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18 誤解


 それからさらに数週間が経過した。


 休日の朝に日課のステータスチェックを行う。


 戦士スキル


 LV1 【剣術】

 LV2 【槍術】

 LV3 【剛力】

 LV4 【剣戟】 (装備中の武器を使って相手の攻撃を弾く)


「っしゃー! 上がったー!」


 喜びの余りガッツポーズを取ってしまう。




 LV4は【剣戟】というらしい。


 相手の攻撃を弾くというのは中々使えそうなスキルだ。うまく弾くことができれば相手の隙を誘発できる。


 相手の剣を弾いて隙を作ったところに一撃を加える自分の姿を妄想して顔がニヤけてしまう。これは絵的にもかっこいいんじゃないだろうか。


「とにかく、これでやっとレベル上げができるな」


 俺は職業を戦士から暗殺者に戻すとレベル上げのため、トロールのダンジョンに向かった。



 ダンジョンに入り、早速トロールを見つける。



 トロールは身長がかなり高く、体も大きいが動きがかなり鈍い。


 武器はオークと同じ棍棒だし、巨大なオークといった印象だ。トロールはこのダンジョンでは単独で行動していることが多いので横を抜けて背後も取りやすい。


 いつもの手順で素早くトロールの背後に回り、弓を構える。


「フッ」


 狙いを頭に定め【弓術】を使って矢を射った。


 矢は後頭部に刺さったが、トロールは倒れずこちらに振り向いてきた。



(……効果が薄いのか?)


 オーガの時も思ったが巨大なモンスターの頭は骨か皮が頑丈らしく、矢が刺さっても威力が期待できないようだ。


 もう一発矢を射るか迷ったが接近してくる間に弓をアイテムボックスにしまうことにして剣を構えた。


「ゴルアアアアアッ!」


 矢を受けたトロールは雄叫びを上げると、こちらに向かってきた。


 だが、そのスピードはドシンドシンと大きい音を立てる割に速くない。



 俺はすばやさを活かし、トロールの武器を持っていない方へ回りこみながら、通り抜け様に【剣術】を使って脚を斬りつけた。


 移動しながらの攻撃だったため、動きを封じるような急所を狙うことはできなかったが、しっかりと手応えはあった。


 剣を構えなおした俺はトロールの横を走りぬけると背後に周る。


 そして方向転換すると【跳躍】。一番大きい的である背中へ斬りかかった。


「ゴアアア!」


 俺が空中に跳んだのと同時にトロールが叫ぶ。


 トロールは振り向くのが間に合わないと判断したのか、それとも野生の勘なのか、腕を左右に振る体操のようにして滅茶苦茶に両腕を振り回した。


(ッ……!? まずい!)


 飛びかかった俺は空中で身動きがとれず、暴れるトロールが眼前に迫ってくる。



 なんとか攻撃を防ごうとするが体を捻ったトロールの肘が右肩に当たり、そのまま壁まで吹き飛ばされた。その際の衝撃で剣を落としてしまった。


 壁に激突した衝撃は凄まじく、反動で後頭部を強打してしまう。



(早く……立ち上がらないと……)


 激しい痛みと衝撃からくる意識の濁りが周囲の状況を霞ませる。


 なんとか状況を確認しようと頭を振り、視界をクリアにしようとする。



 ……ドシンドシンと大きな音が鳴り、それを遮る。


 ふらつく体に力を込め、立ち上がろうとする。


 感覚の濁りが薄れ、なんとか頭を起こして前を見ると眼前に棍棒を振りかぶるトロールがいた。


 俺が目を見開くのと同時に巨大な棍棒も振り下ろされる。


 俺は咄嗟に予備のナイフを抜き、【剣戟】を使う。


 ガギンッ! と、金属が接触する鈍い音を立てナイフが棍棒をそらす。


 目標を違えた棍棒は地面に突き刺さり、トロールは前につんのめった。


「うおおおおおっ!」


 俺は痛むからだを誤魔化すために声を張り上げ、【跳躍】で天井に跳ぶ。天井で【張り付く】を使って止まるとすぐに解除して俯くトロール目掛けて飛び降りた。


 そして、そのままトーロールの背にしがみつき、ナイフを持った手だけを放し、【張り付く】を再発動。これで絶対に落ちることはない。



 背中に張り付かれたトロールはなんとか俺を剥ぎ取ろうと暴れる。


 俺はそれを無視して【剛力】を発動し、トロールを背中から滅多刺しにした。



 トロールは刺される度に俺を引き剥がそうと凄まじい勢いで暴れまわる。


 だが、俺は三半規管を酷使しつつ、ひたすらトロールの背を刺す。


 すると、暴風のようだった動きが鈍くなり、最後は力尽きて床に倒れた。



 俺は【張り付く】を解除すると倒れたトロールから慎重に離れる。


 さっきまで必死に戦っていたため、感じていなかった右肩の痛みが甦ってくる。


 攻撃を受けた部分のズキズキとした痛みが凄まじい速度で増してきた。



「痛ぇ……。いってぇえええええ!」


 あまりの痛みに耐え切れず声を上げてしまう。


 恐る恐る右腕を見てみるとぽっこりと骨がはみ出ているのが服越しにわかった。


(張り付いていたときか……)


 暴れるトロールにスキルを使って無理やりしがみ付いていたのが負傷していた腕へのとどめの一撃となったのだろう。


 はじめに吹き飛ばされた時に腕の骨を粉砕され端部が尖ってしまい、それが衝撃で肉を突き破って出てきてしまったといったところか……。



「どうすんだよこれ……」


 ポーションは持っていない。


 薬草はあるがこんな状態で使っても効果があるとも思えない。



 ダンジョンの施設ではここまでの重症の治療は不可能だろう。


 最低限骨を引っ込めたいが痛くて無理だ。


 救急搬送のようなサービスもないし、このまま自力で治療院まで行くしかないようだ。


 俺は重い足取りでダンジョンの出入り口へ向かう。



 あのトロールははじめに出くわした一匹だった。そのため、戦闘していたのが入り口付近だった。


 だから、ダンジョンから出るのに時間は掛からなかった。


 俺はふらつきながらダンジョンを出て治療院を目指した。



「い……てぇ……」


 全身に脂汗が滲み、激しい痛みが歩みを妨害する。


 目に汗が入り、霞んでいた視界がさらに何も見えなくなる。それでもなんとか重い足を引きずって前に進む。


 腕が使い物にならなくなったらどうしようという不安が頭の中で膨らみ続ける。



 不安がぎっしり詰まった頭はどんどん重くなっていく。


 収まりきらなくなった不安は脂汗となって顔からしたたり落ちる。


 痛みで朦朧とするが立ち止まるわけにもいかず、ひたすら歩き続けた。


 …………


 どうやってたどり着いたかわからないが、顔を上げると目の前には治療院があった。


 じっとりと脂汗がにじむ重い体を動かして中に入ると、男性僧侶が出迎えてくれる。


「治ります。元の状態に戻せますので、どうかご安心ください」


 男性僧侶のその言葉を聞いて心が軽くなったが、治療費を聞いてまた重くなった。俺は朦朧としながらも治療に同意して回復魔法をかけてもらう。


「あー、その前にですね、回復魔法を効きやすくするために骨をある程度元の位置に戻しますね」


 そう言って男性僧侶は俺の腕を思い切り引っ張った。


 そしてそこへもう一人男性僧侶が現れて俺の露出した骨に手を伸ばす。


「ああああああああああああッーーーーーーー!」


 一人が腕を引っ張り、一人がグリグリとはみ出た骨を力任せに押し込んでいく。



 俺は耐え切れずに悲鳴をあげたが僧侶達はお構いなしに骨を適当に押し込む。


 麻酔なしで歯を削られ神経を抜かれたらこんな痛みなのだろうか。


 詩人がうらやましいくらいに痛いとしか表現のしようがない。



「いってえええぇ! やめろっ! オラアアッ」


 俺はあまりの痛みに僧侶を引き離そうともがくが、トロールにボコボコにされたうえに傷を負ったままここまで歩いてきたことで体力を消耗し、思うように力が入らない。



「はいはい、暴れないで下さいね〜。では回復魔法をかけますよ〜。ハイヒール!」


 暴れようとする俺を慣れた感じであしらいながら男性僧侶は回復魔法をかけてくれる。


 白い光が右肩から指先までを包み込む。すると映像を逆再生しているように傷がふさがり、筋肉や骨が元の位置に戻っていくのがわかる。


 あれだけ酷かった痛みも薄れ、温かい陽の光を浴びているような心地良さを感じる。



「はい、お疲れ様。終わりましたよ。料金は受付でお願いしますね」


 男性僧侶は俺の肩をポンと叩いてそう言った。


 俺は軽い放心状態のまま促されるままに金を払って治療院を出た。



 右腕をまじまじと見つめる。


 手を開いたり閉じたりしてみる。


 腕をぐるぐる回してみる。


 なんともない。


「……よかった」


 一時はどうなることかと思ったが無事元通りになった。


 腕を見つめ俺は心を決める。


(治ったならやることは一つだな)


 俺はそう考えると【疾駆】を使ってトロールのダンジョンへ向かった。



 ……今、目の前には背を見せたトロールが一体いる。


 俺はリベンジするためにダンジョンまで戻ってきていた。



 傷は治ったが負傷したし、宿で休んだ方がいいのかもしれない。


 しかし、あのまま休んでいたらトロールに苦手意識ができてしまうと思ったため、ダンジョンに戻った。とにかく何体か倒して精神的ショックを緩和する必要がある。


(方法はわかったし、なんとかなるだろう)


 そう思い、俺は剣を抜く。


 弓では有効なダメージを与えられなかったので、今回ははじめから剣でいくことにする。



 トロールの背後に限界まで接近したあと、【跳躍】を使いトロールの背に飛びつく。飛びついた瞬間に【張り付く】を使い、剣を持った手以外を固定。


 そして【剣術】を使いながら喉を裂く。


 そこから返す刃で肋骨の下から上に向かって、腹部から肺を目指して刺し入れる。



 素早く剣を抜くと【張り付く】を解除しながらトロールの背中を蹴って【跳躍】で離脱する。


 体勢を整えると、油断せずに【剣術】を使ったまま構えを崩さず様子を見る。


 トロールは暴れまわることもできず、しばらくヨロヨロと歩き回ったあと体を投げ出すように倒れた。


「うっし」


 思い通りに事が運び、つい声が出る。



 はじめの一体とは違い、安定して倒すことができた。


 頭を狙わず、骨のない部分を攻撃したのが良かったのだろう。


 とてもスムーズに倒せた。


 前回、重症を負いながらも倒した方法をより効率的にした感じだ。



「正直疲れたけどあと何匹かは倒しておこう……」


 かなりの疲労感があるがトロールから受けたショッキングな経験を簡単に倒せる経験で上書きするためにも一匹で終わらせるわけにはいかなかった。


 その後、五匹ほど倒したところで疲れがピークに達したので探索を切り上げダンジョンを出た。


「……しんどいから夕飯は外食にしよう」


 心身共に疲れ切った俺は重い体を引きずるようにして酒場へ向かった。


 …………


「おう! ションベン!調子はどうだ?」


「おう! 全裸! 元気ねえな。大丈夫か?」


 酒場の前で臨時パーティを組んだことのある奴らから声をかけられる。



「……わりぃ、ちょっと疲れてるから」


 俺は息も絶え絶えにそう応える。


 こんな時に限って顔見知りに会ってしまうものだ。



 いつもなら、そんなあだ名で呼ぶなとか、ちゃんと服着てるだろとか言いつつ軽く腹パンとかして返すところだが今日はそんな元気ももうない。



 折角声をかけてくれたのに悪いと思いつつも適当な生返事を返してしまう。


 向こうもこっちの具合の悪さを察してすっと離れてくれた。


 今度謝って一杯奢ろうと思いつつ、俺は重たい足を酒場へと向ける。




 すると――


「アンタ……もしかしていじめられてるのかい?」


 ――俺が足を向けた先には、哀れむような顔をしたオリン婆さんがいた。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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