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27 嘘の付けないコイン

 

 時間が差し迫る中、ここに来ての手詰まり。


(クソッ、炉を見つけるなんてそう簡単にできるはずがな……)


 頼りない記憶を探り、朦朧とする視線で炉がありそうな場所へ視線を巡らせる。




「あった!」


 俺の現在地から数歩という場所にそれはあった。


 期せず、炉を発見する。


 その理由は単純だった。ドンナの攻撃によって壁面が剥離したせいで内部があらわになり、炉が露出していたのだ。



「……はぁ、……はぁ」


 ふらつきが取れない俺は息も絶え絶えに、這うようにして炉へと近づく。


(意外と小さいな)


 SHBは巨大だったが、近づいて確認した炉と呼ばれる中枢は案外小さかった。


 バランスボールくらいの大きさだろうか。


 とにかくこいつを急いで切り離す。


 切除作業中に爆発しても空中での爆破だし、地上への被害は少ないはず。


 まあ、その場合は俺が犠牲になってしまうが、今更そんなちっぽけなことを考えていても仕方がない。



 ここまできて。


 こんな局面で自分のことを考えて、ためらっている場合ではない。



 この場でSHBを解除できるのは俺一人。


 俺一人だけなのだ。


「やってやるよ! 畜生がッ!」


 叫んだ俺はナイフを抜き、邪魔になりそうな配管を切っていく。


(面倒な構造だなッ……)


 炉の周囲は絶妙に管や配線が入り組んでお、り片手剣を差し入れることが出来ない。


 切れ味自慢のドスは刃がボロボロだし論外だ。



 俺は苛立ち任せに配線を引き抜き、配管を缶詰でも開けるかのように切り裂いていく。


 切るたびに何やら虹色に輝く怪しげな液体が飛び散るも構っている暇はない。



 ゴスッ、ゴスッ――。


 解体を進める中、妙な音を聞いた俺は音がした方を振り向く。


「あ?」


 と、そこには壁面に足を突き刺し、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくるドンナの姿があった。


「グオォオオオオオ……」


 本来眼球がおさまっている場所を朱色に発光させ、そこから溶岩のようなものを頬へと伝わせたドンナは地の底から響くような唸り声を上げ、一歩一歩確実にこちらへと向かってきていた。


(クソッ、気になるが何もできん!)


 フラフラだった。



 鉄杭だってまともに投げれない。


 ナイフを握る手も力が入らず、今にも取り落としそうだ。



 そんな状態で後方から迫るドンナにできることなど何もない。


 なら……。


 ならあいつがここにたどり着くまでになんとか炉だけでも取り外す。


「さっさと切れろ!」


 焦りのあまり叫びながら配管へ向けてナイフを振るう。


 ガキリと固いものが切れる音を立て、また一本配管を切断する。


「切れろッ! 切れろ切れろッ!」


 叩きつけるようにナイフを振るい、更に一本。


 残りは細い配線のみ。


 ナイフを口にくわえた俺は胸と片手で挟むようにして炉を引っ張る。


 片手がないせいで上手く力が入らず、もどかしさが募る。


 俺は足りない左手の分はスキルで補おうと【膂力】と【剛力】を発動させ、強引に炉を引き抜こうと力を込める。



「むがあああああああああああああああああああっっ!!!」


 ブチブチと配線が千切れ、抱え込んだ炉が少しずつSHBから切り離されていく。



(やってやったぞ! おらああッッッッッ!!!)



 そしてとうとう、炉の取り外しに成功する。


 ゴス――。


 しかし、それと同時に至近距離で壁面に何かが突き刺さる音が聞こえてくる。


 炉を抱えた状態で首を回して後ろを向けば、そこにはドンナが仁王立ちになってこちらを見据えていた。


 そしてゆっくりと。


 とてもゆっくりとした動作で拳がなくなり手首だけとなった片腕を振りかぶる。



 ――その時、俺は何もできなかった。


 炉を抱え、朦朧とした状態。


 相手の攻撃を見て咄嗟に【縮地】を使う余力なんて最早残っている筈もない。


 立っているのが精一杯の俺には拳がなくなったドンナの手首がこちらへ向かって来るのをただ黙って見ていることしかできなかった。


 腰、肩、腕と順々に回転の力がのせられたドンナの手首がこちらへと向かって来る。


 そして眼一杯伸ばされた腕。


 手首が俺の目の前に届き、風圧が顔を撫でる。


 しかし、そこまでだった。


 遠当てのような衝撃波も発生せず、顔に届く数センチ手前での手首の停止。


 腕を伸ばした姿勢のまま時間が停止したかのように固まるドンナ。



「……チッ」


 ――小さな舌打ちだった。



 あらゆる雑多な音が吹き乱れる中、そんな小さな音がなぜか耳に届いた。


 と、同時にドンナの突き出した手首からピシピシと音を立てて大量の細かいヒビが入りはじめる。


 手首から広がった細かいヒビは津波のようにしてあっというまにドンナの全身を覆いつくしてしまう。


 ヒビに覆われたドンナの身体からはまるで乾いた砂の城のようにポロポロと細かい破片が絶え間なく落ちていく。



 次の瞬間、ドンナは爆散した。



 砂のように細かくなった赤黒い破片が四方へと飛び散る。


「うおっ」


 俺は顔を背けて衝撃を背で受ける。


 衝撃は凄まじく、抱え込んでいた炉を取り落としてしまう。


 倒れこむようにして壁面へ手をつけてなんとか踏ん張り、衝撃をやり過ごす。



(助かったのか……?)



 実感が湧かない。


「ぐっ!?」


 が、ここでSHBが異常な震動をはじめる。


 発射前からドンナの手刀を受け、発射後は俺やブラックタイガー、そしてドンナにこれでもかってほど殴られたSHBはとうとうガタがきてしまったのだろう。


 今にも空中分解しそうな勢いでSHBが激しく震動する。


「や、やべえ……」


 俺は口にくわえていたナイフを鞘にしまいながら呟く。


 どう考えても、このままSHBに張り付いていて、いい事なんて何一つない。


 さっさと離脱しないとまずい、と考えた瞬間ここが地上からはるか離れた上空だという事を思い出す。


 つまりここから脱出するという事は、飛び降りるという選択肢以外は存在しない。


 SHBに飛び移った時からそのことについては頭の片隅にあった。


 俺個人の予定としてはSHBに素早く鍵を使って停止させ、もっと高度が低いところで飛び降りるつもりだったのだ。しかしいざ現地に到着してみると、立て込んでいてそれどころではなかった。


(このまま高度が低くなるまでしがみついているか?)


 という考えが浮かぶも、SHB全体から発生する地震ばりの凶悪な揺れがこの場に留まる危険性を明示してくれる。


 かといってこのまま無策で飛び降りれば身投げと同義。


(何かないか……)


 と、落下の衝撃をやわらげられそうな物がアイテムボックスに入っていないか記憶を探る。



 そして――


(パラシュートが残ってるじゃねえかっ!)


 ――思い出す。



 以前、刑務活動という名のモンスターの巣へ投げ込まれる処刑を味わった際にパラシュートが支給された。


 一度目と二度目は大破したが三度目に使った物は無事地上まで持ちこたえてくれた。


 その際アイテムボックスに一応回収しておいたのだ。


 だが問題がある。


 アイテムボックスにしまった際、後のことなど考えずに地上に落ちてしわくちゃのまま収納してしまっていた。


 つまり取り出した際にどういった形状で展開されるか予想できないのだ。


 ――ガガガッッ!!


「は?」


 俺の思考を途切れさせるように上方から妙な異音が聞こえてくるので見上げると、上から順に細かいパーツへと分解していくSHBの姿があった。とうとう形を維持する力を失い、バラバラになりはじめたのだ。


 SHBの分解ははじめこそ細かいパーツが剥離していくに留まっていたが、その規模は芋づる式かつ加速度的に増加。俺が見上げて固まる中、まるで山積みになっていた積み木が崩れるかのように、空中へ盛大に飛び散っていく。


 SHBの崩壊は勢いを増し、張り付いている俺の直ぐ側まで一気に迫ってくる。


「やべええええッッ!!!」


 もはや迷ってる暇もなく、俺はSHBから飛び降りた。


 そして腕を体側につけてピンと身体を伸ばした俺は急降下の勢いに任せて一気にSHBから距離を開ける。


 破片の影響が少なそうなところまで到着すると、ヘソを中心にして身体を大の字に広げて落下速度を調整、周囲の状況を確認する。


(よし、あとはパラシュートだ)


 何処の誰とも知れない灰色の神に祈った俺はアイテムボックスからパラシュートを取り出す。


 そして慌てながら取り出したパラシュートから伸びるロープに腕を巻きつけた。


 ロープが腕に巻きつく頃、パラシュートはもつれもなく、うまく展開に成功する。


 途端、ガクッと全身を引き上げるような衝撃が走る。


「落ちてたまるかああああああああああああああああッッッ!!」


 絶叫しながら必死にパラシュートのロープを握る。


 今回、パラシュートは背負っていない。


 ただ、握っているだけだ。


 手を放せば再度落下の運命が待っている。


 もはや握力なんてどこにも残っていないが気合で握る。


 腕が千切れもかまわないという気持ちで握る。


 火事場の馬鹿力があるならここで発揮されないとどこで出番があるのかという状況だ。


「ぐぬおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 腕一本で全身をささえているこの状況。正直つらい。


 そう長くは持たないだろう。



 なんとかならないかと周囲を見渡す。


 眼下はグランドキャニオンを思わせる峡谷地帯が何処までも続いていた。


 そんな中、丁度近場にエアーズロックを三枚重ねにしたような巨大な岩山を発見する。


 パラシュートは風の流れから上手い具合にそちらへと流されていく。


 これなら高所に着地する分、地上に降り立つまでの時間を短縮できそうだ。


 が、ここで強風が吹く。


 風にあおられたパラシュートは一気に加速し、峡谷が描き出した断崖の方へと向かい出す。


 そんなところに行っちゃあ、着地する場所がないんですけど。



 …………



「そっちじゃねええッッ!!!」


 パラシュートは風にあおられ、巨大な断崖のある峡谷の方へと向かい出した。



 焦った俺は腕に巻きつけたロープをほどきにかかる。


 腕をよじり、身をよじり、ゴネゴネしてなんとかロープをほどくと、握った手を放した。



「おっらああああああああああああッッ!」



 そしてすんでのところで巨大な岩山への飛び降りに成功。


 前転しながら断崖すれすれでの着地。


 起き上がると何処までも続く断崖絶壁へと吸い込まれていくパラシュートと眼が合った。


「ここまでありがとよ。……っと」


 なんとか着地成功した俺が立ち上がりながらパラシュートに別れを告げていると、懐に仕舞っていたコインが服の裂け目から落下した。


 どうやら戦闘で服が破け、その透き間から転がり落ちたようだった。



 別に、コインの一枚くらい落ちてもどうってこともないし、落ちたら落ちたで拾えばいいだけの話だ。


 だが生来の貧乏性故か、反射神経すごいんだぜアピールがしたかったのか、つい手を出してキャッチしようとしてしまう。


「あ」


 しかし、手はなかった。


 俺の片手は切り落とされ、無くなっていたのだ。


 本来は俺の手があった位置をコインがすり抜け、地面へと落下する。


 普通なら落下したコインはそのまま地面へと接触し、表面か裏面を見せてくれるはずだったろう。だがコインはほんの僅かな面積しかない側面を地に着け、ピタリと停止する。



「おう、なんかすごいレアな場面を見た気がする」


 コインの直立。



 なんとも珍しい光景である。


 茶柱的なご利益でもないだろうか、などと考えていると膝が笑ってふらついてしまう。


「うおう……」


 疲労のせいだろうな、と今日の出来事を思い出して苦笑いを浮かべるも、そうではなかった。



 地面が揺れていたのだ。


 ――疲労ではなく地震だったのだ。


「え?」


 はじめは軽かった揺れは段々と激しさを増し、踏ん張っていないと立っていられないほどになる。


 そして地面と一緒にぐらぐらと揺れる俺を張っ倒そうとするかのように突風が吹きつけた。



「なんだなんだなんだ!?」


 腕で顔を覆いつつ、風が吹いてきた方向を見る。



 ここはエアーズロックを思わせる巨大な岩山の上であり、かなり遠方まで周囲が見渡せた。


 そのせいで強風が吹いた理由も。


 地震が起きた理由も分かってしまう。



「……………………うそだろ?」


 見ていた方角ははっきり分からないが、多分シュッラーノ国だろう。



 そう思ったのは以前さまよった時に見たのと同じ光景。


 見渡す限り、視界全域にただっ広い荒野が続いていたからだ。



 そんな荒野のずっと奥の奥。最奥にそれは見えた。


 複数のキノコ雲。


 ここから確認できたのは三つ。


 三つの巨大なキノコ雲が地面から立ち昇っていたのだ。



 今日ここまでの経過から考え出される結論は一つ。


 シュッラーノ国にSHBが着弾した、ということだろう。



(陽動だったのか?)


 サイルミ発射場は囮で、本当の発射場が別にあった。


 そういうことなのだろう。


 そして標的となったのはミーニ国ではなく、シュッラーノ国だったようだ。


 なので一応ミーニ国への被害はなかったといえる。


 しかしこれを成功と呼んでいいものだろうか。


「くそ、頭が回らねえ……」


 ここにきて疲労が限界に達する。


 血を失いすぎたのか、疲労が蓄積したのか分からないが、意識がはっきりしない。


 立っていられなくなった俺は自然と膝を突き、地面へと倒れた。






 力尽きて地に伏した俺の目の前では、振動で倒れたコインが裏面を見せていた。





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