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「俺たちの実力を見誤ったな。ここはもう終わりだ。さっさと逃げた方が身のためだぞ」
ミックは今までフォグが居た場所を睨みながら不敵に笑ってみせた。
◆
(……ミック、そこではありませんよ)
スキルの力で姿を消したフォグは見当違いの方向を見て睨みを利かせるミックを横目に見つつ、再度接近を試みる。
「私の事を心配してくれるんですか? スタンリーを嬲り殺したこの私を?」
話しかけて注意を引きつつ、ミックとの間合いを計る。
フォグが歩を進める最中、先程のミックの言葉が何度も脳裏をよぎる。
その度にいやな汗が額に滲み、眉間に皺が刻まれる。
俺達の実力を見誤ったな、ここはもう終わりだ、というミックの台詞。まさしくその通りだった。
実際、フォグは出遅れた。
事ここに至っては脱出する意外にやれることなどない。
フォグの誤算、それはミックの生還からはじまった。
スタンリーを逃がし、隠れアジトに誘導の後、監禁。そこまでは順調だった。
フォグがハイデラから課せられた役目は誘導と機密情報の入手。
スタンリー派にスパイとして潜入し、一見有力に見える情報を提供し相手を誘導。信頼を得ると共に中枢に入り込み、知り得た情報をハイデラに流す。
その成果は絶大で、スタンリー派を壊滅一歩手前まで持って行くことに成功した。
後は生き残らせたスタンリーを利用して残党を根絶やしにするのみ。フォグの役目の都合上、イゴスに同乗することは叶わなかったが、地上からでも掩護できることはある。そう思っていた。
しかし、その後フォグの思惑はことごとく外れていくことになる。
元々スタンリーを確保したのは、こちらの拠点を強襲した生き残りが隠れアジトに訪れた際に人質として使用し、戦闘を有利に進めるためだった。
だが、訪れたのはミックとその仲間たちであった。
ミックは、スタンリーたちがこちらの拠点を襲撃し易いように、少数でサイルミ発射場に乗り込むという囮も同然の行動を取っていた。
しかも、サイルミ発射場にはダーランガッタ率いる勇者達に加えてブラックタイガーまで居たはず。そんな場所へ赴き、生還してくるなど予想だにしない展開だった。
慌てたフォグはスタンリーに致命傷を負わせて身を隠す。隙があれば奇襲を仕掛けようと画策したが、相手は三人。そんな機会に恵まれることはなかった。それでも、何とかしようと機を窺ったが、事はどんどんと良くない方向へ向かってしまう。
聞かされたのはドラゴンの爪の情報。
フォグが担当していた仕事とは微妙にカテゴリーが違うため、はじめて知りえる情報であった。こちらにとって危険度の高い情報であったが、現状知らせる術が無い。
だが、ドラゴンの爪がそう簡単に入手できるものではないという事実が安堵させてくれもした。
しかし、その安らぎは一瞬で打ち砕かれてしまう。
なんと、ミックの連れであるケンタがドラゴンの爪を所持していたのだ。
そこからは今まで積み上げてきたものが坂道を転がり落ちるようにして崩れていく。
短期間でドラゴンの爪を取り付けた飛空艇の完成。
防壁の完全破壊と、立て続けに受け入れ難い状況が発生してしまう。
車に隠れ潜み、飛空艇に隠れ潜んで何とか状況を覆す機会を窺っていたフォグであったが、ここで更に追い打ちをかけられてしまう。
それは飛空艇がイゴスに着陸したときだった。
飛空艇は不時着し、ミックたちは窓を蹴破って脱出した。
だが、フォグにはそれができなかった。
なぜなら、いくら姿を消していても飛空艇を破壊して脱出すれば不自然極まりなく、ミックたちに気付かれる恐れがあったためだ。
バレてもいいから脱出すべきか、ギリギリまで飛空艇に居残るべきか。その逡巡が飛来した大量のミサイルから逃れる機会を失わせることになってしまう。
フォグは飛空艇越しに数え切れないミサイルを浴び、重症を負って弾き飛ばされた。
完全に気を失ってしまったのだ。
幸いしたのは迎撃兵器がミックたちを追跡したせいで、失神時に相手に気づかれなかったことくらいだった。
フォグが意識を取り戻したのは、大きな振動を医務室で感じ取った時だった。
尋常ではない揺れのせいで強制的に目を覚まさせられたのだ。
そして、その時には全てが終わっていた。
ミックたちが侵入したこと、何が目的だったか、ドラゴンの爪のこと、何一つ報告できなかった。
正直、飛空艇に乗っていたときは自分の出る幕はないと思っていたし、後は全てを委ねておけば勝手に事が終わると考えていた。相手はたった三人。さすがにフォグ一人で相手をするには難しいが、数としては非常に少ない。スタンリー派をそこまで追い詰めることに成功したのだ。
今思えば一番の最良の策は、飛空挺を空中で破壊し全員を道連れにして命を絶つことだったのかもしれない。
だが、フォグにそこまでの覚悟は無かった。
ドラゴンの爪が防壁を破壊するといっても飛空艇の大きさ程度の穴を空けるものだと思っていたし、修復も容易いと踏んでいた。
そしてミックたち三人がイゴスに辿り着いたとしても勇者達がいる。いくらイゴスに乗り込めたとしても、たった三人でどうこうできる状況ではないのだ。そういった予測と事実が、フォグの行動を抑制した。
飛空艇搭乗時、今が自分の命を捧げるほどの危機的状況とは思っても見なかったのだ。
だが、蓋を開けてみればこの惨状。
回復魔法の恩恵で傷はほぼ完全に治ったが、現状を確認すれば手に負えない事態になっていた。最悪の結末だった。
ここまでしてやられては手ぶらで脱出するわけにはいかない。
フォグはミックを探して彷徨い、とうとう見つけ出すことに成功する。
相手は負傷していたが、慎重に接近し、致命的な一撃を見舞うことに成功した。
だが、ミックの目は死んでいない。動けないほどの致命傷を負っているにも関わらず、その瞳は今もなおギラギラと強い光を放っている。
相手はあのミック。いくら脚が一本なかろうと油断するべきではない。
短刀を構えたフォグは慎重に攻撃の機会を窺う。
とはいっても、重症を負っているのは事実。ここはゆっくり時間をかけ、相手の消耗を待つのが得策だろう。脚が一本ないのだ、いつかは集中力を切らし、隙を見せる。
そう判断したフォグは会話で時間を稼ごうと挑発的な問いかけをする。
「殺してやりたいのはやまやまなんだがな……」
ミックは何かを思い出したのか怒りを滲ませるように呟く。
大量の脂汗に塗れた顔は青白く、血の気を失っているのがひと目で分かった。
明らかに疲労している。あそこまで負傷していれば全身が重く感じ、手を動かすのもままならないはず。
「ククッ、酷く辛そうですね。私としても早く脱出したいのですが、ひとつ、やり残したことがありましてね……」
好機到来と判断したフォグは気配を限界まで消し、ミックの背後へ回ろうと慎重に歩を進めていく。
「くそっ、……どこだ! どこにいる!?」
気配を消したことにより、フォグを見失ったミックが狼狽した表情で激しく首を回す。
その表情に余裕は無く、こちらを見つけ出そうと躍起になっているのがよく分かった。
しかし、ミックの視線の先にフォグはいない。
じわりじわりと歩を進め、相手に悟られないように近づいていく。
「私の声から位置を探ろうとしているのですか? ですが、探し当てたところでその足ではどうにもならないでしょう? 諦めるべきです」
言葉で挑発し、相手の緊張を高めようと画策する。ここはじっくりといくべきだ。
ミックは強い。腕が立つ上に本能的な直感が鋭く、相手の攻撃を察知するのがうまい。いくらフォグが姿をくらましていたとしても油断はできない。
はじめに背部に入れた一撃も、決まったとはいえ一瞬腕を取られた。
下手をすればカウンターを貰っていたかもしれないのだ。
ミックならば次に攻撃するときも必ずカウンターを狙ってくるはず。だから、限界まで相手が反撃しにくい状況を作り出す必要がある。
「出て来い! 出て来て俺と戦えぇぇええッ!」
ミックは声を荒らげながら杖代わりにしていた剣を振り回していた。
だが、その剣が通る道にフォグはいない。
立つこともままならない状態でふらふらしながら振る剣は虚しく空を切り続け、いたずらにミックの体力を奪っているように見えた。
「このまま貴方が悔しがる姿を存分に眺めてたっぷりと楽しみたいところですが、時間もないことですし手早く済ませましょうか」
スキルで音と気配は消しているが何が原因で接近を察知されるか分からない。
フォグはこちらの位置を悟られないよう、ゆっくりとミックの周囲を回る。
近づいては離れ、離れては近づく。たっぷりと時間をかけて惑わせる。
時間をかければかけるほど、相手はこちらの位置を見失う。
フォグは決定的な一撃を決めるため、ひたすらに相手を焦らせていく。




