16 数奇な再会
◆
「ふんふんふん♪」
閉じ込められていた部屋から出してもらえて上機嫌のラクルは鼻歌混じりに施設から脱出しようと地上を目指して歩いていた。
が、それがまずかった。
「貴様何故こんな所にいる!?」
鼻歌を聴きつけた兵士がラクルの前に駆けつけたのだ。
いくらドンナが後々逃げ出し易いようにと根こそぎ兵士を倒してまわったといっても、完全にゼロになったわけではない。そんな中を音を出して堂々と闊歩すれば、発見されてしまうのも当然の結果といえる。
兵士はラクルの前に立ちはだかると剣を抜いてじりじりと近寄り始めた。
「あっ、見つかっちゃった」
兵士の登場に驚きの表情で固まるラクル。
「こっちへ来い!」
兵士は固まるラクルの腕を掴んで引き寄せようとする。
「や、やだよ!」
「静かにしろ! 危害を加えるとこっちが酷い目に会うから何もしない! だから大人しくしてくれ」
どこまでも子供らしさが残る相手の対応に困り顔となった兵士は抵抗するラクルの腕を引きずり強引に連れて行こうとする。
「グアッ」
が、そこで兵士はなぜか奇声を上げてその場へと倒れ込んだ。
そして倒れた兵士の背後から一人の男が現れる。
「ん、こんなところにガキがいると思ったら……あんたは……」
男はラクルを見て驚いたような表情を見せた。
「ありがとう。ややっ、久しぶりだね! 元気にしてたかい?」
そしてラクルも助けてくれた相手を見て驚きの表情となる。
眼前に立つ男は以前、物分かりの悪い教え子の前でお手本として改造手術を施した人物だったのである。
「あんたには折角色々と強化してもらったってのに、覚えの悪い弟子達に散々身体をいじられて、今じゃ少し力を解放しただけで身体が痺れて動かなくなる始末さ」
男はラクルの問いに苦笑混じりに答えた。
どうやら話を聞く限り、男はラクルの施術後に更に手を加えられたらしい。
しかも後から手を加えたというのが余り優秀ではない教え子達という。
「ふむふむ、どれどれ……」
ラクルは男の言葉を聞くと近づいて手首を触って脈を取る。
すると男の言葉を裏付けるように魔力の流れに大きな乱れを感じ取る事ができた。
これ以上詳細を知ろうとすれば設備の整った場所で調べないと分からないが、軽く診た程度で酷い有様だという事は十分に分かってしまう。
何より今の男の状態が船上で拾った首なし死体の状態と酷似している事に気付く。
首なし死体の方はエルザと繋げる際にきっちりと処置を施し、力を解放した後も普通に動けるくらいには直しておいた。まあ、力の使い方に慣れないうちはそううまくはいかないだろうが。
つまり男の治療は一度経験して慣れており、難易度もそれほど難しいことでもない。なんならもっと強化できるくらいだ。
そして、こんな状態で放っておくのはどうにも気分が悪い。
部屋の隅に特大のホコリの塊があるというのが分かっていながら食事をするようなものでどうにもやるせない。ホコリ程度なら直ぐ掃除できてしまえるというのに見過ごして放っておくというのは自分の性格上どうにも我慢が出来ないことだった。
なんといってもホコリ程度なのだ。
すぐ済むのに放置する意味が無い。
さっさと済ませて食事は美味しく頂くべきなのである。
「んん〜、これはいけないね。そうだ……、暇が出来たらここにおいでよ。一度しっかり診てあげるからさ」
ラクルは肩から提げたポーチからメモを取り出すと、隠れ家の場所を書きとめて男へと手渡した。できればこの場で今すぐにでも事に当たりたいが、現状では不可能。
そしてこの事はずっと頭の片隅に残り続けてしまうだろう。
だが、今からこの場を脱出するラクルに男と再会できる機会はもう訪れる事はない。
ならば、相手に来させてしまえば良いという寸法である。
これだけやって音沙汰が無ければそれはそれでいい。
自分はやれる事はやったと思える、そうすれば多少はすっきりとした気分を迎えられる。
その部分が重要なのである。
「いいのか、金なら払えんぞ?」
「もちろん。君にそんな状態でウロウロされたら僕の名前に傷がついちゃうからね」
自分が施術したと周知されている存在が、こんなホコリ塗れではこちらもとんだ迷惑。
だから生きてウロウロするというのであれば、再度身体をいじらせてほしいというのがラクルの想いであった。
「ならその内邪魔させてもらうぜ」
「待ってるよ。あ、でもここは危険だから早く出たほうがいいよ?」
男が了承したことに気を良くしたラクルはこの場の危険性についても軽く触れておく。
いくらドンナが敵を倒してまわったとはいえ、それは完全ではなく深層へ向かえばその効果も無くなる。
実際、ラクルもたった今上層で敵に出くわしたわけだし、油断が許される状況ではないのだ。
「ちょっとわけありでこの奥に用があるんだよ」
男はラクルの言葉を聞くと苦笑いを浮かべながら肩をすくめて見せた。
危険と聞いた割にはどこか余裕を漂わせているのは、己の実力に確かな自信があるためだろうか。
「そっか、じゃあまたね!」
男の言葉を聞いたラクルはあっさり引き下がり、見送る事とする。
危険については触れたし、これ以上無理に引き止める理由もない。
「お前も気をつけて帰れよ」
「うん」
と、男とラクル、二人そろって軽く手を振るとそれぞれ別々の方向へと一歩踏み出す。
ラクルが数歩前に進むうちに男は駆け出し、その姿が見えなくなってしまう。
「また会えるといいね」
立ち止まったラクルは誰もいなくなった通路を振り返って呟くと再び歩き出す。
二人はいつかの再会を約束し、それぞれの目的地へ向けて進み出した。
◆
「油断するな! これ以上被害を出さないためにも注意深くいけ!」
エルザを囲む兵士たちの中からそんな声が飛ぶ。
事実、油断して接近した結果、エルザによって葬られた兵士は四名。
兵士の側からすれば重症を負った相手にここまでしてやられるというのは異常な事態であり、何が起きてもおかしくないと思える状況なのだろう。
(振りにくい……)
エルザは周囲を警戒するようにして視線を巡らせながら、握っていた片手剣に違和感を覚えていた。
全くの素人であるはずのエルザにしてはうまく扱えているはずの片手剣に不満が募る。刃物ならもっと上手く操れてもおかしくないはずなのに、という気持ちがどこからともなく湧き出てくるのだ。
(何か……、もっとしっくりくる物は……)
視線をさまよわせ、自分の心の奥底に眠るものに問いかけ、欲するものを探す。
そして、散乱する死体の中にうずもれるようにして存在する一本の刀に目が留まった。視線は刀を見ても通過せず、無意識に釘付けとなる。
(あれ、ですね……)
得体の知れない確信を得たエルザは飛びつくようにして跳躍し、刀を握ると前転するようにして立ち上がる。
そして立ち上がり様に鞘を腰に差し、刀を抜刀しながら正面にいた兵士へ斬りかかった。
刀を抜いて相手を斬りつける動きは妙に滑らかで全てが止まって見えたかのようだった。
兵士は剣を使って防御を試みていたようだったが、剣ごと腹を切られて崩れ落ちる。エルザは崩れ落ちる兵士を尻目に刃についた血を振って払うと、手馴れた動きで刀を回転させて鞘へとしまう。
(片腕なのに……)
刀を上手く扱えた事にはさしたる疑問も感じなかったのに、片腕で相手の剣もろとも胴体を切り捨てた自分の新たな体の筋力には驚きを隠せない。
つい、残された腕をまじまじと見つめてしまう。
そこへ新たな兵士が剣を振りかざして駆け寄って来る。
「てめぇえええっっ!」
(遠い……、だけど……、行ける)
刀を振るうには遠く離れた間合いなのに斬れると心が告げてくる。
心の声に耳を傾け、体が動き易いように頭の中を空っぽにして身を任せる。
すると、柄に手を触れて構えた姿勢で身構えると、足がほんの数センチ空中に浮いた。
(ッ!?)
エルザが不思議な感覚に驚く間に浮いた体は駆けて来る兵士目がけて吹き飛ばされるような勢いで進み出す。
「な、なにッ!?」
驚く兵士。
が、兵士が感情を発露できたのはそこまでだった。
なぜなら接近したエルザに首を撥ねられてしまったからだ。
エルザは首を撥ねた兵士の側を通過し、振るった刀を先ほどと同じような身のこなしで鞘へとしまう。
「アッハ……」
そう笑うべき。
うまくいったらそう笑うものだと心の底から何かが囁きかける。
表情筋の動かし方がとてもスムーズかつ自然になる。
そこでエルザは我に返ったように振り返ると、首を撥ねて倒れつつあった兵士を引っつかんで盾にする。途端、矢が飛来し、死体へと突き刺さる。
エルザは死体を自身の身体にもたれ掛かれさせて手を放す。死体で身を隠しながら制服につけられたナイフを抜き取り、矢を放った相手に投げつけようと構えた。
すると投擲するであろうコースに赤いラインが走り、どう投げれば最適かということが感覚で掴み取れてしまう。
「アッハ!」
笑うと同時に大きく息を吐きつつ、ナイフを投擲する。
ナイフは綺麗な軌道を描きながら矢を放った兵士の額に突き刺さった。
(この感じ……、知っていますよ……)
自分の感覚の変化についていけず、はじめは戸惑いを隠せなかったが、今となってはむしろ自然。この状態が本来の自分なのだという確信が持てた。
「チッ、なんなんだアイツは!」
「クソッ! やってられるか!」
残された兵士たちが予想外であろうエルザの抵抗に苛立ちを募らせ、愚痴る。
そんな兵士たちの側にはメイディアの遺体があった。
兵士たちは溜まっていた鬱憤を少しでも解消しようとしたのかメイディアの遺体を怒りに任せて足蹴にする。
自ら動く事ができないメイディアの遺体は蹴りを受け、小さく跳ねる。
兵士たちからすれば単に悪態をついたときにたまたま死体が前にあっただけなのだろう。
だが、そんな行動を見たエルザは表情を一変させ、叫んだ。
「お前ぇええええええええッッ!!」
叫びと共に取り戻しそうだった全ての感覚、感情が霧散し、視線がメイディア一点に集中する。
そして遺体目がけて走り出した。今までの洗練された動きからはかけ離れ、焦りに彩られた姿は何とも無様だった。
「あぐっ!?」
駆け出したエルザは我を忘れ、周囲に注意を向けることを怠っていた。
そして、側面から斬りかかられていたことに気づかず、刃をまともに受ける。
肩から背にかけて斬られたエルザはメイディアの元に辿り着く前に崩れ落ちる。
「なんだ……、急に隙だらけになったな」
「ああ、偉く動揺していたみたいだが」
兵士たちはエルザの奇行を前にメイディアナの遺体を踏みつけたまま疑問顔となる。
「離れろぉおおおおおおおおおッ」
倒れたエルザは至近距離で踏まれるメイディアナを目撃し、錯乱したかのように叫んだ。
「チッ、手間取らせやがって」
側面から切りつけた兵士が地面へ崩れ落ちた叫ぶエルザへ更に剣を突きたてる。
兵士に踏みつけられ身動きの取れないエルザは切り落とされた腕の方の肩部を剣で貫かれ地面へと縫いつけられてしまう。
「ハァァアアア ナァアアア レェエエエロオオオッ!!」
しかしエルザは剣で突かれたことなど構わず、割れんばかりの声を上げてメイディアの遺体へ向けて手を伸ばす。
「これか?」
「ただの死体だろ」
と、ここまでのエルザの行動で何かを察した兵士たちはそれを確認するためにメイディアナの遺体を痛めつけはじめた。
今となっては特に何か特別な思いがあるというわけでもないのだろうが足蹴にし、踏みつける。そんなことを淡々と繰り返し、エルザの反応を窺う。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
道端に転がる石ころを蹴り飛ばしたかのように蹴られた側に全く意志が感じられず、ただただ物として転がり続けるメイディアナの遺体。
そんな様を目撃し、目を真っ赤にして叫ぶエルザ。
息が途切れ、声が枯れても叫ぶ。
口から泡を吹き、見開かれた目からは薄赤く染まった涙がこぼれ落ちる。
「お前もこれから死ぬんだ、たっぷりこいつの姿でも拝んでおくんだな」
「仲間がやられた分は充分に苦しんでもらうぜ」
などと言いながら遺体を痛めつけるという卑劣な凶行をやめない兵士たち。
そしてエルザの肩を貫いた兵士が再度別の部位を突き刺そうと一旦剣を引き抜いて振りかぶる。
そんな状況でもエルザは成す術もなく叫び続けた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
叫ぶ。
何を叫んでいるのかも分からない。
ただただ、感情が溢れ出す。
感情が溢れ出すたびに頭の中で何かが弾け、どこか遠くで見たような気がする映像が瞬間的に映し出されていく。
――それは海であったり。
――森の中であったり。
――荒野であったり。
――船の上であったり。
様々な場所であった。
ただ一貫していえるのは、いつも叫んでいた事。
何かに怒ったり、何かに喜んだりして叫んでいた。
それは段々と輪郭がはっきりとしてくるただ一人の相手に向けられた感情。
そんな感情の奔流が、胸元でせき止めていた何かをこじ開けるかのような感覚が全身を襲う。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
転瞬、体が痙攣し、のど下にあった引っ掛かりがなくなる。
それと同時に頭の中にあったモヤが取れてすっきりし、記憶の隅々まで見渡せるようになる。
(私は……一体……何を……)
途端――、エルザを中心に熱波が発生し、周囲に突風が吹き荒れた。




