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「じゃあ、乗船する前にこいつを渡しておく、穴が開くまでじっくりと見ろよ?」
そう言いながらミックが俺たちに紙切れを渡してまわった。
「お、見取り図か。しかし、さすがにデカいな……」
渡された紙を広げてみると、それは空中要塞の見取り図だった。
どうやら今回はちゃんと準備してくれていたようだ。
「俺たちはどこへ向かえばいいんだ? 向こうの猿山の大将をぶっ飛ばせばそれでいいのか?」
レガシーが見取り図と睨めっこしながら向こうに着いた際の行動についてミックに尋ねる。
「やらなければならないことは最低でも三つ。組織のボスを倒すこと。空中要塞のコアを破壊し、機能を停止させること。そして、搭載されているSHBを全て破壊することだ。この三つを達成できれば今回のいざこざは沈静化し、組織も限界まで縮小せざるを得なくなるはずだ」
レガシーの問いにミックが指を三本立てながら説明をしてくれる。
目的はボスの処理、コアの停止、SHBの破壊、の三つだと。
俺はミックの言葉に耳を傾けながら見取り図を見つめる。
となると、どういったルートを取るのが目的を達成し易いだろうか。
「なら、どこから攻める? やっぱり奴らの攻撃手段であるSHBの破壊を優先するか?」
ここは他所への被害を出さないようにするためにも一番にSHBを破壊するべきと考えた俺はそうミックに尋ねた。
「……いや、同時だ。全て同時に行う」
が、ミックはひとつずつ順番に狙って破壊するのではなく、全てを同時進行で行うと答えた。
「無茶言ってくれるぜ」
ミックの言葉にレガシーが呆れ気味に呟く。
「三箇所同時に攻めることによって、向こうの戦力の分散を誘発させる。三人で一ヶ所ずつ攻めれば向こうが守りやすいから仕方ない」
「こっちは三人だもんな……。密集されて対応されたら一歩も進めなさそうだわ」
俺はミックの説明を聞いて、それも仕方ないかと諦める。
普通の任務なら三人の力を合わせて事に当たった方が成功率は上がるだろう。
だが今回は三人で対応するには規模が大きすぎるうえに相手が多すぎる。こういう場合は三人がそれぞれ違う目的地を目指した方がまだ増しだろうという判断なんだろう。
といっても焼け石に水な状態ではあるが……。
「そういうこった。と、いうわけでクジを用意しといた。大当たりを引いても恨みっこなしだぜ?」
ミックはそう言うと、片手に握りこんだ三本の棒をこちらへ見せてきた。
誰がどこへ行こうとも大して難易度は変わらないから、クジ引きで決めようってことなんだろう。
まあ、うだうだ話し合って決めるより、その方が後腐れがなくていいかもしれない。
しかし、クジを引く前にやっておくことがある。
「待て。お前は手癖が悪い。クジを寄越せ、俺が持つ」
そう言うと俺はミックからクジを取りあげた。
こいつにクジを持たせたら、誰をどこに向かわせるかを作為的に操作しそうな気がしてならない。
「疑り深いねぇ」
俺の行動にミックは肩をすくめながら苦笑する。
「というか、ミックに相手のボスを選ばせてやった方がいいんじゃないか?」
俺とミックがクジで揉めていると、レガシーがそんな提案をしてくる。
確かに相手方のボスは、いわばスタンリーやミックの仲間の仇の筆頭になる人物だ。
それならボスを仕留めるのはミックに任せて、俺とレガシーで残りの二つを決めた方がいいだろう。
「それもそうか。じゃあ、俺たちでSHBかコアを破壊するか」
俺はレガシーの言葉に頷く。
だが、俺たちが方針転換をしようとすると、ミックから待ったが入った。
「いや、できればクジにしてくれ。奴を相手にすれば私情を挟むことになるし、いいことはないな。むしろ奴を除いたクジを引いた方がいいかもしれん」
ミックがじわじわと怒りを滲ませながら話す。
微妙に語気が荒くなり、段々と冷静さが失われていくのが分かる。
「おい、落ち着けよ」
何事かと慌てた俺はミックをなだめる。
「イライラもする……。なんでスタンリーさんがあそこに居たと思う? なんで遅れて駆けつけた俺たちの前で重傷を負いつつも、ギリギリ生きていたんだと思う?」
「……そういや、おかしいよな。俺たちがあの隠れ家に辿り着いたのって、随分日にちが経ってからだよな。不謹慎な言い方だが、なんでスタンリーさんは生きてたんだ」
俺はミックが怒気を強めて語る内容を聞き、スタンリーが生存していたことに不自然さを感じた。
俺たちがSHBに向かったとき、スタンリーたちは別行動で奇襲にあった。
つまり、被害にあったのはかなり前の話だ。
だが、俺たちが隠れアジトに着いた時、彼はまだ生きていた。
しかも、ついさっき重症を負ったような状態だった。
もし、奇襲時の戦闘中や逃走中に負傷していたのなら、俺たちが駆けつけたときには死亡していなければおかしいのだ。
「そうか、俺たちが着いたときにはとっくに亡くなっていないとおかしいよな……」
俺と同じように違和感に気づいたレガシーが呟く。
「俺たちが到着するタイミングを見計らって致命傷を負わせたんだ。あそこに監禁して絶妙なタイミングを狙ってやった、ということだ。残された人員が隠れ家に辿り着いたとき、見せしめにするためにな……。たったそれだけのために数日生かされていたんだ……。しかも、ただ生かされていたわけじゃない。逃亡も抵抗も出来ない状態にして、だ。だが、スタンリーさんはその辺りのことを一切話さなかった。……言えば、俺が黙っていないと分かっていたからだろうな……」
静かながらも語気を強めた口調で苛立たしげに語るミック。
その手は堅く握られ、ミシリと音が鳴る。
確かに、スタンリーはあの場で負傷していた理由を一切語らなかった。
それはミックが気が付いたとおりのことがあったからなんだろう。
こちらを挑発し、おびき寄せる。もしくは、戦意喪失を狙ったといったところか。
スタンリーがそんな目に会ったとミックが知れば、間違いなく思いとどまるという選択肢が完全に消失してしまう。スタンリーからすれば、生き残ったミックに無謀なことはしないで欲しかったのだろう。
まあ、結局行くことになってしまったが……。
そして、行くからにはやっちゃえばいいんじゃないだろうか……。
「それを聞くと、むしろお前がやった方がいいんじゃないか? 普通ならお前の意見に同意して相手から遠ざけるところだが、今回は色々とヤバそうだし、もういいんじゃないか? そういう時は相手をぶちのめした方がスッキリするぞ」
本来、冷静でいられない奴を相手にするのは得策ではない。
普段なら俺やレガシーが代わった方がいいだろう。
だが、今回は下手したら死ぬ大勝負。
それなら後悔が残らないようにしておいた方がいい。そう思った俺は、やっちゃえば? と背を押してしまう。
「それも……、そうだな……」
俺の言葉にミックの目の色が妖しく光る。冷静さがこれっぽっちも残っていないこと請け合いである。
「おい! 煽るなよ! クジっ、クジでいこう。な?」
ミックの周りに不穏な空気が立ち上りはじめた状態を見るに見かねたレガシーが最初の提案通りクジでいこうと場を収めに入る。
レガシーはわたわたしたまま、俺からクジを奪うと軽くシャッフルし、ミックの前へと突き出した。
「まあ、無難にそうしておくか。っと、コア破壊か……、要塞全体を破壊できるようなもんだし、これはこれで暴れがいがありそうだぜ」
うろたえるレガシーを前に少し冷静さを取り戻したのか、ふっと息を吐いて苦笑いしたミックがクジを引く。
そしてクジの結果、ミックの獲物は空中要塞のコアになったようだった。
残すクジは二本。




