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「ちょっとしたアクシデントで中断されたけど、もう、いいんじゃね? 勝負ありだろ」
「ふん。どちらかが死ぬまでやる。ついさっき貴様が言った台詞だ。もう忘れたのか?」
ハイデラは口元から伝う血を腕で拭いながら、俺を睨みつけてくる。
「いや、だから大人しくしてろって。なるべく一発で仕留めるからさ。楽にしてやるよ」
別に殺さないとは言ってない。抵抗しなければ楽に死なせてやると言っているだけだ。
この数分でハイデラの吐血は時を重ねるごとに激しさを増していた。
血を吐くタイミングと能力の使用に相関関係がないことから考えると、あの吐血は病と考えるべきだろう。
だからと言って、この状況で病人だから見逃すという選択肢はない。
こいつは何を勘違いしているのだろうか。
「諦めろと言っているのか? この私に? ふざけたことを言ってくれる……。後少しなのだ……ッ! 後少しで全てが手中に収まるのだ!」
「おいおい、興奮すると寿命が縮むぞ?」
ついさっきも激高して盛大に吐血したのに、またそんなに怒ったらお体に触りますよと忠告してみる。
そんな荒れ狂うハイデラの姿を見ていると空中要塞まで持ち出して強硬な手段に及んだのは、自分の余命を察してのことだったのかもしれないな、と思えてしまう。
「どいつもこいつも私の足を引っ張る無能ばかり……。だが、絶対に成し遂げてみせる! 全てを! 全てを我が手に!」
どこか遠くを見つめて叫ぶハイデラは、胸中に秘めた志を吐き出し、拳を強く握る。
「あんたの気持ちは分かった。続行ってことでいいんだな? 俺は病人が相手だからって手加減するタイプじゃないぞ?」
だって、手加減したらこっちが死ぬんだし、できるわけがない。
色々と諦めて俺の介錯を受け入れてはもらえないものだろうか。
しかし、そんな俺の希望とは裏腹にハイデラの瞳は燃えたぎり、強い意志を感じさせる表情で不敵に笑う。
「ククッ、いいだろう、かかってこい。私の本気を見せてやる! サナダ国の陰の支配者であるサナダを討つために磨いたこの技、どこまで耐えられるかな!!」
口の中に溜まった血を吐き出したハイデラは口上を切り、構えを取る。
(サナダ国の陰の支配者であるサナダって全然隠れてないだろ。国名になってるじゃん。どういうことだよ……)
などと俺の心の中に気になる疑問が浮かび上がってくる間にハイデラの全身が光に包まれていく。
光を放つハイデラから大量の糸のようなものが放射状に溢れ、複雑に結びついていく。
糸はまるで金属のように煌めきながらドンドン広がり、纏まっていく。
輝く糸の軌跡は脚を形作り、胴体を形作り、腕を形作り、頭部を形成していく。
光が収まると、そこには全身が大理石のように白く輝く巨人の姿があった。
巨大なその背には肘が二つある細長い腕が十本。普通に生えている腕とあわせると十二本の腕があることになる。ちょっとした千手観音状態であった。
頭部はハイデラの顔がそのまま露出しているため、その部分だけ肌色なのが微妙にシュールに見えた。
「アルミの錬金術師と謳われた、かの男に対抗するために編み出したこの秘術。その身をもってとくと味わうがいいッッ!!」
「色々聞きたいことがあるが、答えてくれそうにないこの空気。さて……、どうしたものか」
サナダ国のサナダとか、アルミの錬金術師とか、俺の心にピンポイントで響くワードがぽつぽつと耳に残るこの状況。ついさっき長話はどうこうと啖呵を切っちゃった手前、話しかけにくいが非常に気になる。
が、大理石の巨人と化したハイデラは俺の気持ちなどお構いなしといった様子で一歩踏み出す。
「行くぞ!」
「タイム! そ、その前に少し聞きたいことが」
俺は腕をTの字に交差させると、タイムを申し出た。
どうしても聞きたいことが出来てしまったのだから、しょうがないと思うんだ。
具体的には、さっきからちょくちょく出てきたワードの“サナダ”が気になって戦闘に集中できない。ここでそれは反則だろ。
「問答無用だ!」
ハイデラが短く叫ぶと同時に、こちらへ駆け出す。
「ですよね〜」
俺の渾身の思いをこめたタイムの申請はあえなく却下されてしまう。
まあ、当然と言えば当然の結果。しかし気になる。
そのアルミの錬金術師なるサナダ国のサナダって奴が……。なんか知ってる気がするんだけど、気のせいだろうか。しかし、これ以上このことに思考を割くことは眼前の大理石巨人が許してくれそうにない。
残念だが納得できない形で第二ラウンド突入だ。
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『聞こえるか! すぐに逃げるんだ! 「――おい、いつまでマイクに話してるんだ、さっさと避難するぞ!! 早く来いって!――」わ、わかった! とにかく死にたくなかったらさっさと逃げろ! 皆、幸運を祈ってる!』
黒焦げになった通路の上部に据え付けられたスピーカーからノイズ交じりの声が響く。
スピーカーを見上げたレガシーは剣を鞘にしまいながら顔をしかめた。
「こいつは急がないとまずいな……」
実際、数瞬前まで異常な縦揺れが起きていたし、放送の内容はブラフなどではなく真実なのだろう。
となると、ミックが動力炉の破壊に成功したということになる。
だが、レガシーはまだターゲットであるSHBの破壊を成し遂げていない。
それどころか目的地にすら到着していない状態だ。
一応SHBがある格納庫の扉は目の前にあるが、現物を視認していない今の状態では、目的地についたと断言するには少し早い。
レガシーは扉の前まで移動すると、懐から小箱ほどの大きさの機械を取り出し、起動する。
それは空中要塞へ出発する前にラクルから貰った妨害装置だった。
この妨害装置を起動する事により、周囲にあるSHBの発射を阻止する事が可能となるらしい。仕組みを聞いても理解できるとは思わなかったレガシーは起動方法と効果範囲しか聞かなかったが、使用する分にはそれで十分だった。
「よし、設置完了だ」
目に付く場所へ置いて発見されることを恐れたレガシーは焦げた死体の下に装置を隠す。
そして格納庫の扉を少し開け、中を覗き込んだ。
すると内部には横倒しのSHBが複数の刀掛台のようなものに引っ掛けられた状態で十機格納されているのが見える。
格納庫内は横倒しのSHBがすっぽり収まる大きさでかなりの広さだった。
(……おかしいな)
内部を確認したレガシーは違和感を覚える。
それは人の気配が全くなかっただめだ。広大な空間内は冷たく静止した空気が充満し、人が行き交う時に発生する独特の温かさや空気の流動がない。
本来ここは厳重に警備され、整備する人間が多数いなければならないはずの場所。
しかし、人影はなく、無人の様に見える。
(…………いや、居る)
誰もいないかのように思えたが、注意深く目を凝らすと人影がひとつだけ見えた。




