異世界転生したけどヒロインなんていないし、ハーレムとも無縁だぜッ！

最終章 空中要塞イゴスにて

７０

　正面から全力を出し切って相手を凌ぐ。

　それしか残された道は無い。

　行くしかないのだ。

「ふぅ……」

　深く息を吐き、呼吸を整える。

「……いくぞ」

　片手剣を抜き、力を込めて握る。

　そして体力を犠牲に力を上げる【膂力】を発動。もはや傷だらけだし、体力なんて何の意味もないだろう。

　逆に素早さを引き換えに力が上昇する【剛力】は使用を控える。素早さはこの戦闘での要、下げるわけにはいかない。

「いくぞおらあああっ！」

　雄叫びを上げた俺は地面を蹴る。目指すは特攻してくる黒甲冑。

「無駄だあッ！　そんな状態で何ができる！？　最大級の力で踏みつぶしてやるッッッ！　肉片にしてくれるわァアアアアーーーッッハッハッハッハッッ！！！」

　エルザは二刀を抜き、片方の刀を投げ、左右の両手持ちに切り替える。

　そして両刀を前へと突き出した。

　次の瞬間、蛇腹刀が伸び、螺旋のように回転。

　刃が重なり、ドリルのようになってこちらへと繰り出される。

「うるせえッ！　ぶっつぶすのは俺だ！　叩き斬ってやるッッッ！！！」

　俺は片手剣を振りかぶり【決死斬り】を発動させようと溜めに入る。

　更に片手剣を握る手に【気配遮断】の部分発動をかけ、【暗殺術】の上乗せを図る。

（よし、発動できる！）

　俺は【暗殺術】を上乗せした【渾身斬り】を発動し、突進するエルザ目がけて振り下ろした。

　エルザは構わず、蛇腹刀をドリルのようにして突っ込んでくる。

「ケンタァアアアアアアアアアアアアーーーーーッハッハッハッハ！！！」

「エルザアアアアアアアアアアアアッ！」

　お互いがお互いの名を呼び、正面からの衝突。

　振り下ろした片手剣は回転する蛇腹刀と接触。

　力と力がぶつかり、押し合うようにして静止する二人。

　俺は踏みとどまるスキルの【耐える】を発動。一歩も動かない覚悟で剣に全力を注ぎ込んだ。

　しかし、片手剣は激しい火花を散らした後、粉々に破壊されてしまう。

　こちらは剣を破壊されたが、ドリルは健在。

　俺はすかさずナイフを抜き、力任せに蛇腹刀に打ち付ける。

「うおおおおおおおおおおおおらあああああああッッ！！」

　ナイフは勢いの止まらないドリルに接触。激しい火花を散らす。

　回転する蛇腹刀へ打ちつけたナイフは数秒ドリルを凌いだのち、粉々に砕け散った。

　が、多少威力を減衰させた感覚はあったが蛇腹刀の回転は止まらず、俺の方めがけて突進してくる。

　両手の武器を失った俺はその場で素早く回転。裏拳を放つようにして左手の手甲をドリルと化した蛇腹刀の側面へ叩き付ける。

「ふぬぅぅぅおおおおおおおおおおおおお！！！」

　俺の手甲がドリルの側面に接触。ガリガリと削れる音が鳴るも、力任せに振りぬく。

　途端、ドリルの軌道が逸れ、挙動が不自然になった。

　次の瞬間、回転していた二刀がばらけ、エルザが体勢を崩す。

　片手剣とナイフを犠牲にしたが、相手の攻撃を弾くことに成功したのだ。

「なにいいいぃいいい！？」

　二本の蛇腹刀がばらける音とエルザの絶叫が重なる。

「ここだあああああああああああああああッッッ！」

　俺はすかさずドスに触れ、【居合い術】を発動しようとする。

「させるかぁああああああああ！！」

　蛇腹刀を弾かれたエルザが立て直し、構え直す。

　エルザはその場で回転し、遠心力で蛇腹刀の軌道を修正。二刀の伸長した刃がこちらへと迫る。

「ぶった切れろぉおおおおおおおおお！」

　俺はドスを抜き、【居合い術】で十三連斬を発動する。

　ガキガキと耳ざわりな音を立てながら、二本の蛇腹刀とドスが激突する。

「アーーーーッハッハッハッハ！」

　エルザは蛇腹刀をムカデが這うように歪曲させ、俺の連続斬りを防いだ。

　蛇腹刀の巧みな動きによって、こちらの攻撃がことごとく防がれてしまう。

　連斬が防がれる中、俺は片方の蛇腹刀へ攻撃を集中させる。

「うおおおおおおおおおおおお！」

　俺は限界まで集中し、ひたすらに斬りつける。

　――そして、十三連斬を放ち終える。

　それと同時に、黒甲冑の持つ大太刀が根元から砕けた。

　柄から砕けた刀は粉々に吹っ飛んだ。

（よし！）

　片方の蛇腹刀の破壊に成功したのだ。

「おのれぇッ！」

　しかし、【居合い術】を放ち終わり、隙が生じた瞬間を狙ったもう一方の蛇腹刀が俺のドスを跳ね飛ばした。

　ドスは俺の背後へと吹き飛ばされ、無手となってしまう。

「ここでぇぇぇええすッッッ！！！」

　エルザが素早く蛇腹刀を収縮納刀し、腰を落として構える。

　その構えは紛れも無く【居合い術】発動の予備動作。

　俺がその事に気づくのと同時に、エルザの【居合い術】が発動する。

　抜刀からの二連斬が放たれた。

「うおらぁっ！」

　俺はすかさず【白刃取り】を発動。

　両手で挟み込むようにして、蛇腹刀を受け止めた。

　それと同時に、相手の腕に飛び乗り、関節をひねるようにして刀を落下させる。

　更に、【張り付く】を使って、黒甲冑の背後へと移動する。

　――狙うは……。

「ハァァ　ナァァア　レェェェエ　ロォオオオオッ！！！」

　俺に張り付かれて激昂したエルザが滅茶苦茶に飛び、暴れ回る。

　本来なら黒甲冑と柱でサンドイッチにでもすれば俺を倒せたのだろうが、肝心の柱は少し前にエルザ自身が破壊し尽くした。

　今の状況で背後に張り付いた俺をどうにかしたいなら、天井か床に叩き付けるしかないだろう。

　その予想通りに、エルザは上昇。俺を天井に叩きつけようと一気に飛び上がる。

　黒甲冑の速度は凄まじく、あと数秒もすれば俺は背部装甲と天上に挟まれてペシャンコになってしまうだろう。

　――だが、それだけの時間があれば十分だ。

　俺は集中し、アイテムボックスを起動。黒甲冑をアイテムボックスに収納してしまう。

　どデカいロボなら不可能な手だが、甲冑サイズならギリギリできると踏んだこの行動。

　黒甲冑に焦点を絞れば中身が空洞というのもポイントが高い。アイテムボックスへ収納できる限界サイズは俺が持ち運びできるかどうかが判断基準の一つになっている。つまり多少大きくても、重さが軽ければなんとか収納できるのだ。

（よし！　いった！）

　エルザご自慢の空飛ぶ黒甲冑は俺の狙い通りにアイテムボックスへと納まった。

　黒甲冑がアイテムボックスに収まったという事は――。

「どういう事だぁああああああああッ！？」

　装甲を失ったエルザがその場に取り残される。

　いきなり中空へ放り出されたエルザは何が起こったのか理解できず、叫び声を上げていた。

　そして、張り付いていた黒甲冑を消失した俺の方も同様に、空中に放り出される形となってしまう。

　黒甲冑と中身のエルザの間に多少の隙間があるためか、残念ながら継続して張り付けることは出来なかった。

　止む無く俺は空中で【縮地】を発動。空中を移動しながら体勢を整え、アイテムボックスを起動する。

（何か武器になる物は……）

　鉄杭と弓は撃ち切り。片手剣とナイフは破壊された。ドスは弾かれ、彼方遠く。

　剣やナイフの予備は無く、完全な無手。

　だが、何か――。

　何か武器になりそうな物がアイテムボックスにある筈。

　考えを巡らせた俺が取り出したのはゴブリンの森で使用していた石。

　ラグビーボールほどの石だった。

　空中で石を抱えた俺は回転しながら着地。首を巡らし、エルザの行方を追う。

　床へと着地したエルザは側にあった蛇腹刀を拾っていた。

「やってくれましたねぇえええッ！」

　エルザが蛇腹刀を拾うと同時に、反対の手をかざす。

「フレイムアローーッ！」

　唱えられる魔法名。それを合図に、かざしたエルザの手から炎の矢が無数に発生。その全てがこちらへ向けて発射される。

「それがどうした！」

　俺は石を盾代わりに掲げ、エルザへ向けて特攻する。

　炎の矢が体を掠めるも気にしない。

　急所に当たりそうなものは石が防いでくれる。

　このまま一気に接近し、蹴りをつける。

「アアアアアッ！！！」

　俺に呼応するように叫び声を上げたエルザは蛇腹刀を抜き、こちらへ向けて突進する。

　そして、ある程度の間合いに到達すると滑るように停止し、蛇腹刀を突き出した。

　こちらへ向けて突き出された蛇腹刀の刃が分断し、伸長。その鋭い刃が走る俺へと迫る。

「ダラアッ！」

　俺は迫る刃を石でかち上げ、軌道を逸らす。

「フンッ！」

　エルザは逸れた刃を一旦引き戻し、溜めの姿勢に入る。

　俺はその隙にさらに前へと駆ける。

「死ねぇぇええええええええッッ！！！」

　エルザが裂帛の気合と共に蛇腹刀を再度伸長させる。

　今度は限界まで力を溜めに溜めたであろう一撃。

　突き出された蛇腹刀は唸りを上げて螺旋を描き、俺の掲げた石へ衝突した。

　回転する蛇腹刀の刃が石をガリガリと削っていく。

　刃は数秒とたたぬうちに石を貫通。穴を穿たれた石はそこから亀裂が生じ、真っ二つに割れてしまう。

「戻らせるかあぁぁあッ！！！」

　俺は石を穿ち、威力が減衰した蛇腹刀の刃を引っつかむ。

　途端、手が切れて血がにじむが、お構いなしに握りこむ。

「なッ！？」

　刀を握られたことに驚くエルザ。

「こっちへ来い！」

　俺は握りこんだ刃を力任せに引いた。

　途端、蛇腹刀の刃がピンと張る。そして伸び切った刃が俺の方へと引き寄せられる。

　蛇腹刀を握っていたエルザはたたらを踏み、俺の方へとバランスを崩すようにして歩を進める。

「オラアアアアアアッ！」

　俺はこちらへ近寄ったエルザの顔目がけて頭突きを放った。

「グッ……」

　鼻血を出しつつ仰け反るエルザ。

　やったか、と思ったらギラギラとした目をこちらへ向けてくる。

「ガアアアアッ！」

　転瞬、エルザが頭突きを返してくる。

「ブッ……」

　俺はエルザの頭突きをモロに受け、鼻血が噴き出す。視界が揺らぎ、フラフラと後退しそうになる。

　が、堪える。頭だけ仰け反った状態で踏みとどまる。

「ぬがあああああっ！」

　踏みとどまった俺は当然頭突きをやり返した。

　額でエルザの眉間をぶっ飛ばす。エルザは堪らないといった表情で仰け反る。

　が、後退はしない。ぐっと踏みとどまる。

　そして頭を振りかぶって、こちらへ頭突きをしてくる。

「アアアアアアッ！」

　奇声と共に放たれたエルザの頭突きが俺の顔にヒット。

　激しい痛みを感じるが、ぐっと踏みとどまり、もう一度頭突きを敢行する。

「らぁあああッ！」

　そこからは数度の頭突きの応酬となる。

　俺が頭突きをすれば、エルザがやり返す。

　互いにまぶたが切れ、血が目に入るも、延々と頭突き合戦が続く。

　そして俺が何度目かの頭突きを叩き込んだ瞬間、エルザが白目をむくも一瞬で眼球が元の位置に戻る。

　明らかに意識が飛びかけていたのに、すぐに復帰してみせたのだ。

　だが、俺はその隙を見逃さず、体を回転。エルザの腹部に回し蹴りを叩き込んだ。

「グガッ……！？」

　呻き声を上げて吹き飛ぶエルザ。

　俺は握った刃を思い切り引っぱり、エルザから蛇腹刀を奪い取る。

　主からの魔力供給を失った蛇腹刀はしなびた花のようになり、使い物にならなくなった。

　できれば蛇腹刀はアイテムボックスにしまってしまいたいところだが、その時間が惜しい。

　俺は蛇腹刀を投げ捨て、エルザの方を見る。

　エルザは蹴りを受けた影響で数回バウンドし、床に倒れた。

　起き上がる気配は無く。攻撃のチャンスだ。

　だが、武器が無い。苦肉の策で取り出した石も蛇腹刀に破壊されてしまった。

　エルザから引っこ抜いた蛇腹刀は刃が伸長された状態のままなため、魔力がない俺には使えない。

　それに無理矢理使おうとしてエルザの側に持って行けば、逆に奪われてしまう可能性すらある。折角攻撃手段のひとつを奪ったのに、それだけは避けたい。

（何か……、何か武器は……）

　悩む俺がアイテムボックスから無意識に取り出したのは最初期に買ったナイフだった。

　一番はじめにゴブリンを倒した時に柄が壊れ、討伐部位を削ぐのに使っていたナイフ。

　最早これしか残っていない。

　俺は【手裏剣術】を発動し、ナイフを振りかぶる。

　狙うは倒れたエルザの胸部。

　俺が投擲姿勢に入るのと、エルザが伏せたままこちらへ義手を向けるのが同時となる。

（鉄杭は弾切れのはず……！？）

「喰らえやぁあああッ！」

　俺はエルザの行動を気にせず、ナイフを全力で投げつけた。

「アーーーーッハッハッハ！」

　俺がナイフを投擲するのと同時に、構えたエルザの義手が射出される。

（ロケットパンチ！？）

　凄まじい勢いで義手がこちらへ向けて飛んでくる。

　俺の放ったナイフとエルザの発射した義手が擦れ違い、互いの目標へと飛んでいく。

「う……」

　ナイフはエルザの胸へ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！」

　雄叫びを上げた俺は飛んでくる義手に構わずエルザへ向けてダッシュ。

　俺へ向けて放たれた義手が迫るも、気にせず真っ直ぐ走り続けた。

　いや、最早かわすことに使える体力など残されていないのだ。

　残された全ての力をエルザへ向けて走る足に注ぐ。

　全力で走る中、飛んで来た義手は俺の頬を掠めて後方へと抜けて行った。

　そして、眼前にエルザが迫る。

「うらあああああああっ！」

　俺は起き上がろうとするエルザ目がけてドロップキックを放った。

　ドロップキックは胸部に突き刺さったナイフに命中。

　ナイフを奥深くへと押し込む。

「ア゛……」

　エルザは声にならない悲鳴を漏らしながら、吹き飛ばされるようにして倒れた。

「ハァ……、ハァ……。……どうだ」

　力の全てを出し切ったドロップキックを放った後、俺は燃えカスのようになった最後の力を振り絞って立ち上がって前を見る。

　だが、エルザは立ち上がれない。

　立ち上がることはもうできないだろう。

　――俺の勝ちだ。