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14 激突



 ◆



「行くか……」


 ダーランガッタを背負い投げで彼方へとぶん投げたドンナは名残惜しそうに呟く。



 これ以上やりあえば本来の目的を達成できないと判断したドンナはダーランガッタとの戦闘を諦め、ラクル達の捜索へ移ることに決める。


 戦闘好きであるドンナが普段なら取り得ない選択。それほどまでに相手の実力が凄まじいというのもあったが、それ以上に時間が惜しかったのだ。


 今回の優先順位はラクル達の救出が上。ダーランガッタとの戦いには少し未練が残るが、あのまま戦っていれば薬の使用限界が来てしまうかもしれないと考えての離脱でもあった。


 周囲を見渡すも正面入口から移動しながらずっと大立ち回りを演じたせいか施設内は人がまばらだった。


 壁、床、天井といたるところに大穴を開けた割にはこちらへ駆けつけてくる兵士の数が少ない。ドンナはこちらへとかかってくる兵士を雑草でも引き抜くように殺して回りながらしばらく歩き回り、自力でラクル達を捜しだすことが不可能だと悟る。


 と、思考を終えた瞬間、丁度一人の兵士が斬りかかってくる。


「侵入者めっ!」


 兵士は怒声を上げながら剣をドンナへ振り下ろそうとした。


 ドンナはその剣を素手で受け止めて握りつぶし、相手の首根っこを掴む。


 そして兵士の頭部を引き寄せ耳打ちする。


「おい、ちょっと聞きたいことがあるんだ」


「がっ……」


 兵士はドンナに喉を強く握られ、まともに声を発することが出来なかった。


「ここで捕らえた奴を閉じ込めておく場所ってのはどこにあるんだ? あ〜、ただの牢っていうよりは重要人物を閉じ込めておくような場所な?」


 ドンナは兵士に尋ねながら手の力を加減して強め、首を握ったまま持ち上げていく。


「ガッ……ハッ……」


 首を絞められた兵士はドンナの腕を掴んでなんとかその状況を脱しようとしながら両足をばたつかせてもがく。しかし、ドンナの握力からはその程度で脱する事はできず、肺に残されていた空気を無駄に減らすだけだった。


「ほら、早く答えろよ。重要機密でもなんでもないんだから、お前でも場所くらい分かるだろ?」


 兵士が中々答えないことに苛立ちを覚えたドンナは手の力をじわじわと強めていく。


「ヒュー……、ヒュー……」


 しかし、兵士はドンナに首を握られたせいで呼吸が浅くなり、とうとう口の端から泡が吹き出しはじめてしまう。


「あー、しゃべれないか。指で差せ。ほら、早く」


「ぁ……、カッ……」


 顔を紫色にした兵士は死力を振り絞って腕を引き上げ、痙攣しながらある一点を指差した。


 そして兵士が差したひとさし指が斜め下を向いていることから目的地はまだまだ下層のようだという事が分かる。ドンナは兵士の指した方向を見て、重要人物が捕らえられているなら確かに上より下だろうなと一人納得した。


「ご苦労」


 場所を確認したドンナは握った手の力を強め、兵士の首をゴキリとねじ折った。


 動かなくなった兵士を投げ捨てたドンナは静かに構えを取る。


「フンッッ!!!」


 そして短い気合と共に床へ向けての正拳突き。


 ドンナの一撃を受けた床は放射状にヒビが入ったと思った次の瞬間、五メートル程の真円状に崩落する。


「こんなもんか?」


 ドンナは出来上がった大穴の底を確認しようと覗き込む。


 そして、結果に満足すると一つ下の層へ向けて一歩踏み出す。



「行くか……」


 自分専用の即席下り階段を作ったドンナは言葉少なに飛び降りた。



 …………



「ここか」


 その後、層毎に兵士を殲滅させながら下へ向けて進み続けたドンナは目的地に到着した事を確認し、一言呟いた。


 眼前には今は亡き兵士に聞いたラクル達が囚われていると思わしき場所があった。



 正直指を差した先を目指しただけなので確証があるわけではないが、見た目は間違いなく監禁場所と呼ぶに相応しい。



 そこは延々と何もない広大な通路が続き、突き当りには明らかに頑丈そうな扉が見える。



 巨大な扉の前にはおあつらえ向きに二人の兵士が警戒態勢で立っていた。


 兵士たちはドンナがここに辿り着くまでに散々出した破壊音に怯えるように壁にぴったり背をつけた状態で落ち着きなく震えていた。



 そんな兵士たちが正面から現れたドンナの存在に気付くと顔を白黒させながら抜剣する。


 が、ドンナの方へは向かってこず、その場で剣を構えて震えているだけだった。


「ラアッ!!」


 怯える兵士たちを一瞥し指をゴキリと鳴らしたドンナは正面へ向けて無造作に手刀を放つ。



 瞬間、三日月の衝撃波が発生し、警備をしていた兵士たちの首をあっさり撥ねた。と、同時に扉に大きな切れ目が入る。


「おっと、危うく中まで切っちまうところだったな」


 力の加減を間違えたことに軽く焦りつつ、扉の前まで移動する。


「ふん!」


 ドンナは身体を正面に向けたまま足の伸縮に体重を乗せただけのシンプルな蹴り、いわゆるケンカキックで無造作に扉を蹴り開けると、躊躇なく室内へと入り込む。


 中はホテルの一室を思わせるほど綺麗な空間となっており、部屋の中央にあるテーブルに人影が見えた。


「あ、久しぶりだね!」


 扉を破壊した音に気付いたのか、テーブルの側に居た人影がドンナに声をかけてくる。それは椅子に腰かけ、お茶を楽しみながら読書に興じていたラクルだった。


「えらく寛いでるな。助けに来た、出るぞ」

「うん、分かった。って薬を使ったの?」


 軽く笑顔で頷くラクルだったが、顔が赤黒く染まったドンナの姿を見て驚きの表情となる。


「非常事態だったからな。お前なら何とかなるか?」

「今できる事はないね。薬の効果が切れてもまだ生きていたら、その時は何かしら処置をしてあげるよ」


 淡い期待を抱いてラクルへと尋ねた言葉だったが、今はどうしようもないとのこと。


 しかしラクルの言葉を聞く限り、薬の効果が切れても生還できる可能性あるように感じられた。


「三錠飲んだら死ぬってわけじゃないんだな」

「三錠で命に関わる危険な状態になるってことだよ。まあ、余り軽く飲んで欲しくないから脅しを込めて言った部分もあるし、薬だから多少の個人差はあるから五錠飲んでも平気な人もいることはいると思うよ?」


 ラクルから得た回答としては三錠服用が境界線になるということ。


 そこから先は飲んだ人間によって効果に多少の開きがあるようだった。


(……フン、なら打ち勝ってやるさ)


 三錠飲んでも絶対死ぬわけではなく、五錠飲んでも無事な人間もいるというラクルの言葉にドンナは小さな光明を見出す。


「そうかよ。で、他の奴はどうした?」


 薬のことに納得したドンナは攫われた割にはラクルの待遇が良いことに驚きながらもメイディアナとエルザを見つけようと首を巡らせる。


「別の部屋だよ。ここに来てから会ってないから場所は分からないね」


「そうか。とりあえずお前を抱えてうろちょろするわけにもいかんから一旦外に出るぞ。二人はその後だ」


 ラクルの返答からメイディアナとエルザの二人は別の場所に囚われていることがわかる。


 しかし、このまま深部へと移動して二人を救出するにはラクルが邪魔になってしまう。



 入口周辺の敵は一掃したが、この辺りはまだ兵士がうろうろしているし、下層に行けばもっと増えるだろう。


 そんな状況でお荷物を増やして下層へ進むのは難しいと判断したドンナはひとまずラクルを脱出させてから、改めてメイディアナとエルザの捜索を再開する事に決める。


「うん、着いていくよ」


 椅子からぴょんと飛び降りたラクルは軽い歩調でドンナの側へと寄る。


「手ぶらで行くつもりか? 準備が終わったら扉の方に来い」


 ドンナはラクルに脱出準備をするよう告げると、自身が破壊した扉の方へ移動し、新手が来ないか見張りをはじめた。


「そうだね。最低限の荷物は持っていこうかな」


 どうやらラクルは何も持たずに外へ出ようと考えていたようだったが、ドンナの言葉を受け、荷物をまとめに部屋の奥へと向かうのだった。



 …………



「わあ、派手に暴れたみたいだね」


 荷物をまとめ終わり、ドンナが蹴り開けた扉の外を覗き込んだラクルが驚きの声を漏らす。



 実際、ドンナが通ってきた後は破壊し尽くされており、元の形状を知るにはパズルを解くようにじっくりと腰をすえて考える必要があるほどだった。


「後は入口に向かって進むだけだ。この先は皆殺しにしといたから敵もいない」


 通路を覗いて感嘆の声を漏らすラクルにドンナは顎をしゃくって帰り道の説明をする。


 途中、ダーランガッタを引き離す際には床を抜いて下層へ降りたが、それ以降はなるべく兵士を殺して周りながら進行してきた。ドンナとしてはただ暴れ回ったわけではなく、撤退時に救助した者と同行する事を一応考えての破壊と殺戮だったのだ。


「確かに誰もいないね。ほんとに全部やったの?」


 未だ土煙が舞い上がる破壊の後を前にラクルがドンナへ尋ねる。


 周囲の痕跡はとても一人で行ったとは思えないほどに苛烈なもので、爆発事故が起きたと説明された方が納得できるほど凄惨なものだった。


「私らが外へ出るのを邪魔しようと考える奴がいなくなるほどには消し飛ばしておいた。隠れてこそこそするのは性に合わねえからな。風通しがよくなって見晴らしもよくなっただろ」


 得意気というわけではなく、いたって当たり前といった風に説明するドンナ。


「ふふっ、道が分からない僕でもこれなら迷わないで済みそうだよ」


 壁や支柱を最低限残し、何もなくなったフロアを見たラクルは笑いながら頷く。



 と、突如、ドンナ達の側の壁が破壊され、一人の青年が飛び込んできた。


 金髪碧眼に爽やかな微笑を携え、ドンナとラクル達の前に現れたのは撒いたはずのダーランガッタだった。



「捜したよ……。第二ラウンドといこうか」


「チッ。おい、後は一人で行け。二人の事は気にせず見つからない場所まで移動して隠れてろ!」


 ダーランガッタと相対したドンナは苦虫をかみつぶしたかのような表情で舌打ちするとラクルに逃げろと叫ぶ。


「分かったよ。君も気をつけてね」


 ラクルは事態の深刻さを察したのか、ドンナの言葉を素直に受け入れ、その場を去ろうと駆け出す。


「行かせないよ」


 と、ここでダーランガッタがラクルを止めに入ろうと地を蹴る。


 しかし、それを見通していたかのようにドンナが床を殴って大穴を開ける。


 ダーランガッタは眼前に出来た大穴を前に止む無く立ち止まった。


「さっさと行け!」


 ダーランガッタを見据えたまま背後にいるであろうラクルにドンナが再度叫ぶ。


「うん、じゃあまた後でね」


 ドンナの背後では返事と共にラクルの小さな足音が遠ざかって行くのが聞こえた。



「彼を逃したとなれば僕も叱られちゃうし、そろそろ本気でいかせてもらおうかな」


 不敵な笑みを携えたダーランガッタは眼前に出来た大穴を飛び越え、眼下にいるドンナへ向けて突きを繰り出した。


 しかし、ドンナはそんな攻撃を受けるでもかわすでもなく、その場に屈みこむ。



 そして深く息を吸うと大きく拳を振りかぶった。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 屈み込んだドンナは大音声の咆哮とともに床を殴った。


 全力全開といわんばかりの一撃は先ほどの大穴を上回る範囲を崩壊させ、ドンナもそれに巻き込まれて下層へと落下してしまう。



 最大限の力を込めて放った拳から発生した衝撃波は何層もの床を貫通し、縦長のトンネルを完成させる。


 ドンナはそんなトンネルの落下中に再度構えを取り、新たに迫る床に狙いを定める。


「ぶっ壊れろおぉおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」



 繰り出したのはまたもや全力の一撃。


 そんな一撃を一手に引き受けた床は成す術もなく倒壊する。


 更に拳から発生した衝撃波がその下の層の床、その更に下といった感じで幾層もの床を一気に破壊しつくす。


「オラアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


 空中に投げ出されたドンナはさらに下方へ向けて乱打を放った。


 空中で繰り出した拳は空を打つだけに留まったが、その拳から発射された衝撃波は下方にある床をことごとく砕いていく。



 一枚ではなく、何枚も。


「クッ」


 空中から飛びかかろうとしていたため、ドンナの攻撃に巻き込まれることは無かったダーランガッタだったが、それと同時に着地する地面を失ってしまう。


 空中にいて身動きが取れなかったために、ドンナと共に下層へ自由落下する状態になってしまったのだ。



 ダーランガッタが空中に投げ出されたことを確認したドンナは再度拳を振りかぶる。


 下へと向けて落下する中、新たな床が薄っすらと見えた瞬間――。


「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 拳を突き出し、もう一度床を砕く。


 粉々に砕く。


 何度も拳を振るった結果、何枚もの床をぶち抜いたいびつな縦穴が完成する。



「くそっ、これじゃあ……」


 空中で成す術もなく落ちることに身を委ねたダーランガッタの呟きが聞こえる。



「下まで一緒に行ってもらうぜ」


 と、決着は下層でつけるような言い回しをしながらドンナは【渾身突き】の溜めに入った。


 このダーランガッタという男は強い。


 正直に言えば正面から戦いたい相手だ。


 しかし、こいつはもったいつけて実力を見せない傾向があり、相手が女だと手加減までしてくる。


 力と力のぶつかる勝負ができるなら素晴らしい相手である事は間違いないが、この男はそれをしようとはしない。


 そしてドンナには今は優先してやるべきことがある。


 となると目の前の男は邪魔者以外なにものでもない。


 ならば力の限り排除する。


 限界まで力を溜めた突きで跡形もなく消し飛ばす。


 力の権化と化した今の状態ならそれができるはず。


 闘いとは違った部分、強力になった自身の力の確認に悦びを見出したドンナは相手に悟られないようにしながら【渾身突き】の溜めを続ける。


 勝負は床に着地した瞬間。


 その瞬間に最大の一撃を放ち、勝負を決める。


「……何かしようとしているね?」


 しかし、ドンナの企みはダーランガッタにあっさり気付かれてしまう。


 未だ余裕の表情は崩さないダーランガッタであったが、ドンナを見据える瞳は冷たさを感じさせるものへと変わっていた。


「必殺の一撃を着地の瞬間に放って僕を倒す、といったところかな? 下の方で余り大きな技を出されると色々と困るから、今回は君の身の安全を考えずに全力で止めさせてもらうよ」



 ドンナの行動を予想したダーランガッタはそれを阻止するべく、空中で剣を上段に構え、一撃を放つ姿勢になる。


「言ってろ……、跡形もなく消し飛ばしてやる」

「強気だね。まあ、上の被害を考えれば説得力はあるか……」


 ドンナとダーランガッタ、二人揃って構えたままの姿勢での落下。


 力を溜める二人に合図を送るように終着点である地面が近づいてくる。


 ――そして二人同時に着地。


「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

「セイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 お互いに気合の裂ぱくと共に必殺の一撃を放つ。


 途端、二人から放たれた衝撃波がぶつかり合う。


 凄まじい勢いで激突した衝撃波は相殺する事なく、両サイドから風船に空気を送ったかのようにエネルギーの塊を膨らませる。


「ッ!」

「まずい!?」


 両者の力の衝突は限界までゆっくりと混ざり合うようにして膨張する。


 そして限界まで膨張した力の塊はその形を保つ事ができず、耐え切れずに破裂した。


 破裂した力の奔流は激しい爆発となって辺りを吹き飛ばす。


 眩い光を放つ衝撃波は全てを巻き込んで消し去った。


「グアッ!」

「くっ……!」


 当然、その渦中にいたドンナとダーランガッタの二人は大技を放った隙に衝撃波がもろに直撃し、磁石が反発するかのようにして双方逆方向へと大きく吹き飛ばされる形となってしまうのだった。



 ◆



(おっと……)


 俺たちがSHBを目指し地下十五階に向かっていると、丁度兵士たちがぞろぞろと走ってくるのを目撃し、素早く物陰に隠れる。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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