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ブーンという低音と小さな振動を感じながら、エレベーターという狭い空間の中で乗客は俺とエルザは二人きり。
いつ何かされるか分からないという状況のため、ひと時もエルザから目が離せない。
こちらの視線に気付いたエルザが嫌そうな顔でため息を吐く。
「そんな欲情した目で凝視されると私も困ってしまうのですが……」
「目が離せないんだよ! 何するかわかねえから! そういう気持ちは一切ない!」
欲情という部分には全力否定しつつも、視線はそらさない。何されるかわかったもんじゃないので、瞬きすらしたくない気分だ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。体力は温存したいですし、今は手を出したりしません」
エルザは両手を上げて攻撃の意思がないことをアピールする。
「本当かよ……」
俺はそんなエルザの言葉や行動を鵜呑みにできず、ジト目で睨んでしまう。
「別に信じていただく必要はありませんが、変質者にじっと見つめられるこちらの身にもなってほしいものですね」
「俺が変質者っていうならお前はなんだよ。超越者どころの話じゃないだろうが……」
「褒めても何もでませんよ」
「褒めてねえよ。ああっ、もうっ、くそが!」
売り言葉に買い言葉。どうしても相手のアクションに反応してしまう。
これでは戦わなくてもエネルギーを無駄に消費してしまう。
こんな精神状態では、この先の戦いにも悪い影響が出てしまうかもしれない。
そう思った俺は、エルザを見るのをやめた。実際ここまで何もしてこなかったし、向こうの言い分を信じてしまうことにする。
視線を外した瞬間こそ妙に緊張したが、相手が何もしてこないということが分かると、逆に視界に入れない方が気分が楽になった。
その後は黙って視線を合わせないようにした。
といっても、この狭い空間で見るべきものなどどこにもない。
結局、俺の両眼はエレベーターの目盛りに釘付けとなってしまう。
古いデザインのエレベーターなので階数を表示するのもデジタル表示ではなく、扇型の目盛りの上を針が移動するタイプのものだ。俺は目盛りの上を進む針をじっと見つめ、目的地に到着するのをひたすら待った。
ちなみにこのエレベーターは目的地まで直通となっているので、途中停車はしない。
そういう意味では終点まで外部からの襲撃を気にしなくていい分、気が楽だ。
なるべくエルザの方を気にしないようにしながら、ぼんやりと目盛りを見続けること数分。
……遅い。針をじっと見ているが動きが鈍い。遅々として進まないのだ。
多分走行距離が長いせいなのだろう。
しかも、ただ上昇しているというわけではないのは体にかかる負荷でなんとなくわかる。
さっきから前後、左右、上下と好き放題に進んでいる。故障しているのでは、と思ってしまうほどに自由奔放な軌道だ。こんな進行で本当に目的地に着くのだろうか。
(飽きたな……)
じっと立ったままエレベーターの目盛りとにらめっこしているのにもさすがに飽きてきた。
要塞がデカいだけに走行距離も長く、目的地まで中々着きそうにない。
などと考えていると、小腹が減ったのかぐうと腹が鳴った。
その音を聞いて、隣に立つエルザが失笑する。
しかし、減ったものは仕方ない。何か食うべきだろう。
幸いここはエレベーターの中、邪魔する者もいないし、ゆっくりと食事が出来るというものだ。
俺はアイテムボックスから切り目を入れた丸パンを取り出す。そして次に予め切っておいたレタスとトマト、それに軽く炙っておいた極厚ベーコンを取り出した。
それらを順にパンの切り目に押し込む。最後はマスタードとケチャップを取り出して存分に塗り込んだ。
見るからに美味そうな即席サンドの完成だ。
俺は迷いなくサンドを口の中へと放り込み、存分に咀嚼する。
パンはかみ応えがありつつも、ふわっとした歯応え。その後にくるレタスのシャキシャキ感とトマトの瑞々しさ。最後は肉厚なベーコンをかむことによって得られる弾力。プリプリである。
ほのかに温かいベーコンをかみ切ると、中から濃厚な旨味と香りが溢れる。それら全ての味をケチャップとマスタードの酸味と辛味がさっぱりとまとめ上げ、食欲を更に刺激する。
最高の旨さであった。
俺はもちゃもちゃとサンドを頬張りながら、とどめのビールをアイテムボックスから取り出し、ぐびりと豪快に喉を潤す。
「くぅ〜……」
最高の瞬間であった。
俺は無心でサンドと格闘をはじめた。
すると、となりから聞き取れないほどの小声で、匂いがこちらまで漂ってくるんですよ、と聞こえてきた。
俺はその小声を聞こえなかったことにし、美味しいサンドを頬張り続けていると、今度は普通の声量でエルザの恨めしい声が聞こえてくる。
「その色々な物は一体何処から出したのですかね」
「どこでもいいだろ。後、俺は今、食うのに忙しいから話しかけんな」
「こんなところで飲酒ですか。感心しませんね」
「うっせえな。死ぬかもしれないと思うと、呑まなきゃやってられねえんだよ。これが最後の飯かもしれないんだから好きにさせろよ」
「それは私に殺されることを危惧した上での最後の晩餐という事で間違いありませんか?」
「いや、違うよ? どっちかっていうと、この要塞が爆発して消し飛ぶ未来を想像しての最後の晩餐だよ。俺がお前に後れを取るとかありえないから」
「シュッラーノ国で追い詰められた割には粋がった物言いですね」
「俺、それ外したら三回勝ってるから。粋がってもいいよね?」
「やはりここで先に蹴りを着けるべきでしょうか……。体が無性に疼きます……」
「なんで飯喰ってるだけで殺る気マックスになるの!? ちょっとこれ食って落ち着けよ」
俺は手早く二個目のサンドを作ると、エルザの方へ向けた。くいくいっと動かし、受け取れとゼスチャーする。
「……そうしますか」
言葉では渋々といった感じだったが、サンドを取る動作は鮭を狩る熊の如く素早かった。
その動きを見て酒も取り出す。
「あ、これも呑む?」
「頂いておきましょう」
俺の問いに食い気味に応答し、素早くビールを奪い取るエルザ。
まだ差し出そうというモーションすらしていなかったのに、一気に持っていかれてしまった。
普段ならその辺りに関していじるところだが、今はサンドを食いたい欲求が勝った。
それはエルザも同じらしく、さっきから完全に無言になっている。
視線を向ければ、目を細めてサンドを食っていた。きっと美味そうに食っているんだろうが、どちらかというと嗜虐的な表情に見えなくもない。
とにかく、何もしなくなったのはありがたい。
邪魔がなくなったのを確認した俺は再びサンドを頬張りはじめた。




