26 SHBを停止せよ 四
…………
「へっ、やってやったぞ……、ざまあみろ」
なんとかブラックタイガーを退ける事に成功する。しかしこちらも満身創痍。
ぶっちゃけ、フラフラだ。
俺はアイテムボックスからロープを取り出し、千切れた腕部を縛って止血する。
残った手と口で縛ったせいで手こずり、ブサイクな結びになってしまったが仕方がない。
途端、手首に痛みが戻ってくる。
「痛ぇ……、スキルが切れたのか」
どうやら戦闘を終えた瞬間に、発動していた【無痛】の効果時間も終了を迎えたようだった。
できれば全ての作業が終わるまで効果が持続して欲しかったが、そうはいかなかったようだ。だがこれに関しては幸運だったかもしれない。
もしスキルが戦闘中に切れていれば痛みに怯んで隙を作っていたかもしれないと考えると、よくここまで持ってくれたものである。でも痛い。
「さあ、もう一仕事と行きますか」
ブラックタイガーを倒してやり遂げた気分になっていたが本番はこれからだ。
といっても安全装置は粉々になって俺の左手と一緒に落下してしまった。
つまり正攻法ともいえる安全装置起動による停止は不可能。
残された方法は外壁をこじ開けて、中から無理やり炉を取り出すしかない。
SHBが後どの位の時間飛行するのか知らないが、さっさと取り掛からないとまずそうだ。
「確か、中央にあるんだったな」
ブラックタイガーとの激戦を物語るように今の俺の位置は噴射口の直ぐ側、気が付けばかなりの距離を移動していた。
解体作業をはじめるにはとっとと中央までよじ登り、戦闘前にいた場所へ戻る必要がある。
冴えない頭で炉の位置を思い出し、壁面をよじ登ろうとした瞬間――
「え」
――片足が動かなかった。
まるで壁面に吸い付いたかのようにぴくりともしない。
と同時に、足の方から強い力で締め付けられたかのような強烈な痛みが走る。
(部品が引っかかったのか!?)
結構暴れまわったし、何かに引っかかったのかもしれないと、視線を足元に落とすと全く違う結果が待っていた。
俺の足首を赤黒い甲冑を纏ったかのような手が握り締めていたのだ。
その赤黒い手がどこから伸びてきたかといえば噴射口の中。
今も尚、凄まじい勢いで炎が噴き出す噴射口の中から腕が伸びてきて俺の足首を掴んでいたのだ。
甲冑を纏ったかのような腕は無数のヒビが入っており、その透き間からは溶岩のような朱色の何かが燃え盛るように輝いていた。
「うそだろ!?」
俺が驚愕に目を見開く中、噴射口からズルッ、ズルッ、と赤黒い鎧武者が這いずり出てくる。
ドンナだ。
「クソッ、放せ!」
俺はドスで【居合い術】を放つ。
【居合い術】は見事に命中するも、ギンと硬質なものに衝突したかのような音が鳴って跳ね返されてしまう。しかし跳ね返されはしても多少の効果はあったようで、鎧甲冑のような外骨格が破片を撒き散らして軽く砕けた。
(いける!)
一撃では破壊できなかったが、これなら何度か攻撃すれば拘束から脱すことができそうだとふんだ俺は習得したばかりの連続居合いを放つ。二、三、四と続けるうちにガラス瓶が割れるような音と共にドンナの腕が大きく砕け、足首を握る力が弱まった。
「おらっ!!」
その瞬間を見逃さずに足を引っこ抜く。
(くそっ、どうする!?)
本心としてはさっさと炉を取り出しに行きたい。
だが、それは眼前のひび割れた甲冑の手が許してくれそうになかった。
迷う俺を尻目に噴射口の中からはもう一方の手が顔を出し、両手でグッと力強く淵を握る。
すると噴射される炎の勢いに負けまいとしながらもゆっくり、かつ力強くドンナがその姿を現した。
「グォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
ドンナは唸り声を上げながら壁面へ拳を突きたてると無理やり身体を引き寄せて噴射口からの脱出に成功する。
(ブラックタイガーはスキルがあったから大丈夫だったけど、お前は落ちるだろ……)
ドンナはブラックタイガーのように【張り付く】のスキルを持っていない。
いくら噴射口から脱出できたとしても、壁面を移動する手段を一切持っていないのだ。
これだけ強烈な風が吹き荒れる中ではその場で留まる事すら難しいはず。
つまり、耐え切れずに落ちる、俺は自然とそう確信してしまったのだった。
疲弊しきって逃げの思考になってしまったからか、明らかに楽観的な結論を導き出してしまう。
だが、それは間違いだ。
なぜならドンナはSHBが発射されてから今に至るまで、吐き出され続ける炎にずっと耐えながら噴射口の中に留まっていたのだから……。
移動する手段はないかもしれないが、振り落とされる事は、まず、ない。
「ガッ!」
ドンナは順に両足を壁面へと突き刺し、無理やり仁王立ちとなる。
そして片腕を振り上げ、無造作に拳を繰り出した。
「……うっ」
ドンナの拳を意図してかわしたわけではなかった。
単にふらついただけ。
足首が痛かったのか、失血からか、疲労からか、原因ならいくらでも思いつく。
ただ単によろめいただけだった。
しかしそれが功を奏しドンナの拳をかわすことに成功する。
まるで暴風が吹き抜けたかのような轟音が耳元で鳴り、背後で車が衝突したかのような破砕音が鳴る。
「ぇ」
振り向けば、SHBの壁面に大穴が開き、内部が丸見えになっていた。
呆ける俺の額に細かく粉砕されたSHBの破片がペシリと当たる。
(とにかく間合いを開けないと……ッ!!)
現在のドンナとの位置関係は非常にまずい。
対象との距離が近すぎるのだ。この間合いはドンナの得意とする領域。
というかあいつは今、壁面に足を突き刺して無理やり立っているが移動はどう見ても不可能。それならばこちらは移動できる優位性を最大限に利用するべき。
そう判断した俺は少しでも間合いを離そうと一歩踏み出そうとする。
「く、足が……」
しかし、足を動かそうとするも、数秒前ドンナに握られた足首が悲鳴を上げる。
骨は大丈夫そうだったが、万力でひねり上げられたかのような状態が一定時間続いたため、うまく動かない。
結局、走るどころかうまく歩く事すらままならない。
それでもドンナから離れたかった俺は必死で歩く。
「ガ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
そんなふらつきながらも進む俺の背後からドンナが咆哮を上げながら迫る。
しかしドンナは俺やブラックタイガーのように【張り付く】や【縮地】が使えない。
どうやって追ってくるかといえば……。
「ブッコロスウゥウウウウウウウウウウウウウ!!!!」
壁面に拳や足を突き刺して上ってきていた。
まるでSHBに八つ当たりするかのように拳や足を振るい、突き刺す。
SHBはその度に大砲での一撃を受けたかのように揺れ、それ相応の穴が出来上がる。
「こっちに来るんじゃねえよ……」
足を負傷した俺の移動速度は遅かったが、ドンナも強引な手段でよじ登ってくるので速度は遅い。
これならそう簡単に追いつかれることは無さそうだと思った瞬間、壁面から拳を引き抜いたドンナがこちらへ突きを放とうと構えていた。
どっしりと腰を落とし、腕にじっくりと力を溜めているのが分かる。
今の距離で拳を繰り出しても俺には届かない。
が、今の奴が放つ打撃にはおまけで衝撃波がつく。
その事は数秒前の拳、SHB発射前の戦闘を思い出すに間違いない。
「くっ」
衝撃波を恐れた俺はドンナが突き出した拳の延長線上から大慌てで逃げる。
すると、やはりというかなんというか、拳が届くはずもない遠方の壁面が衝撃によってメキリと大きく陥没する。何も知らなければコンクリの塊でも衝突したと説明された方が納得できる凹みようだった。
「勘弁しろよ……、ッ!?」
回避できたことにホッと一息つくも次撃を恐れた俺は慌ててドンナの方を見やる。
「…………」
するとそこには無言のまま拳を突き出して固まるドンナの姿があった。
そして……、一拍の間を置いて突き出した拳がポキリと折れてしまう。
まるで氷の彫像の腕がポッキリ折れるようにしてドンナの拳が手首から割れ落ちたのだ。
断面からは朱色に輝く何かが覗き、出血はない。
そんな手首の断面からは蒸気のようなものが立ち昇り、もはやあの中を血が通っているとは想像できない状態だった。
拳が折れた腕はピシピシと音を立て、大量に細かいヒビが入っていく。
元からヒビがあった状態で更にヒビが増え、腕全体が今にも崩れそうな勢いだ。
(弱っているのか……?)
予兆はあった。
はじめてドンナが鎧武者に変身したときはダーランガッタの攻撃をあっさり弾いていたが、その後俺が攻撃した時は表面をある程度傷付ける事ができた。
ついさっき足を掴まれた際に放った【居合い術】が決まった時は更に大きくダメージが通っていることが分かった。
そして今の崩壊。
噴射口の中でダメージを受け続けたという可能性も考えられるが、時間経過と共に弱っているような印象も与えてくる。
「グォォォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
途端、こちらの思考を打ち破るようにドンナが咆哮を上げる。
ドンナはそんな拳のなくなった腕を壁面に突き刺すと、もう片方の腕を抜いて大きく振りかぶった。さっきより更に腰を落とし、全身でじっくりと力を溜めているであろうことが伝わって来る。
(なんか……嫌な予感が……)
全身に悪寒が走り、額に脂汗が滲む。
「ダッッラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
「だと思ったよッ!!!」
嫌な予感は見事的中する。
ドンナは振りかぶった腕で渾身の一発を撃つのではなく、拳で連続攻撃を繰り出してきたのだ。
ドガガガッ! と俺の周囲の壁面が無秩序に陥没し、逃げ場がなくなっていく。
というか俺は今走れない。あんな連撃をその場で身体をよじってかわすのは無理だ。
などと考えている間に衝撃波がこちらへと迫り、容赦なく襲い掛かってくる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
俺は止む無く【縮地】を連続発動して迫り来る遠当てをかわす。
しかし、【縮地】を発動して移動している間も背後から迫る衝撃音が鳴り止む事はなかった。
十分距離を稼いだと思ったら背後の壁面が軒並み陥没し、衝撃に耐え切れず剥離していく。
俺を追ってくる衝撃波の影響で壁面が落下し、内部の構造がどんどんあらわになっていく。
が、悠長にSHBの内部構造を見学している暇などない。
俺は必死で【縮地】を発動し続け、ドンナが連続射出する衝撃波をかわしつづけた。
しかしこの回避方法には問題がある。【縮地】は連続使用すると一気に体力を消耗してしまい、最悪凶悪な船酔いのような状態になってしまう。
そう考えた瞬間、身体に異常が発生する。
「グッ……」
視界が霞み、平衡感覚がなくなる。
やはりというか予想通りに【縮地】の連続使用による負荷が俺に襲い掛かる。
そして、急激に襲ってきた不快感に抗えず、【縮地】を発動しそこねて立ち止まってしまう。
しかし、ドンナの連続攻撃は止まることなくこちらへと迫ってくる。
このままじっとしていれば衝撃波に巻き込まれ挽き肉にされてしまうだろう。
だが足は負傷、【縮地】は使用不可能。
もはや逃げる手立ては残されていない。
なら。
ならば、受けて立つしかない。
――やるしかないのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
俺はドスに触れ、【居合い術】を発動。
ドンナの拳から繰り出された連続衝撃波にあわせるようにしてドスを振るう。
一回。
二回。
「うおおおおっっ!!!」
弾く。
三回。
四回。
五回。
「アアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
弾ききる。
六回。
七回。
八回。
九回。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
弾けなければ死ぬのはこちら。
なんとしても、絶対に、確実に、弾く。
ここまで来て。
こんな中途半端なところで。
目の前に俺にしかできないことがある時に。
止まるわけにはいかない。
「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
十回。
十一回。
十二回。
十三回。
そして弾ききる。
とうとうドンナの連撃が止んだ。
決死の覚悟で【居合い術】を連続で発動し、ドンナの攻撃を凌ぎることに成功したのだ。
「ハァハァ……」
未だに自分のやった事が信じられないが、なんとか耐えきった。
ドスを見れば刃がボロボロに欠けていた。
――チン。
そんな刃を見送りながらドスを鞘へとしまう。
ドンナの方を見れば腕を突き出した姿勢で固まったまま微動だにしなかった。
途端、突き出していたドンナの腕が粉々に破裂する。
ドンナは腕が破裂した衝撃で身体があおられ落下しそうになるも、なんとか踏ん張る。
しかし、これでドンナの攻撃手段は失われたも同然だ。
キックは姿勢の問題から、こちらへ向けて放つことができない。それ以前に足を壁面から引き離してそんなことをすれば落下する。両手を失ったドンナに最早打つ手はないだろう。
できればこのチャンスに接近してとどめといきたいところだが、俺もボロボロだ。
しかも【縮地】の連続使用の影響で身体の感覚がおかしい。フラフラなのだ。
なんとか気合いで【居合い術】は発動できたが、ほとんど狙いが定まっていなかった。
相手の衝撃波がこちらに来ると分かっていたからなんとかなったが、的確な攻撃が出来ていたとは言い難い。
こんな状態ではとてもドンナの側まで近づくことなんて出来ない。
それに――。
(こいつが発射されてどのくらい時間が経ったんだ?)
今のドンナとのやりとりやブラックタイガーとの戦闘時間などを考えると、あまり悠長にしている暇はない気がする。
ドンナが行動不能状態なら放っておいて一刻も早くSHBの破壊を優先すべきだろう。
SHBの機能を停止させる残された方法は炉の摘出のみ。
だが取り出すといっても、一応設計図を見て炉の場所は中央と把握しているが、実物と照らし合わせるとおおよその場所しかわからない。
時間が差し迫る中、ここに来ての手詰まり。
(クソッ、炉を見つけるなんてそう簡単にできるはずがな……)
頼りない記憶を探り、朦朧とする視線で炉がありそうな場所へ視線を巡らせる。




