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二人が放った魔法は力が拮抗したのか、その場で押しあうかのようにして静止。
しばらくの後、二つの魔法は強烈な衝撃波を放ちつつ爆散した。
エルザは後から放った魔法でプルウブルーの魔法を見事相殺してみせたのだ。
「な!?」
予想外の展開だったのか、魔法が爆散するのを目の当たりにしたプルウブルーは小さく声を上げて固まる。
黒甲冑を操るエルザは呆然とするプルウブルーの前で舞うように地を滑ってみせる。
「調べましたよ、貴方たちの能力。勇者は大きく分けて力に優れた者と、魔力に優れた者の二つのタイプに分かれる。貴方は魔力に優れているようですね」
エルザはゆっくりとした速度でプルウブルーの周りを大きく回りながら、調査結果を得意気に話して聞かせる。
「うるさい! サンダァアアアアアッアロォオオオオオオッ!」
プルウブルーはエルザの言葉を遮ると、再度魔法名を唱える。
すると凶悪な大きさの雷の塊が数秒で生成され、矢の形となってエルザの元へ飛んでいく。
だが、エルザは慌てない。
ゆったりとした動作で手を掲げてみせる。
「フレイムゥウウウウウウウッアロォオオオオオオオオオッ!」
エルザは魔法名を唱え、炎の塊を膨張させていき、矢の形となす。
あっという間に作られた極大の炎の矢をこちらへと迫る稲妻の矢へ向けて解き放った。
再度二つの強大な魔法が衝突。二本の矢は激しい爆発を伴って相殺された。
「ハァ……、ハァ……。なんで……」
二度の大魔法で疲弊したのか、深手を負って弱っているのか、プルウブルーは息も絶え絶えに疑問の声を上げる。
きっと、切り札ともいえる魔法が全く通用しないことが受け入れられないのだろう。
「勇者とは何でも出来る万能の力を持つ者。そう言うと聞こえはいいですが、実際は器用貧乏と言った方が正しい」
エルザは独り言を呟くように言う。
プルウブルーはそんなエルザの言葉など一切聞いていない様子で、駆け出す。
「ハァアアアアアアア!」
悦に入って語るエルザへ向け、プルウブルーが渾身の突きを放ってきた。
負傷しているとは思えないほど正確で素早い突きがエルザに迫る。
が、黒甲冑が高速で機動し、その突きを容易くかわす。
「その剣技は冴え渡り、あらゆるものを切り裂く。ですが、剣聖のように一撃で城を破壊できるわけではない」
定位置に戻ったエルザは再び語り出す。
勇者の剣は強い。だが、最強ではない、と。
突きをかわされたプルウブルーは反転。エルザへ向けて手をかざす。
「サンダーアローッ!」
プルウブルーが魔法名を唱え、エルザへ向けて雷の矢を発射。
しかし、今度は普通の矢と同等のサイズの稲妻の矢。
前回まで放っていた強大な魔法ではなかった。
エルザは魔法刀を振るい、稲妻の矢を叩き落してみせる。
「勇者の操る魔法は雷の属性を帯び、勇者にしか使えない特殊なもの。ですが、魔法の威力は魔力の能力値に依存しているため、魔力の高い魔法使いが使う魔法には遠く及ばない」
魔法刀の刃を引き戻したエルザは、再び得意気に得た情報から分析した自分の考えを朗々と語って聞かせる。
勇者は独自の魔法が使える。だが、使えるだけだ、と。
「くそぉおおおおおっ!」
魔法をかわされたプルウブルーがエルザへ向けて跳躍する。
エルザへと一気に肉薄し、連続で突きを放ってきた。
だが、その軌道は精彩を欠き、不正確。数分前の鋭く冴え渡った剣技とは比較にならない程お粗末なものだった。
「勇者の動きは素早く、誰の目にも止まらない。ですが、素早さが成長の核となっているニンジャ、サムライ、ショーグンには遠く及ばない」
「うぐっ!?」
エルザは繰り出された突きを素早い身のこなしであっさりかわしきると、拳を振るってプルウブルーの腹に一撃入れる。その後、能力の解説を交えながら黒甲冑を操って急上昇する。
勇者は素早い。だが、一番早いわけではない、と。
「勇者の体は丈夫で、常人の数倍の頑強さを誇る。ですが、剛拳のように全身が鎧のように硬くなるわけでもないし、しっかりと負傷する」
エルザは天井付近で上昇を止め、滞空。刺突が届かない位置から腹を押さえてうずくまるプルウブルーを見下ろして話を続ける。
勇者は固い。だが、攻撃が通じないわけではない、と。
「ハァ……、ハァ……」
もはや打つ手がなくなったのか、プルウブルーは息を切らしながら、ただエルザを見上げていた。
「全てにおいて中途半端。全てにおいてその能力を上回る者が存在する。ただ色々出来るだけで決して強くは無い。それが貴方たち勇者。器用貧乏の象徴のような存在なのですよ。特に貴方とそこで寝ている男は勇者である事に胡坐をかき、レベル上げをおざなりにしていた。確か、ダーランガッタさんでしたか? あの方に比べれば本当に弱い。何も出来ないに等しいのですよ。まあ、そんな人達にいいようにやられたことがある私が言えたことではないのですけれどね?」
エルザはプルウブルーを前に、勇者が器用貧乏だと言い切った。
が、実際はそんなことはない。エルザ自身もそれは分かって言っている。
ただ、相手を心理的に追い詰めるため、挑発目的で言っているに過ぎない。
決定力に欠けるような言い回しをしたが、実際は全ての能力が高水準で纏まっている強力なオールラウンダー。それが勇者だ。
何者も寄せ付けない唯一の存在。大半の者がそういった印象を抱くだろう。
「うるさいっ!」
エルザの挑発にプルウブルーが叫ぶ。が、それだけだった。
傷が深いせいか、ただその場に佇み、動けない。
「ちなみに、私は強力な魔法が使えますし、素早さは貴方の上をいっています。しかも、頑強な鎧を身につけている。……剣技は貴方の連れがその身を持って味わってくれた次第です」
空中で静止したエルザは四本の腕を開き、自身の強さをアピールするかのように話す。
じっくりと調べ、入念に準備した結果、その全てにおいて勇者を上回ることに成功した、と。
実際、今の状態で勇者に負けることは無い、そう確信できる。
「うるさいうるさいうるさいッ!」
プルウブルーはただただ叫んでいた。息を切らし、血を流し、ふらふらになりながらも叫び続けていた。
「つまり、私は貴方の上位互換。貴方は私に絶対勝てない。アッハ、どうですか? 今の気分は?」
「知るかああああ!」
とうとうたまりかねたのか、プルウブルーが跳躍。
空中に居るエルザへ向けて、剣を振る。
エルザはその攻撃をあっさりとかわしてみせた。
「言ったでしょう? その剣技では私に届きません」
クク、と薄く笑ったエルザは再び天井付近で静止してみせる。
見上げるプルウブルーは黙ったまま手をかざす。
「サンダーアローッ!」
「ファイヤーアローッ!」
ほぼ同時。
二つの魔法が同時に発射され、衝突。接触した二つの魔法は相殺されて、消えてなくなった。
「言ったでしょう? その魔法では私に及びません」
エルザはそう言いつつ抜刀。
魔法刀を伸長し、フラフラと立つプルウブルーを斬りつけた。
「うぐっ!?」
プルウブルーはかわすこともままならず、袈裟斬りを受け、膝を突く。
「言ったでしょう? その防御では私を防げません」
エルザは納刀後、降下。プルウブルーの前に立つ。
「ヒッ……」
小さく悲鳴を上げたプルウブルーは戦意を喪失してしまったのか、背を向けて逃げ出そうとする。
エルザはよたよたと駆けるプルウブルーを追走。
一瞬で追いつき、併走状態になる。
「言ったでしょう? その速度では私を引き離せません」
そう言いながらエルザは飛行中に蹴りを放った。
蹴りはプルウブルーの胸部に突き刺さり、その体を大きく吹き飛ばす。
「あああああああああ!?」
蹴りを受けて吹き飛ばされたプルウブルーは何度も地面を跳ね飛び、転げまわる。吹き飛ばされた勢いがおさまり、床に横たわってしばらく経った後も、起き上がれない。
「アッハ、では最後の締めくくりに面白い物をお見せしましょうかァッ!!!」
笑うエルザは魔法刀を二本抜き放つ。
片方を持ち替え、左右両手に持った状態で限界まで加速。
飛行中に、魔法刀を伸長させ、眼前で回転させる。
二つの刀がギャリギャリと音を立てながら螺旋を描き、巨大な円錐と化す。
「ッ!?」
よたよたと立ち上がったプルウブルーが迫るエルザを目撃し、目を見開く。
もはや剣を構える力も残っていないのか、プルウブルーは棒立ちのままこちらを見つめていた。
次の瞬間、抵抗しないプルウブルーへ向けて、巨大な掘削機と化したエルザが衝突。
プルウブルーは一瞬で粉々の肉片と化し、周囲に飛散。一瞬で粉砕されたそれらは、肉の混じった血色の霧雨となり、周囲を濡らす。
回転掘削機と化した黒甲冑はプルウブルーを貫いた後も一定距離を走行。しばらくしてヘアピンカーブを曲がるかのように急旋回し、床を激しく擦過しながら停止する。それと同時に魔法刀も収縮させ、納刀。
振り返るようにして体勢を戻せば、ホールの一箇所が真っ赤に染まっているのが見て取れた。
「……ククク」
勇者二人を屠り、静寂が訪れたその場にはエルザの忍び笑いが薄気味悪く響く。
「これでいいィィィイイイイイイイイ! これでこそです! 調子が戻ってきました! アーーーーーーーーーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッッッ!!!」
プルウブルーの血肉を浴びた黒甲冑が鈍く煌めく中、エルザの高笑いが室内に木霊した。
◆
「……ハァ……ハァ」
ミックの眼前には脱出艇の格納庫があった。




