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「あいつらはそれぞれ侵入テクニックとか持ってそうだけど、俺にはそんなものはないんだよなぁ……」
巨大な通路のど真ん中でレガシーは呟く。
ケンタは気配を消すのがうまく、こういった状況では活躍が見込める。
ミックは単独で過酷な任務をこなしてきただけあって、どんな状況にも対応できそうだ。
(一応隠れながら進んではいるが、あまり効果が期待できないんだよな)
だが、レガシーは体が強化されてはいるが、こういった人目を避けて行動するのはあまり得意ではない。むしろ、体を張って正面から突撃するようなことが得意なのだ。
それは自身の背後に連なる死体を見ても一目瞭然。
レガシーは敵に見つかるたびに交戦し、相手を倒して目的地を目指していた。
といっても、ここまでの道程で戦闘になったのは数える程度。レガシーの予想を遥かに下回るものだった。
(ここが広すぎるんだろうな……)
この空中要塞は途轍もなく巨大だ。
そのため、乗り込んでいる兵士を総動員しても、全体を埋め尽くすことができないのだろう。結果、要所を守るに留まり、人員が分散する状況を作り出しているようだった。
それが功を奏し、敵と戦っている間に応援が駆けつけるという事にはなっていない。
しかし、戦闘を行えば行うほど、その場に留まる時間が増え、中々進むことができない。これではいつまでたっても目的地に辿りつけない。
「言ってるそばから来たか……」
通路の奥からこちらへ向けて兵士が一人、駆けて来るのが見えた。
すかさず魔法剣を突き出す。すると刃が節ごとに分断され、限界まで伸長する。
「なッ!?」
未だかなり離れた場所にいた兵士は、まさか自分がいる場所にまで刃が届くとは想像していなかったらしく、驚きの声を上げる。そして刃を避けようと身をひねるが、遅かった。
伸長した魔法剣が兵士の体の動きに合わせて、ゆるくカーブし、的確に胸を貫く。兵士は倒れ、動かなくなる……。一撃だった。
手応えを感じたレガシーは伸びた刃を引き戻し、構えを解く。
(こんなことを続けていて、本当に目的地に着けるのか?)
度々立ち止まっての戦闘を繰り返しながらの進行。
目的地を目指すにしては障害物が多すぎる。
どう考えても効率が悪い。
このままでは同時進行しているケンタやミックとの差が開き、自分だけ事を成し遂げられないままに、この場を脱出しなければならないハメになってしまう。
非常にまずい状態だった。
が、そんな非効率的な行動を繰り返しているレガシーにも打開策は閃いていた。
しかし、今まで実行に移す気になれないでいた。できればやりたくない方法だったからだ。
「やるしかねえか……」
全く気が進まないため、途轍もなく渋い声で自分に言い聞かせるように呟く。
ここまでの行動を省み、目的地に到着するまでの時間を逆算すると、思い浮かんだ方法を試すしかなかった。
レガシーは通路側面にあった窓の方を向くと剣を構えた。
そして窓へ向けて剣を振り下ろす。窓はレガシーの強烈な一撃を受け、呆気なく割れた。
破片が飛び散り、通路へ強風が吹き込んでくる。
レガシーは破壊した窓から身を乗り出し、外の様子を窺う。
眼下は一面に渡って灰色の雲が敷き詰められており、陸地は一切見えない。
そんな光景を目にすると背骨に悪寒が突き抜け、全身を寒気が襲う。
「やっぱりやめるか……」
ためらいの感情が湧き、数歩後退ってしまう。
気が進まない。高所が苦手なレガシーにとっては、非常に気乗りしない選択肢。
しかし、進行速度を考えると、これしか方法が思い浮かばないのも事実だった。
「……あぁ、やってやる!」
両手で頬叩いたレガシーは再度窓へと近づき、手をかける。
そして割れた窓から要塞の外へ目一杯身を乗り出した。
途端、叩き付けるような強風がレガシーの全身を襲う。
両手両足に力を込めて踏ん張りながら目指す場所へと視線を向ける。
それは一階層下の窓。
下方を見るだけで身がすくむ思いだが、ここでためらうと最悪死にかねない。
下っ腹に力を入れ、両目を見開き、覚悟を決める。
レガシーは外壁に魔法剣を突き刺し、内蔵された仕掛けを起動。途端、刃の先端から無数の棘が飛び出す。それを確認したレガシーは刃を伸長させながら下方目指して窓から飛び降りた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
叫びながら目的の位置まで魔法剣を伸長させつつ落下すると、今度は壁面を蹴って振子のように反動をつける。
そして勢いもそのままに窓を蹴破る。それと同時に魔法剣の仕掛けを解除し、内部へと飛び込んだ。勢いが強すぎたせいで着地しても立ち止まれず、床の上を転がりながらの侵入となる。
「ハァハァ……、やってやったぞ。もう一度だ」
窓から下層の通路へと侵入を果たしたレガシーは悲壮な表情で立ち上がると、再度窓の方へと向かう。
そして同じように窓から身を乗り出す。そんな行動を数回繰り返す。
何度となく派手な音を立てての侵入を繰り返していたが、今のところ誰かが駆けつける様子もない。それは通路の突き当りが行き止まりになっているためかもしれなかった。
「よし、次だ……」
レガシーは意を決して立ち上がると、窓から上半身を出し、剣を構える。
しかし、今度は魔法剣を下方にではなく、前方へと射出。限界まで伸長させたところで先端部分だけを直角に曲げ、壁面へと突き刺して棘を起動させる。
何度がぐいぐいと引っ張り、剣先が外れないことを確認すると窓から外に出る。
そして刃をゆっくりと引き戻しながら壁の上を進んで行く。
「……下は見ない。下は見ない。前だけを見る。前だけだ」
レガシーは自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと呟きながら壁面を進む。
通路上では行き止まりとなっていた部分を外から越え、一気にショートカットを図る。
全身に襲い掛かってくる強風に閉口しながらも、進む先を真っ直ぐ見据え、じっくり進む。
本当なら一秒でも早く切り上げたい行為であったが、焦ってしまっては命取りとなってしまう。
「くそ……、これならあの眼帯女を百人くらい相手にする方がまだ増しだぜ……」
苦手な状況にさらされ続け、思わず愚痴が漏れる。
ケンタの因縁の相手である異常にしぶとい女。
アレを複数相手取る方がまだ増し。心の底からそう思えてしまう。
それは決してその状況の方が楽というわけではなく、それほどまでに現在の状況が耐え難いものだというだけだった。生理的に耐えられない恐怖が心を侵食し、レガシーの精神は崩壊寸前まで追い詰められていた。
「高いところは、苦手だって言ってるだろうがァアアアアアアアッッッ!!!」
自ら高所に躍り出ての逆切れ。大絶叫であった。
そんなレガシーの魂の叫びは、空を悠々と突き進む空中要塞の機動音にかき消され、周囲にその存在が気付かれることはなかった。
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ブーンという低音と小さな振動を感じながら、エレベーターという狭い空間の中で乗客は俺とエルザは二人きり。




