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19 朝練


「アンタ……もしかしていじめられてるのかい?」


 俺が足を向けた先には、哀れむような顔をしたオリン婆さんがいた。



 こういう時に限って顔見知りに見られたくないところを見られたりするものだ。


 多分すごいあだ名で呼ばれていて、俺が陰気な顔をしているからいじめられているように見えたのだろう。


「……違う……から。どっちかっていうと……悪友みたいな……感じだから」


 いつもなら声を張って返すところだが、疲れのせいか搾り出すような声になってしまい妙な悲壮感が漂ってしまう。


 なんていうか俺がいじめがバレるのが嫌で、見栄をはってウソをついているような雰囲気になってしまっている。


 そんな俺の言葉を聞いたオリン婆さんは慈愛に満ちた表情をしてこちらを見てたりする。


(本当に違うんだって!)


 と、叫びたいのだが疲労がピークに到達していて思うように声が出ない。



「強がってんじゃないよ。ちょっとアタシが締めりゃ大人しくなるから」


 慈愛に満ちてもやることは暴力だった。


(やめてぇ! こじれるぅ!)


 心の中の俺は必死にオリン婆さんを止めようとしていた。


 が、表面の俺は疲労困憊で抜け殻のような顔をしていたりする。



「……やめてくれ。俺の問題だから……」


 疲れが限界に来てしまい、かすれる声でオリン婆さんに訴える。



「わかったよ。男なら自分でなんとかしな」


 どうもオリン婆さんの返答は俺がケンカをして打ち負かすから手出しするなという風に勘違いしているような気がする。


 なんか違う方向で納得してくれたが言い返す力も残っていないので、これでよしとしよう。そうしよう。


「なら明日からアタシが特訓してやるよ」


 ニヤリと口元を歪めるオリン婆さん。



 殺るなら確実に。


 手ほどきはまかせろ。


 言外にそう言っている気もしないでもない。



(なぜそうなる)


 なんか違う方向に話が進んで行くが今日はもうどうでもいい気分なので明日説明しようと諦める。


「わかった。明日で……」


 俺は消え入るような声で返事をして、負傷兵のように酒場に入り、すするように飯を食い、這うようにして宿に戻った。


 …………


「……というわけなんで、誤解なんだ。心配してくれてありがとう」



 翌日、俺はオリン婆さんに会うと事情を説明した。


「まぎらわしいんだよ! まぁ、そっちはいいとして大ケガしたのは気に食わないね」


 オリン婆さんは勘違いだったことには特に照れたりもせず、俺がトロール戦でケガしたのを気にしている。


 ソロで中級者用ダンジョンに行ってることも気にしていない様子だ。


「ん〜油断したというより、経験不足だろうな。もっと色んなモンスターと戦えばこういう失敗は減ってくると思う」


「それならアタシが稽古つけてやるよ。かかってきな」


 そう言うと二本持っていた木刀の一本をこちらへ投げてよこした。


「え?」


 元々特訓すると言って呼び出されたので人気のない広い場所にいるが、誤解も解けたし後は解散かと思っていたらなぜか模擬戦をやることになった。


 モンスターと戦えば慣れると説明したのになぜそうなるのだろうか。


 オリン婆さんはモンスターなのだろうか。



「強くなればだいたい解決するんだよ。さっさと来な」


「それはありがたいんだけど、型とか奥義とかを教えてくれるんじゃなくて?」


 実際オリン婆さんほどの実力者に見てもらえるのは願ったり叶ったりだが、いきなり模擬戦とはこれいかに。


「そんなもん百年早いよ。とにかくアタシにボコボコにされればいいのさ」


「ボコボコにされるのかよ!?」


「弱いアンタが勝てるわけないだろ?」


「確かに! ハンデとかないの?」


「ガタガタ言ってないでさっさと来な! 後、スキルは使うんじゃないよ」


 と、オリン婆さんに釘を刺される。なぜそんなガチンコ勝負をしなければならないんだ……。


【縮地】でも見せて驚かせたかったが、それも叶いそうにない。


「くそっ目覚めろ! 俺の中の何か!」


 俺はやけくそになって走り出した。


 なし崩し的に戦うことになったが、やるなら一矢報いたいところだ。


 俺は木刀を構えオリン婆さんに斬りかかる。


 が、俺の攻撃はあっさりかわされ、思い切り腹を打たれた。


 それでも踏ん張り、攻撃を続けたが一度も攻撃が当たることはなく、かわされる度に重い反撃を食らい続け、耐え切れずにぶっ倒れた。


 その間オリン婆さんは木刀を構えた場所から一歩も動いていなかったりする。


 そういうのマンガで見たことあるわ、とか倒れ様に思ったりしていた。


「もう終わりかい?」


「婆さんが強すぎて練習にもならないよ」


「ふん! アンタが弱すぎるのさ。しばらく朝はここに来な」


 オリン婆さんはそのまま何事もなかったように帰って行った。


 結局、俺がボロ雑巾になったところでその日の稽古は終わった。



 それからは毎日早朝にオリン婆さんと模擬戦をやることになった。


 早朝に稽古をして、そこからトロールのダンジョンに向かい、昼になると店へ行く。休みは早朝の稽古の後はずっとトロールのダンジョンに潜る。



 そんな毎日がしばらく続くことになった。


 だが稽古といっても一方的にボコボコにされるだけだ。


 色んな臨時パーティーに参加し、自信がついてきていたが、それもオリン婆さんの木刀によって木っ端微塵に砕かれる勢いだった。


 …………


 そんなある休日、夕食を酒場でとっていると妙に店内が騒がしくなる。


【聞き耳】を使って情報収集してみると、勇者がこの店に来たという声がちらほら聞こえた。


(やっぱり勇者っているのか……、どんな奴なんだろう)


 勇者といわれるだけのことをした存在なのか、メニュー上にある勇者という職業を選択した人間なのか気になるところだ。


 いたるところから聞こえる会話の内容からキョロキョロと視線を巡らせて勇者を捜すと、程なくして該当人物を発見した。


 そいつは見覚えのある男だった。



 その男は……。



「お前! 俺のキノコ食った覗き魔野郎じゃねぇか!」


 俺の肴を食った見覚えのある顔だったので、つい声に出して言ってしまった。



 相変わらず猫背で暗そうな顔をしている。


 勇者というからもっと煌びやかなものを想像していたがイメージと大分違う。


 周りの客も怯えたりしている様子はないので危険はないのだろう。


 勇者はこちらに気づくと早足で近づいてきた。


「……ちょっと、言いがかりは止めてもらえませんか」


「部屋を覗きまくったあげく、俺のキノコ食っただろうが?」


「そうですけど……」


 ――おい、勇者があいつのキノコ食ったとか言ってるぞ!

 ――キノコってどういう意味だ?

 ――なんだ、食うってそういうことか?

 ――確かあいつは、ションベン野郎じゃねぇか。

 ――何々? あの二人が全裸で勇者が野郎のキノコ食べたって?

 ――卑猥よ! 不潔だわ!

 ――私は逆がいいと思うの!


(なんかザワザワしてる……。やめろよぉ)


 大体【聞き耳】で正確に聞こえた。


 聞こえたわ……。


「わかりました。ここのご飯ご馳走しますんで、それで許してください」


 勇者は俺に頭を下げるとそう切り出してくる。でもここの飯を奢られるくらいなら宿から覗いていたときに払うといっていた金額の方が高い。それは旨みのない、不味い話だ。



「いや、金を払うとか、奢るとかはいいからさ。なんか勇者トークしてよ」


「話ですか?」


「俺の話せるレパートリーが今のところションベン自虐ネタしかないから、なんか勇者武勇伝の一つでも聞かせてくれよ」


 これ以上変なイメージが定着するのを避けるためにも面白いネタがあると助かるので聞いてみる。


「ションベン自虐自慰ですか? ……かなり高度なプレイですね。しかもそれを人前で話すなんて……」


「ちげーよ! なんで余計なもんつけてんだよ!」


「自慰?」


「余計なもんだけ残すなよ! 逆だよ?」


「ふぅ、仕方ないですね。そういうのも久しぶりだし、いいですよ」


「さらっと流すなよ! まあ話すならいいけど」


 こいつもクセが強いなぁと思いつつ話を聞く体勢に入る。


「じゃあ……」


「ああ」


「僕が生まれたのは小さな村なんですが……」



「いやいやいや! 最近のでいいから、生まれからとか長すぎるだろ……」



「そうですか? いつも話を聞きたいと言われる方は大体、生まれからの冒険譚を期待される方が多いので今回もそうだと思ったのですが……」



 ヤバイ。

 超ヤバイ。

 何がヤバイかというと……。



 幼年編で下地を作るために魔法特訓を十万字書いたら、タイトルと内容が違うと言われ。


 学園編で成績優秀な様を十万字書いたら、登場人物が多くて把握できないと言われ。


 冒険者編でチート無双を十万字書いたら、強すぎて緊迫感がないと言われ。


 貴族編で内政無双を十万字書いたら、そういうのはいいから戦闘をしろと言われ。


 大幅に削除して書き直したら、前の方が良かったとか、そもそも主人公の性格が受けつけないと言われ。


 心が折れて筆も折れる位ヤバイ。



 ……はじまってしまう。勇者の一大スペクタクル巨編が四十万字程始まってしまう。



 このままでは俺の存在が忘れ去られてしまいかねない!


 タイトル変わっちゃう。


 止めないと。早急に止めないと。


「も、もっと軽いので頼むよ。スナック感覚のやつ」


「構いませんよ」


「おう、助かるぜ」


 どうやら聞き入れてくれたようだ。これで安心して話を聞くことができる。


 勇者の活躍する話なら色んな場面で使えそうだ。



 俺は内心ワクワクしながら勇者の話を待った。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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