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13 一次面接


「ちょっと探してみるか」


 俺はそう思い立ち宿を出た。


 酒場通りに着き、店の前に求人の張り紙がないか見て回る。



 大きい店では何件か募集があったが、そういう店だと従業員の数も多いだろうし料理を作っているところを見るのは難しいかもしれない。


 そう考えた俺は大きな店は避け、大通りから外れて小規模な店が建ち並ぶ一画を見て回る。



「お、あった」


 中ほどに進んだところにその店はあった。入り口に従業員募集の張り紙がある。


 条件などは書かれていないので直接聞く必要がありそうだ。



「すいません、表の張り紙を見たんですけど」


 扉を開けて中に入り、声をかけてみる。


 店内はカウンター席とテーブルが三つのこじんまりした感じだ。


 丁度、営業時間外であったため店内には客はおらず、カウンターで仕込みをしている店主と店内を掃除している女の子の二人だけだった。


「そうか、座れ」


 そう言って店主はカウンターを指差す。俺はそれに従い席に着いた。



「張り紙には詳細が書いていなかったのですが、募集の内容を教えていただけないでしょうか?」


「俺の妹に子供ができてな。うちのがそれの手伝いに行ってるんだ。期間としては四ヶ月位を予定していて、その間の手伝いを募集している。基本昼過ぎから夜までの手伝いだ。二人で回すとギリギリなんで人手が欲しくてな」


 なるほど、奥さんがいない間の手伝いってわけだな、と心の中で頷く。


 短期間なうえに昼からなら午前中はダンジョン探索に行けそうだし、俺には都合がいい。


「酒場や食堂で働いたことがないのですが雇ってもらえませんか?」


「構わんが安いぞ?」


「聞いた感じだと昼からの仕事になるようなので、空いた午前中にダンジョンに潜るので大丈夫です。俺、こう見えて冒険者なんですよ」


「んん? なら問題ないが明日から来れるか?」


 店主のおっさんには冒険者をやってるのになんで店で働きたいんだ? て顔をされてしまう。疑問には思ったみたいだが質問されなかったので黙っておく。


 料理を覚えたいとか言ったら店の味を盗むつもりなのかとか言われそうだし。



「大丈夫です。何時位に来ればいいですか?」


「そうだな、三時位に来い」


「わかりました。明日からよろしくお願いします」



 俺は店主とその娘であろう女の子に頭を下げると店を後にした。


 帰りに道具屋に寄って小さい時計を一つ買っておく。


 ダンジョンを攻略しつつ店に通うのであれば細かく時間がわからないと辛いと思ったためだ。



 翌日、午前中はダンジョンまでの往復時間や店に着くまでの時間を計ったりしていた。


 移動時間を引くとダンジョン探索にかけられる時間はかなり限られてくるが【気配察知】をうまく使ってモンスターを捜索する時間を短縮すればなんとかなるだろう。


 それにギルドでの換金は毎回行わずに時間が出来たときにまとめてするようにすればその分の時間を探索に使える。


 一度に全部やれるようになる必要はないし、しばらくの間はダンジョン探索は止めて店に慣れることにしようと思う。


 大体の行動予定が決まった頃、丁度午後になったのでそのまま店に向かうことにする。


「今日からよろしくお願いします」


 ピシッと頭を下げて店主と女の子に挨拶する。



「おう、俺はオヤーサこっちはムースメだ。よろしくな」


 店主は自分と女の子を順に指し紹介してくれた。


「よろしくね!」


 ムースメちゃんも元気一杯に挨拶してくれる。


(おやっさんに娘ちゃんだな、覚えた)


 などと頭の中で略称を決定する。


「俺はケンタです。何からやればいいでしょうか」


「まずは皿洗いだな。こっちだ」


 おやっさんは厨房に入っていく。俺も続いて中に入った。


 …………


 その日はずっと皿洗いだった。


 料理はおやっさん、お客の注文をとったりするのが娘ちゃん。


 残った俺の作業は皿洗いだった。


 といっても無理やり二人で回していたときに後回しにしていた洗い物もあったので今日の分量は特別だったらしい。明日からは簡単な下ごしらえとかも俺がやっていく予定だそうだ。


 夜の営業時間は八時までと意外と早く、店を閉めると店内を清掃し明日の仕込みや準備をして終わる。


 あまり考えていなかったが閉店後にはまかないが出た。


 これは地味にありがたい。


 とにかく開店中は目まぐるしく、調理風景を覗くのはもっと慣れてからになりそうだ。



 そして翌日。


「まずはこいつを洗え。終わったら呼んでくれ」


「はい」


 まずは洗い物か、と思いつつおやっさんが指さしたブツを見てみると獲物が食器や鍋から野菜に変わっていた。


 俺はひたすら野菜を洗いまくり、それを終えるとおやっさんに声をかける。



「終わりました〜。次は何いきましょっか」


「よし今日からは皮むきなんかをやってもらうぞ。店が開いても閉店近くまでは他の作業に当たってもらって最後に皿洗いだ」


「了解です」


「まずはこいつをひたすら剥いてくれ」


 俺の目の前にさっき洗ったにんじんとジャガイモが山盛りになった容器が置かれる。



 しかし俺は手にした包丁を見て困った。


 刃物なんて耳を剥ぐことにしか使ったことがない。


「耳なら数千回か剥いだことがあるのですが、野菜はやったことがないので手本を見せてもらってもいいですか?」


 それを聞いたおやっさんはなぜか顔をひくつかせながら数歩後退したがしばらくして俺の側に戻るとにんじんを一本取り、皮を剥きはじめた。


「いいか、ここをこうやってだな……、ここはこう! そしてここはこういう風に切れ。わかったか?」


 おやっさんの指導は手の動きが速い上に説明が雑すぎてわからない。


 もう一度見せてもらおうと声をかける間もなく、説明し終わったおやっさんは自分の作業に戻っていった。


 俺にも経験はあるが、自分ができることを教えたり説明するときって、いつも通りの速度でやると教えてもらう側には速過ぎるのだ。


 包丁を持ったまま俺が途方にくれていると娘ちゃんが近寄ってきた。



「わかりにくかったでしょ? お父さん教えるのあんまり上手くないんだよね。包丁はこうやって持って、こんな感じで刃を当てていくとうまくいくよ」


 苦笑しながら娘ちゃんはにんじんの皮を剥いてくれる。


 その動作はものすごくゆっくりしていて要所々々で止めて説明してくれるので、分かり易い。


 それを見終わったら今度は俺がぎこちなく剥くのを側で見てくれて修正するポイントを丁寧に教えてくれた。お蔭でこれならなんとかなりそうな気がする。


「ありがとう。助かったよ」


「どういたしまして! また分からないことができたら呼んでね」


 娘ちゃんは笑顔で言うと自分の作業をするため戻っていった。



 その後はひたすら皮を剥いた。やり方はわかっているのに体がついてこないので、かなりもどかしい。


 この数時間でピーラーを発明した人がどれだけ偉大だったかを身を持って知ることになった。


 ピーラー神の事を考えながらおぼつかない手つきでにんじんと悪戦苦闘しているとき、ふとあることが思い浮かぶ。



(包丁って言うなればナイフだよな。【短刀術】使えないかな)


 何気に俺は今まで近接武器のスキルを使ったことがない。


 なぜなら石を武器として代用してきたからだ。一応、弓の場合だとラインの補助が出たが、近接武器ではどうだろう。


 使ってみたことがないので実際どうなるか分からないが、上手くいけば皮むきが捗るかもしれない。

 俺は軽い気持ちで【短刀術】を使ってみた。


 すると包丁の握り方や体の動かし方、にんじんの皮の剥き方が知識ではなく経験として体に伝わってくるような感覚を感じた。


 どの程度の力加減でどう動かせばいいのかが言葉や知識ではなく感覚でわかるのだ。


 例えるなら、逆上がりや縄跳びの二重跳びなどがはじめてできるようになり、体の感覚で何かを掴んだ時に似ている。


 俺はスキルを発動した状態のまま、にんじんの皮剥きを再開する。


 感覚の流れに身を任せるように体を動かすと、無駄が一切ない動きに発展していく。


 剥く皮の厚さがどんどん薄くなり、途中でちぎれたりしなくなっていく。


 皮を剥くスピードも異常な速度に到達し、段々手元が見えなくなっていく。


 そんな驚異的な成果が気持ち良く、つい気分が乗ってしまう。そして気がつくと、全ての皮剥きが一瞬で終わっていた。


「Oh……」


 あまりの出来事にちょっと巻き舌で言ってしまう。



「なんだ? 手でも切ったのか?」


 おやっさんがぶっきらぼうな口調だが心配してこちらへ様子を見に来てくれる。


「デキマシータ」


 自分でも驚いているため片言になってしまう。


「あ? こんな短時間でできるわけねぇ……できてるじゃねぇか!」


(俺もびっくりだよ)


 おやっさんと二人して驚愕の表情になる。


「ねー?」


「ねー? じゃねぇ! 何だよお前、やったことあるのか?」


 ねー? の部分はちゃんと物マネして乗ってくれるところにおやっさんの優しさを感じる。


「いえ、今日がはじめてです。自分の才能が恐ろしいです」


「生意気言ってるんじゃねえ。じゃあ、次はこいつらを切ってもらうか」


 おやっさんは何の説明もせず、手早くにんじんとジャガイモを数種類の切り方で切り、俺に見せた。


「こんな感じのを等分で作ってくれ。じゃあ任せた」


(とうとう説明もしなくなったな。見ればわかるだろってことなんだろうけど……)


 雑だ。


 すごいやる気あるんだからもっと頑張って教えてくれよと、こういうのって部下のモチベーションを維持させるためにも大事なんだぞ、と思ってしまう。



 でも、今の俺ならなんか出来そうな気がする。


 駄目なら娘ちゃんに聞けばいいし、とりあえずやってみることにする。


 さっきと同じように【短刀術】を使用し、切った見本をイメージしながらにんじんを切ってみる。



 するとやはり、斬り方はもちろん、包丁の握り具合や指の置き方、体重の落とし方や姿勢、視界の確保や周囲との関係まで最善の動作が感覚として伝わってくる。


 その流れに身を任せると余分な力を一切使わずスイスイ斬れてしまう。


 そう、切るという言葉が似つかわしくないほどに斬れてしまう。


【短刀術】を使っていると、にんじんの息の根を止める感覚で斬っているような不思議な感覚に襲われる。


 まるでにんじんがモンスターで、一定の手順で正確に斬らないと殺せないというような感覚が全身を包む。



 神経が研ぎ澄まされ、体が臨戦状態になっていく。


 自分の動作がゆっくり感じられ正確な動きを可能にする。


 もっと斬れる、斬り刻めると、限界まで速度が上がっていく。


 ふと背後に気配を感じ、振り向くとそこには娘ちゃんがいた。



「ひゃっ!」


 娘ちゃんが殺気を孕みながら急に振り向いた俺にびっくりして声を上げる。


「あ、ごめんごめん。集中してたから気がつかなくて」


「ケンタさんすごいです! 全部同じ大きさで同じ厚さに切れてます!」


 娘ちゃんは俺が斬ったにんじんを見て感嘆の声を上げた。


「うーん、モンスターとの戦闘でナイフを使ったりしてたから、包丁の扱いは案外うまかったみたい。自分でも驚いたよ」


 戦闘でナイフを使ったのははじめの一回だけだが、うまく扱える言い訳はそんなことしか思い浮かばなかった。


 そのまま娘ちゃんの前でジャガイモもあっさり斬ってしまう。


「すごいです! 私はこんなに綺麗に切れないです。それにすごい速いし」


「ん〜、うまくできるのはこれだけだよ。他は何にも出来ないと思う」


 スキルのお陰で何とか役に立てそうなことが一つ見つかったが、他は壊滅的だろう。



「それだけできりゃあ、こっちは大助かりよ。これからも頼むぜ」


 気がつくとおやっさんも側に来て俺が斬った野菜を見てくれていた。


「うっす、ありがとうございます」


 元の世界なら何も教わらずともできて当たり前とか、一つでも出来ないことがあれば全てが出来ない人間という烙印を押されたが、野菜斬っただけでここまで重宝されるとは嬉しい限りだ。


「オメーがあんまりにも速く切っちまうから余裕ができちまったぜ。ちょっと調理も手伝えや」


「はい!」


 俺はおやっさんの誘いについ張り切った返事を返してしまう。


 こんなに早く料理を間近で見れる日が来るとは思ってもみなかった。


 そんな幸運に感謝しつつ、おやっさんの手伝いをすることになった。


 …………


「……だめだな。お前本当に切るのが上手いだけだな。まあ……、皿洗いとか掃除を頼むわ」


 と、思ったら数分でレッドカードを貰い、退場させられてしまった。



 実際何をしたらいいかわからず、邪魔になっただけだった。


 折角調理できるチャンスを掴んだだけにちょっと悔しかった。


(だが、これで覗くチャンスを作れるな)


 皮剥きとカット作業が早く済んだ分、他の作業には余裕ができる。


 そのできた隙に【気配遮断】と【忍び足】を使っておやっさんの料理風景を盗み見る算段だ。


 しばらくするとうまく隙ができたので早速覗きに行ってみる。


(……速すぎてわからん)


 さすがはプロとしか言いようのない全く隙がなく洗練された動きだった。


 しかし、動きの意味がわからないので何がどうなっているのかさっぱりわからない。


 システムを知らない格ゲー大会の決勝戦風景でも見ているようで、凄いのは分かるが何やってるか分からない状態だ。


(簡単そうなやつを宿で真似てみるのがいいかもしれないな)


 俺はそんなことを考えながら隙を見つけてはおやっさんの調理風景を覗き続けた。



 それから数日、日々のリズムが掴めてきてからはダンジョン探索も再開し、午前中にダンジョン、午後からは店の手伝いといった感じで規則正しく生活を回していけるようになった。


 たまに午前中ダンジョンに行くのを止めて料理の練習をしたり、溜まった魔石の換金に行ったりしている。


 店からの給料は日払いなのでそれを宿代に当てている状態だ。


 俺が冒険者をしていることと仕事が速いことから、おやっさんが気を使って比較的忙しくない日も休みにしてくれることになり、週に三日も休みが貰えるようになってしまった。


 それからは店が休みの日は一日中ダンジョンに潜るか、一日中厚揚げを焼いたり米を炊いたりしてアイテムボックスにしまっていった。



 そんなある日、店に着くと丁度入り口からガラの悪い男達が出てくるところに遭遇する。


 男達は俺とすれ違うとそのまま向かいの店へと入っていった。


 開店前だから客ではなさそうだが……。



「おはようございます。お客さんが来てたんですか?」


 客じゃないのは一目瞭然だったが、知り合いとかだったら困るのでそう聞いた。


「ちげーよ、あいつらギャングさ。この辺りの土地が欲しくて時々ちょっかいだしてくるんだよ」


 あれが噂のギャングか、ちょっかいって怖いなぁ、などと考えているとぶるりと体が震えてしまう。囲まれたらチビりそうだ。


「この辺のみんなはあいつら大嫌いなの!」


 娘ちゃんもぷっくり頬を膨らませてお怒りのご様子。


「怖いっすね。なんか無茶苦茶なことしてくるんですよね?」


「ああ、目を付けられると、あいつらの気が済むまで執拗に追い回される。オメーも気をつけろよ」


「うっす。それよりおやっさん達は大丈夫なんですか?」


「まぁな。昔あいつらと知らずに金を借りたこともあったが返済済みだ。その時のことがあって、たまに金を貸そうとしてくるんだよ」


 それは面倒くさいが、借りなければならない状況に追い込むために営業妨害とか仕掛けてきたり、みかじめ料を請求してこないだけ増しだろう。


 それにしたってややこしい存在ではある。



「ちょうど俺が来たときにお向かいの店に入っていくところでしたよ」


「ああ、来る時はうちを含めてこの辺り全部回ってるようだからな。まあ、終わったことだ。開店準備をはじめるぞ」


「今日も頑張ろうね!」


 おやっさんの言葉に娘ちゃんも気持ちを切り替えたようだ。


 イレギュラーな出来事だったが、その日はそれ以上何か起こることもなかった。



「ケンタさん、ここで何やっているんですか?」



 受付のお姉さんがお客で来る以外は……。



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