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ミックは組織と自分の生い立ちを淡々と語り続ける。
「スタンリーさんの人柄や活動に惹かれて人が集まり、組織はどんどん巨大化していった。人員が増えた影響で活動の規模は大きくなり、戦争の被害を最小に食い止めるように裏から働きかけたり、戦場での無意味な殺戮を阻止するようになっていったんだ。
だが奴は組織の肥大化に伴い、そういったことでは満足できなくなってしまった。
基本的に俺たちの活動は事が起きてから行動を起こす。
奴はそれでは遅いと考えたんだ。
わざわざ争いが起きるまで手をこまねいて見ているのはおかしい。
事前に行動し、事が起きないようにすればいいと」
ミックが語る話の中に頻繁に出てくる“奴”というのは、きっと敵対する組織の親玉に関する情報なのだろう。
「その部分だけ抽出すれば、もっともな意見に聞こえなくもない。
だが、奴がその答えに向けてやろうとしたことは、俺たちには受け容れられないことだった。
奴が出した結論、それは全ての掌握。
最善の集団である我々が全てを支配し、行動を管理すれば争いは起こらない。
故に世界で起こる全ての争いは消失する。
もちろん、そこに辿り着くまでには少なからず衝突が発生するだろう。
だが、最終的に一切争いが発生しなくなることを考えれば、それは小さい犠牲。
断続的に争いが発生する状態を放置することに比べれば最終的に被害は圧倒的に少なくなる。総合的に見れば有益なことだ。
奴は本気でそんなことを言い出した。
どう考えてもおかしな話だ。支配しようとすれば、そこに争いが起こる。当たり前だ。
それをどうやって解決するのかといえば、力で押さえつけると言っているんだ。それは今各地で起こっている争いと何も変わらない。新たな争いの火種がひとつ増えるだけなんだ。
だが、奴は弁が立った。組織内で熱弁を振るい、言葉巧みに周囲を取り込んでいった。
疑問の余地が残ることに関してはなるべく触れないようにし、ことあるごとに争いのない世界を作り出すと言うことを強調して、皆を魅了していったんだ」
どうやら敵の親玉さんはかなり極端な思考の持ち主のようだ。
結構潔癖で完璧主義なのかもしれない。
「当然、それはスタンリーさんやクルスさんとは相反する考えで、奴とスタンリーさんは対立することとなった。
結果、組織は二つに分かれることになる。
世界を手に入れ全てを管理し、戦争を無くすことを目的とした奴ら。
今まで通り裏から最小限の被害に食い止めるよう活動する俺たち。
奴らの一派は世界を掌握するまではあらゆる手を講じると言い、事実、俺たちが手を出さなかった様な非道なことまで手を染めはじめた。
それがきっかけで二つの派閥は対立し、争う事になった。元は仲間だったのに完全な敵同士になってしまったんだ」
ここまでのミックの話をまとめると、同じ組織だった結構高い地位にいた奴が仲間を率いて分裂し、過激なことをやりだして敵対するようになった、ということのようだ。
その過激なことってのが、ついこの間のSHB開発だったりするんだろう。
「だが、スタンリーさんは相手と争うことを良しとしなかった。
スタンリーさんは自分の側に付いた者たちを強制的に追い払った。
組織を解散させたんだ。
当時は小さな小競り合いで済んでいたが、いずれ確実に殺し合いに発展するとスタンリーさんは考えていたんだ。まあ、実際今はそうなってるしな……。
だが、その時のスタンリーさんとしては抗争が激化するのを避けたかったんだ。
以前は仲間同士だった者たちでの殺し合いなんかさせたくなかったんだよ。
ひとりに戻ろうとしたってわけだ。
だけどスタンリーさんの言葉を聞かずに組織を抜けない強情な奴もいた。
それが俺たちだ。だからスタンリーさんの側にいた者の数は少ない。
そんな少数のメンバーでもなんとか奴らの裏をかき、今までやって来た。
それでも戦いの過程で仲間は少しずつ倒れていき、組織は限界まで弱体化していった。
だが向こうはその逆、どんどん力をつけていった。しまいには空中要塞まで掘り出しちまいやがった。そんなとき、クルスさんが脱退したんだ。正直、ショックだったよ」
ミックの味方は減っていき、敵さんはどんとん強化されていく。中々つらい状況だったようだ。
「空中要塞イゴスは御伽噺に出てくるような代物で、実際に存在するとは思われていなかったんだ。だが、手に入れちまったんだ。
そんな強大な力が奴らの手中にあれば、こちらの抵抗など無意味になってしまう。
ただ、俺たちもただで空中要塞を渡すほど馬鹿じゃない。
俺たちは抵抗を続け、空中要塞の発掘を妨害。最終的には岩盤を崩落させ、地下深くに閉じ込める事に成功した、はずだった。だが、空中要塞はSHBを大量に搭載した状態でお空の上にあり、スタンリーさんを含めて俺以外全員が殺されてしまった、……という状態だ」
全てを吐き出したミックは少し気が楽になったのか、脱力したような顔で苦笑していた。
「まあ、その……、なんだ、かなり負けが込んでるが、今から俺がイゴスに乗り込んで、あいつら全員ぶっ飛ばして全部チャラにしてやるさ……」
と、肩をすくめるミック。その姿や言葉からは、いつもの調子の良さが全く窺えなかった。
ミックの話から、どういった経緯で今に至ったのかは大体把握できた。
自分以外の味方は全滅したのに、敵の方はブイブイいわせてる状態で途方に暮れているといったところなんだろう。
だが、忘れてもらっては困ることもある。
「何言っちゃってんの。俺がいるじゃん?」
自身を指さしつつ、ニヤニヤする俺。
「来るつもりなのか? 空中要塞に? 自殺行為だぞ」
俺の言葉を聞き、俺の正気を疑うミック。
しかし、同じ事を単独でやろうとしている奴に、そんなことを言われるのも心外である。
いや、俺の事を心配してくれているのかもしれない。
「折角なけなしの命を張ってSHBからミーニ国を守ったってのに、また上空にあんなもんが浮いてたら意味ないだろうが。しょうがないからオマケでもう一本追加しといてやるよ」
ついこの間、ミーニ国が灰になるかもしれないって言うから、すっごい頑張ったのに、今ここで逃げたらほぼほぼ意味がなくなってしまう。
なぜなら空中要塞に乗り込んでいる皆さんは総じて好戦的。何の拍子でミーニ国に突っかかってくるか分からない。
また、途轍もなく他力本願かつポジティブに考えて、どこかの正義の味方がイゴスを破壊してくれたとしても、真下にあるミーニ国に墜落されては意味がない。
結論としては、ここは他に任せず自分で行くしかないってことだ。
「おいおい、俺の事も忘れてもらっちゃ困るぜ。言っとくが止めても無駄だからな」
と、俺の隣へ並び立つレガシー。
どうやらこちらもやる気満々のご様子。
視線を向ければ、強く頷き返してくる。ここまで仕上がっているのに、止めとけとか来るなって言うのは野暮の極みだろう。ここは頼りになる相棒として一緒に地獄のツアーに参戦してもらうとしよう。
「応、助かる。頼りにしてるぜ」
「任せな」
俺とレガシーはニヤリと笑い合うと、拳同士を打ち合わせた。
「自殺志願者がまた増えちまったな……」
俺たちが行く気満々なのを見て、止めるのを諦めたミックはぶっきらぼうに呟く。
「おいおい、いつも人数少ないのを誤魔化して無理矢理巻き込んでた奴が、今回に限っては偉く殊勝な態度だな、ええ?」
ミックに巻き込まれた被害者の会代表である俺は、ここぞとばかりにネチネチと責める。
「ああ、ああ! 余裕だよ! 三人いれば楽勝だ!! この俺が言うんだから間違いない」
俺の挑発にどこかやけくそ気味にミックが声を張る。
「そうそう楽勝だな。むしろちょっと物足りないくらいだよな」
と、俺はレガシーに尋ねる。
「まあ、俺たちの相手なら、あの三倍の大きさは用意してくれないと困るよな」
俺の問いにレガシーがククッと笑いを堪えながら返してくる。
立て続けに色々とあったが、こんなどうでもいい事を言い合ってるとちょっと空気も和んだ気がする。
どうにも絶望的な状況だが、ここはやれるところまでやってみるしかないだろう。




