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とにかく、何もしなくなったのはありがたい。邪魔がなくなったのを確認した俺は再びサンドを頬張りはじめた。
むしゃむしゃとサンドを食う俺たち。何この絵面。シュールすぎる。
でも、こいつと話すことなんて何もない。しょうがないじゃん。
だってエレベーターが止まらないんだもん。
エレベーターという特殊な閉鎖空間でベーコンサンドを無言で食う二人。
目盛りの上を進む針は未だ端まで辿り着きそうにない。
俺は全てを忘れ、サンドとビールを交互に味わう。
――至福の時。もうこのエレベーターに住んでしまおうかと思えるほどの気持ちだった。
が、そんな幸福な時間も束の間、またもや横から恨めしい視線をキャッチしたので、素早くビールを取り出して渡す。一言もしゃべらせない。その方がお互いのためにも良い。
無言で酒を飲み、サンドを頬張る俺とエルザ。
食事を終える頃にはエレベーターの進行を示す針も目盛りの端に近づきつつあった。
チーンという軽い音と共に、ガクンと軽く揺れて停止する。それと同時に扉が開く。
「ふぅ、妙に長く感じたな」
「これで狭い空間で貴方と同じ空気を吸っているという不快感から解放されそうです」
「あれだけ飲み食いしておいて、よくそんな事が言えるな」
「それはそれ、これはこれ、というやつですよ。それよりこれ以上貴方と一緒に歩きたくないのですが、どちらに向かうのですか?」
「どちらもこちらも、一本道だろうが……」
エレベーターを降りた先は直線の通路があるのみ。分かれ道などひとつもない状態だ。
「いえ、貴方のことですから異常な判断に基づき、常人には及びもつかない方向を選ぶ可能性もあるかと思いまして」
「はいはい。おい、あんまり近づくなよ。知り合いや仲間だと思われたくないからな」
「ッ! なんという屈辱。先に言われてしまいました」
などというやり取りをしながら二人仲良く通路を進む。騒々しいことこの上ない。
これでは敵に気づいてくれと言っているようなものだが、誰かが駆けつける気配もない。
「騒ぐなよ。一応中枢に向かってるんだから、もう少し緊張しろよ……」
「問題ありません。こちらに向かって来る者は皆殺しです。それに今はちょうどいい塩梅の遮蔽物もあることですし、被弾の可能性は限りなく低いです」
「絶対お前を遮蔽物に使って、攻撃回避してやるからな……」
それはこちらの台詞だと言わんばかりに言い返す。が、エルザは俺の言葉など意に介さず前進し、突き当たりにある扉の前まで辿り着いてしまう。
「いつまでのんびりしゃべっているんです? 開けますよ」
「好きにやれよ。言っとくが、お前とは共闘しないからな。お前がいくら追い詰められようとも絶対助けんぞ。こっちはこっちで好きにやらせてもらう」
「何を当たり前のことを言っているんです? 馴れ合いがしたければ他を当たってください。今、貴方とやりあわないのは、一時的に優先順位が下がっているためです。そこのところを肝に銘じておいて下さいね」
俺の共闘しないという言葉にエルザはツンとすまし顔で失笑する。挑発的な物言いだったが、それはこちらも同じ。俺たちは仲間じゃない。どこまでいっても敵同士。こいつと協力する事などありえないのだ。
(このままこいつに構っていてもいいことはない。むしろ多少リスクは侵しても、先に進んだ方がいいくらいかもしれん)
こんな短い距離を進んだだけで口論のオンパレード。
これなら単独で進んだ方が増しである。
かといってエルザに先を進ませるのは何かしてきそうで嫌だ。
なら先に行ってしまうのが得策ではないだろうか。そう考えた俺は扉の前で佇むエルザに一気に詰め寄る。
「どけ。俺が先に行く」
「はいはい、どうぞどうぞ」
エルザは俺の言葉を聞くと案外すんなりと受け入れ、道を開けた。
俺はエルザの横を大股で通り過ぎると、勢いよく扉を開けた。
「ッ」
――そしてすかさず扉を閉めた。
しっかり閉まっていることを確認し、息を吐く。
と、背後から妙にニヤニヤしたエルザの声が聞こえてきた。
「あらあら、先に行くんじゃなかったのですか? 臆病風に吹かれるのは構いませんが、後がつかえているので早くしていただけるとありがたいですね」
非常に挑発的な言葉だった。だが、今はそれを一旦置いておいてでもエルザに尋ねたいことができてしまった。
「なあ……、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「駄目ですね。貴方と会話を楽しむつもりはありません。先へ進まないなら私が行きます」
「いやっ! いやいやいや。そんな答えるのが難しい質問じゃないんだ。すぐ済むから」
「…………なんですか。気持ち悪いですね。いつにも増して気持ち悪い。質問がしたいならすればいいじゃないですか。まあ、私が答えるかどうかは別問題ですが」
「その……、お前に姉妹はいるか? といっても双子とか六つ子的なやつね? そういう感じの姉妹。もしくは生き別れがいる可能性でもいいんだけど」
「いませんね。私は一人です。さっきも似たようなことを尋ねていましたが、何なんですか? 私、回りくどいのは嫌いなんですが」
やはりな、と確認を終了する。つまりこの先にいるものはエルザとも敵対する可能性が高い。
「……そっかぁ、そうだよな〜。普通に考えてそうだもんなぁ。なあ、共闘しないか? 少しの間だけでいいんだ。ちょっとこの先が面倒そうなんだ。その間だけでいいんだ、な?」
「はあ? ついさっき共闘はしないと啖呵を切っていたではありませんか? 貴方にはプライドというものがないのですか? 呆れてものも言えませんね」
肩をすくめ首を横に振ったエルザは俺の誘いを断った。
「……はぁ、こっちが下手に協力を仰いだら、すぐこれだよ。じゃあ、いいよ。俺は臆病でプライドもないから、ここはお前に譲るよ。先に行けよ。俺はしばらくしてから行く」
共闘しないなら同時に入るのは悪手。ならばここは先を譲ろうと扉の前から退き、どうぞどうぞとエルザへ視線を送る。
「何をわけの分からないことを……。これだから気持ちの悪い変質者の考えることは……」
エルザはブツブツと呟きながら俺の横を通り過ぎ、扉を開けた。
「ッ」
――そしてすぐさま閉めた。
「協力しましょう。一時休戦です」
俺の方へ向き直り、共闘を申し出てくるエルザ。
「いや〜、そのお願いのしかただとちょっと無理かなぁ〜。響かないなぁ〜。なんせ俺は気持ちの悪い変質者だからなぁ〜」
あれだけ罵っておきながら、そんな口の聞き方で俺が首を縦に振るとでも思っているのだろうか。やはりこの辺はきっちりしておかないと、こちらのモチベーションにも関係してくる。ここはしっかりとした謝罪を引き出したいところだ。
「くっ、もういいです! お前を先に殺す! 今殺す! 確実に殺す!」
しかし、俺の言葉に切れたエルザは刀の柄を握り、構えを取る。
どうやら俺と共闘して、この先を切り抜けることを諦めたようだ。
だが、それならそれでいい。俺たちが仲良くするなんて土台無理な話だったんだ。
「やっぱりそうだよなぁ。最初からそうすべきだったんだよ。……来いよ」
俺も剣の柄に手をかけ、構えを取る。
どのみちいつかはこうなる話だったのだ。それが少し早まっただけ。
やるというならやってやる。いくらでも付き合ってやる。
至近距離での睨み合いは殺気を孕み、一触即発の空気を醸し出す。
が、ここでエルザが刀から手を放した。
そしてうつむきがちに小さく口を動かしはじめる。
「………………いえ、私が悪かったです。言葉が過ぎました。どうしてもここを抜けたいので協力してください、お願いします」
「ぇ」
「二度は言いません。どうしますか? 私は別にここで一勝負増えても問題ありません。ただ、時間が惜しいと思っただけです。さあ、どうしますか?」
俺のリアクションにエルザは嫌そうな顔をしつつも共闘を持ちかけてきた。
(時間が惜しいのは俺も同じだ。こんなところで余計な雑事を増やしてる場合じゃないんだよな……)
エルザにも何かしらの目的があるように、俺にも大事な用がある。
当然それはエルザとの戦闘よりも優先される。ここで時間を食うのにいい事などひとつもない。
俺が身勝手な行動をした結果、レガシーやミックに影響が出たり、地上のミーニ国に何かしらの被害が出ては意味がないのだ。
ならば言うことはひとつしかないだろう。




