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「……ふぅ」
ひと息ついたミックは曲り角の壁に背を預け、通路の先を覗き込む。
ここまでなるべく人目を避けて行動した結果、大したトラブルもなく機関室の前まで辿り着くことに成功した。
しかし、時間はそれなりに経過していた。
それは走ることができず、ゆっくりとした速度でしか進行できなかったからだ。
なぜなら、周囲の人間を欺こうと変装していたため、注目を買ってしまうような行動を避けていたためである。
その結果、目的地には無事到着できたが、時間の経過はまずまずといった状況であった。
(バレないために歩いて来たから、結構かかったな。案外、侵入技術の高いケンタあたりなら、そろそろハイデラを倒しているかもしれんな……)
周囲の様子を窺いながらミックは思考を巡らせる。
イゴスに侵入した三人の中で一番隠密行動が上手いのはケンタだ。
彼なら音も立てずに走ることも難なくやってのけるだろう。つまり、いち早く目的地に到着し、ターゲットを仕留めることも可能なのである。何より、相手は高齢だ。その場に着きさえすれば、そう手間取るとも思えない。
(こっちもできるだけ急いだ方がいいだろうが、焦りは禁物だ)
もし、先に組織のトップであるハイデラが倒されてしまえば、警戒態勢が強化されるかもしれない。もしくは、逆に全体が混乱し、侵入のチャンスが増えることも考えられる。
ミックとしてはそういった不確定な状況に陥る前に事を済ませてしまいたかった。
しかし、コアの破壊は慎重を期す必要がある。
コア、つまりはこの空中要塞イゴスの全てのエネルギーを供給している部位。
島を連想させるほど巨大な物体を浮かせ、その周囲に何者も寄せ付けない防壁を張って尚、余りあるほどのエネルギーを有する塊なのだ。
むやみに破壊すれば爆発し、自身もそれに巻き込まれる危険が伴う。破壊、もしくは解体作業は非常にデリケートな作業になるため、静かな場所でじっくりと時間をかけて行いたいくらいだ。
(やっぱり中には人がいるだろうし、そいつらが俺の作業を静かに見守ってくれるとは思えないんだよな)
ミックがコアをどうにかしようとすれば、当然周囲にいる者が黙っている筈が無い。かといって、誰にも気付かれずに作業するというのも難しい話だ。
(となると、中の人間を全員黙らせてから、破壊するしかねえよな)
考えをまとめたミックは機関室の扉を静かに開けた。
そしてするりと室内へと入り込む。
(いるなぁ……)
ミックの予想通り、内部は人で溢れていた。
といっても、こちらに注意を向ける者はいない。皆、それぞれの作業で手一杯といった様子だ。
誰を見ても必至の形相で駆けずり回っている。乱れ飛ぶ言葉を拾えば、何やら修理をしている様子。
(防壁か……)
どうやらドラゴンの爪で防壁を完全破壊したのが功を奏したようだ。
そのせいで何かの装置が大破し、修理に追われているようだった。
室内はちょっとした混乱状態にあり、ミックのことを気に掛ける者などひとりもいない。
何より周囲にある大量の機械群が絶賛稼動中であり、ミックの出す小さな物音など一切聞こえない状態であった。
ミックは近くで作業する者達に素早く紛れ込む。そして、様子を窺いながら少しずつ奥へと向かう。
(あれか)
人の中に紛れながら進むこと、数分。目的の場所へと辿り着く。
それは巨大な装置だった。
中央にはランタン型の魔道具が三つ設置され、それが巨大な機械へと連結されている。
巨大な機械からは蜘蛛の巣のように大量のパイプが周囲へと展開されており、それを伝って魔力が各所へ行き渡っていることが窺い知れた。
巨大な装置からは絶えず大きな駆動音が鳴り響いており、ミックの不審さな動きを打ち消してくれる。
「その服、似合わないね」
と、不意に背後から声をかけられる。
驚いて振り向きながら身構えると、そこには見知った男が立っていた。
なんとも爽やかな笑顔を振りまく男の名はダーランガッタ。
勇者であり、侵入者であるミックたちに差し向けられた刺客の一人なのだろう。
「よう、また会ったな。こっちの方が俺らしいか?」
ミックはそう言いながら、変装用に羽織っていた服を脱ぎ捨てる。
すると、下からいつものスリーピーススーツが姿を現す。
ミックとダーランガッタが対峙する中、異常に気づいた周囲の者達が武器を取り、こちらへと近づいてくる。
が、ここでダーランガッタが近づく者たちを手で制した。
「悪いけど、皆は下がって。できればここから別の場所に移動してくれないかな?」
「ですが! 持ち場を離れるわけには……」
ダーランガッタの言葉を聞き入れられないとばかりに、ミックを取り囲む兵士のひとりが声を上げる。
「君達がいると邪魔なんだよね。間違えて斬っちゃうわけにもいかないしさ。それとも、僕の剣、避けれる?」
ダーランガッタは発言した兵士を見つめながら肩をすくめて見せた。
「……それは」
言葉を詰まらせる兵士。
「でしょ? なら少しの間、別室で待っててよ。済んだら呼ぶからさ。それなら、持ち場にすぐ戻れるから問題ないんじゃない?」
「わ、わかりました。おい! 移動するぞ!」
「あ、ああ……」
渋々といった体でダーランガッタの言葉を聞き入れた兵士たちはその場を離れていく。
ミックとダーランガッタが睨み合う中、兵士たちがぞろぞろと退室していく。
しばらく後、機関室に残されたのはミックとダーランガッタの二人だけとなった。
兵士たちが移動し終えたのを見届けたダーランガッタがミックへと向き直り、口を開く。
「ごめん、待たせたね。でも驚きだな、ミックがこっちに来るなんて。てっきりハイデラさんの方に行ったと思ってたよ」
ダーランガッタは危機感を一切感じさせない、日常会話でも楽しむかのような口調でミックに話しかけてきた。
「おい、“ミックさん”だろ? あと、ハイデラ司令って呼ばなくていいのかよ」
ミックは後輩であるダーランガッタが自分のことを呼び捨てにしたのが気に入らず、つい指摘してしまう。
「えぇ……、でも、ずっとミックって呼んでたしなぁ。ハイデラさんの方はちゃんと公の場では司令って言ってるから問題ないさ」
「なんでハイデラに付いた。お前はそういう事は嫌いだと思ってたんだがな」
ミックから見ると、ダーランガッタという男は殺しには躊躇しないが、性格は割と温厚な部類に入ると認識していた。
そんなダーランガッタが、極端かつ過剰な行動をとるハイデラに付くとは思っていなかった。
だから彼の決断を意外に感じていたのだ。
「説明の必要はないんじゃないかな。だって、ミックも同じじゃないか」
「同じ? 俺はお前たちとは違う」
朗らかな笑顔で話すダーランガッタを前にミックは顔をしかめる。
あのハイデラの側に付いた者と同類扱いされることにはさすがに抵抗があった。
「同じだよ。僕はハイデラさんに拾われて、育てられた。父同然の人を支えるのは当然じゃないか。君だってスタンリーさんに拾われて育てられたから、ずっと支えてきたんだろ?」
恩人を支え、助けるのは当然。ダーランガッタは苦笑しながらそう言った。
「そうだな。だが、もし俺がスタンリーさんでなくハイデラに拾われていたのなら、そちら側に行かずに説得したし、止めようとしただろうな。スタンリーさんがハイデラと同じ事をしようとしても止めたはずだ。あの人を支えたかったというだけで、側にいたわけじゃない。俺がそうしたかったからだ」
お前とは違う、そう意思表示したミックは首を振る。
「だから同じだと言ってるんだ。僕もそうしたいからそうしている。何も違ってないさ」
「そうかよ。ならこれ以上話すことは何もないな」
相容れないことを、話し合いが成立しないことを理解したミックは両腕を上げ、構えを取る。
「その通りさ。後はどちらかが死ぬまでやることをやるだけさ……」
笑顔のダーランガッタは剣を抜くと、自然な動作で構えに入る。
「来な。悪いが、手加減は出来ないぜ」
軽くステップを踏んで感じを掴んだミックはダーランガッタへ向けて手招きする。
「それは僕だって同じさ。死んでしまっても後で文句は言わないでくれよ」
ミックの手招きに応じるように、ダーランガッタが地を蹴る。
戦闘開始だ。
◆
「くしゅん!」
少し離れた背後で妙にかわいい声が聞こえると思ったら、エルザのくしゃみだった。




