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6 脱出の時



 ◆



 鉄格子で遮られた何もない部屋。


 その部屋の隅に二人はいた。



「グスッ……」


 膝を抱えて丸まったエルザは自然と流れ出た涙を拭う。


「大丈夫ですよ、落ち着いて」


 メイディアナはそんなエルザの肩を優しく抱きとめた。



 数日前、エルザ、メイディアナ、ラクルの三人は謎の集団に拘束された。



 捕らえられた三人は移動を重ね、カッペイナ国の片隅にあるこの施設に監禁される形となってしまう。


 ラクルだけは別の部屋へと引き離されたが、エルザとメイディアナは同室となり、特に何事もないままに数日が経過していた。



 何もなくとも牢の中で監禁されている状態という非日常的状況はエルザの精神に負荷をかけ続けたようで、日を増すごとに表情が薄れ、話すことも少なくなってきていた。


 そんなエルザを見かねたメイディアナは少しでもエルザを安心させようと片時も側を離れず、不安の払拭に努める。



 今も情緒が不安定になったエルザを落ち着かせようと笑顔を見せたが、あまり効果はみられなかった。


「で、でも! このままじゃ私達そのうち殺されてしまうんじゃ……」


 今日まで何かされたわけではないが監禁された理由も判然としないせいか、エルザは高まった不安を吐露し、怯えた表情を見せる。



「そんな事はさせません。私が守ってみせます。だから安心して下さい」


 そんなエルザの不安を受け止め、笑顔で励ますメイディアナ。


 メイディアナはエルザを優しく包み込んだままむずがる子供をあやすようにぽんぽんと軽く身体を叩いて落ち着かせようとする。


「メイディアナさん……」


 声音に少し穏やかさが戻ったエルザは抱きとめられたメイディアナに自然と体重を預けて目を閉じた。


「マスターの仕事が済めばきっと解放されます。それまでの辛抱ですよ」


 こちらを拘束してきた相手との短い会話の内容を思い出す限り、目的はラクルを利用する事だと考えたメイディアナはエルザにそう告げて、時間が経てばこの状況も終わりがくると優しく伝えた。


 が、そこで外から鉄格子が蹴られ、大きな音が鳴る。


「バカじゃねえの、殺されるに決まってるだろうが」


 音に驚いたエルザとメイディアナが振り向くと、鉄格子の外で二人の会話を聞いていた見張りの男が嘲りが色濃く現れた表情でこちらを見下ろしていた。


「ヒッ」

「私達を殺しても意味がありません。マスターの不評を買うだけですよ」


 怯えるエルザを抱きしめてメイディアナが見張りの男を睨み返す。


 ここに閉じ込められてから檻の外には常時見張りがおり、二人の会話もずっと筒抜けだったのだ。



 見張りは普段、無口を貫き存在が希薄だったが、それでも人に監視されている事実は変わらず、二人にとっては緊張を強いられる原因の一つとなっていた。


 普段なら見張りの男は二人の会話に耳を貸すことなどなかったのだが、今回は珍しく口を挟んできた。



 いぶかしんだメイディアナが見張りの様子を窺うと、どうにも落ち着きがない。


 いつも座っている椅子から離れ、そわそわと周囲を歩き回り続けているのが分かった。



「だからバカだって言ってるんだよ。そのマスターも殺されるに決まってるだろうが。ここの情報を外部に持ち出されるわけには行かない。あんたらはラクルを指示に従えるための人質ってだけなんだ。ラクルの用が済めば三人共処理されるだけだっての!」


 見張りの男は座って縮こまる二人を見下ろしてニヤニヤとした表情を浮かべながら話し続けた。が、視線は周囲を行ったり来たりと定まりが悪く、その顔はどこか焦りの色が窺える。


「マスターを殺せば色々と困るのでは」


 挑発まがいの発言などいつもなら無視しているところだが、見張りの様子に不自然さを感じたメイディアナは余計な事をうっかり漏らすかもしれないと期待を寄せて会話を続ける事にする。


「SHBは量産体制を確保しつつあることは俺でも知っている。今回の試射兼見せしめがうまくいくようにと念のためにラクルを連れて来たが、発射が成功すればあいつも用済みだ。発射は今日執り行われる予定だし、それが成功すればお前らも終わりだ。せいぜいそこで短い余生を楽しむんだな!」


 見張りの男はクツクツと笑いながらメイディアナの言葉に丁寧に反論する。


 そしてメイディアナの予想通り、男は言わなくてもいいことをペラペラと話してくれた。



 それは、攫った者達がラクルを必要としていた用事が今日で終了するという事。 そしてその用が終われば、全員が用済みになるという事である。


 つまり、自分達に残された時間は少なく、主であるラクルにも危機が迫っており、ここで待機している必要がなくなったことを意味する。



 メイディアナとしては穏便に事が済む可能性を考え、ひたすら待ちに徹していたのだが、それが裏目に出てしまったようだった。



「それは一刻の猶予もありませんね」


 この場からの脱出を決意したメイディアナはエルザの頭を撫でるとすっと立ち上がり、鉄格子の方へと向かう。


「解放されると思っていたあんたの誤算だな。まあ、こっちもどうでもいいところで誤算が出て予定が遅れる可能性があるが……。くそっ、なんでこんな時に侵入者が……」


 見張りの男はせわしなく動き回りながら愚痴る。


 どうやら見張りの男は今話した侵入者の事が気になるせいで落ち着きがないようだった。


 そのせいで鉄格子の方へと近づくメイディアナの事にも気づかない。


「ならば早急にマスターを救出し、脱出する必要がありますね」

「誰が誰を救出して脱出するって? っと、いつの間にそんな所まで……。まあ、その鎖は特別製だ、いくらあんたでも壊せない」


 見張りの男はメイディアナの接近に驚きつつも、余裕の態度を崩さない。


 その理由は、男が顎をしゃくって示した先にある拘束用の鎖。


 頑丈そうな鎖はメイディアナの足首から壁へと繋がっていた。その長さは短く。 移動できる距離が制限されて鉄格子には触れられないようになっていた。



 が、メイディアナは鎖のことなど気にせず、鉄格子の方へ移動を続ける。


「そんな事はありません。私、無駄な争いごとは嫌いなので大人しくしておりましたが、悠長にしていられる状況ではなくなってしまったようなので、ここで失礼させていただきます」


 メイディアナはそう言うが否や、屈んで足首に繋がれた鎖を両手に持つと、あっさりと引き千切ってしまう。


 そして、側まで近づいていた鉄格子へ一気に詰め寄る。



「なっ!?」


「メイディアさん!?」


 メイディアナが鎖を断ち切った光景を見て、驚き固まる見張りの男とエルザ。



「少々お待ちを」


 メイディアナは驚くエルザへ背を向けたまま優しい声音で一言残すと、二本の鉄格子を片手でそれぞれ握り、力任せにぐにゃりと曲げてしまう。


「てめえ! グアッ!!」


 鎖を引き千切られた驚きから立ち直った見張りの男が剣を抜こうとするも、メイディアナの打ち出した拳の方が速かった。


 見張りの男の顔面にメイディアナが振るった拳が見事にめり込み、昏倒させる。


「さあ、行きましょうか」


 全てを終えたメイディアナは振り返り、エルザへ笑顔で手を指し伸ばした。


「……は、はい」


 エルザは驚きの展開にパタパタと慌てつつメイディアナの手を取る。


 二人は手を取り合うと檻を脱出し、巨大な通路へと出た。



 ――対象発見! 対象発見! 担当各位は至急五階へ移動して下さい。繰り返します……。



 と、ここで警報が鳴る。


 警報は侵入者の発見を告げるものだった。


「え?」


 警報を聞いたエルザは慌てて立ち止まってしまう。


「大丈夫、脱走とは言ってないですし、私たちのことではないでしょう。きっと先ほどの見張りが言っていた侵入者のことですね」


 驚くエルザの肩を抱き、落ち着かせながら冷静に呟くメイディアナ。


 メイディアナは聞き取った警報の内容と落ち着きがなかった見張りの男が話していた内容から、手練れの侵入者が地下五階まで侵入したのだと考えた。


(これは好機かもしれませんね)


 侵入者に気を取られてくれれば、ラクルの救出と三人での脱出が簡単になるかもしれない。


 そう考えると今まで身体を支配していた極度の緊張が少し和らぐのを感じた。



 ――と、二人が警報に気を取られていると、眼前の十字路から新たな兵士が複数駆けつけた。


 兵士たちはメイディアナ達を目撃すると驚きの表情を見せて立ち止まる。


「なっ!? なぜ牢から出ている!」

「大人しく牢に戻れ! 今は侵入者が出て、ただでさえも面倒だというのに!」


 どうやら兵士たちは警報を聞いて地下五階へと向かう途中に偶然メイディアナ達と遭遇してしまったようだった。


(そう簡単に好機到来とはいきませんか)


 兵士たちとの予想外の鉢合わせにメイディアナは眉根を寄せる。


 牢を出て大した距離も進んでいない内に運悪くたまたま通りかかった兵士たちに行く手を遮られてしまっては表情が曇るのも仕方がない。



 ここまで移動を開始してからずっと一本道が続いていたため、逃げ道として残っている後方へ走れば牢に逆戻りとなってしまう。


 だが、眼前の兵士たちを退ければ、その先には十字路という新たな選択肢が現れるのも事実。



 ラクル救出を急いたメイディアナは眼前に立ち塞がる兵士たちを突破しようと腹を決める。


「申し訳ありませんが承諾しかねます。こちらとしてはその混乱に乗じて逃げさせていただきたいので」


 エルザを背に庇いながら兵士たちの方へと一歩前に出るメイディアナ。


「抵抗せずに牢に戻れば痛い目にあわずに済むぞ?」

「この人数だ。無駄な足掻きはよせ」


 兵士たちは抜剣すると、じりじりとメイディアナ達との距離を詰めはじめた。


「仕方ありませんね。エルザさん少し下がっていてください」

「は、はい」


 メイディアナの腕に押されるようにしてエルザが後退る。


「行きます!」


 大量の兵士に取り囲まれたメイディアナは抵抗を決意し、力を解放する。



 すると力の解放と同時に腕部が伸張しはじめる。


 腕は伸びただけでなく筋肉が凄まじい勢いで発達し、みるみる太くなっていく。


 腕部の巨大化は勢いを増し、服の袖を破っても尚おさまらない。



 特に肘から下が異常に長く太くなり、手にいたっては顔の二倍以上の大きさとなった。


 そんな手が床に着きそうになったところで巨大化がおさまり、腕全体がまるでオーガを思わせるように赤く染まる。


「マスターから緊急時には力を使って構わないと、あらかじめ許可を得ています。怪我をしたくなければ道を開けて下さい」


 巨大化した腕を構え、メイディアナが地を蹴る。



「こ、こけおどしだ! やれっ!」

「うおおおおおっ!」


 メイディアナの変身に驚いた兵士がうろたえながらも剣を抜き、斬りかかろうとする。


「はあっっ!」


 しかし、メイディアナはそんな切りかかった二人の兵士目がけて両腕を突き出す。


 突き出された巨腕はメイディアナへ向けられた剣を砕きつつ二人の兵士を彼方へと吹き飛ばした。



 残された兵士たちは無言となり、メイディアナの巨腕によって凄まじい距離を飛翔する羽目となった同僚の行方を目で追う。


「だから言ったでしょう? どうなっても知りませんよ?」


 拳を引き戻し、再び構えを取るメイディアナ。


「くっそおおおおお!」


 沈黙を破り、新たな兵士が新たな斬り掛かる


「無駄です」


 メイディアナは迫り来る剣を片手で受け止める。そしてもう片方の腕を伸ばすと、大きくなった手で相手の頭を握りこむ。そして躊躇のない圧搾。


 メイディアナが握りこんだ手中からゴキリと骨が砕ける音と共に水気が滴る音が混じる。


「ふんっ」


 メイディアナはそんな頭部を絞った兵士を力任せに投げつけた。


 凄まじい勢いで投擲された死体に巻き込まれ、三人の兵士が成す術もなく吹き飛ぶ。



 残された兵士たちはメイディアナの強大な力を目撃し、ジリジリと後退しはじめる。


「同時だ! 同時にかかれっ! 俺に続けぇえええっ!」


 と、そこで一人の兵士が自分を鼓舞するように大声で叫びつつ飛び出した。


「そ、そうだ相手は一人だっ!」

「くそっ、たかが一人にぃいいいっ」

「くらええええっ」

「死ねぇえええええっ」


 その行動がきっかけとなり、残りの兵士たちも一気に飛び出す。


 メイディアナへと飛び出した兵士は五人。


 構えを取ったメイディアナが静かに迎え撃つ。


「はあっ! ヤアアッ!」


 メイディアナははじめに斬りかかってきた一人の剣を巨腕で防ぐと、次に現れた一人を殴り飛ばす。殴られた兵士は顔面を粉砕され、その場に崩れ落ちた。


 そして間髪入れずに剣を防いでいた兵士目がけて拳を振るう。



 巨拳は剣を粉砕しながら兵士を大きく吹き飛ばした。


 労せず、二人撃退。


「グッ」


 しかし、ここで隙を突かれて体側を斬られてしまう。


「はあああっ!」


 メイディアナは傷に構わず、斬ってきた相手の胴を掴んで粉砕。


 さらに裏拳を放つようにしてもう片方の拳で大きく薙ぐ。


「何っ!?」

「うおぁあっ」


 大きく振り抜かれたメイディアナの裏拳によって、迫ってきていた兵士達が巨腕と壁に挟まれ無残な音を立ててひしゃげる。


 ――これで三人。


 計五人を全滅させたこととなる。


「ふぅ、何とかなりましたね……」


 通路の壁の染みとなった兵士たちから腕を引き抜くとエルザの方へと振り返った。


「だ、大丈夫ですか?」


 兵士の全滅を確認し、エルザが驚きの表情でメイディアナへと駆け寄って来る。


「ええ、傷は浅いです。さあ、マスターを捜しに行きましょう」

「は、はい」


 負傷は軽度と伝え、エルザへと笑顔を向けるメイディアナ。


 その言葉を聞き、ほっと安どの表情を見せるエルザ。



 二人はラクルを救出するべく、捜索を再開する。



 ◆



 ――メイディアナとエルザが脱出を試みる数刻前――


 昔取った杵柄よろしくギャング時代のツテを頼りに情報屋を見つけたドンナは攫われたラクル達の追跡に成功していた。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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