21 燃え上がる権化 三
すると、そこには――。
「レガシー!?」
「よお、元気そうだな」
奴がいた。
銀髪に褐色の肌。
顔には特徴的な角の入れ墨があり、白目部分は黒く、黒目部分は赤い。
こだわりがあるのか相変わらずのジャケット姿。
久しぶりに見たが以前と変わらぬ姿のあいつがそこにいた。
「逃げろ! こいつはヤバイ!!」
「分かってるって。だから来たんだろっと、フレイムアローッ!」
と、レガシーは軽口を叩きながら炎の矢を放ち、動こうとしたドンナを再度けん制する。
「いや、こいつもヤベえんだけど、ここもヤバイんだって! 危ないから逃げろって!」
助けに来てくれたのも嬉しいし、再会も嬉しい。
が、相手と場所が悪すぎる。
この場に留まればレガシーにも危険が及ぶ。焦った俺はとにかく逃げろと声を張る。
「それも知ってる。お前が逆の立場なら逃げんのか? って、フレイムアロオオオッ!!!」
が、レガシーは俺に冷静な言葉を返しつつ、ドンナを足止めしようと炎の矢を放つ。レガシーが放った魔法に反応したドンナは面倒そうに軽く手を払って弾いてしまう。
そして俺とレガシーのどちらを狙うかで逡巡を見せた。
「そりゃ逃げないわな……」
レガシーの言葉につい即答してしまう。
仲間の危機に自分だけ逃げる、俺ならしない。できない。
そりゃ逃げろといっても逃げないわけである。
「だろ? なら、さっさと二人で倒すぞ!」
「ああ、ならこいつが必要だな」
俺はアイテムボックスから以前預かった蛇腹剣を取り出し、レガシーへと放り投げる。
レガシーはこちらへと駆け寄りながら蛇腹剣を受け止める。
「分かってるじゃねえか。行くぞッ!」
剣を受け取り、俺の隣で構えを取るレガシー。
「おう!」
それに応えるように片手剣を構えなおす俺。
「ブッッコォオオオロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッ!!!!」
大地を揺るがす咆哮が合図となって俺とレガシーを見据えたドンナが飛び出す。
戦闘開始だ。
「さあて、あの化け物をぶっとばしてやるか」
「凄くかっこいい雰囲気であったまってるところで悪いんだけどさ」
蛇腹剣を構え、やる気満々のご様子であるレガシー。
しかし隣に立つ俺はどうしたものかと視線をさまよわせる。
「ん、なんだよ」
「あいつ、剣を弾くんだわ。全身鎧を着てるような感じなんだよね、これが」
やる気に満ち溢れるレガシーに水を差すようで悪いが、ちゃんと情報共有はしておくべきなので眼前の鎧武者に関する情報を提供する。
「なら魔法だな」
「さっきデコピンくらいの効果しかなかっただろ!?」
ピンチの俺を救ってくれたフレイムアローであったが、その効果に関しては疑問が残る結果となっていた。
「それなら俺が変身して……」
「ここ最下層だからな!? こんなところで変身が解けて痺れて動けなくなったらお前は確実に死ぬ!」
レガシーは変身することができ、変身後はご他聞にもれずパワーアップする。
しかしパワーアップには時間制限があり、変身が解けるとしばらく身体が麻痺して動けなくなるのだ。
こんな敵地のど真ん中かつ最下層でそんな状態におちいろうものなら死亡確定。
いくら短時間強くなれるといっても、ここでそんな事をするのは自殺行為と同義なのである。
「どうすりゃいいんだよ……」
奇しくも全ての可能性の芽を俺が摘んだ形となり、ちょっと絶句気味に呟くレガシー。
「俺もそれが知りたい」
当然、俺もどうすればいいかなんて知らない。
――発射60秒前となりました。退避完了の確認を終え、衝撃に備える準備を行ってください。
しかし、時は無情にも経過していき、SHBの発射までの時間が刻一刻と磨り減っていく。
「うるせええええっ! 分かってるよ!」
どうしようもない状況に置かれた俺はとうとう切れて、無機質な声の放送にまで当たる始末。
「おい、落ち着けよ……」
隣に立つレガシーが放送に切れる俺を見て哀れんだ表情でなだめてくる。
「す、すまん。なんか取り乱しちまって……。そういやあの時も悪かったな」
レガシーの言葉に冷静さを取り戻した俺はすぐさま謝る。そして謝ったことがきっかけとなり、レガシーと別行動をとっていた理由を思い出して再度謝る。
「いや、それに関しては俺の方が悪いっていうかなんていうか……」
そんな謝罪する俺にレガシーもばつの悪そうな顔で謝り返してくる。
どちらからというわけでもなく、お互いがお互いに謝っていることに気付いた俺たちは苦笑いで顔を見合わせた。
と、ここで何の前触れも無く大量の衝撃波が俺たちの周囲に着弾し、小規模なクレーターを大量生産しはじめる。
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!?」」
ちょっと心温まる和解ムードを打ち消すかのように大量発生したクレーターに気付いた俺たちは衝撃波に巻き込まれないよう、絶叫しながらも慌てて駆け出す。
「こんなところでしんみりやってる場合じゃなかった……」
「だな、とにかくあいつをなんとかしないとおちおち話もできないぜ」
俺とレガシーはシンクロしたように同じモーションで走りながら衝撃波をかわす。
そして衝撃波を連発してくる張本人である暴れる鎧武者へと狙いを定める。
「けん制してくれ、俺が接近してみる」
俺はレガシーに掩護を頼み、ドンナ目がけて駆け出す。
「了解だ」
俺の言葉を聞き、逆方向へと散開するレガシー。
現在のドンナは打撃を放つと漏れなく衝撃波がついてくる。ということは投擲武器で遠距離攻撃を行っても相手が適当に振った打撃に付随する衝撃波によって簡単に防がれてしまう可能性が高い。
つまり、俺が持つ手札では衝撃波を撃つ前か、撃たれても意味が無い状況で攻撃しないと簡単に対応されてしまうということだ。一番良いのは衝撃波を使えない状況を探すことだろうが、残念ながら今からそんなことをしている暇はない。
というわけで俺が取った選択は接近。
相手に限界まで接近すれば衝撃波を撃たれようとも、打撃をかわすのと同じだし、何とかなるだろうという算段である。
しかし問題もある。
接近した後どう攻撃するか、ということだ。
できれば爆弾を使っていきたいところだが、あの鎧のような外骨格を前にどれだけ効果が期待できるのか不鮮明だ。
それにドンナには一度爆弾を使ったことがあるため、外見と効果を知られてしまっている。
つまりドンナにとっては爆弾が謎の黒箱という正体不明の物ではなく、爆発物として把握しているという事。つまりネタバレしているのだ。
そのため爆弾を目の前で出せば、その効果に気付かれてしまい、何かしらの対策を取られてしまうことも考えられる。
そうなると爆弾を使うタイミングは慎重に決めなければならない。つまり確実に決まると確信した瞬間か、ピンチに追い込まれてどうにもならない状況のどちらか。
(まずは一発入れてみるか)
今はそのどちらでもないので、まずは相手のご機嫌を窺うべきだろう。
「行くぜっ!」
レガシーに攻撃の意図が伝わるように叫んだ俺はドスに手を触れ、【居合い術】発動の構えを取る。まずはこいつで一撃見舞って様子を見る。
正直、ダーランガッタやブラックタイガーの攻撃を跳ね除けていたので、あまり効果は期待できないが、どの程度の頑強さなのかを推し量ることはできる。
「任せろ!」
俺の声を聞いたレガシーはしっかりとした返事と共に蛇腹剣を射出。
刃を分断させて一直線に伸びた蛇腹剣はドンナへと向かう。
「ガアアッ!」
しかし、蛇腹剣での刺突はドンナの振り払いによって軽くあしらわれてしまう。
「まだだッ!」
レガシーはドンナに振り払われた蛇腹剣を操作し、軌道を変える。
蛇腹剣はレガシーの操作によって生きた蛇のようにうねると、振り払ったドンナの腕に絡みついた。そして巻きついた蛇腹剣を手繰り寄せるようにしてドンナの拘束に成功する。
そこへ――。
「はああああああああッッ!!!」
すかさず俺が【縮地】でドンナに急接近を仕掛ける。
発動した【縮地】で一気に加速し、通り過ぎ様にドスを使った【居合い術】を放つ。
――チン。
蛇腹剣に拘束されたドンナに一撃を浴びせ、離脱すると共にドスを鞘へと仕舞う。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」
しかし、無傷。
それを裏付けてくれるかのように、元気な咆哮が返って来る。
厳密に言えば多少の傷は与えていたが、外骨格を貫く事は叶わなかった。
自信の一撃だったが、残念ながら目に見えるほどの効果は無かったのだ。
攻撃を終えた俺は一旦衝撃波をばらまかれない程度に距離を開けようとドンナから離れる。
俺の移動する方向からこちらの意図を察したのかレガシーが蛇腹剣での拘束を持続してくれる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」
だが、ドンナはそんなレガシーの拘束を振り払おうと咆哮を上げながら力任せに腕を振り回した。途端、蛇腹剣の拘束が解けてしまう。
「うおおおおおっ!?」
ドンナに振り乱され、つまずきそうになりながらも蛇腹剣を元へ戻すレガシー。
(あの装甲を破る方法、何かないか……)
俺は立ち止まって的にならないよう気をつけて走りながら、ドンナとの間合いを調節する。
【居合い術】での攻撃は効果が薄かった。
正直ダーランガッタの攻撃を跳ね返していたので、全く効果がないかもしれないと思っていただけに意外な結果だったが、それでも効果としては小さい。
一応、多少の傷はつけれたので、連続で同じ箇所に攻撃を当て続ければ何とかなるかもしれない。
しかし、時間がないのであまり悠長にやっている場合でもない。
とにもかくにも俺の攻撃をドンナに通用させるにはあの厄介な外骨格の内側へダメージが通る方法を見つけ出さねばならないのだ。
(ヒビが……)
何か手はないかと、鎧武者と化したドンナを凝視して気付く。
大仰な鎧を纏ったドンナの体には無数の亀裂が入っていたのだ。
全身を巡る血管のようなヒビからは小さな炎が絶え間なく噴き出し、その内部がどうなっているのか想像もつかない。
(あの部分、脆いかもしれないな)
俺は再びドンナへ向けて走りながら外骨格のヒビに攻撃の狙いを定める。
そんな走る俺目がけてドンナは拳を振るい、その先端から衝撃波がこちらへ向かって襲い掛かってくる。
「とっ」
俺はこちら目がけて飛んでくる衝撃波をかわしながら、ドンナの側面を取ろうと駆ける。
急接近する俺をドンナが迎え撃とうとするも、そこへレガシーの放った魔法がけん制に入ってくれる。
炎の矢は俺を攻撃しようと集中していたドンナの胸部に命中し、腕を跳ね上げながら軽く後退らせることに成功する。
が、表面に軽く煙が上がっただけで、傷を負ったようには見えない。
レガシーの魔法は相手の攻撃を止めることには成功していたが、やはり大きなダメージを与えることは難しいようだった。
レガシーは魔法だけではなく、次いで蛇腹剣をドンナへ向けて突き出す。
突き出された蛇腹剣は節ごとに分断しながら螺旋を描いてドンナの元へ突き進む。
「はああああっ! チッ、ホントに固いな」
しかし、突き出された蛇腹剣はドンナの外骨格を前にあっさり弾かれてしまう。
レガシーは舌打ちしながら弾かれて軌道がそれた蛇腹剣を収縮させて元へと戻す。
残念ながらレガシーの二連撃は不発に終わったが、ドンナを引き付けるには十分だった。
二人が戦闘している間に俺はドンナへと肉薄し、外骨格の亀裂目がけて剣を突きたてることに成功する。
「よしっ、おらああああっ!」
俺はドンナの側面からヒビの透き間に片手剣を突っ込んだ。
だが、片手剣からはコンクリの透き間に定規でも突き入れたかのような頼りない感触が返って来るだけで、効果があるようには思えなかった。
(全然効いてるように見えないな……)
俺が突きの効果に落胆しつつもなんとか片手剣を抜こうと奮闘していると、ドンナがこちらへと振り向き獰猛な視線を向けてくる。
「ガァァアアアアアアアアアアアアアアッ」
そして唸り声を上げたドンナはらこちらへと力任せに拳を振り回してきた。
「っと、これ以上は無理か」
なんとか片手剣を抜き出す事に成功した俺はドンナの拳をかわしつつ、素早くその場から撤退しようとする。
「フレイムアローッ!」
途端、炎の矢がドンナの顔に着弾する。
俺はレガシーのけん制が決まったタイミングを逃さず一気に駆けて、ドンナの打撃間合いからの離脱に成功する。
(一旦戻るか……)
攻撃を終えた俺は試せることは一通り試してしまったので、一度レガシーと合流しようとドンナから大きく離れた。
そしてレガシーの側へ駆け寄る。
「やっぱり無理でした」
レガシーの元へ何とか帰り着き、試した奇策の結果を報告する。
「どうするんだよ!?」
答えられない質問がレガシーから発せられる。
これが前の世界ならやりますとか、できます、とか期限と数字付きで断言しないといけないわけだが、今そんなできもしないことを言い切っても混乱を招くだけだ。
どうにもならない限界の状況に追い詰められた上に死の危険をそこはかとなく感じるせいか、前の世界で散々味わった胃の痛みとは別種の胃痛が俺の下腹部に襲いかかってくる。
ポンポン痛い。
――発射30秒前となりました。発射の衝撃に備えてください。繰り返します……。
「ああ、くそっ、さっきからうるせえ」
俺がドンナと胃痛という二大強敵と同時に戦っている間も発射時刻は容赦なく迫ってくる。
「ミックの手紙にはあのSHBを止めるって書いてあったけど、残り30秒でどうにかできるのか?」
またもやレガシーから答えられない質問が寄せられる。
これが前の世界なら…………て、もういいか。
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」
発射まで30秒。
予定なら今頃とっくに一時停止くらいはできていたはずだ。
しかし、実際は30秒しか残されていないにも関わらず、SHBには近づくことすらできていない。
「早くなんとかしないとSHBは発射されるし、あの化け物がこっちに来るぞ」
俺がこんなはずじゃなかったとメソメソと悔やむ中、レガシーから最もな意見を頂戴する。
SHBを何とかしたいんだが、その前にドンナをどうにかしないとどうにもならないこの状況。
俺たちがゴニョゴニョと早口でまくし立てあう中、ドンナは口から白い煙を吐き出しながらゆっくりとこちらへ向けて歩きはじめた。
「こう、なんていうか一度に二つを解決できればいいんだけどな」
俺は現実逃避気味にそんなことを口にしてしまう。
ドンナを倒すと同時にSHBも停止する、そんなミラクルな方法はないものだろうか。




