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(一応狙い通りにはなったな……)
目的地へと向かいながらミックは思い返す。
結局、ケンタとレガシーは気付かなかった。
ここへ来る前に引いたターゲットを選ぶクジ。
実はあれには細工がしてあった。
ケンタとレガシーが選んだターゲットはランダムであったが、コアの破壊はミックが意図的に選んだものだった。
それには理由がある。
機関部のコアを破壊すれば、空中要塞は滞空状態を維持できなくなり、いずれ墜落する。
そう、真下にあるミーニ国に落下してしまうのだ。
だが、それを未然に防ぐことは可能である。
先に操舵室を占拠し、空中要塞を海上へ移動させてしまえばいいのだ。
実際、ケンタとレガシーの二人にもそう説明した。
ほんの一手間かければ、ミーニ国への墜落は防げる。
しかし、そのほんの一手間が問題なのだ。
操舵室を占拠しようとすれば、それだけ余分に戦闘こなし、時間を消費することになる。
そして、それだけやっても確実に成功するという保証はどこにもない。
更に言えば、失敗してしまう可能性すらある。
失敗した場合、本来の目的であるコアの破壊は不可能になる。
――それは非常にまずい。
コアが破壊出来なかった場合、この空中要塞は無傷のまま残ってしまうことになるのだ。
他のターゲットの破壊に成功し、組織に壊滅的な打撃を与えたとしても、こんな物を残してしまえば誰かに悪用されるのは必至。
(イゴスは確実に破壊しなくてはならない。特にコアの破壊は絶対だ。あれは古代の秘宝。現代で簡単に再現できるものじゃない。破壊さえしてしまえば、再び作り出すのは不可能に近い。つまり今回の任務で確実に達成しないといけないのがコアの破壊だ)
他のターゲットは今回失敗しても生き延びる事さえできれば、後で準備を整えてから再度挑むこともできるだろう。
だが、コアだけは簡単に再挑戦が叶うかどうか怪しい。
コアの破壊が失敗に終わり、脱出した場合、今回と同じ侵入手段は使えなくなってしまう。
ドラゴンの爪がないのだ。
爪は防壁衝突時に相殺されて粉々になってしまった。
ドラゴンの爪なしで防壁を張った状態の空中要塞に再度侵入するとなると、難易度が急激に上昇してしまう。
運よく侵入できたとして、相手も一度侵入を許したとなれば、警戒態勢も強化されているだろう。
つまり、どう考えても、今なんとかしてしまわないと後がないのだ。
そんな状況で、コアの破壊に直接関係ない空中要塞の進路変更のために危険を冒すのは無駄な行為と言わざるを得ない。
いや、ケンタとレガシーならば、そうは考えないだろう。
だから、ミックはクジに細工をしてまでコアの破壊を選んだ。
あの二人には空中要塞を墜落させて、地上を危険にさらすことはできないからだ。
(俺だって何の罪もない命が奪われるのは、できるなら避けたい。だが、進路を変更するのはコアを破壊した後だ)
空中要塞の進路は変更する。
だが、それは主目的であるコアの破壊を終えた後。
あくまで二番目。そこは揺るがない。
それで間に合うかどうかは分からない。失敗して陸地に突っ込むかもしれない。
しかし、ミックは自身の決定に一切の迷いを持っていなかった。
客観的かつ冷静に見て、優先順位を決めたつもりだった。
だが、選択の決定に何の執着も無かったと言えば嘘になるだろう。
奴らの野望は阻止する。
必ず阻止してみせる。
スタンリーの最期を見届けてから、その気持ちは強く増すばかりだ。
きっと、それが死んでいった者たちへの弔いにもなるはず。
「悪いな……」
その場には居ないケンタとレガシーに侘びたミックは一路、機関室を目指す。
◆
スキルの力で天井に張り付いたまま寝転んだ俺は、周囲に人が居ないことを確認し、少し体の力を抜く。
「はぁ……」
何とかかんとか敵に見つからずに要塞の奥深いところまで侵入に成功した俺は深いため息をついた。
現状、見取り図で確認する限り、後は長距離エレベーターに乗れば一直線で目的地に着けるところまで来ている。
そして今、俺の居る現在地から視界に入る距離に目的のエレベーターがある。
エレベーターホールの前には警備が少しいるが、あれくらいなら倒してしまっても問題なく隠蔽できるだろう。
後少し――。
後ほんの少しで目的地に到着する。しかし、本番はこれからだというのに、かなりの疲労感がある。
それはここまで見つからずに来るのにかなりの神経を使ったためだ。
まあ、その甲斐あって一度も戦闘にはなっていない。だが、目指す場所が場所なだけに、進めば進むほどに警備が厳重になっていく。ここまで進んだのはいいが、帰りの事を考えると気が重くなってしまう。
(一番侵入が難しいのは俺なんじゃね……)
俺の目的地は要塞深部のボスの部屋。どう考えてもガードが固そうだ。ちょっとハズレを引いた感が否めない。
(まあ、それならそれで俺が適任か)
だが、三人の中で侵入に適したスキルを一番有しているのは間違いなく自分だろう。そう考えると、俺が行くのが適任ではある。
(気持ちを切り替えて集中しないとな……)
強めに息を吐いて気を引き締めた俺はアイテムボックスから弓と矢を取り出す。
そして矢を二本弓に番え、弦を引き絞る。
警備の人数はエレベーターの前から動かないのが二人、周囲を警戒するように歩き回っているのが二人の計四人。今の俺なら正面から戦っても勝てそうだが、できれば手早く、かつ出る音を最小限にして周囲に気づかれないように倒したい。
そんなことを考えながらエレベーターの前に立つ二人の警備へ狙いを定める。
「ふっ」
そして、歩き回っている警備の視線が俺のいる通路から逸れた瞬間を狙って矢を射る。
放たれた矢は棒立ちの的となっている警備の額を容易く貫く。
頭部を矢で貫かれ、声も出せずに絶命する二人。
俺は【忍び足】を発動したまま無音で床へと着地。すぐさま【縮地】を発動し、残された警備の一人へと向かう。その過程で逆方向に弓を放り捨てるのを忘れない。
一瞬で警備に接近した俺は【居合い術】でドスを抜刀。目の前にある首を撥ねた。
俺が首を撥ねたのと同時に、カラン、と弓が転がる音が鳴り、残された警備の視線がそちらへと向かう。
俺に背を向ける形となった最後の警備へ向けて再度【縮地】を発動。背後から片手剣を相手の胸に突き立てる。
「グァ……」
警備の苦悶の声が漏らしながら絶命するのと、首を撥ねたもう一人が倒れるのが同時となる。
「どっこいしょっと」
警備から片手剣を引き抜いた俺は弓と矢を回収し、死体もアイテムボックスへと収納。飛び散った血はぱっと見で気づかない程度に拭き取り、隠蔽完了だ。
「……さてと。それじゃあ、直通便に乗りますかね」
俺は乗降用押ボタンを押し、エレベーターが下りてくるのを待つ。
――しかし、全然来ない。
「どうなってるんだ……?」
かれこれ数分待ったが、全く反応がない。壊れているのだろうか。
(直通エレベーターが壊れてるわけないよな……。距離が長くて時間がかかるのか?)
などと考えながら、じっとエレベーターが下りてくるのを待つ。
こんな見晴らしのいいところで突っ立っているのは心臓によろしくない。
できれば早く来て欲しいが、全く来る気配がない。
静けさが漂うエレベーターホールでじっと扉が開くのを待っていると、背後からコツンコツンと床を突く靴音が聞こえてくる。
(クソッ、誰か来やがった)
エレベーターに気をとられていたのもあり、一瞬次の動作へ移るのが遅れる。
その間に足音の間隔が短くなり、音が大きくなる。どうやら音の発生源がこちらへ走ってきているようだ。
慌てて周囲を見回すも、身を隠す場所がない。エレベーターホールは天井が高くなっており、【跳躍】を使っても天井に届きそうにない。壁伝いに走って三角飛びを行えば届くが、そこまですると時間がかかりすぎて間に合わない。
などと考えているうちに足音が限界まで近づき、通路から人影がこちらに向かって来るのがはっきり見えた。
俺は止む無くその場で剣を構える。
すると向こうもこちらの殺気を感じ取ったのか、少し離れた間合いで立ち止まった。
通路の陰から明るいエレベーターホールに出てきたため、相手の顔がはっきりと分かる。




