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(正直、エレベーターがなければここまで早く着くことは不可能だっただろうな……)
操舵室の扉前、ミックは無くなった片足を見下ろしながら思う。
エレベーターを使用しなければ、ここまで辿り着く前に空中要塞は墜落していただろう、と。
目的地である操舵室は人の出入りが多いためか、エレベーターが多数到着する場所となっていた。そのため、使用するエレベーターを厳選する事により、人目を避けてここまで来ることができた。
また、ここまでの道程で人とすれ違うことがなかったのも、時間を短縮するのに一役買っていた。
いくら変装しているとはいえ、誰かと遭遇すれば脚のことについて長々と説明しなければならなかっただろう。そういった手間を省けたのは大きい。
ミックは剣を杖のように使って器用に歩を進めると、おもむろに扉を開け、中へ入る。
そして、一歩足を踏み入れただけで違和感を覚える。
杖代わりにしている剣で床を突く音が響くほどの静寂。室内はもぬけの殻となっていた。それはこの空中要塞に危機的状況が迫っていることを間接的に物語っていた。
「誰もいないな。ここも全員避難したってことは、いよいよやばいってことか……」
操舵室が無人。それは避難がほぼ終了したことを意味しているのだろう。
本来なら危機感を持つべき状況だが、今のミックにしてみれば非常に助かる。
とにかく動き易いのだ。深手を負ったミックにとっては好都合な状況であった。
「急がないとな……」
小さく呟いたミックは室内を進む。
「これか」
辿り着いた先には船と同様の操舵輪があった。
ミックは舵を切り、要塞の進路を変更する。操舵輪を操り、陸地から離れ、海へと向かうように進路を固定した。
途端、大きく軌道変更したためか、要塞が大きく傾く。
室内の前面に張られたガラス越しの遠くに青い広がり見えはじめた。
進路変更に成功したのだ。
その光景は満足行く結果得られたということを実感させてくれるとともに、地表が見えてしまうほど高度が低下していることも同時に示していた。
「よし、これでいい。……グッ!?」
この場に誰もいないなら、再度進路が変更されることもない。
目的も果たしたし、自分も脱出するべきだろう。
そう考え、踵を返した瞬間、背部に激痛が走る。
振り返れば、そこには陽炎のように揺らめく姿のフォグが立っていた。
フォグの手には短刀が握られており、その刃はミックの背に深々と沈んでいた。
「てめえ……」
ミックはすかさず自身の背に向けて伸ばされたフォグの腕を掴み、引き寄せようとする。
「おや、急所を突いたつもりでしたが、案外元気ですね」
余裕の表情を見せるフォグはミックに蹴りを入れると掴まれた腕を引き離し、後方へと大きく跳躍した。回転しながら宙を舞い、事も無げに着地するフォグ。着地と同時に下半身が揺らいで見え、段々と全身が霞んでいく。
「そうか……、お前が裏切っていたんだな……。スタンリーさんをやったのもお前だな……」
ミックは背部の刺し傷を強く押さえて止血しながら消えゆくフォグを睨む。
「ええ、中々のものでしょう? ぎりぎり延命させるために神経を使いましたよ。どうでしたか? 彼との涙の別れは。うまく演出できていましたか?」
まるで蜃気楼のように不確かな存在となったフォグが笑みを浮かべながら自慢げに話す。
「……なら、なんでここにいる。お前がスタンリーさんを刺したときには、空中要塞はもう飛び立った後のはずだ。どうやってここに来た」
もし、あの時フォグがスタンリーを攻撃したなら、この場にいるはずがない。
ミックはそう思った。なぜならこの場に辿り着く手段がないからだ。
防壁を張った状態の空中要塞へ帰るのは事実上不可能。
フォグ一人を迎え入れるためだけに一時的に防壁を解除したとは考えにくかった。
「貴方たちがご丁寧に荷物を減らしてくれたお陰ですよ。私が密航したせいで危うく重量オーバーで発進できなくなるところでしたからね? クククッ」
「……そういうことか。お前のためにわざわざ荷物を降ろす羽目になったってわけか……」
ミックはフォグの言葉に納得する。
小型飛空艇に乗った際、重量オーバーとなって荷を降ろして調整した。
あの時既にフォグが飛空艇の中に隠れていたのだ。
「送迎感謝しますよ。もっとも折角送って頂いたのに肝心のイゴスがボロボロになってしまったのは誤算でしたが……。勇者というのも意外と役に立たないものですね。私の考えとしては大量戦力の中に貴方達を放り込んで葬り去る算段だったのですが、思惑が外れてしまいました。これなら適当なタイミングで襲いかかっておくべきでしたよ」
フォグの声はため息まではっきりと聞こえたが、その姿は消え、どこから話しているのか分からない。
「俺たちの実力を見誤ったな。ここはもう終わりだ。さっさと逃げた方が身のためだぞ」
要塞の動力炉は破壊した。ハイデラはケンタが担当し、SHBはレガシーが破壊してくれる。
今から抵抗しても何の意味もない。この場で優位を保とうとも、勝負に勝ったのはこちらだ。いくら自分を刺そうとも、この場にいる時点でフォグに出来る事は何もない。
ミックは今までフォグが居た場所を睨みながら不敵に笑ってみせた。




