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 ◆



「……ハァ……ハァ」


 ミックの眼前には脱出艇の格納庫があった。



 全身に大量の汗が流れ、体の震えが止まらない。


 悪態をつくこともままならず、開いた口は肺に空気を取り込むことで精一杯だった。



 体の上から下までくまなく重症であったが、意識を失うまいと必死で抵抗し、ダーランガッタの愛剣を杖代わりに何とかここまで辿り着くことができた。


 だが傷は深く、歩くだけで消耗し、もはや立つこともままならない。


「ぐっ……」


 何とか力を振り絞って扉を開けるも、バランスを崩してしまう。


 耐え切れずに扉にもたれ掛かったその時、ミックに気づいた兵士が駆け寄ってきた。


「おい! 大丈夫か!?」


「ああ……、ピンピンしてるぜ」


 兵士の問いかけにミックはニヤリと笑ってみせる。


 だが、顔にはびっしりと脂汗が滲み、呼吸も浅く短い。


 誰がどう見ても重症。疑いようも無く危険な状態だった。



「何を言ってる!? 全身ボロボロじゃないか! 侵入者と交戦したんだな……」


「まあな」


 ミックはこちらの都合の良いように解釈してくれる兵士に感謝しながら曖昧に頷いてみせる。


「ここまで来ればもう大丈夫だ」


 こちらの健闘をたたえるように笑顔を作った兵士はミックの肩に腕を回すと、体を担いで格納庫内部へと運んでくれる。



「すまん、助かるよ。それで、皆の避難状況はどうなんだ?」


 ミックは兵士の肩を借りながら前に進み、格納庫の中を見渡した。


 内部に人はおらず、脱出艇も見当たらない。


 が、よく目を凝らすと突き当たりの最奥に脱出艇が二台あるのが目に留まった。



「ここに居た者は全て脱出した。後は侵入者にやられたか、事故に巻き込まれたんじゃないか? 多分あんたが最後だ。あんたの足より遅い奴なんていないだろ?」


 ミックの肩をポンポンと叩きながら兵士がそんなことを言う。


「それもそうか……」


 片脚がなく、重症。そんな人間より移動速度が遅い兵士はいない。


 ミックが最後の一人と言われれば、それも納得できる話だ。



「あんたは運が良かったよ。この格納庫にある脱出艇は残り二台だけ。機関室が破壊された時間から逆算して、他の格納庫も似たような状況のはずだ。ここ以外の格納庫に行っていたら最悪、脱出艇が一台もなかったかもしれない。そうなったらあんたの体力じゃあ、そのまま力尽きていただろうさ」


「何とか間に合ったってわけだな……。俺の運も中々のものだな」


 兵士の話から避難作業ほぼ終わり、脱出艇も目の前の二台しか残っていないことが分かる。


 一足遅れれば間に合っていない可能性もあったと思うと、本当に運が良かったのだろう。



「そういうことだ。ほら、さっさと乗れ。一人乗りだが、操縦する必要は無い。問題は着陸場所だ。多分海に落ちることになるから、何としても陸まで辿り着けよ。側に誰かいたら助けを呼べ、いいな?」


「何から何まですまんな」


 兵士が脱出艇の扉を開き、ミックを押し込めていく。


 体が言う事を利かないミックは、されるがままに脱出艇に身をうずめていく。


「いいってことよ。俺達、仲間だろ?」


「ああ、仲間だ」


 笑いかけてくる兵士にミックは肩を叩きながら笑顔を返した。


「よし、準備はいいか? 扉を閉めるぞ……。グアッ!?」


 そんなミックの言葉に満足したのか兵士は脱出艇の発射作業に入ろうとする。


 が、その一瞬の隙を突き、ミックは腕の力だけで兵士の首を180度回転させた。


「悪いな。そんな話を聞いちゃあ、残しておかないわけにはいかないだろ? 一台だけでもあるとないじゃあ、大違いだからな……」


 ミックは息絶えた兵士に呟く。


 他の格納庫に脱出艇があるかどうかは不明。そして、この格納庫に残された脱出艇は二台。その一台は今から自分が使用する。放っておけば残りの一台は最後に残った眼前の兵士が使ってしまうことになる。



 だが、それは避けたかった。


 脱出艇が一台も無い状態にはしたくなかったのだ。



「まあ……、どう考えても一番鈍足の俺がラストだろうがな……」


 捨て切れない可能性が頭の片隅にあったミックは付き添ってくれた心優しい兵士にとどめを刺し、脱出艇を起動する。そして今まで杖代わりに使ってきた剣を脱出艇の外壁へと突き立てた。



 自分が最後なら問題ない。


 だが、もしも――――。


 もしも、まだケンタかレガシーが残っていたら――。



 ケンタやレガシーが脱出できていない可能性はゼロではない。


 そのためにも脱出艇を残し、二人が逃げ出せる可能性を残しておきたかったのだ。



 二人とも残っていた場合は、最悪どちらか一人が脱出艇の外壁にへばりつけばなんとかなる、……はず。



「後は……、確かケンタ達の知り合いがいる無人島で落ち合うんだったな……」


 ミックは搭乗を終えた脱出艇の扉が自動で閉まっていくのをぼんやりと眺めながら、仕事を終えた後の集合場所を思い出し、呟く。


 なんでも合流場所にいるのは無人島に住んでいる変わり者の夫婦らしい。


 一番先にその島に着いた場合、面識の無い自分は歓迎してもらえるのだろうか……。


 ミックが若干の不安を感じる中、脱出艇のロックが外れ、要塞外へ向けて落下がはじまった。



 ◆



「今度は大丈夫だろうな……」


 俺の目の前には脱出艇の格納庫があった。




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