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16 梯子


「…………何とも珍妙な動きですね。悪魔召喚の儀式ですか?」


 俺はかけられた声にハッとしてキッチンの窓を見上げる。


 するとそこにはいつもの虚ろな目がこちらを覗いていた。




 ブルッと全身を寒気が襲う。


「ちげーよ! スキルだよ! 【縮地】って言うんだよ!」


「僕が物を知らないと思って、たばかろうとしても無駄ですよ? 【縮地】はそんな床ニーみたいな動きはしません」


「おい、俺のスキルを貶めるような言い方はやめろ! 結構頑張ったんだからな!」


 うひょーとか言ってたところを見られたと思うと弁解しづらい。


「ところで今日は何も焼いていないですか?」


「スルーかよ! 焼いてないよ! お前の中で俺のイメージはいつも何か焼いてる人なのはよくわかったよ!」


「……そうですか、残念です。また来ますので、その時は何か焼いていて下さいね」


 言いたいことを言うだけ言って赤い髪の男は帰っていった。残された俺は小さくない心の傷を負ってしまった。


 余計な邪魔が入ったがこれは楽しいスキルだ。


 実戦でも何か使えるチャンスがあるかもしれないと色々試してみる。



「おお〜、ちょっと慣れてきたかも。ん? あれ?」


 急に視界が霞む。


 覗かれて傷ついた心の傷を癒そうとさらに【縮地】で遊んでいると、体に異変を感じたのだ。


「……うっ」


 目眩がして立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。


「……ハァハァ、……オェ」


 気分が悪くなり軽く吐き気を覚え、全身から滝のように汗が出る。


 段々意識が朦朧として体に力が入らなくなり、そのままうつ伏せに倒れてしまう。


「……洒落に……ならない……な」


 しばらく寝たままでいると気分も回復し、なんとか立ち上がることができた。


 ……どうやら【縮地】は体力の消耗が激しいようだ。今感じたのは疲労から来る不快感。これは乱用は控えないとまずい。


(危なかった……)


 もしダンジョンで使っていたら危険な状態になっていた。


 次から新しいスキルを試す時はもう少し注意した方が良さそうだ。



 ぐったりした俺は力なくベッドに移動し横になると、メニューを開いてサムライを戦士に変更しておく。


「今度の休みに中級者用ダンジョンの様子見に行ってみるか」


 サムライのスキルレベルも無事3になったので、待望の中級者用ダンジョンへ挑戦してみることにする。


(まずは色んなダンジョンを梯子して狩り易いモンスターを選別するところからだな……)


 そんな事を考えていると意識が遠のいていく。


 その日はそのまま昼まで休息してから店に向かった。


 …………


 それから次の休日を向かえた俺は、中級者用ダンジョンの偵察に向かう。


 事前情報として十のダンジョンにはそれぞれオーク、リザードマン、コボルト、トロール、フラワーマン、ハーピー、キラースコーピオン、キラーウルフ、フライフィッシュ、ビッグクロコダイルの十種が出現するそうだ。


 一番人気はオークで、動きが鈍くて相手にしやすく、ドロップアイテムのオーク肉が食用で使えるので初心者用ダンジョンのビッグスパイダーのような扱いらしい。


(食用で使えるってまさか……)


 俺はその話を聞いたとき、和食の店で食った生姜焼きっぽいものや豚汁っぽいもの、酒場で食ったポークソテーっぽいものが何だったのかを悟った。


 スーラムの街でギルドランクが低くても狩れていたのは食料事情からランクが緩和されていたのだろう。


 他のモンスターに関しては人型のものが人気で逆に空を飛ぶものや移動速度が速いものは敬遠される傾向にあるようだった。


 またキラースコーピオンは毒を持っているのでこいつも嫌われモンスターの一つだ。


「今回はサソリ以外の嫌われモンスターを梯子してみるか」


 キラースコーピオンは毒を持っているので一人で戦うのは止めておいた方がいいだろう。


 それ以外の人型でないモンスターを一匹倒しては移動する方向でいこうと思う。


 それぞれのダンジョンの位置と距離をみて最短ルートを見つけたいところだが、モンスターの倒し易さなどから順番を決めた方が安全だろう。


 というわけで順番としては、名前からして弱そうなフライフィッシュ、どんなモンスターか想像しやすいキラーウルフ、人型といえないこともないハーピー、そしてラストはビッグクロコダイルにすることにして移動を開始した。


「……こいつがフライフィッシュか」


 無事はじめのダンジョンに到着し、見つけたそれはどう見ても空飛ぶカジキマグロだった。



 揚げ物の魚が這いずり回っているわけではなかった。


 とにかく大半のフライフィッシュは六匹以上の集団で行動していたため、一匹で行動している個体を探すのに苦労した。。


 フライフィッシュ……、どういう仕組みで浮いているのかわからないが、まるで水の中のように悠々と空中を泳いでいる。


 今まで相手にしてきたモンスターのように普通の生物より大きいわけでもなく、本当にカジキマグロのままでその特徴ともいえる口の部分が剣のように長く鋭く尖っていた。


「フッ」


 俺は息を吐くと同時にフライフィッシュへ向けて矢を放つ。


 矢は見事に命中し、フライフィッシュはあっさり絶命する。



 戦ってみた感じだと攻撃の届かないところに逃げられたり集団で突進されるとキツそうだが、向こうに気づかれる前に攻撃できる俺には一匹ならいいカモだった。


「次だ次」


 俺は魔石を拾うと、ダンジョンを出るため移動を開始した。



「予想通りだな」


 キラーウルフのダンジョンに到着し、目標を発見する。


 相手はかなり大きい狼だった。


 ママチャリ位の大きさだろうか。


 しかしあれはまずい。


 スピードもありそうだし、体重もある。


 跳躍力もありそうだし飛び掛られると牙や爪に当たらなくても重さでダメージを受けそうだ。


 俺は一匹で行動する固体をじっくり探し出し、後ろからの不意打ちを仕掛ける。



 片手剣を抜き、【剣術】を発動しキラーウルフの首目掛けて斬りかかった。


 俺が背後から振った剣はキラーウルフに命中。刃に多少の抵抗はあったものの首を落とすことに成功する。


 多分【暗殺術】も機能してくれていたお陰だろう。


「よし、次」


 俺はフライフィッシュの時と同様に魔石を拾うとダンジョンを後にした。



「もっと人間っぽいものを想像してたんだけどな」


 目の前には二匹のハーピーがいる。


 ハーピーといえば全裸の女性で腕が翼になっているようなものを想像していたのだが違っていた。


 ざっくり言えば鳥人間だ。


 カラスを人型に引き伸ばしたような姿をしている。


 狼男の鳥バージョンといった感じだ。


 ハーピーは終始飛んでいるわけではなく、コウモリのように天井からぶら下がっていた。


 残念ながら一匹で活動している固体を見つけられなかったので、眼前の二匹を相手にすることに決める。


 他のモンスターなら大きく側面を回っていたが、こいつは天井にぶら下がっているので、ほふく前進して気づかれないように背後をとった。


 こんな適当なことで難なく位置取りできてしまう【気配遮断】と【忍び足】は本当に有能だ。


 丁度いい具合に頭が垂れ下がっていたので俺はそこを素直に弓で射った。


 もう少し二匹の間隔が狭ければ同時に矢を射ることもできたが少し離れていたので狙うのは一体のみだ。


 矢は見事に命中し、ハーピーを一匹仕留めることに成功する。


 もう一匹がこちらに気づいてぶら下がった状態から落下し、中空で羽ばたいて静止する。


(こうなっちゃうと弓はかわされそうだな)


 そう判断した俺は弓を床に置き、剣を抜いた。



 ハーピーから目を離さず、どこを攻撃するか決める。


 そして、キラービーのときのように翼を攻撃して飛べなくしてから止めを刺す二段構えにしようと考える。


 俺の考えがまとまるのと同時にハーピーがこちらへ急降下してきた。


(くそっ速い!)


 俺は【跳躍】で上にかわし、【張り付く】で天井に張り付いて急降下をやり過ごす。


 ハーピーは地面が近づくと急降下からグンと急上昇に切り替え、一気に元の高さへ戻ると滞空しながら方向転換してくる。


 急降下のタイミングで剣を当てるのがベストだ。だが、あの機動力を見ると振った剣が命中コースでも方向転換してかわされそうだ。


(これは不人気なわけだわ)


 俺はハーピーの手ごわさに心の中で毒づく。


 向こうが攻撃するタイミングでしか、こちらの攻撃が届くチャンスがない相手となると面倒なことこの上ない。


 魔法使いがいれば話が変わってくるのだろうけど、ギルドでの募集を見る限り魔法使いの数は少ないようだった。


 俺が【張り付く】を解除して着地すると、そこを狙ったかのようにハーピーが急降下してきた。


 たまらず転がるようにしてかわそうとするもハーピーの鋭い足の爪が迫ってくる。


 俺はそれを手甲で受け流して弓の側まで前転する。


 そして置いていた弓を拾いながら立ち上がると【疾駆】を使って逃げ出した。


「ヒィイイ!」


 悲鳴を上げながらハーピーから必死で離れる。


(受付のお姉さんもヤバイと思ったらすぐ逃げろって言ってた!)


 全力でダンジョンを駆け抜け、なんとかハーピーを振り切ると膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。


 まだ戦える状況だったが戦えない状況になってから逃げるのでは遅すぎる。


 それに今回の目的は様子見なのでこれで問題ない。


「次いくか」


 呼吸を整えた俺はハーピーのダンジョンを後にした。



「これはダメなやつだろ……」



 俺はあまりのことに驚く。


 目の前にはビッグクロコダイルがいる。


(でけぇ……)


 大体自動車くらいのデカさだ。


 パニック映画に出てくるサメサイズのワニが眼前にいる。


「いくらなんでもビッグすぎるだろ……」


 あの大きさだとダンジョンの横幅的に側面を抜けると気づかれてしまう。


 だがそれ以前に、あの固そうな皮に覆われた体に俺の攻撃が通用するかが怪しい。


(なぜこれが中級者用ダンジョンに分類されているんだ……)


 弓を射っても矢が弾かれそうなので俺は何もせずにビッグクロコダイルのダンジョンを出た。


 ダンジョン間の移動に時間がかかったため、外に出ると夕方になっていた。


「一応目的は達成できたな」


 夕日を浴びながら伸びをする。


 今回戦った中では相手の攻撃を見る間もなく倒せたフライフィッシュとキラーウルフが狩りの候補としてはいいだろう。


 ハーピーは一人で対応するのは止めておいた方が良さそうだ、逆に複数で挑むなら囮役がいればなんとかなりそうな気もする。


 しかしビッグクロコダイル、あれはダメだ。


(いや、婆さんに倒してもらうなら、いけそうな気もするが……。それだと俺はただの寄生になってしまうしなぁ)


 オリン婆さんなら嬉々として三枚に下ろしそうだ。


 だが、それを側で見ていることしか俺にはできそうもないので、この案は却下だ。



 今の俺の力ではパーティーでなければ対応できないモンスターもいたが、ソロでもいけそうなモンスターを確認できたのは僥倖だろう。


 残りの人型モンスターに関してはどれも人が多いのでソロでの探索は控えて初めから臨時パーティーの募集を探してみようと思っている。


 はじめはソロでレベルを上げてオリン婆さんと合流するつもりだったが、一応全てのモンスターを見ておきたいので、人の多いダンジョンではパーティーを組んでみるつもりだ。


 人の多いダンジョンを単独でうろうろするのは余計な危険を招く。


 といってもモンスターのことが分かればそれでいいので、さしたる回数でもないだろう。


 ただ、問題になってくるのは俺がパーティーに参加できるかどうかだ。


 毎日臨時パーティーで活動するわけでもないし、なんとかなってくれればいいのだが……。



 とりあえず明日からは、店のある日は初心者用ダンジョンに潜り、休みの日はギルドでのパーティー募集をみて良さそうなのがあれば参加していこうと思う。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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