12 禁断症状
オリン婆さんのなぞが一つ解明されたころ、注文の品が来た。
目の前に出された料理を見て俺は目を見開いた。
「こ、これは!」
どう見ても、豚の生姜焼き定食だった。
薄くスライスされた何かの肉の生姜焼き。
キャベツの千切り。
根菜の煮物の小鉢。
小さく切った油揚げが浮かぶみそ汁。
……そして、白飯。
…………白飯。
「うおおおお! 米じゃねぇか!」
喜びのあまり我を忘れてしまう。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
周りを気にせず、絶叫しながら生姜焼きを一口含み、米をかき込む。
全てを飲み込んだあと、みそ汁をズズッと音を立ててすすってしまう。
「っはあぁぁ」
一息つく。
「うるさいよ! 黙りな!」
当然、怒られた。
「す、すまん。つい、嬉しくなって」
「アンタ、この料理食ったことあるのかい?」
「い、一度だけ振舞ってもらったことがあって懐かしかったんだ。特にこの米ってやつが俺はすごく気に入ったんだけど、どこでも見かけなくて、それでつい大声出しちまったんだ」
転生とか言えないし、オリン婆さんと同じ出身だから知ってるとか言ってもボロが出るので、それっぽいことを言って誤魔化す。
「確かにこの辺りじゃあまり見かけないね。アタシもパンってやつはどうにも腹に溜まった感じが軽くて、こいつじゃないと食べた気がしないね」
そう言い終わるとオリン婆さんは静かに食べる。
味わって食べているのがよくわかる。
俺もそれに倣って静かに味わって食べた。
久々に食べた和食の定食は懐かしさのせいもあり、何倍も美味しく感じられた。
「ごちそうさまでした。あの、米はこの辺りでも売っているのですか?」
自分でも炊いて食いたいので店主に聞いてみる。
「ああ、普通に売っているぞ。需要もさほどないし値段も手頃だ」
(買うしかねぇ)
俺は店主に米を取り扱っている店を聞いた後、オリン婆さんと店を出た。
「うまい店に連れて来てくれてありがとう」
「ご馳走になったのはこっちだしね、構わないさ。それに三日前は見れた顔じゃなかったけど今は大分増しになったじゃないか」
「え?」
「どうせ野盗でも返り討ちにして、殺したのに耐え切れずチビッたとかなんだろ?」
何も話していなかったがオリン婆さんにはお見通しだったようだ。
「チビッてねぇよ!」
「ケンタ、アンタこれからも冒険者をやってくつもりかい?」
オリン婆さんの目が真剣なものに変わる。
「ああ」
「なら、これからアンタも強くなって悪党に手加減して捕まえることができるようになるかもしれない。だけど生き残りたかったら確実に息の根を止めな」
「生け捕りにできるなら罪を償わせるとかした方がいいんじゃないのか?」
「そんな甘っちょろいこと言ってたらアンタの周りの人間は次々死んでいくよ」
冒険者として生き残ってきた人の言葉だ。きっとそんな経験をしたのか周りがそんな目にあったのだろう。
「そうか……」
「腹括りな」
「正直そんなスッパリ決められないけど、心に留めておくよ。ありがとう」
「ふん、そういうところが男らしくないって前も言っただろ」
そんなことを言っているが怒っているわけでもなく、しょうがない奴だとでも言わんばかりの顔をしている。
「婆さんと比べたらそうなるさ」
「生き残りたかったらアンタもそうなりな」
「それじゃあ、また」
「ああ、さっさと強くなりな」
お互い別れを告げ、それぞれの宿に帰った。
これでしばらくはオリン婆さんともお別れだ。
早く力をつけ、またパーティーを組んで探索したいものだ。
などと感傷に浸っていたが、その後すぐに今日の店で遭遇することになった。
和食万歳。
…………
翌日からまたソロ活動に戻った。最近は景色も大分冬らしさが増してきた。
朝起きたときやダンジョンに移動するまでにかなりの寒さを感じるようになってきたので厚手の服を新調したりもした。
ダンジョンでゴブリンを倒しながら昨日までのことを思い出す。
予想していたパーティーとは違ったが有意義な三日間だった。だが、結局ちゃんとしたパーティーは組めなかったのは問題だ。
受付のお姉さんに相談して教官に同行してもらい、パーティーの練習をした方がいいだろうか。
……いや、やめておこう。
オリン婆さんと組んでわかったが、俺は職業が怪しすぎる。
教官にバレたら面倒そうだ。
戦士のスキルレベルを上げれば誤魔化せるが、そのためだけに戦士の装備一式を揃えるのは金が惜しい。
こうなったら中級者ダンジョンもソロで潜るつもりで行動し、一人でもある程度立ち回れるようになったらオリン婆さんと組むようにするしかないだろう。
ただ人気のダンジョンに行く場合はトラブル回避のためにも何とかしてパーティーを組んだ方がいいかもしれない。
一応受付のお姉さんから出されていた課題はクリアしているし、それで問題ないはずだ。
とりあえず今日からはサムライのスキルレベルを上げたいので他のモンスターを狩るのを止め、ゴブリン一本に絞ることにした。
それから数日、他のダンジョンに移動する時間を減らしてゴブリンを狩りまくった。
普段は毎朝しかステータスチェックしないがこの数日はダンジョン内でも折を見てチェックしている。
今も丁度きりのいいタイミングが出来たので、休憩がてらにステータスをチェックしてみる。
サムライスキル
LV1 【居合い術】
LV2 【疾駆】 (一定時間走る速度が上がる)
「お、来たな」
やはりLV2までは比較的簡単に上がる。
LV2は【疾駆】と言い、速く走れるらしい。
早速試してみることにする。
【疾駆】を使い、全力で通路の端目掛けて走った。
スキルを発動すると身体が軽く、飛ぶように走れてしてしまう。
が、体の感覚が大きく変化したせいか、制御が難しい。
「おっわ!」
予想以上に速く、危うく壁にぶつかるところだった。
しばらく速度の変化に慣れるべく走っていると効果が切れたようで元の速度に戻ってしまう。
再度使おうとしたがクールタイムがあるらしく使えなかった。
そこから再使用まで体感で一時間ほど時間がかかった。
検証した結果、効果時間は五分ほどで使うと一時間くらい再使用不可になるようだ。
中々面白いスキルだが走ると普通に疲れるので、調子に乗って何度も使っていると速度が上がっても疲れていつもより遅くなることになりそうだ。
次のLV3になるにはかなり時間がかかるので、戦士のスキルレベルを先にLV2まで上げることにして職業を戦士に変える。
サムライになったときステータスをチェックして分かったことだが、そのとき剣に触れていなかったのに戦士の項目が残っており、選択可能だった。
狩人や暗殺者は選択条件を満たしていたので自信がなかったが、どうやら一度なったことがある職業には武器を装備しなくても選択で変更可能なようだ。
今までスキルレベル上げと比べるとちょっと変則だが、今回は一旦戦士をLV2まで上げたらまたサムライに戻すつもりだ。
LV2までならオリン婆さんと一緒にいたときに戦士の状態で相当狩りまくったので簡単に上がるはず。あまり時間も掛からないだろうし、LV2まで一気にあげてしまうことにする。
…………
そう思っていたのだが、戦士のスキルレベルが上がるのにはそこから数日かかった。
戦士スキル
LV1 【剣術】
LV2 【槍術】 (槍の扱いが上手くなる)
LV2は【槍術】だった。
これまた武器を購入しないと使えないスキルなので、しばらくは使えそうにない。
とりあえず目標は達成したので戦士からサムライに職業を変更する。
しかし、他の職業と比べるとスキルレベルが上がるのに思った以上に時間がかかった。
戦士だけスキルレベルが上がり難いのだろうか。
……いや、戦士は多分下位の職業だし、その可能性は低い。
そうなってくるとパーティーを組んだ状態だと経験値にマイナス補正がかかるとか、経験値がパーティーメンバー内で等分されるとかではないだろうか。
パーティーを組むとステータスが上昇するし、攻撃に直接参加しなくても経験値が入る。
それだけいいこと尽くめでマイナス効果がないのは怪しい。
そうなってくるとマイナス補正と等分のどちらかではなく両方の効果が出ている可能性もある。
今まで単独で狩ってきたときのスキルレベルの上がり易さを考えるとそんな気がした。
予想の域を出ないが、次からスキルレベルを上げる時はソロで弱いモンスターを狩るようにした方が効率的には美味しそうだ。
…………
あれからしばらく経過した。寒さはどんどん増して来て外に出れば吐く息が白くなってきた。その間もダンジョン探索の方は順調だった。
今日はあることをするために探索は休みにした。
今、俺は宿の自室にいる。
目の前には大量に購入した米がある。
和食の店で教えてもらった店で米の入手に成功したためだ。
米は精米された状態で売っていた。
異世界の謎の精米技術は素晴らしく、米は真っ白だ。
それと土鍋が三個。
そして、木のお椀が数え切れないくらい目の前にある。
「炊くぜ!」
少しずつお金を貯めてこの日を迎えることができた。
そう、米を炊きまくる日だ。
何度か土鍋で炊いてコツは掴んでいるので、今日は本格的に大量に炊いていく予定だ。
目の前の土鍋には準備を終え、水を吸わせている米がすでに入っている。
それらを魔道コンロの上に置いていき、火をつけた。
……しばらくするとお米の炊ける甘い香りが部屋の中に充満してくる。
中を確認し、炊き上がったものからテーブルに移してしばらく蒸らす。
蒸らし終わったら、蓋を開け米を軽く混ぜる。土鍋に接している部分は軽くおこげになっていていい感じだ。
今度はそれを木のお椀によそい、アイテムボックスにしまってく。
今すぐ食べたいが我慢だ。熱々の内にアイテムボックスに入れておけば出す時に炊きたてのご飯が食べられるので唸る腹を説得し、ひたすらお椀に盛っていく。
この一連の作業を買い溜めした米がなくなるまでひたすら続けた。
わき目も降らず、何かに取り憑かれたようにやり続けた。
「米、盛る、仕舞う。米、盛る、仕舞う。米………」
まるで隙のない動きだ。
白飯への欲求が俺を米を盛るマシーンに変える。
全ての作業を終え、最後の一杯だけはアイテムボックスに仕舞わず、今食べることにする。
おかずになるようなものは何もない。米のみだ。
炊いているときからずっと我慢していたのでもう限界だったのだ。
お椀から湯気が立ち上り、炊き上がった米独特の甘い香りが湯気と一緒に俺の鼻の周りをくすぐるように通り過ぎていく。
普段はしないが今日は米のみなので、俺はそこに少しだけ塩を振る。
邪道と言われるかもしれないが西瓜に塩を振るような感覚だ。
甘みが引き立つかもしれないと思い、振りかけた。
箸で米を取り、口に運び咀嚼する。
米一粒々々がピンと立っているようなふっくらした炊きあがりでほのかに甘く、味わい深い。
塩を振ったのも正解で米の味が際立っている。
「やっぱりうめぇ。パンも悪くないけど米が食えると嬉しいよな」
自分で言うのもなんだがとても上手く炊けた。
これで俺の食事事情が一つ改善されたといってもいい。だが米が食えるようになると次に問題になってくるのがおかずだ。
「折角旨い飯があるのに、おかずがないんだよなぁ……」
俺は物を焼くことしかできない。
調理方法というレベルではなく、単に焼くだけだ。
これではすぐに飽きが来てしまうだろう。外で揃えようにも、市場で扱っているのは材料か保存食でお総菜のようなものはない。
酒場や食事処では持ち帰りはやっていないし、屋台で売っているのはどちらかというとおやつ寄りのものが多い。
「……料理ができないと話にならないな」
俺は顎に手を当てながら考え、そう結論を出した。
別にプロ並の腕である必要はない。
だが、簡単な家庭料理が作れる程にはなりたい。
そのためには料理を習いたいわけだが、この世界に料理教室なんてものがあるとも思えない。
ここは食堂か酒場で仕事をして、作るところを覗くのがいいだろう。
実際教えてもらえれば一番ありがたいが、下っ端は皿洗いぐらいしかやらせてもらえないと考えた方がいい。
この時期は冒険者が増えるそうだから求人も探せばあるはずだ。
「ちょっと探してみるか」
俺はそう思い立ち宿を出た。




