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(…………いや、居る)
誰もいないかのように思えたが、注意深く目を凝らすと人影がひとつだけ見えた。
その人物はかなり奥の方に居るため、影が差してはっきりとした容姿までは分からない。だが、シルエットから察するにどうやら女のようだった。
女は槍を持った状態で大量に鉄棒が突き立てられた中心に立っており、まるで檻にでも入っているかのように見えた。
といっても鉄棒の間隔は広く、人が素通りできるほど大きく隙間が開いている。
女を閉じ込める目的で鉄棒が立てられているわけではないようだった。
――こんな重要な場所に一人だけ。
レガシーにとっては好都合な状況に感じられたが、どうにも怪しい。
「避難したのか……?」
思い当たることと言えば、先ほど聞いた放送だ。
放送では動力炉が破壊され、墜落寸前だから全員に逃げろと言っていた。
この格納庫へと通じる通路は他にも多数あるし、レガシーが道中で誰とも擦れ違わなかったとしても矛盾が生じるわけではない。
放送を聞いて全員避難し、奇特な人間が一人残った、ということだろうか。
「まあ、暴れるしかないな」
格納庫に一人しか兵士がいないという、不自然な状態。
何かしらの罠の可能性も考えられる。
だが、そうであったとしてもレガシーにやれることはたったひとつ。
力の限り暴れまわるだけだ。
腹を決めたレガシーは扉を開け、一人で警備している様子の女の元へ向かった。
しばらく歩いていると、女がこちらの接近に気づいて話しかけてくる。
「あらぁ? こんなところにお客さんなんて珍しいわ」
独特のなまりを感じさせる言葉遣い。余裕を感じさせる所作。
こちらが侵入者だと気づいているのに緊張一つ見せない。
「なんだ、アンタ。ここにいる奴らと何か毛色が違うな」
レガシーは相手の踊り子のような外見と服装を見て眉根を寄せる。
長く伸びた白髪は薄い水色を帯び、露出の高い服から露わにあった褐色の肌に映える。
なんとも妖艶な雰囲気を漂わせる女だったが、この場には相応しくない。明らかに異質な存在だった。
ここに来るまでに戦った兵士たちは皆同じ服装だった。
例外は幹部のような格好をした者だけ。だが、どちらにも言えるのは戦闘を想定した服装だったということ。
しかし、今、目の前にいる女の服装はそういったものからかけ離れすぎている。
端的に表現するなら組織に属していない自由な雰囲気を感じさせる格好だった。
どちらかといえば冒険者を思わせるほどだ。
「一緒よ。そんなのけ者みたいな言い方、ちょっとショックやわ。で、お兄さんはこんな所に何の用事があって来たん? ここは危ないから離れたほうがええよ」
女は泣き真似をして落ち込んだかのような表情をしてみせると、レガシーにここへ来た理由について尋ねてくる。
「その、危ない物を全部ぶっ壊すためだよ。どうやらここにはアンタ一人しかいないみたいだし、死にたくなかったらさっさと逃げるんだな」
レガシーはSHBを顎で差すと、女に去れと告げた。
一対一の勝負なら後れをとる気はない。が、戦えばそれだけ時間を消費する。
現状で何より優先してやるべき事はSHBの破壊。
兵を一人倒したところで何の意味も無い。
動力炉を破壊された今、避けられる戦いは避けるべきだろう。
「その心配はいらへんよ。ここに人がおらんのは、うちが暴れると巻き添えを食らうからなんよ。ちょ〜っと攻撃範囲が広いから、知らずにみんな巻き込んでしまうんよ。だから離れててもらってんけど……、さっきの放送を聞いた限り、逃げたんちゃうかなぁ…………」
「ならアンタも逃げた方がいいんじゃないのか?」
「そうやねんけどね……。実際、ついさっきまでもう逃げようと思ってたんよ? そしたらお兄さんが来たんよねぇ……。だから、今ちょっと迷ってるんよ」
「俺に会ってない事にすればいいだろ? それで全て解決だ」
レガシーは肩をすくめながら女に嘘を報告すればいいと提案した。
この場には自分達以外誰も居ない。ならば都合のいいように話しておけばいい。
それでこちらは戦闘をひとつ回避でき、女もさっさと逃げ出せる。
レガシーにすれば両者にとって悪くない話だと思った。
が、それを聞いた女は真顔で首を傾げた後、何かに気づいたように軽く笑う。
まるで勘違いしたまま会話が進んでいたことに遅れながらに気が付いたかのような反応を示したのだ。
「ん? 違う違う。仕事を放棄してしまう、とか、侵入者を見逃して逃げる逃げないっていうのを迷ってるんと違うで?」
「あん? じゃあなんだって言うんだよ」
「それにしても、お兄さん。一人で来てその自信、ええね……。当然腕っ節も強いんやろうし、ええわぁ……」
女は問いかけをはぐらかし、妙なことを言いはじめた。
そして、突き立てられた鉄棒の間を舞うようにすり抜けながら、レガシーにじっとりと絡みつくような視線を浴びせてくる。
「何がいいんだ? あと、妙な表情で俺を嘗め回すように見るのをやめろ……。何なんだ、アンタ……」
女の視線と物言いに言い知れぬ悪寒を感じたレガシーは身震いする。
女から発せられる独特の雰囲気。それは強者と対峙した時にも感じたことのない今までに無い感覚。未知の気味悪さだった。
「んん〜、どうしたもんかなぁ〜。死んでから削ぐか、拘束して抜くか。迷いどころやね」
「削ぐとか抜くとか……、物騒な台詞のオンパレードだな」
女の意味がわからない物言いに嫌な予感と気味の悪い悪寒が増大していく。
「怯える顔も中々そそるわぁ。よし、決めた。散々痛めつけて楽しんだ後に殺して削ぐことにするわ」
顔に手を沿え、妖艶な表情で微笑む女。だが、その口から紡がれる言葉は物騒極まりない。
「ハッッッ!!!」
そんな女の立ち居振る舞いを見たレガシーはピンときてしまった。
「どうしたん?」
レガシーの突然の驚きようを見て、女が再び首を傾げる。
「なあ、アンタ。ケンタって名前に覚えはないか?」
天啓でも得たかのようにレガシーが確信を持って女に尋ねる。
「ッ! なんでケンちゃんの名前がここで出てくるん? お兄さん、ケンちゃんのこと知ってるの?」
レガシーの問いに女が動揺を示す。
「ふぅ、やっぱりな……。喉元のつっかえが取れた気分だぜ。やっぱりあいつ担当だったか。そうじゃないかと思ったんだよ……」
納得がいったレガシーは大きく息を吐き、満足げに腕組みして頷く。
この感じ、間違いないと思ったのだ。
こういうのを引っ張ってくるのは絶対あいつだと。
確認を取ってみれば案の定、といった結果であった。大正解である。
「一人で納得してるところ悪いけど、うちにも分かるように説明してくれへんかなぁ?」
「悪いな。アンタに教えられることは何もない」
満足したレガシーとは真逆に、不満を募らせた疑問顔の女の問いを拒絶する。
こんな危険人物に相棒のことを教えるわけにはいかないのだ。
「ふうん、要するにあれやね。後でその体にたっぷりと聞けばいいって事やね」
舌なめずりをした女は手にした槍を舞うように振るうと、刃先をレガシーへ向けてぴたりと止める。
「まあ、そういう思考の持ち主ってことは大体分かってた。なるほど、いつもあいつはこんな気分だったってわけか……」
レガシーは魔法剣を構え直し、女の前に相対する。
「うちの名前はバードゥ。こう見えてケンちゃんとはお互いあだ名で呼び合う仲やねんで? お兄さんともそういう関係になりたいし、お名前教えてもらえへんかな?」
「悪いな。俺はあいつと違って、不審者や変質者の類には名乗らない主義なんだ」
目の前の女の名はバードゥというらしかった。
女に多大な不信感を抱いていたレガシーは女の名乗りを受けても返す気にはなれなかった。
それは、女に自分の名前を覚えられても、いいことがひとつもなさそうに思えたからだ。
「あら、そんなつれないこと言わんといてえな。でも……、ええよ。後でたっぷり名前も含めて色々聞いてあげるから……」
「そうだな、アンタを倒したら冥土の土産に俺の名前を教えてやるよ」
「フフ、じゃあはじめよか。一杯可愛がってあげるから、おいで?」
「言われなくても行かせてもらうぜ」
お互いが口を噤み、一瞬の静寂が訪れる。
次の瞬間、膨れあがった緊張感が弾け、両者同時に地を蹴る。
戦闘開始だ。
◆
(これ、絶対強いやつですやん……)
俺は大変身を遂げたハイデラを見上げ、ため息をつく。




