5
――ケンタが目覚める数日前。
荷支度を終えたレガシーは、玄関ホールでラクルに今日発つことを告げた。
「もう行っちゃうのかい?」
驚きの表情で問いかけるラクル。
その背後には顔が瓜二つのメイドが二人、静かに立っている。
「ああ、世話になったな」
レガシーは短く礼を言うと、荷物を背負った。
「折角だし、もっと色々やったり、新しい武器を作ったりしていかない?」
どこか物足りないといった表情のラクルは、名残惜しそうに色々と提案してくる。
ラクルの誘いにレガシーは首を振って応えた。
「すまん、次の用事があるんだ。急ぐかどうかは分からんが、そのことが頭から離れなくてな」
「そっか、分かったよ。ひとまず、体の方は完全な状態に戻したから心配ないよ」
「恩に着る」
レガシーはラクルに再度礼を言った。
彼とはサイルミ発射場で偶然の再会を果たした。
その際、体の不具合を直してもらうと約束を取り付け、隠れ家の住所を教えてもらっていたのだ。
そしてケンタを発見した際、偶然にもラクルの隠れ家が近くにあることが分かった。
いい機会と判断したレガシーはケンタの看病をミックに任せ、ラクルの隠れ家を訪ねたのだった。
「ふふ、この僕が手がけたんだから、相応の実力は発揮してもらわないと困るんだよね。ちなみに力の解放は日に三回は使えると思う。使用中に魔力が安定せずに肌が変色する事ももうないから安心して。使ったあとに多少の倦怠感は感じるかもしれないけど、痺れて動けなくなることはもうないよ」
「分かった。まあ、慎重に使わせてもらうさ。それにしてもあんたは本当に子供なのか? こんな事、頭のいい大人でもそうそうできるもんじゃないぞ」
ラクルの言う通り、体は完全に直った。
しかも、たった数日でだ。
あまりにも出来すぎて信じられない話だが、これで力を解放した後に痺れて動けなくなることもないだろう。
(……まさか、こんな簡単に直るとはな)
レガシーは以前、優れた兵士を作り出すという名目で、身体を強化する改造手術を受けた。
その際、執刀を行ったのが眼前にいるラクルである。
ボウビン国の博士たちを前に手本として完璧な施術を行ったラクルはレガシーの執刀を終えると契約終了とばかりにその地を去った。
が、残された教え子たちは不出来で、完全な再現ができなかった。結果、レガシーの体を何度も調べることになってしまう。質問できる相手もいないため、手本として残されたレガシーをひたすらに調べるしかなかったのだ。
そしてどうなったかといえば、何度も切り開いて調べた結果、レガシーも元に戻らなくなってしまった。
人間の限界を越える力を発揮すれば不具合が生じてしまい、使い物にならなくなってしまったのだ。教え子たちはそこまでして数段劣る何かを作り出すことには成功したが、完璧な完成度を誇ったレガシー自身は、そんな劣化品より見劣りする力しか引き出せない状態。振り返ってみれば成果としては表に出すのを躊躇うような微妙なものが山積するという結果に終わっていた。
しかし今回、レガシーはラクルの施術を受けてはっきりと分かった。
あの博士たちが不出来だったというより、ラクルが凄すぎたのだ、と。
次元が違うのだ。
そんな離れ業ともいえる技術と底の知れない知識。この子供は本当に子供なのだろうか。
見た目からかけ離れた得体の知れない何かを感じたレガシーは自然とラクルを見つめていた。
「子供だよ。だけど純粋な子供ってわけじゃない。君は魔法都市がある国のこと、知ってるかい?」
「確かサナダ国って言うんだっけか? 何やらどんでもない国というのを噂に聞いたことがあるくらいだな」
レガシーはラクルの質問に、知っている限りの事を答えた。
サナダ国。とんでもない国だというのは良く聞くが、具体的に何がどうとんでもないのかは、ほとんど外部に漏れてこない不思議な国。レガシーの認識はその程度だった。
「僕はその国出身なんだ」
「へえ、あそこは凄い技術を要するって聞くし、お前みたいな子供でもそんなことができるわけなんだな」
ラクルがサナダ国出身と聞き、なるほどと納得する。
かの国なら、ラクルのような不思議な人間がいても特別というわけでもないのだろう。
「んん〜、ちょっと違うかな。君はサナダ国の国名の由来って知ってる?」
しかし、ラクルはレガシーの発言に首を振って否定する。
そして続けざまに一見無関係に思えることを質問してきた。
「一代で超大国を築き上げた人物から取ったんだろ? でも王様じゃなかったんだよな?」
レガシーは伝え聞いた話を思い出す。
確か、サナダという人物が一代で国を興し、凄まじい速度で発展、成長させたと聞く。
だが、サナダ自身は王というわけではなかったらしい。
「そう、その通り。あの国はサナダという男が一人で作り上げたものなんだよ。でも、サナダは表には出ず、国の代表は選挙で決めてるんだ。で、サナダ自身は影に隠れ、背後から舵取りを行っていた。といっても陰の支配者を気取ってるわけじゃなくて、どちらかといえばアドバイザー的なポジションだね。非常に重要な決定にだけ、サナダの承認がいるって感じかな。まあ、そのお陰で方向性がぶれることなく、とても安定した運営ができていたんだ」
「何か、詳しいな」
レガシーはラクルの説明に違和感を覚えた。
――なぜ、そこまで詳しいのか。
今、ラクルが話した内容は果たして一市民が知りえる情報なのだろうか、と。
そう思い、尋ねたレガシーだったが、当のラクルはその言葉を無視して話を続ける。
「だけどサナダだって寿命がある。いつかは死んじゃうんだ。でも、それはまずい。サナダが死んでしまえば国家運営に乱れが生じ、いずれ崩壊してしまう。それほどまでに影響力がある存在なんだ。みんな彼に頼りきりなんだよ」
「ん、でもあの国って建国してから随分経つよな。そのサナダって奴も、もう死んでるんじゃないのか?」
サナダ国はレガシーが生まれる前から存在する。
新興国などではなく、ずっと前からあったはず。それなら当然、サナダという男も死んでいるはずだろう。
そう思ったレガシーはラクルに疑問をぶつけた。
「そう、普通なら死んでしまっている。だから何度も延命処置を行ったんだ。最後は臓器だけの状態になってまで生き延びようとしたんだ。だけどそれにも限界がある。最期の時は刻一刻と近づいていた。死を恐れたサナダは自分の複製を作ることを思いついたんだ。そして、はじめてできたのがこの僕ってわけさ」
「え?」
話の行く先が国からサナダ、そしてラクルへと帰って来る。
そう、レガシーはラクルがどうしてそんなに凄いのかと尋ねたのだった、と今頃になって思い出す。だが、眼前の少年が人間の複製などということが信じられるだろうか……。
と、一瞬考え込むも、ラクルの凄さを散々目にしてきたことを思い出すと、そんなこともあるかもしれないと思えてしまう。
「だけど僕は失敗作でね。サナダの能力や技術に関する知識を断片的に受け継ぐことには成功したんだけど、肝心のサナダ本人の記憶を引き継げなかったんだ。だから、処分されそうになった。それを不憫に思った当時の乳母が僕を連れて逃げ出したんだ」
レガシーが話の規模に対応しきれず混乱しつつある中、ラクルの話は続く。
「だけど、国外に出てしばらくしたら悪い人たちに捕まっちゃってね。乳母を人質にとられて、色々とやらされたよ」
ラクルは俯きがちに呟く。
「そのあと、なんとか逃げ出すことには成功したけど、乳母はその時に死んじゃってね。そこからは僕一人さ。そうなると、ちょっと賢いだけの子供の僕がお金を稼ぐには埋め込まれた知識と技術を売るしかない。結局、捕まっていたときと同じことをしていたよ」
(……それで、ボウビン国にも来てたってわけか)
ラクルの話を遮らないよう言葉には出さなかったが、ラクルが各地を点々としていることに納得するレガシー。
「今は大分自由が利くようになったから、乳母の複製を側に置いて、のんびりやっているってわけさ。正直、サナダ国から追っ手が来ないのが不思議なんだけどね。国を出てからは一度も会ってないけど、失敗作の僕のことなんてどうでもよくなっちゃったのかな」
ラクルはそう言いながら、背後に立つ二人のメイドに目を向ける。
メイドの二人はまるで人形のように微動だにしない。
「……なるほどな。それで後ろの二人はそっくりなんだな。てっきり双子かと思ったよ」
ラクルの説明を聞き終えたレガシーは今まで色々と疑問に感じていた数々のことが腑に落ちるのを感じた。
「見た目はそっくりなんだけど、僕と一緒で記憶を受け継いでいないから、全くの別人さ。性能を考えるなら、もっと優秀な個体を複製した方がいいんだろうけど、つい、ね」
ラクルは二人のメイドの手を取りながらレガシーの方を見ると苦笑する。
「追っ手に関しては何も分からんな。あの国のことはあまり外に漏れてこないから、中に入らない限りは何も得られないだろうな」
ラクルに何か有用な情報を提供したいと思ったレガシーだったが、サナダ国のことはほとんど外部に漏れてこないため、何も知っていないということを打ち明けることしか出来なかった。
「そうなんだよね。下手に調べてやぶへびになったら困るし、放っておくしかないのが悩ましいところだよ」
レガシーの言葉にラクルも頷き返す。
折角逃げ延びたのに、わざわざサナダ国に近づいて情報を収集するのはリスキー過ぎる。まさしくその通りだろう。
「力になれなくてすまん。何か知ることがあれば知らせるよ」
今は何も知らないが、何かの拍子に情報を得る機会があるかもしれない。
そう思ったレガシーはラクルに情報が手に入ったら知らせることを約束する。
「ふふ、ありがとう。でも、気にしなくていいよ。僕は僕で何とかするから。それより、君の方こそ困ったことがあれば僕を頼るといいよ。とはいっても、次からは有料にさせてもらうけどね」
レガシーの言葉にラクルが微笑する。そして、むしろ自分を頼れと言ってくる。
その表情はどこか強がっているようにも見えたが、レガシーはあえて見なかったことにした。
「ああ、それは助かるぜ。それじゃあ、行くよ。世話になったな」
荷物を背負いなおしたレガシーはラクルに別れの言葉を告げ、一歩踏み出す。
「気をつけてね。何か足は必要かい? 速いのから遅いのまで何でもあるよ」
「一応急ぎたいから何か欲しいところだがやめておく。痕跡を余り残したくないから歩きで行くよ。じゃあな」
レガシーはラクルの申し出を断ると、背を向けたまま手を振り、隠れ家を後にした。
目指す先はミックに教えられた合流地点である。
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ミックの運転する装甲車は舗装されていない凹凸の激しい地面を物ともせず、森の中を軽快に走っていた。




