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 一瞬の静寂の後、二人同時に飛び出す。



「オラアアアアアアアアアアアアッ!!」

「はぁああああああああああああッ!!」


 ミックが両拳を使った連打を放ち、ダーランガッタが連続突きを放つ。


 無数の拳撃と刺突が高速で激突。


 拳面と剣先が激しく衝突。


 拳と刃が接触するたびに火花が散り、硬質な音が轟く。


 二人の間に炎の花片が舞い散り、それが二人が巻き起こす風に寄って大きくうねる。


 拮抗した状態は終りが見えず、延々と火花が咲き誇るかと思われたその時、ミックが動く。



 身を屈めたミックはダーランガッタの突きを潜るようにして接近。



 両の拳を畳み、身を低くした姿勢でダーランガッタの懐へ潜り込む。


 相手の側腹部を狙い、凶悪なフックを繰り出す。


 空気を切り裂くような鋭いカーブを描いた拳が突き進む。



 腹部へ到着する寸前。ダーランガッタの振った片手剣が拳と腹の間に差し込まれ、ギインと硬質な音を立てる。


「……させないよ!」


 ダーランガッタはミックの拳を剣で防ぐと、同時に反動を活かして回転。回し蹴りを放った。


 ミックは素早く身を屈め、放たれた回し蹴りの下を潜ってみせる。



「外れだ!」


 蹴り足をかわしたミックは頭上を掠めた脚を掴もうとするも、ダーランガッタは片脚で後方へ跳躍。


「それはどうかな!」


 空を舞うダーランガッタは曲芸じみた動きで、バク宙しながらミックが掴もうと上げた手を狙って剣を振る。



 ミックは素早く手を引っ込め、剣の一撃を逃れる。


 が、その間にダーランガッタは着地。そのまま地を蹴り、一気に接近。


 跳びながら横薙ぎの一撃を見舞おうとする。


「ッ!?」


 ミックはダーランガッタの一撃を見て、ガードしたい欲求にかられるも、地に伏せるようにして一閃をかわす。


(舐めてたな……。ここまで切れるとは思ってなかったぜ)


 ガードしなかった理由。それは先ほどの打ち合いが原因だった。



 スキル【鉄腕】を発動しているにも関わらず、突きを受けて拳面に傷を負ったのだ。


 勇者の剣技は鋭い切れ味が特徴なのは知っていた。


 それでも自身のスキルを使えば問題なく渡り合えると思っていた。



 が、結果は敗北。とまでは行かないにしても苦戦。


 重症を負ったわけではないが、負傷したのは事実なのだ。



(正面から受けるのは避けて、捌くか弾くかしないとまずいな……)


 地に伏せたミックはダーランガッタの剣をやり過ごしながらそう考える。


「ガードしようとしないのは流石だね。でも、伏せたのは失敗かなっ!」


 地面に体を預けたミックに向けて、ダーランガッタが連続で突きを放つ。


「ちょっと転がってみたい気分だったんだよ!」


 ミックは地面をゴロゴロと転がりながらダーランガッタの連撃をかわす。


 ダーランガッタの剣に突かれた床は大量の破片を撒き散らしながら、極小のクレーターを作り出す。



 ミックは何度目かの突きを転がってかわした瞬間、腕の力のみで跳躍し、離脱。


 素早く着地し、なんとか起き上がろうとする。


 ――が、それを見逃すダーランガッタではなかった。


「隙ありだ!」


 まるでミックが離脱するのを待ち構えていたかのように、ダーランガッタが飛び出す。


 ミックが体勢を立て直すのと、ダーランガッタの突きが届くのが同時となる。


「クッ……!?」


 咄嗟に上体を逸らすミック。



 凄まじい速度の突きが体を掠める。


 突きが体を貫くことは無かったが、完全に回避する事も叶わなかった。



 剣が体の上を通過し、服が裂け、鮮血が散る。


 だが、やられっ放しのミックではなかった。


「ダラアアアアッ!」

「何ッ!?」


 ミックは剣が上体に接触するように通過したのをいいことにダーランガッタの腕を取る。そして、アクロバティックかつ強引に、飛びつき式腕ひしぎ十字固めへと持っていく。


 ダーランガッタはミックの素早い動きに対応できずに、仰向けになって床へ倒れこんだ。



「折れろおおおおおおお!」


 ミックは叫び声を上げつつ一気に力を込め、極めたダーランガッタの腕を粉砕しようとする。


 ――しかし、予想外の結果が待っていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げたダーランガッタは関節技に抵抗。


 ただ抵抗するに留まらず、ミックを腕一本で持ち上げる。


 更に、技が極まっていない方の腕と両脚を使って力技で直立し、体勢を立て直してみせた。


「はあ!?」


 技をかけているのに、立ち上がられたことに驚愕するミック。


 しかも、ダーランガッタは片腕の力のみで腕ひしぎを弾いてみせたのだ。


 関節技を振りほどかれたミックは、バランスを崩してしまう。



 ――だが、そこで終りではなかった。


「いりゃああああああッ!!!」


 なんとダーランガッタは、関節技を外されて不自然な姿勢で身を投げ出したミックを掴み、上空へ放り投げたのだ。


「せいやああああああああ!」


 宙を舞うミックへ向けてダーランガッタは裂帛の気合と共に剣を振るう。


(かわせねえ……!)


 空中に身を投げだされた状態となったミックにダーランガッタの剣が迫る。


 だが、ミックがいる場所は足場のない空中。



 体の自由が利かず、動きが制限されてしまう。


 しかも狙われた場所は脚部。腕が届かずパリィもできない。



 その上、こちらへと向かって来る相手の剣は凄まじい速度。


 追い詰められたミックにダーランガッタの剣を回避する術はなかった。



「……グッ!」


 ダーランガッタの剣がミックの右脚を通過。


 まるで水を切るかのような抵抗の無い動きで脚がすっぱりと斬り飛ばされてしまう。



 斬撃をもろに受けたミックは転がるようにして着地。


 すぐさま立ち上がろうとするも、片足のない状態ではそれもままならず、床に両手をついたまま固まってしまう。完全に隙だらけの状態だった。


 しかし、ダーランガッタの追撃は来ない。


 確実に命を奪える状況なのに何もしてこない。


(いつもの悪い癖が出たか……)


 ダーランガッタと行動を共にしたことがあるミックは知っていた。


 奴は完全な優位に立つと途端に攻撃の手を止め、会話をはじめる悪癖があった。



 本人は最期に相手の事を理解したいなどと言っていたが、違う。


 あれは勝利が揺らがない状況で相手を完全に掌握した状態を少しでも長く味わいたいがために行っているに過ぎない。単に性根が腐っていて、歪んだ優越感に浸りたいだけなのだ。



 ミックは額に脂汗を滴らせながらダーランガッタの方へ顔を上げる。


 すると予想通りの表情でダーランガッタがミックを見下ろしていた。


「勝負あったね。降参するなら、ここでは拘束に留めるよ。といっても、後に処刑されるだろうから、命を保証するわけにはいかないけどね」


 勝敗は決した。


 満足げな表情を見せるダーランガッタに負けを受け入れろと言われる。


「……やなこった。お前相手なら足一本で十分だ」


 ミックは片足のみで立ち上がると両の拳を上げ、再び構えを取る。



「どんなに強がって見せても、その足じゃあ勝ち目は無いよ。大人しく負けを認めたらどうかな?」

「そう思うのはお前の勝手だ。だが俺の方が実力が上なのは確かだし、俺がこの勝負に勝つのも確定していることだ」

「相変わらずだね。分かったよ。じゃあ、とどめといこうか」


 とどめを刺すと言いつつも間合いを詰める歩調は鷹揚。


 勝利を確信しているであろうダーランガッタはどこか集中を欠いた所作でミックへと迫る。


(お前は相手が弱って勝利を確信するといつも手を緩める……。その悪い癖、一度痛い目に遭わないと治らないだろうな……)


 ミックは全身に力を漲らせ、最後の一撃を見舞おうと集中力を高めていく。



「ふっ!」


 ミックは全身に溜めた力を解放するかのように大きく息を吐くと、ダーランガッタに背を向ける。そして勢いよく両手を地面につき、連続バク転を敢行。


 二本の足で走るのと同等の速度を再現してみせる。


「く……、まだそんな力が……」


 跳ねるミックを見て驚きの声を上げるダーランガッタ。



 ミックはそんなダーランガッタのかなり手前で両手を床につき、肘を曲げる。


 次の瞬間、両腕の力のみで限界まで跳躍。体を回転させつつ、天井にまで到達する。


 そして――


「おらあっ!!」


 ――天井に向けて両手でパンチを放った。



 それは天井を破壊するためではなく、移動のために放たれた一撃。


 ミックは天井を突いた反動を活かして一気に加速し、落下する。



 そこから目指したのは壁。


 壁へ接近した瞬間、壁面へ向けてもう一度両の拳を突き出す。


「オラアアアアアッ!」


 落下の勢いのままに壁へ衝突したミックは壁へ拳を打ち出し、反動でダーランガッタへ向けて飛び出した。



 空中を飛びながら姿勢を伸ばし、蹴りを放つ体勢へと移行。


 それと同時に【鉄脚】と【渾身蹴り】を発動する。


「これでも喰らいなっ!」


 ミックは天井と壁面を利用して軌道を修正しつつ、威力を増大させた飛び蹴りを放った。


「速い……! だが直線的すぎる!」



 速度が乗り、限界まで加速したミックの蹴りを飛ぶようにしてかわすダーランガッタ。


 ミックの一撃はダーランガッタに掠りもせず、完全に回避されてしまう。


 予備動作が長く、直線的軌道の攻撃を遠距離から放ったために起きた出来事であった。



 ◆



「残念だったね。きっと最後の力を振り絞った一撃だったんだろうけど、ミックにしては正直過ぎる軌道だったよ」



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