、面白いですね」
「一人で入る理由や見つからないように出る方法を考えないといけないけど、一度やってしまえば見つける方法もないんじゃないか? 危険なダンジョンなら調査もおざなりになるだろうしな」
「勇者は他にも結構いますし、探すのが面倒な状態になれば僕の事も見限るかもしれませんね」
「え……、勇者ってさっきのとあんたの二人だけじゃないの?」
「いえ、各地に結構な確立でいますよ。この街にはさっきのと僕の二人ですけどね」
「勇者になる条件って何なの? 俺もなれたりする?」
「勇者は職業ですが貴方はなれませんね。詳しくは言いませんが条件があるんですよ」
「そうなんだ」
「ええ、かなり特殊な条件なので、普通の人はなれませんね」
俺はここでさらに少し考える。そして赤の勇者にある提案をした。
「あ〜、勇者の条件教えてくれるならダンジョンから見つからずに出るの手伝おうか?」
「わかりました。いつ決行しますか?」
もっと迷うかと思ったが案外あっさり了承してくる。この勇者、やる気である。
これで本当に俺は勇者になれないかがわかる。
「決断早いな、おい。こっちはいつでもいいぞ。そっちの予定にあわせるよ。準備が出来たら呼んでくれ」
「じゃあ、予定が決まったら宿を訪ねますね」
「覗くのは簡便な」
「ちゃんとノックしますよ」
その後は今までのうっぷんを晴らすように二人でしこたま飲んだ。
…………
――数日後。
俺たちは立ち入り禁止ダンジョンの中にいた。
勇者が一人でダンジョン探索をするのに貴族が難色をしめしたみたいだが、かなり強引に押し切って進入することに成功したようだ。
今は安全なポイントで時間つぶしに会話しながら酒を飲んでいる。
「村の方は大丈夫なのか?」
「僕がいなければ手を出す意味がないですからね。村自体が自活できているので何かしようとするとそれ相応の労力が必要になってきますし、無駄になると分かってわざわざ何かすることはないので大丈夫でしょう」
「そうか」
「うまくいったら、しばらくは身を隠して村の様子を見るつもりです。問題ないと判断したら国外にでも行こうかな」
「海外旅行みたいなもんだな。お勧めの国とかあるか?」
あまり深刻になりすぎないように話題をそらす。
「そうですね観光で有名な国といえば…………」
そんな会話をしながら酒をチビチビやっていた。
俺がどうやってダンジョンに入ったかといえば、勇者の後ろを【気配遮断】と【忍び足】を使ってついて行っただけだ。
ダンジョンの職員は九時までの勤務なので、それまで時間を潰して後は俺と勇者が手をつないで【気配遮断】と【忍び足】を使って外に出ればいいだけだ。
「そういえば、約束覚えているか?」
「勇者になる方法でしたね」
「ああ」
「成功してからでもいいのですが、待ってる間暇だし今話しますよ」
「おお。失敗しても後でいちゃもんつけるなよ?」
「僕としては駄目もとなところもあるので、そんな事はしませんよ」
「助かる。で、方法は?」
「生まれたときに前世の記憶、ただの前世ではなくこことは違う異世界での記憶があることが勇者になれる条件ですね。その条件を満たしていると職業の項目に勇者があり、選択可能となります。他の職業になったことがあると勇者にはなれないです」
「生まれた瞬間に決まるのかぁ。それに前世の記憶ねぇ」
「ええ、みんな前世の記憶があるため、即決で選択しちゃう人が多いですね」
「なるほどなぁ」
「後、勇者という職業は上位職より一段上の最上位職になっています。最上位職を選択するとロックされてしまい、他の職業になることができなくなります」
「え、そうなの?」
「はい、ですので勇者は一生勇者です」
「ってことは俺は勇者になれないな……」
「だから言ったでしょ?」
「で、今さらっと出た上位職とか最上位職って何?」
「メニューから選べる職業は三種類に分類されます。それが下位職、上位職、最上位職です。下位職で経験を積んで条件を満たすと上位職と呼ばれる職業が選択可能になります。最上位職はそれとは別枠。特殊な職業といった感じですね」
「へぇ……、なるほどねぇ」
今の説明を聞く限り、転生した時点で二十歳位なうえに転職しまくってる俺には勇者になることは不可能なようだ。
それと勇者は全員転生者ということになる。
もちろん目の前の赤い勇者もそうだ。
でもなんで俺とは転生の仕方が違うのだろうか。
俺が転生者だとカミングアウトして、どうして違いがあるか聞いて答えがわかるだろうか……。
(……知ったところであまり意味ないか)
勇者になれないことは分かったし、それ以上どうしようもないだろう。
転生の違いで何か差があるのかもしれないが、今俺のことを知られてまで聞き出したいことでもない。
「そんなにショックでしたか?」
勇者は俺が黙考していたのをショックで放心していたと勘違いしたみたいで声をかけてくれる。
「まあな。強い力があれば食うのに困らないと思ったんだけどな」
「その代わりに自由がなくなりますよ?」
「そうだったな。ならいいか」
「その方が懸命です」
そこで一旦会話が途切れ、辺りを沈黙が包む。
「しかし、待っているときって中々時間が経たないな」
「そうですよね。ちょっとモンスター退治でもします?」
「いやいや、ここって立ち入り禁止になるほどヤバイのが出るんだろ?」
「ああ、あなたは倒さなくても大丈夫ですよ。僕がなんとかしますんで」
「一人でなんとかなるものなのか?」
「下層はさすがに無理かもしれませんが、この辺りなら問題ないですね」
「よし! 俺の経験値を稼ぐんだ!」
ちょっと私欲がはみ出てしまう。
「そうしましょうか。さすがに当日の深夜に抜け出すよりかは、何日か留まった方がいいでしょうしね」
「おう、日帰りから連泊コースに変更か。俺はあんまりここにいるとまずいんだが」
店には何も言っていないので無断欠勤である。
「三日位を目処にしましょうか」
「わかった。それで頼む」
「元々偽装とはいえ、探索用の荷物は持ってきてますし何とかなるでしょう」
持ち込んだものを聞くと、怪しまれないため探索用の荷物は持ってきているが夜逃げ用の荷物や資財は持ってきていないそうだ。これでは仮にうまく抜け出すことができたとしても大変な旅になりそうである。
…………
――それから三日後。
「どうですか、レベルあがりましたか?」
「……まあな………」
俺は勇者に聞かれ、ステータスをチェックする。
ケンタ LV12 暗殺者
力 63
魔力 0
体力 22
すばやさ 71
暗殺者スキル(MAX)
LV1 【暗殺術】
LV2 【忍び足】
LV3 【気配遮断】
LV4 【跳躍】
LV5 【張り付く】
狩人スキル(LV5MAX)
サムライスキル(LV3)
戦士スキル(LV4)
三日でこの成長は反則である。
モンスターを狩ると決まってから職業を戦士から暗殺者に換えておいたが能力値の上昇が凄いことになった。ひとまずレベル上げも終わったので、職業を戦士に戻しておく。
「なんか短期間ですごい上がったよ」
「それは良かったです」
「なんとも複雑な気持ちだ」
「まあ、モンスター倒しまくりましたからね」
勇者のその言葉通り、睡眠時間を限界まで削ってモンスターを倒しまくった。
軽く隠れて出るはずがなぜこんなブラックなことに……。
それにしても、ここに出るモンスターは規格外だった。
とにかくデカかったし強かった。
出てくるモンスターも中級者用ダンジョンまでとは違い、何種類にも増えていた。
ダンジョンもモンスターの大きさにあわせて大きくなっており、全体の構造は通路と大部屋の組み合わせになっていて、大部屋にはボス級の大型モンスターが鎮座している有様だ。
当然俺が何かできる相手は一匹もいなかった。
それを勇者は赤子の手でも捻るようにポイポイ倒していった。
本当に別次元の戦いだった。こいつのレベルが単に高いだけだと思うが、他の勇者もあんなに強いなら、もし勇者を敵にまわしてしまえば俺は確実に死ぬ。
「じゃあ出ますか」
「そうだな」
通路に衣服や装備を置いてダンジョンに喰われた偽装を行うか迷ったが下手に証拠になるような物を残すのは勘付かれる危険があるので止めておくことにする。
俺は勇者の手を握り【気配遮断】と【忍び足】と【暗視】を使いダンジョンを出た。そのまま街を出て街道をそれたところまで行き、手を放す。
「ここまで来れば大丈夫だろう」
「うまくいきましたね」
「後は俺がダンジョンに戻って鍵閉めておくから」
「お手数をお掛けします」
「いいよ、レベル上げもしてもらったしな」
「それでは、色々ありがとうございました。またご縁があればお会いしましょう」
「ああ、うまくやれよ」
勇者は軽くお辞儀するとまるで夜の闇へ溶け込んでいくかのように消えていった。
俺はそれを見送った後、ダンジョンの施設部分へ戻り、内側から鍵をかけると職員が来るのを朝まで扉の側で待った。
朝になり、出勤してきた職員が中に入るのと入れ替わるようにして俺は外に出た。
(これで一応完了だな)
俺は軽く息を吐くと【疾駆】を使い、店へひた走った。
まだ朝だが、さっさと謝らないとまずい。




