14 誰か代わってくれ
イレギュラーな出来事だったが、その日はそれ以上何かおこることもなかった。
「ケンタさん、ここで何やっているんですか?」
受付のお姉さんがお客で来る以外は……。
そう、なぜだか知らないが俺がギルドでお世話になっている受付のお姉さんがご来店したのだ。どうしてこんな小さな店に……。
「お待たせしました。こちらがご注文の料理になります」
そう言って俺はおやっさんの渾身の一品を受付のお姉さんの前に置く。
ついさっき、丁度娘ちゃんの手が離せず、俺が注文された料理を持っていくことになった。
そして、その料理を待っていたお客さんが受付のお姉さんだったというわけである。
「えっと、皿洗いとかしてます」
なんで冒険者なのにここにいるのかを聞かれたと思うが、つい仕事の内容を答えてしまう。
多分、答えたくないという気持ちが無意識に働いたのだろう。
「そ、そうですか。それで最近、魔石をまとめて換金していたのですね」
受付のお姉さんは最近俺がギルドにあまり顔を出さないことの答えを得て小さな声で呟く。
「ここにはよく来られるのですか?」
俺は基本的に奥で作業しているので来店していたとしてもわからないため、聞いてみる。
「いえ、色々なお店を食べ歩くのが好きなんです」
「俺はこの街のこと詳しくないので、よかったら今度お勧めのお店とか教えてくださいよ」
「ええ、構いませんよ」
俺は受付のお姉さんと微妙にぎこちない会話をして奥に引っ込んだ。
そして、お姉さんは食事を終えると何事も無かったように帰っていった。
色んな店で食べているなら、そのうちこの店の味についても聞いてみたいものだ。
ひょんな事から店で働いているのがバレてしまったが、冒険者は副業禁止ってわけでもないし問題はないだろう。今度換金に行ったときにでも、お勧めのお店も教えてもらおう。
…………
翌日、店が休日だったのでその日は一日ダンジョン探索に当てることにした。
最近は午前中だけである程度討伐数を上げたいためにゴブリンばかり狩っていたので一日使える今日は別のモンスターを狩ることにする。
そんな事を考えながら歩いていると目的のダンジョンに到着する。
実は今日狙う獲物はあらかじめ決めていたのだ。
「弓も手に入ったし、そろそろ奴との再戦のときだろう……」
奴とはビッグスパイダーのことだ。
初心者用ダンジョンで未だ狩れていないのは宿敵の奴だけだ。
あのデカイ蜘蛛を見ると鳥肌が立つが、それはそれとして倒せるようになっておかないと後々苦労するだろう。
何度も狩っていれば、ゴブリンのときのように慣れて何も感じなくなるかもしれないし、ここは挑戦していきたい。
俺は両手で頬を軽く叩いて気を引き締め、ダンジョンに入る。
ビッグスパイダーのダンジョンは新人狩りにも気をつけないといけないので細心の注意が必要だ。
【気配遮断】、【忍び足】、【聞き耳】、【気配察知】をフル活用してダンジョンを進む。 【気配察知】でモンスターの居場所を探り、そこへ向かう。
(いた……)
壁に背を預け、曲がり角の先へ顔だけ出すと、そこにはビッグスパイダーが二匹いるのが見えた。
そこそこ離れているし【気配遮断】を使っているのでまだ気づかれていない。
俺はビッグスパイダーのいる通路に侵入し弓を構える。
以前はスキルの効果で矢の先から出るラインを合わせるだけだったが、今回は【短刀術】の時のように意識を【弓術】に集中させ、スキルの効果で発生する感覚に身を任せてみる。
すると自然と無駄な力が抜け、構える姿勢が様になってくる。
目線や姿勢、緊張させる部分と弛緩させる部分、そして呼吸などをどうすればいいのかが全て感覚として伝わってくる。
そしてそれら全てが番えた矢に収束していく。
「フッ」
息を吐くと同時に矢を射る。
矢は今まで射ったときとはまるで別物のように凄まじい勢いでビッグスパイダーの頭部に突き刺さる。矢を受けたビッグスパイダーはそのまま息絶えた。
俺は次の矢を番える。
この距離なら残った方に気づかれても余裕を持って対応可能だ。
片割れが死んだことで、もう一匹のビッグスパイダーがこちらに気づく。
気づいた残りの一匹が大量にある脚を素早く動かし、こちらに迫ってくる。
カサッカササササッ! とこちらへ近づくにつれ虫独特の足音が大きくなる。
「ぁぁあ……」
アルミ箔を噛んだような、黒板を引っ掻いた音を聞くような、どうしても我慢できない生理的不快感を感じ、俺は身震いしてしまう。
その途端、スキルから感じた感覚がフッと消えてしまった。
「んがっ」
急な出来事に慌て、矢を持つ指の力が抜けてしまった。
俺は手元が狂ったまま矢を放してしまう。
矢は明後日の方向に飛んでいってしまった。
その間にビッグスパイダーは不快な足音を立てながら目と鼻の先まで接近していた。
俺は咄嗟に【跳躍】で天井に飛び、手を突いた瞬間に【張り付く】を使って天井で停止し、ビックスパイダーの突進をかわす。そこから体を引き寄せ【張り付く】を手から足へ切り替え、天井に立つ。
そしてそのまま次の矢を番え、構える。
「シャアアア!」
ビッグスパイダーは人間の腕なら簡単に噛み千切れそうな顎を開閉させて独特の鳴き声で威嚇しながら、壁を伝ってこちらに向かってきている。
「オラアッ」
スキルの感覚は戻らなかったが不快感より身の危険が勝り、なんとかラインを合わせて矢を射った。
矢はうまく胴体に刺さりビッグスパイダーが怯む。
それを確認しながら【張り付く】を解除し素早く床に降りる。
両手をついて着地した後、すぐに体を起こし、矢を受けて壁から落ちたビッグスパイダー目掛けてもう一度矢を射る。
矢は問題なく頭部に突き刺さり、ビッグスパイダーは動かなくなった。
「……焦ったなぁ」
矢と魔石を回収しながら、途中でスキルが切れたことを思い出す。
どうやら感情が大きく揺さぶられて集中できなくなると、スキルも解除されてしまうようだ。
そういえば以前襲ってきた新人狩りも妙にふわふわした動きをしていたが、あれも動揺してスキルが思うように発動していなかったのかもしれない。
「どうしたものか」
スキルを戦闘で活かすには、鋼の精神力を養うような訓練をするしかないのだろうか。
(ビビリの俺に動揺するなと言われても無理な話だわ)
でも、どんなに訓練してタフになっても動揺することはあると思う。
ここは、ビビらないように訓練するよりも、精神状態が不安定でもスキルが発動できるようにしていった方がいいだろう。
そのためにもどんな状況でスキルが発動しなくなるのかをもう少し詳しく調べてみる必要がありそうだ。
「婆さんなら何か知ってないかな?」
検証してもいいがここは手っ取り早く物知りに聞くのが楽だ。
が、どこに居るのか分からない。
(今夜は和食のあの店に行ってみるか)
うまく行けばオリン婆さんにも会えるかもしれない、と考えた。
その後は一匹で行動する固体を探しながら日が暮れるまでビッグスパイダーを狩りを続けた。
一匹なら問題なく倒せるのでケガなどはしなかったが、他のパーティーを避けつつ単体で行動するビッグスパイダーを探さなければならなかったので、討伐数はかなり落ちた。
和食屋へ行くことに決めた俺はダンジョン探索を少し早めに切り上げ、ギルドへ向かった。
「こちらが今回の報酬になります」
「はい。ありがとうございます」
今日の分とまとめておいた魔石を受付のお姉さんに渡し、報酬を受け取る。
「ケンタさん、今回の更新でランクが3になりました。これにより中級者用ダンジョンへの入場が許可されます」
「おお、これで中級者用ダンジョンに入れるんですね」
「ええ、ところで以前指摘していた点は改善できましたか?」
俺への質問と同時に、受付のお姉さんの眼鏡が光を受けて怪しく反射する。
「えーっと、一応初心者ダンジョンに出るモンスターは全種類狩ることに成功しました。パーティーも少し変則でしたが経験できましたよ」
「そうですか、少し心配していたのですがそれなら中級者用ダンジョンに挑んでも問題ないでしょう。ですが中級者用は十箇所存在し、それに伴いモンスターの種類も増えて危険度が増します」
「おお〜それだけ多くなると今以上に注意する必要がありそうですね」
ビッグスパイダーやキラースネークのように手こずる相手が増えそうだ。
「はい、負傷する可能性が一気に上がります。ですのでケンタさん、少しでも難しさを感じたらすぐに退いて下さい。私も相談にのりますので無理をしないよう心がけて下さい」
「ありがとうございます。当面は初心者用と中級者用を行ったり来たりしながら様子を見るようにしますよ。これからもよろしくお願いします」
「ええ、じっくりと時間をかけるつもりで挑むのがいいと思います。分からないことがあればいつでも来てくださいね」
受付のお姉さんは笑顔で応えてくれた。
「そういえば、早速わからないことが一つあるんですけど」
「はい、何でしょうか?」
「この街で美味しいお店がどこなのかさっぱり分からなくて」
「ふふ、それでしたら私のお勧めは…………」
以前、おやっさんの店で受付のお姉さんを接客したときの疑問を解消してギルドを出た俺は和食の店へ向かった。
受付のお姉さんには複数お勧めのお店を教えてもらえた。
だが今日はオリン婆さん目当てで和食の店に行く予定だったので、受付のお姉さんから聞いたお店は今後の楽しみにとっておくことにする。
それにしても和食の店へ行くのも久しぶりだ。オリン婆さんに会えなかったとしてもあの店の料理も楽しみだ。
今日の日替わりはなんだろうかなどと考えながら歩いているうちに店に着いた。
「こんにちは~」
俺は引き戸を開けて、店の中へと入る。
すると中にはオリン婆さんがいた。これは運がいい。
「日替わりをお願いします」
店主に注文を済ませ、カウンターへ移動する。
「よっ、調子はどう?」
オリン婆さんの隣に座り、声をかける。
「ふん、まあまあさ。アンタも元気そうだね」
「まあね。今日やっとランク3になったよ。これで中級者用ダンジョンにも行けるようになった」
「剣は使えるようになったのかい?」
「使えるけど剣は持ってないな」
「いい加減買いな。あんな石ころじゃ、中級者用ダンジョンでは通用しないよ」
「確かに、今度武器屋を覗いてみるよ。良い物手に入れたら中級者用ダンジョンもぼちぼち慣らしていくことにするよ。婆さんとパーティーが組めるのは当分先になりそうだわ」
「せいぜい気をつけな」
「ああ。それで婆さんの方はうまくいってるのか?」
「まあ、問題ないね。面倒な目にあったことといえば、何度か新人狩りを返り討ちにしたくらいかね」
「相変わらず凄いな」
時代劇のワンシーンのように華麗な殺陣を披露しているさまが目に浮かぶ。
「そうそう、スキルのことで聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」
「なんだい?」
「この間、武器を使用するタイプのスキル使ってるときに動揺したら急に途切れて使えなくなったんだけど、うまく克服する方法ってないかな?」
「動揺して途切れたんじゃないよ、動揺して他の動作をしようとしたから途切れたのさ」
「んん?」
「多少慣れは必要だけど、動揺してもスキルを使い続けると強く思っていれば問題ないさ」
確かにあのときは心の中で虫から少しでも離れたいという気持ちが大半を占めていた。
それが引き金となってスキルを無意識に解除してしまったということなのだろう。練習は必要だろうが助言を得て解決したイメージが鮮明に浮かぶようになってきた。
「おお、そうなんだ。助かったよ。」
「どうせビビりのアンタのことだ、動揺して逃げ出そうとして、スキルが途切れ続けてたんだろ?」
「返す言葉もございません」
視線も肩も落とし、うなだれる。
「……お待ち」
俺が反省していると店主が注文した料理を目の前に置いてくれる。
「まあ頑張りな。それじゃアタシゃ失礼するよ」
「ああ、またな」
そう言うとオリン婆さんは席を立ち、店主に挨拶を済ませると帰っていった。
その後、俺は久しぶりの和食に舌鼓を打つと宿に帰った。




