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10 意思の疎通


 デートの待ち合わせのような受け答えをした後、お互いに沈黙が生まれる……。


 オリンお婆さんの姿は昨日の村人のような格好から一転して、どこから見ても冒険者とわかるしっかりした装備に変貌していた。




 頭には金属の額当てをして、全身は茶色の忍者装束のような服装に変わっていた。


 そして両脇に刀を一本ずつ差している。


(忍者装束なのに茶色、砂漠仕様なのか? いや、それよりなんで両脇に刀差してるんだ? 脇差はないのか? いや、忍者なら脇差関係ないか?)


 などと考えてしまう。


 てっきり魔法使いかと思っていただけに、不意打ちで横っ面を引っぱたかれた気分だ。



「あの、オリンさんの職業ってなんですか?」


 やはり刀とはいえ刃物を装備しているという事は戦士だろうか。



「…………サムライさ」


(SAMURAI!)


 思い切り横っ面を引っぱたかれたあとに返した手で往復ビンタされた気分だ。



「そ、そうでしたか」


 予想外の答えに軽くうろたえてしまう。


「それよりアンタ!」


「は、はい!?」


「なんで準備してないんだい! こっちはすぐ移動できるようにしてるのに。アタシゃ、アンタの準備が終わるまで待ってないといけないのかい?」


 このお婆さんは何を言っているのだろうか。



 俺だって準備は出来ている。高齢で目が悪いのだろうか。


 やはりよる年波には勝てないってことなんだろうか。



「え? 準備できてますよ?」


「なんだって?」


「いつでも行けます!」


「アンタふざけてんのかい!?」


「ふざけてないですよ!」


 しばらく押し問答を続けた結果、俺が村人ルックで武器も持っていないのが原因と判明した。


 そういえば俺はどう見ても無防備だった。



 理由が分かった俺はオリンお婆さんに理解してもらえるまでじっくりと時間をかけて事情を説明した。


 そして、気の強いオリンお婆さんと長々と話しているうちにだんだん言葉遣いが面倒臭くなってきて普通に戻ってしまう。


「金がないからこの状態なんだよ。でも、モンスター討伐は大体問題ないから安心してくれ」


「わかったよ。で、アンタの獲物はなんだい?」


 そう言いながらオリン婆さんは自分の腰に差した刀を握ってみせる。


「これだ!」


 俺は漬物石くらいの石をリュックから出し、得意気に見せた。


「ふざけてんのかい!?」


「ふざけてねぇよ!」


「ただの石じゃないか!」


「そうだよ!」


 しばらく押し問答を続けた結果、俺のファイナルウェポンがただの石にしか見えないのが言い争いの原因と判明した。


 そういえばどう見てもただの石だった。



「大丈夫だから! いけるから!」


「契約しちまったから着いてくけど、足手まといにだけはならないでおくれよ」


 ダンジョンに入る前から護衛する側から護衛される側になりそうなのをなんとか踏みとどまる。


「じゃあ、パーティー組んでおくれ」


 (ん? 一緒に行くことがパーティーじゃないのか?)と以前の俺なら言っていただろう。


 しかし、受付のお姉さんに講習を受けたので俺は知っていた。



 パーティーはメニューから選択して組むことで初めて意味をなすのだと。


 メニューを出してみると前はなかったパーティーの項目があった。


 はじめてのときは参加の意志がある人が側にいないと発動しないのだろうか。



 早速、選択してみると参加可能な冒険者の表示欄にオリンの文字があるのでそれを選択。


 パーティーの項目をチェックしても名前があるだけで職業、レベル、ステータス、所持スキルといったものは表示されないようだ。


 講習を受けた結果、メニューを出せるのは俺一人ではなく、この世界では誰でも出せるということを知った。


 ただ、講習の内容を聞く限り俺のメニューとは微妙に違っていた。


 武器を持っただけで職業が選択できることはなく、ある程度その武器が使いこなせていないと選択できないらしい。


 また、この世界の人が持っているメニューは項目の説明がつかないそうだ。


 つまり、転職の条件などが分からないのだ。といっても、俺もその職業になれる段階で転職条件が判明するのであまり意味はないが。


 普通の人のメニューと比較すれば俺のメニューは多少優遇されているといったところだろう。


 アイテムボックスを使えることも加味すると意外と厚遇扱いなのかもしれない。


 多少の差異はあるようだが問題なくパーティを組むことには成功した。



「パーティーを結成したぞ。初めてなので一応そちらでも確認してもらっていいか?」


「ああ、こちらでも問題ないよ」


 講習で教わったが、パーティを組むとパーティメンバーが一人増えるごとにステータスの全ての能力値が7増えるそうだ。上昇は三人目まで上がり続けて能力上昇の最高値は21らしい。


 ステータスを確認してみると確かにプラス7増えていた。


 ただ魔力は0のままだった。元から能力値が0のものは上昇しないらしい。



 だがこれは地味にすごいことだ。


 全ての能力値が1さえあれば、二人パーティーでも上昇する値の合計は28にもなり、実質2レベル上昇したのと変わらない。


 だが、ステータスが上昇してしまうせいで複数でタコ殴りにするのが冒険者の定番攻略スタイルになってしまっているのだろう。


 そのため募集も攻撃が強力なものと回復手段の二つが重要視され、斥候のような役割は必要とされない傾向にあるような気がする。


 そんなことを立ち止まって考えている間にオリン婆さんが随分先に進んでいた。


「早く行くよ! さっさとしな」


「おう」


 慌てて駆け足で追いかける。



 攻略するダンジョンはゴブリンのダンジョンと前日の内に決めてある。


 その時は単純にオリン婆さんを守るなら慣れている場所がいいだろうと判断したためだが、あの格好を見ると別にどこでもよかったのかもしれない。


(いや、ちゃんとした装備をしていても体の方はついていけるのだろうか)


 そんな疑問を感じながら俺たちはゴブリンのダンジョンへ突入した。



「そういやアンタ、職業はなんだい?」


「…………せ、戦士だ」


 間を置いたこちらの返答にオリン婆さんは納得していないようで、まるで俺の服にシュールストレミングの汁がついているかのように顔をしかめる。


「アンタが本当に戦えるか信用できないから、ちょっと一人でやってみな」


 オリン婆さんはギロリと鋭い視線を俺に向けてくる。


 それはこっちのセリフなのだがオリン婆さんの懸念も最もだろう。



「ああ、わかったよ。じゃあ少し離れていてくれ」


 俺はいつも通りゴブリンを探し出す。そして【気配遮断】と【忍び足】のコンボでゴブリンの横をすり抜けて背後に回りこみ【暗殺術】の力を利用してサクサクと倒してみせる。


「な? 大丈夫だろ?」


 ゴブリンを倒し終えて俺は胸を張る。


「卑怯で汚らしい戦い方だね。男なら正面から行きな!」


(全否定されたよ)


 白目を剥く俺。


「そんなことしたら死ぬだろうが! 相手に手を出させないように戦って何が悪いんだよ!」


「そういうのが男らしくないって言ってるのさ」


「なら、婆さんはちゃんと戦えるのかよ!」


 そんなつもりはなかったのに、ついムキになって言ってしまう。



「……下がってな」


 オリン婆さんは俺の前に出てゴブリンを探しはじめた。


 程なくするとゴブリンを見つけて構える。



「ごめん、言い過ぎた。俺がやるからいいって」


「……黙ってな」


 俺が止めに入ろうと近寄った瞬間、オリン婆さんの姿が消えた。


 次に気がついた時にはゴブリンの正面にオリン婆さんの姿があった。


 一体いつの間に……。


 ……チン。


 刀を鞘に納める音が静かなダンジョン内で響く。


「え?」


 納刀し、こちらへ振り返ると同時にオリン婆さんの周囲にいた四匹のゴブリンがスパッと縦に裂けた。


(やだ、男らしくてかっこいい)


 俺の事を全否定するだけはある。


 ……というか、なんだあれは……。


 全然見えなかった。あれだけ強かったらどうとでもなるじゃないか。


 問題なのは本当に年齢だけだったということなんだろう。


「……強すぎだろ。今の全然見えなかったぞ!」


「駄目だね……全く勘が戻らないよ」


 オリン婆さんはそう言いながら肩に手を当て、首を振るとゴキッゴキッと大きな音を鳴らす。


「えぇ〜?」


 あれで実力を出し切れていないってどれだけ凄いんだ。


 とにかく、はじめ考えていた護衛するつもりで動くというのは改めた方がいいだろう。今日を含め三日間の計画も大幅に変えるべきだ。



「一旦探索をやめて、これからについて話し合いましょう」


「わかったよ」


 ……オリン婆さんとの話し合いの結果、今日はこのままゴブリンを狩り、翌日からは競合相手が少ないが素材の旨味があるキラースネークを狩ることになった。


 キラースネークとやってみて難しいようなら、そのときもう一度考えるということで話し合いを終え、ダンジョン探索を再開した。


 …………


 その日の狩りを終えダンジョンを出た後、俺は盛大に落ち込んだ。


「何もできなかった……」


「アンタが遅すぎるのさ」


「婆さんが速過ぎるの!」


 狩りはオリン婆さんの独壇場となった。


 俺が石を振り上げて接近する頃にはゴブリンは全て断面標本のようになっているのだ。



 距離が離れた個体を狙うときには多少時差が出るがそれでも俺のスピードでは対応できなかった。


 そのため、振り上げたはいいが行き先をなくしてしまった石をしょんぼりしまうことを何度繰り返したか……。


 とうとう石での戦闘に限界が来てしまったのだろう。


「しかし、結構儲かったね。アタシゃもっと稼ぎが低くなると思っていたよ」


 そんな落ち込んだ俺など構わず、オリン婆さんは報酬が良かったことに喜んでいた。


 ギルドで報酬を貰って等分すると、俺がソロでダンジョンに入ったときより二割程報酬が増額した。



 それはオリン婆さんのお陰で、今までは敬遠して逃げたような集団でも問題なく戦闘できるのと、一戦当たりにかかる時間が短縮できてしまったからだ。


 さらに俺の【気配察知】も活躍しているため、次の戦闘までの間隔も短縮できているのも地味に効果を発揮している。


「そりゃ、あんだけバッタバッタと斬りふせればこうなるでしょうよ」


「まだまだなんだけどねぇ……」


「じゃあ、明日からはキラースネークのダンジョンで引き続き勘を取り戻してくれ」


「そうさせてもらうよ。それじゃアタシは帰らせてもらうよ」


「今日はありがとうございました。明日も頼んます!」


「せいぜいケガしないようにするんだね」


 そう言いながらオリン婆さんは俺に背を向けたまま手を振りつつ帰っていった。



(明日も何もできなかったら、パーティー組んだ意味がないよな)


 無言の戦力外通知を受けた俺はオリン婆さんの後姿を見送りながら明日どうするべきか考えていた。



「……弓を買いに行くか」


 俺はそう思い立ち、武器屋へ向かった。


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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