10 新手 二
こちらに視線を合わせようともしない二人はどう見ても隙だらけ。
今なら一撃で確実に仕留められると考えたメイディアナは二人組目がけて駆け出した。
「はあああああっ!」
悠長に話して隙だらけに見えたため、メイディアナが道を開こうと二人へ向けて殴りかかる。
しかし、その拳は赤髪の男であるオーハイによってあっさり受け止められてしまう。
オーハイは兵士達を一撃で屠ったメイディアナの巨大鉄球のような一撃をキャッチボールの球でも扱うように軽やかな感じで受け止めてしまった。しかも、メイディアナの方には一切視線を向けずに、だ。
「ふむ、牢に戻すか?」
そして何事もなかったかのようにプルウブルーとの会話を続けようとする。
(くっ、男の方が駄目でも女の方なら……ッ)
オーハイに拳を受け止められたメイディアナは標的を青髪の女であるプルウブルーへと変更する。二人は話をするため至近距離にいた。そのためオーハイに拳を握られた状態でもプルウブルーの立っている場所は打撃の射程内であり、攻撃は可能だったのだ。
「はあああああっ!」
拳を受け止められたメイディアナはもう片方の拳をプルウブルーへ向けて放った。
オーハイとプルウブルーの両者は立ち止まって会話をはじめた位置から一歩も動いておらず、十分にメイディアナの拳が届く射程内。片方の拳は握られて不自然な姿勢となっていたが申し分ない威力の打撃を繰り出すことが可能だったのだ。
「ちょっと……! あ〜、もう面倒だなっ!」
しかし、メイディアナが放った一撃はプルウブルーによって難なく弾かれてしまう。
プルウブルーはまるで自分の周りにたかる羽虫を嫌がるかのような表情で軽く手を振っただけだったが、そんな軽い動作とは裏腹にメイディアナの重い拳は難なく叩き落されてしまう。
苛立ちの表情を見せるプルウブルーはメイディアナの拳を弾くと即座に蹴りを放った。
メイディアナは拳をオーハイに握られ身動きが取れなかったたため、何も出来ずに無防備に晒した腹部にプルウブルーの蹴りが突き刺さる。
そして蹴りがヒットしたのを確認した瞬間オーハイが手を放し、メイディアナはエルザの元まで吹き飛ばされてしまう。
「クッ!」
しばらく宙を舞った後、自身が倒した兵士の死体を跳ね飛ばしながら床を滑るようにして吹き飛ぶメイディアナ。
プルウブルーの動作を見る限り、さほど力が入っているようには見えなかった。だが、飛ばされた飛距離と自身に襲い掛かるダメージは相当なもので、二人の得体の知れない力量に戦慄を覚える。
数メートル空中を舞った後、地面に叩きつけられ、それでも止まらず地面を擦過する。
自身が倒した兵士たちが緩衝材となってやっとの停止。
(ここで拘束されれば遠くないうちに結局殺されてしまう)
深刻なダメージを負うも、牢で聞いた見張りの言葉が頭をよぎり、軋む腹部を押さえながら立ち上がろうとするメイディアナ。
そんなメイディアナの側に慄然の表情を浮かべたエルザが駆け寄って来る。
「メイディアさん! こ、降参しましょう! 牢に戻れば……」
今ならまだ殺されない。
大人しく牢に戻れば命だけは取られない。
そう考えたであろうエルザの声がメイディアナの耳に届く。
「ハアアアアアアッッ!!!」
しかし、メイディアナはエルザを振り払うと再び二人組目がけて飛び出した。
エルザの言う通り牢に戻れば一旦は殺されないかもしれない。
それでも見張りの男の言葉が本当なら今日中にラクルを含めた自分達三人が殺されるのは明白。
ここで捕まってしまえば一度脱出を許したことから相手も警戒するし再度逃走を図るのは困難になってしまう。つまり、今逃げ出さない限り道はないのだと考えたメイディアナはひたすら抵抗を試みる。
飛び出したメイディアナは再びオーハイに狙いを定めると連撃を放った。
「で、どうする?」
オーハイはそんなメイディアナの連撃を眼の端で捉えて捌きながらプルウブルーへ質問を投げ掛けた。
「な!?」
全力での乱打を軽くあしらわれ驚愕するメイディア。
「ちょっと、今話してる途中だからやめてくれる?」
と、またしてもプルウブルーの蹴りがメイディアナへ突き刺さる。
「キャアアアッ!!!」
腹部に蹴りが突き刺さり、再度大きく吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられるメイディアナ。
今度は起き上がることも難しく、その場で動けなくなってしまう。
「メ、メイディアナさん!」
倒れて動けなくなったメイディアナへとエルザが駆け寄る。
しかし、メイディアナの側へ近づいたのはエルザだけではなかった。
「……ちょっと、やめろって言ったよね?」
苛立ちをあらわにしたプルウブルーが抜剣し、倒れ伏すメイディアナへ向けて剣を突きたてる。
「ガッッ!!!」
突き立てられた剣はメイディアナの肩部へと突き刺さり苦悶の声が漏れる。
「ヒッ」
目の前で親しい人が傷付けられるのを目撃したエルザは声にならない悲鳴を上げつつ後退ってしまう。
怯えるエルザの目の前でメイディアナは刺された剣を握ると強引に引き抜き、ヨロヨロと立ち上がった。
「へぇ、頑張るじゃない」
メイディアナの奮闘にプルウブルーは関心したような口振りで剣を構えなおし、オーハイの元へと下がる。
いくら立ち上がったとはいえ、すぐさま次の行動に移れないほどの負傷状態のメイディアナを前にしての後退。明らかにメイディアナを誘っているかのような動きだった。
「ハァハァ……」
メイディアナは肩から零れる鮮血を手で抑えながら一歩踏み出す。
「だめっ! 行っちゃだめ!」
嫌な予感が頭からこびりついて離れないのかエルザは必死の形相で叫んだ。
「ハアアアアアアッ!!!!」
しかし、エルザの叫びが引き金となり、メイディアナは拳を振りかぶって駆け出す。
「発射まであとわずかだ。侵入者へはダーランガッタが向かったし、俺たちはもういいんじゃないか?」
「それもそうね」
二人は散々話した挙げ句、地下五階へ行く事を諦めたようだった。
そして二人同時に剣を抜く。
会話のついでといわんばかりに軽く抜き放たれた剣はある一方へと突き出されていた。
その先には――
「……あ」
――メイディアナがいた。
二人組が突き出した剣の行方。
それはメイディアナの胸の中だったのだ。
「チッ、返り血が……」
「ハハッ、ちょっと〜鈍ったんじゃないの?」
「かもしれんな、今度訓練の時間でも貰うか。じゃあ戻るか?」
「そうね、でも護衛は飽きたわ。何か他に面白い事でもないかしら」
二人はメイディアナの方を向かず、無造作に剣を引き抜く。
途端、剣を引き抜かれたメイディアナの胸部から鮮血が噴き出した。
「ア゛…………」
声にならない喘ぎを上げ、その場に崩れ落ちるメイディアナ。
「メイディアさあああああんんッッ!!!」
倒れるメイディアナを見て混乱したエルザは絶叫する。
驚愕の表情で目に大量の涙を溜めたエルザは無我夢中といった様子でメイディアナの元へと駆け寄った。
そして取り乱したままに倒れたメイディアナを抱き上げる。
「ごめ……んなさ……い……。逃げ…………て」
残り少ない力を振り絞り、震えながらエルザの方を向いたメイディアナはか細く呟いた。
そしてエルザの頭を撫でようと手を伸ばすも途中で力尽き、腕がダラリと垂れ下がる。
◆
「ぁ」
完全に動かなくなってしまったメイディアナを見て固まるエルザ。
時間が止まったかのように静まり返ったその場には先ほどと何一つ変わらぬ話し声が聞こえてくる。
「じゃあ、管制室に戻るぞ」
「あ〜、面倒だな。ねえ、談話室でお茶飲んでからにしない?」
次の行く先を話すオーハイとプルウブルーの二人は結局一度もメイディアナを正視することなく、その場を去ろうと歩きはじめた。
そんな二人の背と力尽きたメイディアナの間でエルザの視線が揺れる。
「はぁ……はぁ……、よ、くも……よくもおおおおおおっ!!」
今までの臆病な自分からは想像も出来ないほどの怒り。
エルザは立ち去ろうとするオーハイとプルウブルー、二人の背に怯えを通り越した憤怒の視線を突き刺す。
激情に狩られたエルザは二人の背を見つめたまま抱き上げていたメイディアナを地面へ下ろす。そして側にあった兵士の死体から剣を奪うと立ち上がり、二人へ向けて駆け出した。
少し前なら勝ち目があるとは思えなかった相手。
降伏しようと考えていた相手。
だが、そんな考えなど吹き飛んでいた。
一矢報いたかったのか、怒りをぶつけたかったのか、本人にもどうしてだかは分からなかった。ただただ、許せないという感情が止め処なく噴き出し、全ての行動を支配したかのように全身を突き動かしていく。
「行くぞ。あまりサボってばかりだと、またダーランガッタが愚痴るぞ」
「あれはあいつの趣味でしょ? そんなことよりさ、お茶行こうって」
「発射まであと僅かだ。我慢しろ」
「はぁ〜、早く終わらないかしら。明日にはサイヨウ国へ帰るんでしょ? こんな何もない所に閉じ込められるなんて散々だったわ」
「今回は大掛かりな作戦だったし、止むを得ん。道中での買い物には付き合うから機嫌を直せ」
「本当!? 約束だからね。じゃあ、今はとりあえず談話室でお茶にしましょ」
二人は駆け出したエルザなど気にも留めず、会話を続けながらその場を離れようと歩き出していた。
会話の内容から察するに明日にはここを立ってサイヨウ国へ向けて移動するということが分かったが、特に重要というわけでもない雑談を交わしているだけに見えた。
駆けるエルザはそんな二人目がけて剣を突き出す。
「このおおおおおおおっっ!!!」
二人はこちらのことなど気にも留めず、会話に夢中になって隙だらけだった。
事実、エルザの方には一度も振り向かなかった。
振り向かなかったはずなのだ。
「え?」
だが、エルザが握っていたはずの剣は床へと落ちていた。
二人へ振りかざそうと勇ましく握った剣は片腕と共に床へと落下していたのだった。
そう、エルザには気付けない速度でオーハイとプルウブルーは抜剣し、自然な流れで剣は振るわれ、腕ごと斬り落とされていただけだったのである。
「あああああああっ!?」
途端、斬られた腕の断面から止め処なく血が流れ落ちる。
「おい、お前ら、俺達は談話室へ向かう。そこの女を処分しておけ」
「本当は拘束しておかなきゃいけないんだけど、もういいよ。私が許可したって言っとくからやっちゃって」
エルザに背を向けたまま二人は歩き続け、通りがかった兵士たちへ指示を出す。
しばらくすると二人の姿は腕を斬られて片膝をついたエルザからは完全に見えなくなってしまう。
なぜ見えなくなったかといえば、二人の指示を受けた兵士たちがエルザの周りを取り囲みはじめたからだった。
「はぁ……はぁ……、ぐっ……」
ふらつき、膝を突くエルザ。痛みに顔を歪めたエルザの見つめる先には息絶えたメイディアの姿があった。そんなメイディアの躯を踏みつけながら大勢の兵士が小さくない喧噪と共にエルザを囲む。
「お前らはさっさとそこを済ませて、侵入者の討伐に行け」
「私らは休憩してくるから、何かあったら報告よろしく〜」
遠方から少し声を張ったような感じで兵士たちへと指示を出すオーハイとプルウブルーの声が届く。そしてそれを最後に二人の声も聞こえなくなった。
「はぁ……はぁ……」
エルザは乱れる息を整えようと必死になりながら立ち塞がる兵士たちの隙間から遠ざかって小さくなった男女の顔を見ていた。
もはや何も聞こえないが、離れて小さくなったその姿から二人は相変わらず雑談を続けているように見えた。遠く離れていく二人は最後まで決してこちらを振り向くことなく、そのまま消えて見えなくなってしまう。
◆
「で、ここが管制室ね」
俺は目の前にある扉の上についたプレートを読み上げながら目的地に到着したことを確認する。




