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通路の陰から明るいエレベーターホールに出てきたため、相手の顔がはっきりと分かる。
(出たよ……)
その顔を見て、嫌というほど因縁を感じてしまう。
飛び出してきた人物には見覚えがあった。
薄い茶色の髪を短く切り、片目は眼帯。首から下は全身を覆う白いライダースーツのようなものを着用。右腕は凶悪さが際立つ鋭利なデザインの義手。腰には一本の刀を差していた。
皆さんご存知の――、エルザだ。
「あら」
「ッ!」
どうやら驚いたのは向こうも同じようで、お互いに武器を構えたまま固まってしまう。
俺がじりじりと後退る中、エルザがうっとりした表情で口を開く。
「再会できて嬉しいです。私の想い人」
「え、違います。人違いです」
ここぞとばかりに全力否定。誰が誰の想い人だというのか。
何が何でも違うと異議を申し立てたい。
「つれないことを言いますね。私と貴方の仲だというのに」
「なんでここに……。いや、よく考えるとさっき二人会ったか……」
エルザの言葉を無視し、ついさっき別のエルザたちに会ったことを思い出す。
そのせいか、こうやって会話を交わしても、あまり久しぶりといった感じがしない。
記憶を辿っていくと、案外頻繁に会っている。最悪だ。
「私の事を想いすぎて、幻覚が見えるようになってしまいましたか? 私はいつだって一人ですよ。貴方の正面にいるのが私ですよ?」
俺の言葉を聞いたエルザが怪訝な表情をする。
「……お前、もしかして会ったことないのか? 俺は三人ほど会ったことがあるんだが。アレとは無関係なのか?」
眼帯をしているタイプのエルザと会うのは久々だが、眼帯をしていないタイプとは、今しがた会ったばかりだ。
案外、このエルザは他のエルザと会ったことがないのかもしれない。
などと考えていると頭の中がエルザだらけで、どうにもこんがらがってくる。
が、それを整理しようとは思わない。
なんで俺がエルザのためにそこまで思考を割かねばならないのか。
などと考えていると、エルザが俺に向けて哀れみの視線を送ってくる。
「何を言っているのですか? 元々少しおかしいとは思っていましたが、日常会話が困難なほどになってしまわれましたか?」
「くっ、その言葉、そっくりそのまま返したい!」
ついさっき会ったサソリとかムカデのやつは日常会話などできるようには到底見えなかった。どちらかといえばお前の方だろうと言い返したいが、それを言うと益々可哀相なものを見る目で見られそうで辛い。
「久しぶりの再会ですし積もる話もあるのですが、今は所用がありまして。残念ですがここで失礼しますよ。用が終われば是非またお会いしたいところですが……、ね」
意外にもエルザは刀にかけていた手を外し、両手を上げて見せながらこちらへと近づいてくる。
隙を突いて攻撃してくる可能性、罠の可能性が高いはずなのだが、表情を見ているとどうにも攻撃してきそうにない雰囲気だ。
そしてエルザの表情を見るだけで戦意の判定が出来るようになっている自分に戦慄する。相手の顔を見て思いを察することができる程の距離感になっていることに落ち込む俺。立ち直れそうにない。
が、ここで会話を途切れさせて相手の機嫌を損ねるのは得策ではないだろう、と頑張って奮起する。
「俺は嫌だ、もう会いたくない。とにかく用があるなら早く行けよ。俺だって好き好んでこんな場所に来てるわけじゃない、用事があるんだ。お互い、こんなところで無駄話してる場合じゃないだろ」
俺もエルザに倣って武器を収め、両手を上げてエルザの進行方向から離れる。
正直、こいつとの戦闘を回避できるのなら願ってもない事だ。
ここはなるべく刺激しないようにして様子を見るのがベターだろう。
「そのようですね。それでは、また後で」
俺の攻撃しないという意思表示を理解したのか、にっこり微笑んだエルザは俺の横を通り過ぎた。
「後はない、一生な」
もう一度会う約束に関しては全力で否定しつつも、戦闘にならなかったことに胸を撫で下ろす。しかし、エルザはエレベーターの扉の側に着くと立ち止まり、こちらの方へいぶかしむような視線を送ってきた。
「……何をしているのです? さあ、早くどこへなりとも行ってください。目障りですよ?」
「お前、また会いたいとか言いつつ、目障りってどういうことだよ! 俺はずっとエレベーターを待ってるんだよ! それに乗るの!」
なんとか戦闘を回避できたと思ったのもつかの間、どうやらエルザもエレベーターに乗りたいらしい……。
「あら、それは奇遇ですね。私も乗るところだったのです。悪いですが先に乗らせていただきますよ。貴方は私が降りた後で利用してくださいね?」
「いや、俺が先だろう。俺の方が先に着いて待ってたんだから譲れよ」
どちらが先にエレベーターを使うかで険悪なムードに火がつく。
しかし、ここは譲れない。もしエレベーターの待ち時間が短いなら譲ったかもしれない。
だが、このエレベーターは走行距離が異常に長いらしく、もしここで譲るとエレベーターが往復する距離分の凄まじい時間を待つはめになる。ここまで待って更に待つなんてまっぴら御免である。
お互いに睨み合いへと突入し、一触即発の雰囲気が再発する。
が、ここでエルザが折れた。ため息をつき、肩をすくめてみせる。
譲ってくれるのだろうか……。
「ではご一緒しましょう。狭い空間で二人きりだからといって、変な気持ちを起こさないよう、重々気をつけてくださいね?」
というエルザの台詞が終わった瞬間に、ポーンというちょっとこもったような軽い音が鳴り、エレベーターの扉が開く。どうやら待ち焦がれたエレベーターが到着したようだ。するとエルザがすかさず中へと乗り込み、扉を固定した状態でこちらへ視線を向けてくる。
「どうしたんですか? 早く来ないと閉めてしまいますよ」
「えぇぇ〜……」
思案したり迷う暇さえ与えられないこの状況。
俺は苦渋に満ちた表情でエレベーターへと乗り込んだ。
◆
「あいつらはそれぞれ侵入テクニックとか持ってそうだけど、俺にはそんなものはないんだよなぁ……」




