23 SHBを停止せよ 一
(きつい……、けどこのままじっとしていても意味がねえ……。上に上がらないと……)
現状、SHBの下端に張り付いているが、ここからでは何も出来ない。
ミックから貰った鍵を使って安全装置を作動させるなら、中央まで登らないとどうにもならないのだ。
(上昇中のミサイルよじ登るとか、わけ分からんことやってるよな俺)
現状に慣れ、少し落ち着いてきた俺はSHBの中央を目指すことにする。
はじめは【張り付く】の発動と解除を繰り返してじわじわ登ろうと考えていたが、それでは時間がかかる。何より落ちそうで怖い。何か方法はないだろうかと考える。
(この状態で【縮地】を発動したらうまい具合にすぃーっと行かないかな……)
と、駄目もとでやってみることにする。
うまくいけば張り付いたまま移動ができることになる。
もし失敗しても飛距離を最小に調節しておけば張り付いた手足がちょっと引っ張られるだけだ。なんというか今までの経験から照らし合わせた上で感じた直感なのだが、この二つのスキルの相性的に共存できそうなイメージが湧いたのだ。
「せ、せーの……」
誰もいないのに合図を出してから恐る恐る【縮地】を発動してみる。
するとイメージ通りに張り付いた姿勢のままスィーっと一定距離進むことに成功する。
ただ、普段使っている時より飛距離が短くなった気配があった。
速度もちょっと緩やかな感じだ。
多分【張り付く】のスキルで常時接地面に吸い寄せられてしまうために飛距離と速度が出ないのだろう。
「で、できたぞ……、こんちくしょう……」
スキルの性能は落ちたが移動自体は上手くいったことに喜び、思わず呟いてしまう。
うまくいくと分かった後は疲れないように注意しながら【縮地】を使ってひたすら上を目指す。
【縮地】は過度に連続使用すると悪酔いしたみたいに気分が悪くなるので、ところどころで休憩を挟みつつ進行する事となったが、【張り付く】の発動と解除を繰り返すより断然速い。
ぶっつけ本番で成功したスキルの併用を駆使し、なんとか目的の安全装置があるSHB中央までたどり着くことに成功する。
SHB中央に到着した後は附近を捜索し、目的のものを見つけ出そうと視線を巡らせる。
「こ、これか」
そしてしばらく辺りを移動し、やっとのことで目的の物を発見する。
それは飛行機の搭乗口を彷彿とさせるデザインの上蓋だった。
多分これが安全装置。
何も聞かされていなければ、中に入れる出入り口なのかと錯覚するような大きさの扉だ。
(確かこの上蓋を開けて、鍵を挿し、中にあるレバーを引いてから差した鍵を回した状態で五秒固定するんだったな)
俺は移動中にミックから聞いた手順を思い出しながら上蓋を開けようと表面に取り付けられたバルブのようなものを回し、思い切り引っ張る。
しかし、上蓋が重いのかバルブの回し方が足りなかったのか、うまく開いてくれない。悪戦苦闘しながら三度目に力いっぱい引いたところで上蓋が開き、中の装置が露となる。
(複雑そうでなくて助かったわ)
事前に聞いていたとおり、中には鍵を挿す場所と簡素なデザインの巨大なレバーが一つだけあった。こんな危機的状況で操作するには見た目にも分かり易いシンプルな構造が本当に助かる。
「よし、こんな危険な物はさっさと停止だ」
と、まず鍵を挿し込む。
するとガチャリとロックが外れるような音が鳴る。
これで多分レバーが動くようになったのだろう。
後はレバーを引いてから鍵を回すだけだ。
意を決した俺はレバーへと手を伸ばそうとする。
(レバーがやたらデカいな……)
大きさから見て両手で引くタイプなのだろうと判断し、一旦鍵から手を放す。
そしてレバーを両手で握ると思い切り引いた。
するとレバーは大した抵抗もなく、すんなり下がってくれる。
(よし……次だ)
後は鍵を回せば安全装置が作動するはず、と事が順調に進んでいることに胸を撫で下ろす。
「あれ?」
が、鍵を回そうと手を放した途端、引いたレバーが直ぐ戻ってしまう。
つまりレバーを引いた状態で固定したまま鍵を回さないといけないという事だ。
(微妙に面倒な……)
だが、面倒なだけだ。
レバーを引くときは両手で引かなければならないほどの力がいるが、固定しておく分には片手で足りるし何の問題もない。
俺は改めて両手でレバーを引いて固定すると、レバーから左手を放して鍵の方へと手を伸ばす。
「これで鍵を回せば……」
俺は手順を声に出して確認し自分を落ち着かせようとしながら、挿した鍵の方へと目一杯左手を伸ばす。
しかし、鍵に手が届き摘んで回そうとした次の瞬間、何の前触れもなく左手が手首辺りから切れて地上へと落下していった。
「ッ!?」
普段ならそこで呆気にとられて慌てふためくところだったが、今回は違った。
――言葉に出来ない嫌な予感。
その場に留まると危険な感じがしたのだ。
俺は直感に従い、咄嗟に張り付いたまま【縮地】で後方へと下がる。
同じ姿勢で後方へとスライドしていく中、今まで俺がいた場所がバスバスと小気味いい音を立てて切り刻まれていくのが視界に入った。
(安全装置が……)
後退する俺の眼前で緊急停止用安全装置が完全に破壊されてしまう。
だが、もしあの場に留まっていたら、今頃俺も安全装置と同じようにバラバラになっていただろう。そんなバラバラに散っていく残骸の向こう側に大太刀を持った男が立っているのが見えた。
「ブラックタイガー……」
奴だ。
黒髪で全身黒ずくめ、トレンチコートのような物を羽織り、顔には金属のフェイスガード。
記憶に残る数分前まで相対していた特徴的外見。
間違いない。
ブラックタイガーはまるで地面に佇立するかのようにしてSHBの壁面に直立していた。
……多分、俺と同じスキルを使っているのだろう。
「ふん、勘のいい奴め。だが、その傷ではもはや何も出来ずに死ぬのは明白。諦めて俺の刃を受け入れろ」
フェイスガードのせいでくぐもったブラックタイガーの声が俺に届く。
奴は大太刀を背の鞘へと納めながら、こちらをねめつけてくる。
「それを聞いて、“うん、そうするよ”なんて言うような奴がこんなところにいるわけないだろうが。SHBは絶対に止める」
安全装置はブラックタイガーに破壊されてしまったが、まだ手段は残っている。
それは炉の摘出。SHB中央内部にある炉を引っ張り出せばこいつは爆発しない。
つまり、障害が増えたが爆破阻止まだ不可能ではない。
まだ諦める時ではないのだ。
「それを許容できる人間がここまでお前を追ってくるわけがないだろう。確実に阻止し、お前を血祭りに上げる」
ブラックタイガーは背の大太刀の柄を握り、構えを取る。
「わざわざそんなことしなくてももう血祭りだよ! 邪魔だから帰れ!」
俺は左手がなくなった手首を見せながら右手でドスを握る。
突き出した左手首からは直視したくないほど血がドンドコあふれ出していた。
後、なんか熱いし痛いしでやってられない。
一刻も早く止血したいが、そんな隙だらけの行動を目の前の男が許してくれるとも思えない。
つまり、このままいくしかないってことだ。
(いや……待て、新しいスキルがあった。あれを使えば)
と、ここで新たに収得したスキルのことを思い出す。
それは【無痛】。
一定時間痛みを感じなくなるスキルだったはず。
我慢できない痛みにイライラしてきていた俺はすぐさま【無痛】を発動させる。
すると手首の痛みを感じなくなった。
しかし、寒気や意識の朦朧とした感覚など、他の不快感はそのまま感じる。
なんとも不思議で不気味な感覚だった。
スキルを使用せずにこんな感覚を味わうときというのはきっと死ぬ一歩手前なのではないだろうかと思えるほどには不気味な気分だ。
近いところで言うなら麻酔を受けて歯を削られているときが近いかもしれない。
まあ、スキルを使用して痛くないからといって、不快感がなくなるというわけではなかったというオチだった。
それでも痛みを感じなくなったのはいいことだ。その分集中できる。
だが、依然出血しているし気持ち悪いし、SHBは問題なく飛び続けている。
結局、早急に決着をつけなければならないという状況に変化は無かった。
できればさっき俺が言い返した言葉を聞いて、あいつがこのまま帰ってくれないものだろうか。だが、そんな淡い期待は次に発するブラックタイガーの一言で霧散するのは間違いない。
「それは出来ない相談だな」
こちらの撤退要求を予想通りに退けたブラックタイガーのくぐもった声が俺の耳に届いた瞬間、ざわりと嫌な悪寒が全身を突き抜ける。途端、奴が動く。
「なら俺がお前を血祭りに上げてSHBも止めるまでだ!」
ブラックタイガーにあわせ、俺も【縮地】で前へ出る。
戦闘開始だ。
◆
レガシーとミック、二人が見上げた視線の先ではSHBの噴射口から発せられる炎が光点となって遠ざかって行く姿があった。
「おい、これからどうするんだ?」
打ち上げられたSHB、それに同乗したケンタを見送りながらレガシーが呟く。
「ん〜、もうここに用はないなぁ……」
レガシーの言葉にミックがどこか上の空で言葉を返す。
そんなミックの手中には何かがあり、それを青空に掲げて透かして見ているのだとレガシーは気付く。
「なにぼんやりしたこと言ってるんだ。ってどうしたんだそれ?」
ミックが手に持って掲げたものに気付いたレガシーが尋ねる。
それは青い半透明のピルケースだった。中いは白い錠剤が一つだけ入っているのが分かる。
「あ〜、もちろん拾ったんだ。まあ、そんなことより、ここからさっさと出てケンタと合流したいところだが、ブラックタイガーがそれを許してくれないだろうな」
と、ピルケースを懐にしまいながらミックが呟く。
破壊対象であるSHBはこの場から離れ、天高く飛び立ってしまった。つまりこの場に留まる意味もなくなってしまったのだ。後は成功の可否に関わらず、戻ったケンタと合流したいだけ。
そのためにはこの施設から出る必要がある。
だが、そんなこちらの望みどおりの展開をあのブラックタイガーが許してくれるはずがないと言う。
実際この場は敵地のど真ん中であり最下層。そう易々と脱出がかなう場所ではない。
「ブラックタイガーって誰だ?」
知らない男の名前が出たため、レガシーがミックに尋ねる。
「あれ、そういやぶっ飛ばされてから帰って来ないな……」
と、ここでミックがある事に気づく。
これだけ棒立ちで会話していたら間違いなく入るはずの邪魔が入ってこないのだ。
散々邪魔をしてきたあのブラックタイガーなら、こんな隙を見逃すはずがないのである。
疑問に感じ、周囲を見渡すも人影はない。
現在地が発射場という広大な場所のせいで遠方まで見渡せるが、件の人物はどこにも見当たらなかった。それどころか、施設内での混乱が増しているせいか、他の人間も視界に入ってこない。
「……いないな。まあ、好都合だ。今の内にここから出てSHBの後を追うぞ」
「分かった。何か足を手に入れたいな」
ミックの提案にレガシーが頷く。
SHBを追うのであれば徒歩では不可能、とまではいかないが時間がかかり過ぎる。やはり、何かしら移動手段を入手したいところ。
「上に行きゃ何かあるだろ」
ミックがその言葉と同時に走り出す。
「ああ、簡単に出れることを願うぜ」
首肯したレガシーもミックの後に続く。
二人は施設を脱出し、SHBを追跡しようと上層を目指しての移動を開始した。
◆
「おっらああああああああああぁぁぁぁッッッ!!」
俺は眼前に迫ったブラックタイガーへ向けてドスで【居合い術】を放った。




