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「多分、ひとりしかいない。待ち伏せじゃないか?」
俺は後ろにいる二人に振り向きつつ、気配を探った結果を報告する。
大量にいるなら待ち伏せを疑うべきだが、中にいるのは一人。
逃げ延びた生存者がひとりいる、という可能性も捨てられないが、強敵がひとりで待ち構えていると考えた方が自然な気もする。
なぜなら、味方が全滅していた場合、この場に訪れるのは別行動をとっていたミック一人。
まあ、不確定要素を入れて多く見積もっても、それに一人か二人追加されるくらいで収まるだろう。つまり今の俺たちのような状況だ。
そんな状況なら敵さんもここに大量の戦力を投入するとは思えない。
強い奴を一人残しておけばいいだけの話だ。
そう考えた俺は待ち伏せの可能性を口にした。
「……考えられるが、俺達が絶対来る保証がない。多分違うだろう」
だが、俺の予想を聞いたミックが否定する。
この場に確実に誰かが来る保証はない。そんなところに人をずっとおいて置くのは労力の無駄遣いだ。
そう考えると頷ける部分もある。
想像してみると、誰かが来るのを敵が何日も待っているというのもシュールな状況である。
俺とミックが黙り込んで考え込む中、レガシーが口を開く。
「でも、一人ってどういうことだ? 敵じゃないなら一人だけ逃げ延びたのか? 運良くたまたま一人だけ?」
レガシーが呟いたのは当然の疑問だった。
奇襲に失敗し、待ち伏せをくらって返り討ちにあい、それでも何とかその場を脱出し、追っ手を振り払ってこんな僻地まで無事に辿り着く――。
それをたったひとりでやり遂げることが果たしてできるのだろうか。
「普通追い詰められてひとりだけになったら、そいつも死ぬよな……」
多勢に無勢な状況では奇襲先からの脱出に成功しても、追跡の手を逃れるのは不可能に近い気がする。
大体、味方が片っ端から死んでいく中、仲間を見捨ててひとりだけ逃げるだろうか。
「ここでうだうだ言っててもはじまらん、入るぞ。一応戦闘準備だけはしとけ」
じっと考え込むことに飽きて痺れを切らしたのか、ミックが中に入ると決定する。
実際、これ以上考えるのは無駄だろう。敵だったとしても相手は一人。戦うことも逃げることも容易いはず。それならさっさと入ってご尊顔を拝した方が手っ取り早い。
「ああ、なら俺が前に出る。レガシーは後ろを頼む」
ミックの言葉に同意した俺は前衛をやると前に出た。
この面子だと俺が警戒しながら進むのが妥当だろう。そして、魔法が使えるレガシーには最後尾に行ってもらい、後ろからの掩護と退路の確保を担当してもらいたい。
「分かった」
「おお。俺、守られちゃって姫みたい」
レガシーが短く頷きながら後ろに回る中、ミックが軽口を叩きながら俺の後ろに着く。
「はいはい。じゃあ、行くぞ」
俺は、軽くミックの言葉をあしらうと二人へ視線を送る。
準備が整ったことを知らせるように頷いた二人を確認した俺は軽く深呼吸する。
そして一列になった俺たちは隠れアジトの入口である洞窟へと足を踏み入れた。
まだ日中であるせいか、軽く日が差し込んでくる洞窟内部はそれほど暗くなかった。
目が慣れれば十分周囲を確認できる。隠れアジトという使用用途を考えると、ある程度明るさが確保できるように作られているのかもしれない。
「お前もなんか遠距離攻撃手段を用意しとけよ……。大体、なんで今まで生き残ってるんだよ。……職務内容からして死んでないとおかしいだろ」
目的地まで多少距離があるせいか、ついさっきのミックの発言を思い出して呟いてしまう。
こいつはいつも危険な地へ少人数か単独で赴き、生還している。
その割に得意な戦法は近距離格闘術で、遠距離への攻撃手段は一切持っていない。
そんな人間が多勢を相手に常勝するなど、普通に考えればあり得ない話だ。しかし、今までこいつはそれを平然とやってのけている。そういう意味では俺たちの中ではミックが一番の実力者なのかもしれない……。
が、集団で行動するとなると役割にあぶれて、俺とレガシーに挟まれるという状況になってしまっている。やはりこういったときのことも考えて、もう少し攻撃手段の幅を広げておいてほしいものだ。
「悪いな、俺が強すぎて。そんなに尊敬されるとこそばゆいぞ」
「実際、色々尊敬できるところはある筈なのに今ので台無しだな」
様になった決め顔で苦笑するミックを見て、軽く殺意を覚える俺。
こういう発言がなければなあ、とレガシーの方へ視線を送る。
「全くだ。謙虚さが足りない」
どうやらレガシーも俺に同意のようで、腕組みしたまま深く頷いた。
「お、そういや言い忘れてたけど、今通ってる細い一本道の突き当たりが広間になっていて、そこから分岐するように小部屋がある。つまり、そこが広間に通じる扉な?」
突然思い出したかのように隠れアジトの内部についての説明をはじめるミック。
しかし、突き当たりの扉なるものの前にはすでに到着済みであり、微妙に手遅れ感がある。
「「そういうところだぞ」」
俺とレガシーは同時に突っ込んだ。
ミックは思い出したような顔で説明していたが、あれは演技ではない。今までの付き合いから、本当に忘れていたことが確信できる。もし、思い出すのが遅れていたら中の人物と相対したところで呟いていたことだろう。
ほんとにお調子者にもほどがある。
俺は気を取り直すと、二人に立ち止まるようにハンドサインを出し、再度【気配察知】を発動する。気配を探った結果、中に動きが一切見られない。こちらに気づいていないのだろうか。
「どうだ、ケンタ。突入するか?」
レガシーが俺の側へ寄り、小声で尋ねてくる。
「……はじめ気配を探ったときから一切動いてない。寝ているのかも。もしかして死んでるのか? いや、それだと気配を察知できないか……。中にいるのが敵なら、俺たちがこの一本道で立ち止まっている間に扉越しに極大攻撃とかしてそうだしなぁ。ひとまず俺が乗り込んでみるわ」
こちらの気配に気づく気づかないに関わらず、気配を探った対象は一切動いていなかった。
眠っているのだろうか。
どうにも相手側の行動意図がはっきりしない。
こういう局面なら気配を殺して素早く動ける俺が適任だろう。
正面から入って相手に視認されても、素早く物陰に隠れて気配を消して動き回れば、なんとかなるはず。
そう考えた俺は、単独での侵入を提案する。二人にはある程度状況が判明してから応援に入ってもらった方が撤退もスムーズに行えるはず。
「何? 扉を蹴り開ける? 得意だ、任せろ」
ミックが俺の肩を掴むと押しのけるようにして扉の前に立つ。
どう聞いたらそういう結果に結びつくのだろうか。
「ちょ、待てって!」
「……俺は何となく分かってた。こいつがそろそろ飽きてきていることに……」
俺とレガシーがそれぞれのリアクションをしている間にミックは景気良く扉を蹴り開け、広間への侵入を果たした。
「い、行くか」
「剣、抜いとけよ?」
ミックの豪快な侵入を目撃した俺たちは、舞台へ出るタイミングを逸した演者のように、周囲の様子を窺いながら挙動不審な動きで室内へと入る。
広間の中は通路の妨げにならないように、長机が向かい合うように設置され、突き当たりには大きな執務机があり、作戦会議室的な印象があった。
俺たちは警戒しながら長机の間をゆっくりと進んで行く。
正面にある執務机の後ろには巨大な地図が貼られていた。
どうやら世界地図のようだったが大量の血液が付着しており、内容を読み取ることはできない。鮮やかな赤みが残る血糊はまだ固まっておらず、滝が流れるようにして下方へと続いていた。
俺たちはミックを先頭に、血糊の行く先を確認しようと歩を進め、執務机の後ろを覗き込んだ。
そこには、一人の老紳士が壁にもたれかかるようにして座り込んでいた。




