表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
313/401

15 奴の名は



 ◆



(おっと……)


 俺たちがSHBを目指し地下十五階に向かっていると、丁度兵士たちがぞろぞろと走ってくるのが見えた。それらをやり過ごすため、素早く物陰に隠れる。


 一応服装は同じだから棒立ちでも良かったのだが、話しかけられるとボロが出る可能性があるのでなるべく接触したくない。遮蔽物の陰に隠れながら様子を窺ってみると二組の団体さんが正面衝突し、それぞれの集団の代表が話している様だった。


「おい! 五階での戦闘が七階に移行している! 増援要請だ、急げ!」

「は? まだやってるのか!? それにこっちはどうするんだ! 俺たちも上に行っていいのか!?」


(んん? まだ手こずってるのか?)


 物陰に隠れながら兵士たちの会話を聞いていると、俺が捕まっていた時に聞いた“お客さん”の話題で盛り上がっていることが分かる。


 どうやら今の会話を聞く限り、正面入口から侵入した者との戦闘はまだ蹴りがついておらず、長期戦に突入しているようだった。しかも、こんな下層の人員まで増援に向かわないといけないほどの危機的状況らしい。


(ヴァダルとボルズの会話を聞いた時は軽い印象だったのにどうなってるんだ?)


 俺がはじめてこの話を聞いた時は余り危機感のある感じではなかった。


 当時を思い出しても、簡単に片がつくような軽い話しぶりだった気がする。



 もし件の侵入者が集団で攻め入ってきてたのならもっと慌てた感じになると思うのだが、あの時は割とのんびりしている印象があった。多分、相手が少数で舐めていたのではないだろうか。


 が、その後警報が鳴って警戒態勢が強化されたところをみると中々腕の立つ奴らだったらしい。



 いや、案外単独かもしれないが……。


 とにかくその侵入者のお陰でこちらへの注意はそがれ、とても進行しやすかった。



 こんな深層の兵士たちが駆り出されるほどに総出で対応していることを考えると、その戦闘に巻き込まれたら俺たちもタダでは済まないだろうが、今の状況は非常にありがたい。


 このまま兵士たちを引きつけて存分に暴れまわって欲しいものだ。



 などと未だ見ぬ侵入者に思いを馳せつつ、兵士たちの会話に耳を澄ます。


「そ、それもそうか……。発射まであとどのくらいなんだ?」

「予定では十三時発射だ。あと一時間ほどだぞ!」


(おう……、あと一時間だったのか)


 盗み聞きを継続していると思わぬところで発射予定時刻をゲットする。



 兵士たちの会話によると、発射までに残された時間はあと一時間。


 といってもSHBの発射はタイマーとかではなく、多分その時刻にスイッチをオンするつもりだったのだろう。


 そしてそのスイッチオンの時間が意外に近かった。


(鍵を奪って発射できないようにはしたけど、それだけ時間が迫っていると管制室に人が来て騒ぎになる可能性があるな……)


 ついさっき管制室にいた人間は全滅させ、発射に必要な鍵を入手する事にも成功した。


 つまり、いくら発射時刻が迫ろうとも発射するすべはなく、問題はない……。


 と、言いたいところだが正直分からない。



 発射時刻が迫れば確実に管制室へ人が行くだろう。


 一応死体は回収してあるが、それでも管制室に人が一切いないという状態は異常だし、普通に大騒ぎになってしまう。



 それ以前に何かしらの通信手段で管制室と連絡を取ろうとしたら返事を返してくれる者などいないし、一発で不審に思われて危機的状況に突入だ。


 いくら俺たち以外の侵入者の排除に躍起になっているといっても、管制室で異常があればSHBへの警戒態勢が強化されてしまうのは必至。


 発射ができなくてもSHBへ近づけなくなってしまっては意味がない。


 ということは、SHBの破壊を目指すならあまり猶予がないと考えた方がいいだろう。


(急ぎたいし、そろそろ行っていいぞ〜)


 必要な情報も得たしここで立ち止まっている時間が惜しいと考えた俺は会話を続ける兵士たちにさっさと移動してくれと念を飛ばす。



「分かった。お前たちは持ち場を離れるな。俺達は増援に向かう」

「お前らだって今持ち場を離れるのはまずいだろうが!」


「そうは言っても召集がかかってるんだから仕方ないんだよ! お前たちの事は話しておくから来なくていい!」

「わ、わかった……。お前らもさっさと戻ってこいよ!」


「そいつは侵入者に聞いてくれ!」


 と、ここで元から増援に向かおうとしていた兵士たちは地下七階に向けて駆け出した。


「よし、俺らは予定通り発射場の手伝いに向かうぞ!」

「はっ!」


 残された兵士の代表は振り返って自分の部下たちに指示を出す。


 そして発射場の手伝いへ向かうべくSHBのある場所へ向けて駆け出した。


(お、案内ご苦労)


 俺はミックと頷き合うと発射場の手伝いに向かう兵士たちの最後尾に加わり、何食わぬ顔で後に続いた。



 …………



(なるほど、ここが発射場なわけね)


 兵士たちに加わって走った結果、発射場までなんとか無事にたどり着くことが出来た。


 合流していた兵士たちとずっと一緒にいればいずれバレると判断した俺たちは適当なところで離脱し、人気が少なく周囲が見渡せる場所へと移動した。


 そんな俺たちの眼前には塔を思わせるほどデカいSHBがその巨大な存在感をアピールするかのように鎮座していた。


「あれがSHBか」

「間近で見るとデカいな……」


 俺とミック、どちらからというわけでもなくゴクリと喉を鳴らす。



 SHB。


 外見上はどうみてもでっかいミサイルだ。


 だが、設計図を見たあとでは空飛ぶ巨大迷路といった印象の方が強くなってしまった。



(地上にあったドームが開いて発射されるのかと思ったが、あの大きさだと違うみたいだな)


 この施設へ侵入する際、建物の外観を見た、がとてもこじんまりしたドームという見た目だった事を思い出す。


 眼前にそびえるSHBの大きさと比較すると、どう考えても大きさが合わない。



 ドームが開く仕組みだったとしても、SHBが大きすぎるせいでつっかえて外に出れないと思うのだ。


 それに方角が分からないままに地下を進んでいたのではっきりと現在の位置関係が分かるわけではないが、どう考えてもここはドームの真下じゃない。


 というかよく考えればミックに見せてもらった見取り図だと一層ごとに下り階段のようにずれている構造だったのでドームがあった位置からは遠く離れている筈だし、発射ダクトが別に記してあった。。


 多分この調子だと一層ごとのずれが重なって盆地の外にまで移動している気がする。


 まあ、大阪駅や東京駅で迷子になる俺の地下土地感なので当てにはならないが。


(しかし、ここからどうしたものか……)


 一応SHBの側までは来ることができた。


 だが問題はここから先だ。


 SHBの側は何もない。


 いや、SHBの直ぐ側にはまだ色々と機材があるし、SHB本体も普通のロケットよろしく巨大な固定器でしっかりと安定させてある。


 だが、そこにたどり着くまでの間に何もない空間が相当あるのだ。



 多分ロケットとかを発射するのと同じで、きっとロケットエンジンノズルからドバドバ何かしらのエネルギーを噴き出すため、周囲に物が置けないのだと思う。


 というかロケットエンジンなんて搭載してないだろうし、ここは単純に噴射口というべきだろうか……。などとどうでもいいところで逡巡してしまう。



 どちらにせよ、周囲に遮蔽物がないのでSHBにこれ以上接近すると目立つ。


 今俺が立っている辺りも兵士たちがちらほらと散見できるが、問題はそれだけではない。


 さっきまでいた地下十四階の管制室からはSHBを見下ろせる吹き抜けの構造になっているのだ。一応、管制室は無人化したが、突入する際は上からの視線にも気をつける必要があるだろう。


(どうやって近づいたものかね)


 こうもSHBの周りに人が少ないと何をやっても怪しまれる気がする。



 変装なんかを使って偉いさんや整備の人間に化けたとしても、そんな人物が単独でSHBの側まで行けば怪しまれるだろうし、止められて会話になる。


 そうなるときっと会話をしているうちに群がるように人が集まってきてしまうだろう。



 まあ、今回は【変装】はもう使ってしまったので、どちらにしろその方法は使うことが出来ないが。


 どう進んでも見つかってしまうだろうし、ここは何も考えずに走るしかないか、などという思いが俺を支配してくる。


「ここからどうする?」

「ん? 走るだけだろ?」


 一応隣にいるミックに尋ねてみるも“お前は何を聞いているんだ”という表情で返されてしまう。


 結局おバカな二人ではこれ以上うんうん唸って失敗する作戦を考えるより、さっさと走ってSHBにへばりついた方が良さそうだという結論にたどり着く結果となった。


 まあ、ミックか俺が別の場所で暴れて兵士を陽動して片方がSHBへ行くという手も考え付いたが、その方法では今回はうまく行きそうにない。


 それほどSHBの周囲がガラガラで、どれだけ陽動をしようともどうしても目立ってしまうのだ。


 そうなると二人で走った方がまだ増しな気がするのである。


(ひとまずダッシュする距離を短くするためにもこの辺りの数を減らしておくか)


 と、周囲を警戒する兵士たちへ方へと向かう。



 ミックに待機の合図を送った俺は資材の陰に隠れるように中腰で進み、ある程度接近したらタイミングを見計らうため一旦停止する。


 様子を窺うと周回しているのは三人の兵士だった。


 二人が先頭で一人が後方。といっても後方の一人が背後を警戒しているわけではない。


(後方から順にやっていきますかね)


 物影からタイミングを見計らった俺は兵士が巡回中にこちらとの距離が一番近くなり、かつ背を向けている瞬間を狙って飛び掛る。


 最後尾の兵士に飛びかかった後は背後から抱きつくようにしてナイフで相手の脳天に一撃を見舞う。


「ッ」


 声もなく絶命する兵士を抱きとめつつアイテムボックスへ収納。


 そしてしばらく進んで前方にいる二人の兵士目がけて背後から鉄杭を投擲。


「あ゛」

「ぐうッ」


 頭部に鉄杭を受け、短い悲鳴を上げて絶命する兵士たち。



「よっと……」


 俺は崩れ落ちそうになる兵士たちへ素早く駆け寄ると、倒れないように支えながらアイテムボックへと収納した。



「まあ、こんなもんかね」

「いいね。じゃあ、いっちょ向かいますか」


 周囲の警備を一掃し一息つくと、合流してきたミックからお褒めの言葉を頂く。



 これで現在地からSHBへ向かうまでにいる兵士の処理は終了した。


 といってもSHB周辺には発射に向けて作業している兵士が何人もいるので注意が必要だが、これ以上発見されずに事を進めるのは時間との兼ね合いを考えるとあまり意味が無さそうだ。



 などと考えながら眼前にそびえるSHBを見上げていると、急に妙な違和感を覚えてしまう。


 なんというか地下鉄が地上に出た時のような、今まで勢いよく噴き出していた公園の噴水が何の前触れもなく止まったかのような、気にしなければ全く気にならない範囲で周囲の景色がいきなり変わったかのような感覚だった。


 そのことがしっくりこなかった俺は違和感の正体を探ろうと、ほとんど無意識の内に首を巡らせてしまう。そして無意識に動かした首は視界に入った引っ掛かりによって九十度に達しようかというところで急停止する。


(いつの間に……)


 違和感の正体に気付き、首が停止した位置。


 そこにはフィエスガードをつけた黒ずくめの男が立っていた。



 黒髪、黒目、黒い服。


 さらに黒いトレンチコートのようなものを羽織り、背には長大な刀。


 口元は金属のフェイスガードで隠しており、表情がはっきりと分からない。



 今までこんな男はいなかった。


 兵士を倒しているところを見られてしまったと驚くより前に、そんな疑問が浮かんできてしまう。


(スキルか……)


【気配遮断】


 俺もよく使っているスキルだ。


 フォグやパトリシアも使っているのではないかと思えることがあったが、フォグは味方、パトリシアは正面から戦うのを好んでいたため印象が薄かった。


 まさか敵に自分が得意とするスキルを使われる日がやってこようとは……。


 俺は慌ててミックの肩を掴んで止めると、顎をしゃくって不意に現れた男の方を指した。


「っと」


 ミックも俺の合図でフェイスガードの男に気づき、立ち止まる。


 その表情から察するにフェイスガードの男に隙を突かれたことに少なからず驚いている様子だった。


「えらく暴れまわってくれたようだな……」


 こちらへ向けて発せられた男の声が金属のフェイスガードに遮られた結果、元の声音よりくぐもったものとなって聞こえてくる。


「俺たちじゃないぞ? まあ、お陰でここまでスムーズに事が進んだがな」


 不気味な雰囲気を漂わせるフェイスガードの男と正対し、ミックが肩をすくめて返す。


 フェイスガードの男を前にしたミックの表情はいつものお調子者といった感じがなく、真剣さが窺えるものだったことから相手が危険な存在なのではと予想できてしまう。


「知り合いか?」


 フェイスガードの男を見据えながらミックに尋ねる。


 二人の会話を聞く限り、顔見知りといった印象があった。


 何か因縁の一つでもある相手なのだろうか。


「あいつの名は……、知らんが通り名はブラックタイガー。手強いぞ」


「え、それが通り名なの?」


 どうやら突然俺たちの前に現れた全身黒ずくめでフェイスガードをした男の通り名はブラックタイガーというらしかった。まあ、全身上から下まで真っ黒だしブラックと言われればそうなのだが……。


「ああ、黒い虎だ。おっかねえぜ」

「あ、うーん……。分かった」


 その通り名について気になる部分もあったが、今は長話が出来る状態でもない。


 とりあえず呼び名が分かっただけで良しとすべきだろう。



「ふん、お前たちがやったかどうかなどどうでもいい。侵入者は見つけ次第全員処理する」


 俺たちを見据えながら背中の刀に手をかけ構えを取るフェイスガードの男改め、ブラックタイガー。


「おー、やる気だねえ。いいぜ、付き合ってやるよ」


 ブラックタイガーに応じるように拳を上げ、構えを取るミック。


(あと少しというところでこれか……)


 目の前には最終目標であるSHBがあるというのに、不意に現れた男によって後一歩というところで足止めをくらってしまい、なんともじれったい。


 いつの間にか現れたブラックタイガーなる男はミックのキリリとした表情を見る限り、多分一筋縄ではいかない相手なのだろう。


(つまり、こいつを何とかしないとSHBへはたどり着けないってことだよな……)


 両手にそれぞれ片手剣と鉄杭を握った俺はがっくりとした気分を表すかのようにため息をつきながら、ミックの加勢に加わろうと一歩前へと踏み出した。



 ◆



「ふんふんふん♪」


 閉じ込められていた部屋から出してもらえて上機嫌のラクルは鼻歌混じりに施設から脱出しようと地上を目指して歩いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

   

間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ