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28 最期の火片



 ◆



 SHBの発射装置を起動させ、管制室を出たオーハイとプルウブルーの二人は予定を変更し、今日中にこの施設を引き揚げようと行動を開始した。


 その理由は単純で、施設がボロボロに破壊されてしまったためだった。



 快適な生活が望めないのならこんな場所からはさっさと出て行きたいと考えた二人は荷物を纏めようと自室へ向かうのだった。



 その途中。


 というか、管制室を出てそれほど進んでいないところで二人は立ち止まった。



 立ち止まった視線の先では床に大穴が開いており、天井には人が縫い付けられるようにして張り付いていた。



「あそこで寝てるのはダーランガッタか?」


 天井に張り付いた人物に見覚えがあったオーハイは呟く。


「ったく、何やってるのよ。ほら、起きなさいよ」


 プルウブルーは側にあった瓦礫の破片を拾うと天井にめり込んでいるダーランガッタ目がけて投げつけた。


 破片は見事ダーランガッタの額に命中し、目を閉じてうなだれる頭部を揺らす事に成功する。


「ん、……やあ、おはよう」


 破片を投げつけられた衝撃で目を覚ますダーランガッタ。


 自分の状況を確認するように周囲を見たあと、下方に二人を見つけ挨拶してくる。


「なぜそんな所で寝ている?」

「おはよう、じゃないわよ。侵入者はどうしたの?」


 ダーランガッタの覚醒にオーハイとプルウブルーが口々に好き勝手な質問をぶつける。



 どちらの質問も相手の身を案じたものではなく、自身の疑問を解消させるものだった。


 どう見ても天井に叩きけられて気を失っていた相手にする第一の質問としては相応しくないのかもしれないが、それだけ相手の実力を信頼しているという現われなのかもしれない。


「はは、完敗した上に骨も一杯折れちゃったよ。それに……、もしかしたらSHBを破壊されたかも」


 天井から脱し、ひらりと舞うように床へ着地したダーランガッタは苦笑混じりに答えた。


「貴様がやられるとは相当の手練れだったようだな」


 ほう、とダーランガッタの敗北に少なからず驚きを見せるオーハイ。


「ふうん。まあ、SHBなら私達が発射させといたから問題ないわ」


 そして、SHBの発射を報告し、ダーランガッタの懸念を払拭するプルウブルー。


「うん、強かったよ。まあ、二人がSHBを発射させてくれたなら、もうここに用はないね」


 ダーランガッタは負けたという割にはスポーツの後のようにとても爽やかな笑顔を見せる。


 また、ここでの主要な目的が達せられた事を知ったためか、自分を倒した相手や滞在しているこの施設にすら執着を見せない素振りを見せた。



「そうだ、だから貴様を捜していたんだ。いらぬところで手間を取らせてくれたものだ」

「全くよ。何もせずに寝てたくせに偉そうにして、後で何か奢りなさいよね」


 ダーランガッタの言葉を受け、二人は口々に毒づいた。


 しかし、オーハイの捜していたという言葉は嘘であり、プルウブルーのその場の雰囲気に任せて言われた奢りの強要は自分の欲望を満たすためだけのものであった。


「参ったな。じゃあ、向こうに着くまでに何かご馳走するよ」


 そんな二人の言葉にもダーランガッタは笑顔を崩さず歩き出す。


「うむ。そうしてくれ」

「一食じゃ納得しないからね」


 負傷してどこかぎこちない動きを見せるダーランガッタの後に二人も言いたい放題言いながら着いてゆく。


「ははっ、参ったなぁ。あ、ブラックタイガーはいいの?」


 と、ここでダーランガッタから残りの仲間の事についての質問が出る。


「あいつはいつも一人で行動するし、勝手に来るだろ」


 普段から単独行動の多い人物の事など気にする必要は無いとオーハイ。


「あんな陰気臭いのとサイヨウ国までずっと一緒に居るなんて私は嫌よ」


 性格が気に食わないから一緒にいたくないとプルウブルー。


 二人の答えは件の人物の安否を知るものではなかったが、共に行動したくないという意見だけは一致していた。


「分かったよ。じゃあ行くか」


 ダーランガッタもその言葉をあっさり受け入れ、歩みを再開する。


「うむ、あまり待たせるわけにもいかんからな」

「はぁ、向こうに行ったら、また何かやらされるんでしょうね。面倒だわ」


 ダーランガッタの後ろを歩くオーハイとプルウブルーは次の目的地であるサイヨウ国のことを考えそれぞれの反応を示す。


「どうだろう? もう準備は済んでるんじゃないかな」


 そんな二人の言葉を受けてダーランガッタが返す。


 曰く、全てが終わっていると。



 ◆



 負傷して足どりもおぼつかない状態のエルザは施設からなんとか脱出し、近場の雑木林へと入り込んだ。


 ドンナの話ではラクルがこの辺りに隠れてこちらとの合流を待っているとのことだったが、周囲はどこまでも森林地帯が続くため、捜索は難航しそうであった。


 生い茂る巨木の群れを前にどうやって捜し出そうかとエルザが迷いあぐねていると、木陰から小さな人影が飛び出してくる。


「あっ、無事だったんだね!」


 それはラクルだった。


 ラクルはエルザの無事を喜び、笑顔でこちらへ飛び込んで来る。


「貴方も無事のようですね。どう捜したものかと悩んでおりましたが、簡単に合流できてよかったです」


 ラクルを抱きとめたエルザは労することなく合流できた事に笑顔を作った。


「他のみんなは?」


 再会の喜びを分かち合った後、ラクルがエルザの方を見上げて尋ねてくる。


「ドンナさんは敵を引きつけてくれています。先に行っていてくれれば、後から隠れ家で合流するそうです。メイディアナさんは……」


 エルザは淡々と助けに来たドンナのことを説明し、次にメイディアナのことを話そうとして無意識に言葉を詰まらせてしまう。


「どうしたの?」


 エルザの話が途中で途切れたためか、疑問顔になったラクルが首を傾げる。


「……メイディアナさんは………………、私を庇って亡くなりました。申し訳ありません」


 意を決して一息で話す。


 記憶を失って行動していた際にドンナからメイディアナとラクルはずっと一緒に行動していたことを聞いた。


 そんなずっと一緒にいた相手の訃報をラクルに伝える。


 自分を助けてくれ、無償で世話してくれた相手を亡くしてしまったのだ。


 どんな責めも受けるつもりで謝罪する。



「うん、いいよ。仕方ないよね」


 と、笑顔で応えるラクル。


「え」


 余りに予想外の反応にエルザは再度言葉を詰まらせることとなってしまう。


 まさかこうもあっさりと話が終わってしまうとは考えてもいなかったのだ。



 主従のような関係だとは思っていたが、情の欠片を一片も見せないとは予想していなかった。エルザからすれば歳の離れ方からしても、親子や姉弟のような関係が成立しているものとばかり思っていたのだ。


 しかし、返ってきたのはそこそこ大事なおもちゃがひとつなくなった程度の反応だった。


「死んじゃったなら仕方ないよ。まあ、あと数年は経過を見たかったけど、十分データは取れたからね。また新しく作ればいいし問題ないよ」


「データ? 新しく作る?」


 続くラクルの言葉に更に疑問が増すエルザ。


 もしかしてうまく伝わっていなかったのか、ショックが大きすぎて思考をそらしているのではないかとすら思うほどに会話の流れが見えなかった。


 しかし、ラクルの方は得意気な表情を崩さず話を続ける。


「ふふん、彼女は僕が一から作ったんだ。ああ見えて、まだ四歳だったんだけど、全然わからなかったでしょ?」


 ラクルはとても満足そうな表情で腕組みし、うんうんと深く頷いて見せた。


「……そういうことだったんですね」


 当時、自分とメイディアナはそれほど長い期間一緒に生活を共にしたわけではなかった。


 それなのにとても意気投合し、まるで姉妹のように意思疎通し、一日が一週間を思わせるほどの濃密かつ親密な時間を過ごした。



 数週間という時間を鑑みればそういうことがあったとしてもありえなくはないかもしれない。


 しかし、記憶を取り戻してみると、どうにもその部分には疑問が残った。



 なぜ、そこまで親密になったのだろうか、と。


 相性が良かったと一言で済ませることも出来たが、どうにも気になる部分ではあったのだ。



 だが、ラクルの言葉を聞いてその疑問も氷解する。



 かたや、記憶を無くて自分を形作るものを全て失い、自分が何者なのか分からなくなった者。


 かたや、人ならざる者として生を育み、ずっと自分が何者なのか分からなかった者。



 お互いに自分が一人だということを強制的に考えさせられるような境遇。



 道理で相性良く惹かれあうはずだ、とエルザは自嘲気味に苦笑する。


「まあアレに関しては隠れ家に戻れば同個体なら簡単に作れるし、問題ないんだ。それより君が無事で良かったよ。君の接合の経過観察はまだまだ続けたいところだったからね。君を守りきったメイディアナは本当によくやってくれたよ」


 と、ラクルは饒舌に語り続ける。


「そうですか」


 そんなラクルの言葉を聞けば聞くほど、エルザの気持ちは遠くへと離れていき、作られた笑顔が顔に浮かび上がってくる。


「うん、ドンナさんも後で合流するなら僕達は先に行ってようか。あ、でもその前に君の傷の手当てが先だね。ここでは簡単なことしかできないけど、そのままじゃまずいから軽く治療しておこうか」


 そう言うが否やラクルは持っていたポーチから色々と道具を取り出しはじめた。


「……何から何まですいません」


 記憶を失っていた頃の自分、記憶を取り戻した自分、そしてメイディアナの扱い。


 色々なものが頭の中で渦巻くエルザはラクルの言葉に従って大人しく治療を受けることしかできなかった。



「ううん、いいよ。それだけ君の体に興味があるってことだしね。折角繋げたのにあんまり早くに死なれちゃ、僕も繋げ損ってもんだよ」


「しかし折角身体をつけていただいたのに、腕が一本無くなってしまいました」


 ラクルの治療を受けながらなくなった右腕の方を見る。


 右腕は肩から切り落とされたため、完全に無くなってしまっていた。


「ううん、君が無事ならそれでいいよ。でも利き腕がないと何かと不便だね」

「いえ、私は両手が利き手なので、その辺りは問題ありませんよ」


 ラクルに妙な心配のされ方をされるも、自身の利き手は両方だと答えるエルザ。


 両の手が器用に扱えるというのは普通に考えれば珍しいことかもしれないが、記憶を失う前の自分の稼業を思えばとそれも当然と頷ける。



 左腕でも刀は問題なく振れるし、ラクルが懸念するほどの問題はないだろう。


 しかし、ラクルはそうは思わなかったようだった。



「そうだ、帰ったら義手をつけよう」

「それはありがたいですね」


「隠れ家に帰ったら色々できるし、ついでだから義手以外にも何かリクエストとかあるかい?」


 ふんふん♪ と鼻歌混じりにエルザの傷の処置と手早く終わらせていくラクルは治療に集中したまま視線を向けずに尋ねてくる。


 リクエスト――。


 本来なら義手をつけてもらえるだけでもありがたいのに、その上何か要望はないかと尋ねられる。



 回復魔法が上手いだけの相手なら治療の上でのプラスアルファを尋ねられたと考えるだろう。だが、相手はあのラクルだ。傷痕が残らないようにしてほしいといった類の要望が聞きたくて、そんなことを言い出したとは思えない。


 短い、とは言えないが長いとも言えない期間を一緒に過ごしたエルザはラクルが何を求めているのかを察し、その唇を彼の耳元へと寄せた。


「……それでは、…………のようなことはできますか?」


 微笑浮かべたエルザは自分の要望をラクルへ耳打ちする。


「お! いいね! 面白そうだからやってみようか!」


 エルザの提案を聞き、ぱあっと顔を綻ばせるラクル。


 ワクワクを隠せ無いといった感じである。


「……では、…………のようなものは作れますか?」


 そんな表情を見て、これなら多少の無理も逆に喜ばれるのではと考えたエルザは更に難題をラクルへと耳打ちする。


「それなら前に作ったことがあるからできると思うよ。前は大型の発注だったけど、今度は小型かぁ! やったことないから楽しみだなっ!」


 しかし、エルザから考えると難題であってもラクルにすれば面白い事が一つ増えたといった程度の反応が返ってくる。


 結局、エルザの要望は笑顔のラクルに全て受け入れられる形となった。


「ふふ、私も非常に楽しみです」


 ラクルの反応に全てがうまくいくと確信を得たエルザも相好を崩す。


「よしっ、応急処置完了っと。じゃあ行こうか!」


「はい、参りましょう」


 二人での会話が終了する頃、エルザの治療もあっという間に終了してしまう。


 ここに留まる意味が無くなった二人は一路ラクルの隠れ家を目指す事となった。


 そしてラクルが笑顔で一歩を踏み出そうとした瞬間、何かを思い出したかのような表情で立ち止まると、エルザの方へ振り向いて口を開く。



「ところで何か感じ変わった?」


「ええ、実は記憶を取り戻しまして」


 ラクルの言葉にエルザは素直に記憶を取り戻した事を答えた。


 特に隠す必要があるとも思えないし、この数分で異変に気づかれたのだからいずれはバレる事。それならこちらから打ち明けた方が印象が良いだろうと考えてのことだった。



「良かったじゃない! それなら帰りたい場所や会いたい人ができたんじゃない?」


 記憶を取り戻したという答えにラクルは自分のことのように喜んでくれる。


 その表情を見ていると本当に裏表が無いだけなんだなと思い知らされる。



「ええ、行きたい場所と会いたい人ができましたね」


 そんな笑顔のラクルにエルザは静かな顔で答えた。



「ふふ、じゃあリクエストの製作が済んだら行ってくるといいよ」


「そうさせていただきますよ。たっぷりとお礼をしなくてはなりませんので」


 顔を伏せて正面から見えなくなったエルザの口端は目尻に届くかというほど薄く鋭く曲がっていた。


「その人に喜んでもらえるといいね!」


「アッハ、大喜び間違いなしです」


 間違いなく喜んでもらえる。


 喜んでもらえるだけの物をラクルが作ってくれる。


 会えるその時が待ち遠しくて仕方が無いエルザは自然と顔を綻ばせていた。



 ◆



「なんとか足は手に入ったけど、これからどうやって追いかけるんだ? SHBはすげえ勢いで飛んで行っちまったぞ?」


 助手席に座ったレガシーは運転席に座るミックにこれからのことを尋ねた。


 サイルミ発射場の地下一階で運よく装甲車を手に入れた二人はケンタを追うべく移動を開始していた。


 といってもSHBは随分前に飛び立ち、それに乗っていたケンタの行方も知れない。



 SHBが飛び立ったのは標的であるミーニ国という大まかな方向は分かっても、それ以上の詳細は分からない状態なのだ。


 何よりケンタがどこまでSHBに乗っていたのかが分からない。



 彼の目的はSHBの停止だったが、着弾するその瞬間まで辛抱強く張り付いていたとは考えにくいのだ。


 どこかのタイミングで離脱し、安全な場所へ移動したと考えた方が自然である。


 だがそうなってくると、全く居場所が分からないし、手がかりも無い。



 いくら移動手段を手に入れたとしても、お手上げ状態には変わらないのだった。


「それなら簡単だ。お前に送った連絡用の魔道具を返してくれないか」


 ハンドルを握るミックからそんな言葉が返って来る。


 現状の問題を解決する回答は一旦置いておいての借りた品の返却要求。



 ミックが返して欲しいといったのは小鳥の形をした魔道具だった。


 足の部分に手紙をいれる筒があり、狙った相手と連絡を取り合うことの出来る優れものである。今回レガシーもこの魔道具の世話になり、サイルミ発射場へと駆けつけることができたのだ。


 レガシーは手紙を受け取った際、返信しようか迷ったのだが、ミックがどういう状況にいるか分からないため、そのまま預かっておいたのである。


 ずっと持っておこうしたわけではなく、どのみちサイルミ発射場へ向かうことは決めていたので会った時に返せばいいと考えていたのだ。


「おお、あれか。ほらよ」


 レガシーはミックに促され、鞄から魔道具を取り出して渡す。


 一旦車を止めたミックは魔道具を受け取ると設定をいじりはじめながら話し出した。


「こいつの行き先をケンタに設定して後を追いかける。まあ、ミーニ国までは行ってないから、そこそこの距離を走ればたどり着くだろうさ」


 ミックによると通信用の魔道具でケンタの行方を捜すとのこと。


 確かにそれならうまくいきそうではある。


「簡単に見つかるといいけどな」


 ミックの言葉を聞いたレガシーはケンタの捜索方法に納得しつつも、小鳥の魔道具が車が通れないような場所へ行ってしまうことを懸念して言葉を濁す。



 といっても他に良策が思い浮かぶわけでもない。


 こちらも車を使っている分、速度である程度はリカバリーが効くし、なんとかなると思いたい。


 こればかりは運を天に任せるしかないだろう。



「大丈夫だって。じゃあ行くぞ? しっかり掴まってろよ」



 レガシーの迷いを軽く流したミックは小鳥の魔道具を起動させて窓から放つ。


 放たれた機械仕掛けの小鳥は迷いなく空へと飛び立った。



 魔道具が無事起動したことを確認したミックは装甲車を発車させてその後を追う。


 二人は行方が分からなくなったケンタを捜すため、魔道具の小鳥の後を追ってひたすら車を走らせた。



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