15 治療院
翌朝、俺は中級者用ダンジョンへ挑むにあたり、武器と防具を新調しようと武器屋と防具屋へ向かった。
街を歩くと冷えた空気が頬を撫でる。早く暖かい店内に入ろうと歩く速度が自然と上がった。
まずは武器屋へ行く。
今、俺が使える近接武器のスキルは【剣術】、【槍術】、【居合い術】だ。
武器を買うならこのスキルが使えるものを選びたい。
【剣術】なら安価なものが探せそうだし、【槍術】なら武器としての使い勝手が良さそうだ。
【居合い術】はオリン婆さんのあれを見る限り、この中では威力が一番高いだろう。
「まずは駄目もとで刀を見てみるか」
一応刀は売っているが高価だとオリン婆さんが言っていた。
高くても貯金すれば手が出せる価格なら、お金を貯めてみるのも悪くない。
そう思って刀を探すと、高級品が置かれている一画に展示されているのを見つけた。
「たっか!」
が、価格は三百万ゴールドだった。
冬の間はこの街にいるつもりだが、どう考えてもその間に貯まる金額ではない。
しかも展示されている刀はオリン婆さんが持っていたものと比べるとかなり品質が悪そうだ。
これは刀の性能でついた値段ではなく、希少価値でついた値段と見るべきだろう。
(ないな……)
【居合い術】は使ってみたかったが、この街で刀を購入できる可能性は絶望的に低い。
次に剣と槍を見て回る。これらはよく買われる人気商品らしく、その辺にゴロゴロあった。
手に取って見ることも可能なので色々なものを実際に触って戦闘で使用しているところをイメージしてみる。
安全に戦えるのは距離をとれる槍だと思うが、俺の場合は【張り付く】の使用を考えると両手で持つ槍より片手で取りまわせる大きさの剣の方がスキルを活かせる気もする。
両方買ってしまえば解決する問題だが、今の貯金ではどちらか一つしか買えない。防具も買いたいし選択は慎重にいきたい。
どちらにするか散々迷った挙句、片手剣を購入した。
俺には弓という遠距離攻撃手段もあるので近接に特化しても問題ないと判断して選んだ。
片手剣の方が若干安かったのも決め手の一つだ。
そして、次に防具屋へ向かう。
防具屋で何を買うかあまり決めていなかったので店内を一周し、どういった物がいいかを考えながら見て回った。
防御力が高いのは金属が使われた防具だろうが、そんな物を着込めば重くて動くのに苦労してしまう。
俺の戦闘スタイルに合うのは身軽に動き回れるものなので軽くて要所を保護できる物を選ぶべきだろう。
というわけで購入したのは金属の手甲と黒い厚手の服の上下だ。
手甲は少し重いが金属にして盾のような使い方もできるものにした。
盾にすると片手がふさがってしまうためとういうのもある。
胸当ても買うか迷ったが胸周りを守れても腹を切られれば結局致命傷になるだろうし、上半身を覆う防具にすると重すぎるので断念した。
その代わり、厚手で傷を負いにくい服を上下で購入することにした。
色も黒にして物陰で視認されにくい物を選んだ。
次に防具を買う際は上半身を覆えるベストのようなものを買おうと思う。
買い物を済ませ、一旦宿に帰ると今日買ったものを全部装備して剣を構えてみる。
「……らしくなったなぁ」
そこにはどこから見ても新人冒険者の格好をした俺がいた。
もう村人とは言わせない。
しばらく冒険者っぽい姿の自分を堪能していると昼になったので着替えて店に向かった。
…………
店の手前まで来るとと聞きなれた音が耳に届いた。
――この音は何かを殴る音だ。
もっと言えば生き物を殴打する音。俺がゴブリンと戦う際に、散々聞いてきた音だ。
不穏な空気を感じ、物陰に隠れるようにして店周辺の様子を窺うと男が馬乗りになって殴られているのを見つける。
上に跨っているのはこの間見たギャングの一人だった。
殴られている男は意識がないのかグッタリしていて、殴られる度に手足をビクンと痙攣させていた。
俺が近寄るか迷っている間にギャングの男は気が済んだのか殴るのを止めると立ち上がり、その場から去っていった。
俺は倒れた男に近寄って容態をみる。
顔を相当殴られたのかくっきりと痣ができ、まぶたもパンパンに腫れ上がっていた。
目の焦点が合っておらず、失神しているようだ。
すぐさま店に入り、おやっさんを呼ぶ。
おやっさんは話を聞いて店から飛び出すと、倒れた男を見て固まった。
「こいつは向かいの店の店主だ。ケンタ、悪いがこいつを治療院に連れて行ってくれ。多分命に別状はないだろうが念のためだ」
おやっさんは苦々しい顔で俺に頼んでくる。
確かにステーテタスの関係でおやっさんと運ぶより冒険者の俺が一人で運ぶ方が速く運べるだろう。
「わかりました。治療院ってどこにあるんですか?」
「治療院の場所は…………」
場所を聞いた俺は店主を背負い、治療院へ走った。
「ここか……」
治療院は小規模な病院といった印象の施設だった。
中に入って事情を説明すると急患扱いになり、先に治療してもらえることになった。
施設の人の話によると、料金の説明を受け同意すると治療院に務める僧侶が回復魔法をかけてくれるシステムらしい。
怪我のケガの程度によって料金が変化するようで、今回の治療費はさほど高い金額ではなかった。
説明を受け料金に同意すると、僧侶が店主に回復魔法をかけてくれた。
「ヒール!」
掛け声と共に僧侶の手から白い光が溢れる。光は店主の傷を包み込むように広がっていく。しばらくして光が消えると顔の痣が綺麗に消えていた。
「ありがとうございました」
俺ははじめて見た回復魔法に驚きながらも礼を言う。
「この程度で済んでよかったですね。あの人たちは容赦がないので次も助かるとは限りません。くれぐれも気をつけて下さい」
どうも今回のようにギャングにやられて担ぎ込まれる人がちょくちょくいるらしく、話がスムーズに通った上に心配までされてしまった。
治療は無事終わったが店主はまだ意識を失ったままだったのでそのまま担いでおやっさんの店に帰った。
「戻りました」
「おう、ご苦労さん。大丈夫だったか?」
「はい、回復魔法をかけてもらったので大丈夫だと思います」
「う……ん、ここは?」
俺がおやっさんに報告を終えたとき、店主が目を覚ました。
「気がついたか? お前が寝てる間に治療院に連れて行ったから後で金払えよ」
「……オヤーサか。すまん助かったよ」
おやっさんが意識を取り戻した店主に事情を聞いてみると、どうやら口論からケンカに発展したが向こうが強くて一方的にやられてしまい、意識を失ってしまったらしい。
「くそっ、あいつらやりたい放題やりやがって」
どうもこういった事は向こうの気分次第で度々起こるらしく、他の店でも同様の被害が出ているらしかった。
この辺り一帯の店は腹に据えかねているが相手が強い上にうまく自警団などの目を盗んで行動に及ぶため、半ば諦めているそうだ。
「挑発にのるな、殺されるぞ?」
おやっさんが店主をいさめる。
殺されるとか普通に会話に出てくるのが怖い。
店の中を荒らされ、売り上げも奪われた店主は半殺しにされたのも忘れて怒っている。
店主は腹立たしさが収まらないのか荒々しい歩き方で自分の店に戻っていった。
俺はそんな店主の背中を見ながら今回の対応の難しさを感じてしまう。
この世界には元の世界のような細かい法律もない。
……いや、あるのかもしれないが、うまく機能しているとは思えない。
科学捜査のようなこともできないだろうから、犯罪として成立するのは現行犯だけかもしれない。
治安を守っているのは自警団と憲兵だがスーラムの街では買収が行われていた。
この街でもそうとは限らないがそういうレベルでの治安維持しか期待できないということだ。
この世界の治安はその街に住む人の良心や善性に頼っている部分が大きい。
そのため、ずる賢い人間や暴力を躊躇なく振るう人間が現れると途端にバランスが崩れる。
そういう人間が集まって組織されているのがギャングということになるのだろう。
(もし俺がギャングと関わってしまったら、うまく立ち回れるだろうか)
そんなことを考えると、どうしても気分が滅入ってしまう。
バチン! と背中をはたかれ、大きな音が鳴る。
俺は前に一歩つんのめりながら振り返った。
するとそこには仕事モードの顔になったおやっさんがこちらを見ていた。
「いつまでしけた面してるんだ。さっさと動け」
と、おやっさんに喝を入れられてしまう。
パチン! と背中をはたかれ小さな音が鳴る。
「客商売は笑顔だよ!」
娘ちゃんも元気一杯に笑顔で喝を入れてくる。
「おう! がんばるか!」
俺はにっと笑顔で返す。
あれはこちらがいくら注意していてもやってくる災害のようなものだ。
そう考え、今は仕事に集中して忘れることにした。
…………
翌朝、俺はゴブリンのダンジョンに行くことにした。
片手剣を買ったが、どの程度使えるものなのか試してみるためだ。
ダンジョンに入り、【気配察知】で三匹のゴブリンを見つけると、いつも通り【気配遮断】と【忍び足】で大きく側面から回りこみ背後を取る。
剣を鞘から抜き、スキル【剣術】を使うと意識する。
途端、スキルの影響で剣を扱う方法が感覚として全身に伝わるのを感じる。
俺はスキルの感覚に身を委ねて背後からゴブリンへ斬りかかった。
無駄のない最適の一撃はゴブリンの首を綺麗にはねる。慣れた相手というのもあり、精神的抵抗もない。
スキルを使用していなければここで一呼吸入るところだが、【剣術】の影響で流れるように第二撃が隣のゴブリンの首もはねてしまう。
そこで一旦一呼吸となり体が自然と剣を戻し、構えをとる。
「フッ」
小さく息を整える。
そこから残ったゴブリンが俺に気づいて振り向くまでの間に次の一撃を決める。
――瞬く間にゴブリンを倒すことに成功した。
「スキルってすごいな……けど、なんというか」
腕を組みながら考える。
(短刀術と比べるとムラというかバラつきというか、スキルと体の間に距離感を感じるな)
【剣術】を使った際に【短刀術】や【弓術】を使っときには感じなかった違和感を覚える。
動きも【短刀術】や【弓術】の方が素早く隙がなかったような気がした。
「ナイフを使って比べてみたいな……」
しかし、俺はナイフを持っていないので試すとなれば買うしかない。
(店の包丁を借りて試してみるか?)
いや、料理に使うものでゴブリンを切るのはまずいだろうと思いとどまる。
「買っちゃうか」
ナイフは武器の中では安い方なので買ってしまうことにする。
小さくて携帯しやすいし、片手剣が戦闘中に駄目になったときの予備と考えればいいだろう。
「武器屋に行ってからここに戻るとギリギリだな」
あまり悠長にしていると店に遅刻してしまうので急いで出口に向かう。
俺はダンジョンを出ると【疾駆】を使い、全力ダッシュで武器屋に向かった。
「ハァハァ……これは……疲れたな」
俺は武器屋でナイフを調達し【疾駆】を使って全速力でダンジョンに戻ってきた。
激しく息を切らせた俺が必死の形相でダンジョンに入るのを入り口の職員が見てちょっと引いていた。
早速【短刀術】を試してみるため、俺はまだ息が整わない中、ゴブリンを見つけようと奥へ進む。
……目の前には背を見せたゴブリン三匹がいる。
とりあえず片手剣を使った時と同じ状況を作ってみた。
(うし、やってみるか)
ナイフを構え【短刀術】を使うと意識する。
すると早朝の空気を吸ったような冷たく心地良い感覚が一瞬で全身を駆け巡る。
それと同時に俺は自然と駆け出し、一匹のゴブリンの口を片手で押さえる。
素早くナイフを逆手に持ち首、肺、肝臓の三箇所を刺すと隣のゴブリンへ流れるように移る。
同じように口を押さえて三撃加えると、隣に移って同じ動作を繰り返すと、そこでようやく一呼吸入れナイフを構え直した。
「え?」
自分の動きが信じられず思わず声を上げてしまう。
合計九回攻撃したが【剣術】の三回攻撃したときより速いくらいだった。
感覚的に例えるなら、金槌で釘を力任せに三回打ったのが【剣術】なら、その三回の内にトリプルアクセルを決めながら流麗に九回打ったのが【短刀術】だ。
ナイフなので剣に比べれば速く振れるが、それでもでたらめに刺したわけでもなく、的確に急所を狙ったうえにそれが複数に及ぶ。ゴブリンの間を移動するときもまるで踊っているかのように滑らかな動きだった。
(この差はなんだ?)
そのスキルを得た職業になっている状態で補正が入るのかとも思ったが、今はサムライなのでどちらのスキルにも影響はない。
レベルやステータスも増減するわけではないので関係ない。
「スキルレベルが高いと影響が出るってことかね」
戦士のスキルレベルは2で狩人は5だ。
スキルレベルが上がると新しいスキルを覚えるだけではなく、覚えているスキルが上手く扱えるようになるってことかもしれない。
更に狩人の方はその上位に当たる職と思われる暗殺者も5なのでその辺りが影響しているのではないだろうか。
【剣術】と【短刀術】、体の動きを比較すればナイフで戦った方が良さそうだがリーチが問題になってくる。
多種多様なモンスターに対応するには、やはりある程度攻撃範囲の広さが求められる。
そういったこと踏まえると剣を主軸に戦った方がいい気がする。
それならスキルレベル差からくる動きの鈍さにも慣れておいた方がいいだろう。
「うーん」
これから剣をメインで使っていくなら、サムライのスキルレベルを上げるより戦士のスキルレベルを上げた方がいい。
しかしサムライで敵を狩ってしばらく経つので、そろそろスキルレベルが上がってもおかしくない。
少し迷うがここは先にサムライのスキルレベルを3にしてしまうまで、戦士に変えるのはもう少し待つことにする。
戦士に変えるまでは中級者ダンジョンに行くのも延期することに決める。ちょっとじれったいが、ここはじっくりいくべきところだろう。
これからしばらくの予定も立ったところで俺はダンジョンを出て、店の手伝いに向かった。
それから数日、休みは全てゴブリンの乱獲を続ける日々が続いた。
…………
サムライスキル
LV1 【居合い術】
LV2 【疾駆】
LV3 【縮地】 (瞬時に移動する)
「よしっ、来たかー」
日課になっている毎朝のステータスチェックをすると、とうとうサムライのスキルレベルが3になっていた。
LV3は【縮地】らしい。
これはもしかするとオリン婆さんが消えたように見えたスキルかもしれない。
「早速使ってしまうぜ。使っちゃうよ?」
ちょっと嬉しいのでテンションがおかしい方向に上がってしまい、変な独り言が漏れてしまう。
しかし、あんな瞬間移動が出来るかもしれないのだ、浮かれるのもしかたない。
戦闘スキルでもないのでダンジョンに移動せず、そのまま宿で使ってみることにする。
「うおっ」
【縮地】を使うと、その場に立ち止まるように一拍置いて次の瞬間には一メートル程先に跳ぶように移動した。人間の構造ではありえない移動の仕方に思わず声が出てしまう。
跳ぶといっても地面から一センチも浮いておらず、後ろから強力な扇風機で押し出されたような感覚だ。
十分な速さだったがオリン婆さんのように消えて見えるほどではなかった。
これは多分、スキルレベルがまだ低いせいだろう。
「何度でも使えるな」
その後も感覚に慣れようとして使ってみたが、【疾駆】のように再使用に時間が必要なものではなく、何度でも使えた。直立した姿勢でスイスイ平行移動できるため、ちょっと面白い。
楽しくなった俺は部屋の中を【縮地】でぐるぐると回る。
「シュールだな」
起立姿勢で固まったままスーっと前後左右に動くさまはパントマイムでも見ているかのようだ。
鏡の前でポーズを取って移動してみたり、仰向けに寝たまま移動したりして遊んでいると不自然な移動にも段々違和感を感じなくなってきた。
「うひょ〜」
スキルの感覚に慣れてきた俺はうつ伏せになったまま【縮地】を使い、地面を滑るようにして移動する。まるでスケボーで遊んでいるかのようで楽しく、つい夢中になってしまう。
「…………何とも珍妙な動きですね。悪魔召喚の儀式ですか?」
俺はかけられた声にハッとしてキッチンの窓を見上げる。
するとそこにはいつもの虚ろな目がこちらを覗いていた。




