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20 燃え上がる権化 二

 

 ダーランガッタはドンナの変身にも動じず、炎が消えた隙を狙って剣を振るう。


「セイヤアアアアッッ!!!」


 気合と共に放たれたダーランガッタの一撃はドンナの肩に命中した。



 しかし斬れない。



 外骨格の至る所にヒビ割れが生じているので脆いのかと思えば、そうでもない様子。


 などと俺がのんびり考えている間にドンナが肩に受けた剣を握りしめて粉々に砕きつつ、ダーランガッタの腹に蹴りを見舞った。



 蹴りの動作はさほど速いものではなかったし、洗練された動きにも見えなかった。


 いつも通りに荒っぽく、力任せ。


 足が腹にめり込む様はスローモーションを思わせるほどゆっくりしたものだった。



 そんな蹴りを受けた瞬間、ダーランガッタが吹っ飛ぶ。


 まるでフィルムが切れてシーンがカットされた映画のように一瞬姿を見失い、瞬間移動かと見紛う速度で吹き飛ぶ。


 瞬きする間にダーランガッタの姿が消えて見えなくなる。


 え、と疑問を感じた瞬間、大きな倒壊音。


 音のした方を向くと壁が何枚も破壊され、大穴が上方へ向けて続いているのが見えた。


 ……多分あの先にダーランガッタはいるのだろう。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」



 そして獣のような咆哮を上げるドンナ。



 ヤバイ。


「まずは……あのデカブツが目障りだ……。あれがあるからややこしいんだ……」


 鎧武者となったドンナは顔のヒビからも炎が噴き出すせいか、喋りづらそうにしながらもそんなことを呟き、SHBを見据えて手刀を放とうと構えを取る。



 獲物を見据えて構えを取ったドンナが立っている場所からSHBまでは相当離れていた。


 普通に手刀を繰り出しても空振りするのがオチであり、物理攻撃で何かできる距離ではない。多分さっき放った拳のように衝撃波を飛ばすつもりなんだろう。


「させるか!」


 と、そこでブラックタイガーがミックから離脱してドンナへ詰め寄る。



 そして大太刀で連続斬りを放った。


 しかし、ドンナは微動だにしない。


 刀で攻撃を受けているはずなのに斬れてもいない。


 和鎧を思わせる外骨格はダーランガッタの攻撃を難なく防ぎきっていた。



「クソがっ!!!」


 と、ここでブラックタイガーは刀での攻撃を諦め、何故か大外刈りのような投げ技をドンナに仕掛けた。


 ドンナはブラックタイガーを端から相手にしていなかったのか、SHBへを狙う事に集中していたせいか、あっさり投げ技にかかってしまう。


 外見が鎧を纏ったように変わり、斬撃も効かなかったが体重はさほど変わっていなかったのか、ドンナは大外刈りを喰らってあっけなく体勢を崩す。


 しかし、一歩遅かった。


 ドンナは大外刈りを喰らって倒れながらもじっくりと溜めた手刀を放つ。


 途端、巨大な三日月のような衝撃波が発生。


 強烈かつ鋭利で巨大な三日月は斜め上方へと発射されてしまう。


 三日月はSHBの上端をバッサリと切断し、施設を蹂躙。効果範囲にあったもの全てが瓦礫に変わった。


「威力が洒落になってないんですけど……」


 頭上を通過していった死神の鎌を目撃した俺の恐怖の呟きが発射場というだだっ広い空間に木霊する。


 とりあえず、当たったら一溜りもないのはよく分かった。


「おー、その調子でやったれー!」

「この状況でよくそんなに呑気でいられるな……」


 人間兵器と化したドンナが放った一撃を前にミックがSHBの破壊に喜ぶ。


 だが俺はミックほど現状に希望が持てず、ため息しか出なかった。


「おのれ……っ、ハッ!!」


 と、ここでSHBを傷付けられた事に激高したブラックタイガーが倒れたドンナへ再度斬りかかった。


「邪魔だ……、どいてろ」


 仰向けに倒れていたドンナは軽く押しのけるような動作で刀を突き下ろそうとしていたブラックタイガーを手で払った。


「……ッ!?」


 するとブラックタイガーはまるで側面から全速力の車に衝突されたような勢いで吹き飛んでいってしまう。


「なんだそれ……」


 あまりに理不尽な力を目撃し、絶句する俺。


「次はテメエらだ……」


 ドンナは昼寝から目覚めたばかりのように、のっそりとした動作で立ち上がりながら、こちらを睨んでくる。


 動作こそとてもゆっくりしたものだったが、その瞳は溶岩のように燃え盛り、俺たちを捉えた視線は怒り狂った野獣を思わせるほど獰猛なものとなっていた。



 と、ここで何やら場違いな音が鳴る。


「ん」


 倒す相手が二人も減って喜ぶべき状況のはずなのに全く喜べず、ちょっとした放心状態の俺が我に返るにはもってこいの音ではあった。


 何事かと音の詳細を突き止めようと耳を澄ませば。




 ――SHBが発射シークエンスに入りました。周囲にいる職員は直ちに避難してください。繰り返します……。カウントに入ります。――発射120秒前。120、119……。


「は? なんで……」


 それは落ち着きを取り戻しつつあった俺の心を再度奈落に突き落とすに足る放送内容だった。ドンナの変身を目撃して呆然とする俺を我に返らせてくれたのは、SHB発射までのカウントダウンを伝える放送だったのだ。



 だが、なぜ発射できるのだろうか。


 発射装置の鍵は今俺が持っている。


 まさか他に発射手段があったのだろうか、とSHBの周りを見渡すもドンナが暴れまわったせいか人影はない。


(管制室の方か)


 俺は残された可能性から上を見上げる。


 管制室に侵入したとき、壁面が全てガラス張りでSHBを見下ろせるようになっていたのを思い出したのだ。


 向こうからこちらを見下ろせるという事は、こちらからも内部の様子がある程度わかるはずと、目を凝らす。



 すると――


「誰かいるな……」


 ――ちょうど発射装置があった個室から二人の人影が出てくるのが見えた。



 はっきりとした顔立ちまでは分からないが、男と女の二人組だということが分かる。



「チッ、プルウブルーとオーハイか。あいつらなら鍵持っててもおかしくないな……」


 と、ここで同じように管制室を見上げていたミックから舌打ちがもれる。


「知り合いか?」


 俺には若い女とおっさんとしか分からなかったが、ミックは何か知っているのだろうか。


 見上げながらミックへ質問していると管制室に居た二人組はSHBの発射を見届けることなく、どこかへと立ち去ってしまう。


「言ったろ? 不真面目な警護がいるって」

「ああ、強いのが四人位いるって言ってたあれか」


「そうだ。フォグの報告だとその四人があの上の二人と、ついさっき目の前の女に吹っ飛ばされた二人ってわけだ」


 ミックは渋面を作りながら続ける。


「クソッ、あいつらなら鍵を持っててもおかしくなかったんだ……、迂闊だったぜ。ってか、この際発射装置が作動しちまったのはしょうがない。こうなったら飛び立つ前になんとかするぞ!」


 発射装置は作動してしまった。


 だが、俺たちがやることはその前と後で大して変わらないし、手順も変わらないだろう。


 安全装置を起動後、炉を取り出す、それだけだ。


「それはあいつが許してくれないだろ……」


 そして、やることは変わらなかったが、それができそうにないことも変わらなかった。


 俺たちの目の前には鎧武者を想起させる外骨格を纏い、炎を吹き上げるドンナが立ち塞がる。


 放送でカウントしてくれるから残り時間が後どれだけか分かるのは親切設計だな、とは思うが、どうにもならないこの状況では死のカウントダウンと大して変わらない。


「チッ、ケンタ! お前だけでも行ってなんとかしろ!」


 ミックがそう言い残し、ドンナ目がけて飛び出す。



 そして飛び蹴りをドンナ目がけて放った。


 だが、その蹴りは俺が見ていても焦りから放たれた思い切りだけの一撃だと分かるほどに普段のミックからは想像できないほど甘い攻撃だった。


「……そんな……隙だらけの蹴りでどうにかなると思ったのか?」


 ゆらりとした動作でドンナが拳を構える。


「避けろ!」


 一瞬の出来事だったため、俺には咄嗟に叫ぶ事しかできなかった。


「ッ!?」


 ミックは空中で機転を利かせ身体を反転、腕をクロスしドンナの拳を受けた。


 ――だが、吹き飛ばされてしまう。


 ミックは防御に成功するも、壁を突き破り遠方へと吹っ飛ばされてしまった。



「次はァアアアアアアアア、お前だァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 溢れる感情を発露するかのように、天井を見上げたドンナが咆哮する。



 ――発射まで90秒となりました。職員は至急退避して下さい。


 そしてSHBの発射まで90秒を切った。


「悪いがパスだ」


 俺はドンナに背を向け、SHBへ向けてダッシュした。



 ついさっき俺が登ろうとしていたはしご車は破壊されてしまった。


 他のはしご車や巨大な固定器まで移動してもいいが、最早この状況では余り意味が無い。



 こうなったら直接SHBへ張り付いたほうが手っ取り早いと判断した俺は一直線に走る。


 しかし、迷いもある。


 このままSHBへたどり着けたとしてもドンナが停止作業を黙って見ていてくれるとも思えない。かといって90秒以内に今のドンナを倒した後にSHBの停止作業を行うというのは理想論が過ぎる。


(ええい、どうしたらいいか分からん!?)


 結論が出ないままのダッシュだった。


 じっとしていられないから、とりあえずSHBに向かった、というだけだった。


(……ぇ)


 しかし、その疾走も道半ばで急停止するはめになってしまう。


 なぜかといえばダッシュする俺を飛び越えるようにしてドンナが前方へと着地してきたからだ。



「……逃がさん」


 獣のように身を屈めて着地した姿勢からこちらを睨み、牙をむいて威嚇するドンナ。


 その口からは蒸気が漏れるように白煙が噴き出す。


「うっそだろ……」


 正直信じたくはなかった。



 多分、あいつが今見せた跳躍は蹴りを放った瞬間に出る衝撃波を利用したものだろう。


 地面に向かって蹴りを放ち、発生した衝撃波を利用して一気に跳躍する。


 見てはいないが、そんな感じだったに違いないと思わせるに足るモーションで飛び込んで来やがった。



 こんな土壇場でそんな進化を遂げなくてもいいのにとは思うが、周りこまれてしまったものはしょうがない。


 なんとかしてドンナを撒いてSHBまで行きたいところだが、ここまで戦闘にもつれた状態でSHBへ移動しても停止作業なんてできるはずもない。


 不本意だが非常にまずい事態へと突入してしまっている。


 と、俺が悩む間にドンナが構えを取って拳を放つ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」


 咆哮と共に四連続の攻撃を繰り出すドンナ。


 当然、繰り出された拳の先からは衝撃波が発生し、周囲をことごとく巻き込んでいく。



「うおおおおおおお!?」


 俺は必死でドンナの拳をかわす。


 といってもその場で避けるようなことはせず、衝撃波の射線から外れるように大きく駆ける形となる。


 衝撃波は一応目視で確認できるが、蜃気楼のような揺らぎがあり、紙一重でかわすと見誤って巻き込まれる危険を考えたためだ。



 俺が衝撃波に翻弄されて駆け回っている間に周囲にあった巨大な機材が吹っ飛び、壊れていく。


 煙を上げるスクラップとなった機材を目撃して絶句する俺を背にドンナは攻撃を終えて拳を引き戻す。


 そして――。


「ふぅぅぅううううううううううううううう」


 ドンナは立ち止まって腰を落とした後、両手を体側に添えて引き絞り、深い呼吸をはじめた。


 ちょっと前なら隙だらけだと喜び勇んで斬りかかっただろうが、今は嫌な予感しかしない。


 そして――ピタリとドンナの呼吸が止まる。


 次の瞬間。



「ダッ、ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」



 静寂を打ち破るかのような咆哮と轟音が鳴り響く。


 両腕を使った終わりの見えない連打。



 ドンナは立ち止まったその場から両腕で衝撃波を連続射出してきたのだ。



 その衝撃波は俺をピンポイントに狙ったというようなものではなかった。


 どちらかといえば俺の立つ周囲一帯を削り取る意図で放たれた攻撃。



 さっき走ってかわしてみせたから、それならこっちは走る範囲全部を削り取ってやろうという意気込みが感じられる攻撃だった。


 そんなマシンガンのような連打が四方八方に放たれる。


「くっ」


 俺は咄嗟に【火遁の術】を発動し、煙幕を張る。


 相手はその場に留まって衝撃波の連発で俺をどうにかするつもりだと判断し、目くらましを仕掛けたのだ。



 だが――


「は?」


 ――拳圧と衝撃波で煙幕が吹き飛ばされてしまう。



【火遁の術】を無効化されて凍りつく俺に衝撃波の弾幕が無情にも迫る。


「あああああああああああああああっ!?」


 必死で避ける。



 というか全力疾走で逃げ回る。


 咄嗟に【疾駆】を発動し、衝撃波から逃れようとひたすらに駆け回る。


 そして当たったら誤爆しそうなのでSHBへ衝撃波が届かないように反対方向へ走る。



 いや、この際誤爆させてしまった方がいいのだろうか。


 そうすれば発射だけは阻止できる。


 まあ、俺は死ぬけど……。



 そんな重い決断をこんな滅茶苦茶な攻撃をかわしながら判断できるはずもなく、ある意味生存本能に身を任せての全力回避に徹するしかなかった。


 辺り一面に小規模なクレーターが大量に生み出されていく様を冷や汗タラタラで目の端で捉えながら必死で大きく動き続ける。


 そして攻撃がやむ。


 大砲の暴雨のような攻撃が嘘のようにぴたりと止まり、静寂が訪れる。


「くっそ、死ぬかと思った……」


 回避に成功したことから思わず呟き、一息ついてしまう。


 攻撃が止んだ安堵からほとんど無意識に脱力してしまう。


 迂闊にもドンナの現在地を確認しないままに。


 あれだけの重撃を連続で放ったのだから、その場で残心しながら留まっているはずと勝手に安易な想像をしてしまった結果だった。


 その結果。


「オワリダアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 拳を振りかぶったドンナに背後への接近を許す結果となってしまう。


「くそっ……」


 追い詰められた俺は相手の攻撃を弾こうと咄嗟に【剣檄】を発動しようと身構える。




「フレイムアローッ!」


 俺に向けて渾身の一撃が振り下ろされようとした瞬間、ドンナの側頭部に炎の矢が命中する。


 炎の矢を受けたドンナは石ころを投げられた程度の反応しか示さなかったが、俺はその隙を利用して離脱する事に成功する。


(誰が……)


 ダーランガッタ、ブラックタイガー、ミック。


 三人共吹き飛ばされて帰って来ない。


 吹き飛ばされた三人の中で魔法が撃てるのは多分ブラックタイガーだけ。



 だが、あいつが俺を助けるように魔法を放つとは到底思えない。



 ドンナの挙動に気をつけつつ、炎の矢が放たれた射線を辿って魔法を使った人物を確かめようと視線を巡らせる。



 すると、そこには――。



「レガシー!?」

「よお、元気そうだな」



 奴がいた。



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