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4 マイケルさんです

 

(んん? これはまた……)


 ミックが言う所の第二の入口へ到着するなり諦めの感情が俺の心を支配する。



 地下一階は広大な地下駐車場のような印象を与えてくれる場所だった。



 何の装飾もないコンクリのような質感で、直方体の空間がどこまでも広がっていたのだ。崩落しないよう、等間隔に鋭利に直角な柱が建ち並んでいるのが無機質さを演出している。


 そんな空間には多数の兵士がおり、なにやら作業をしている者もいれば、警戒態勢を取っている者もいる。地上とは打って変わって、地下一階に滞在する兵士の数は異常に多く、広い空間の割に人口密度が半端なかった。


 これでは誰にも見つからずに施設内へ進入するのは難しい。とにもかくにも死角がないのである。死角になりそうなところには、もれなく見張りがいる始末。


(行けるところまで行くか……)


 通路の壁に背を預けて内部の様子を窺っていた俺は意を決して飛び出す。


 素早く近くの柱まで接近し、背を張りつけると顔だけ出して先の様子を窺う。


(……もうつらいんですけど)


 これ以上の進行は絶対に見つかる、そう確信を得られる人員配置。


 一応兵士の服は着ているので外見で怪しまれる事はないと思うが、だからといって思い切って飛び出す勇気も湧かない。


(どうしたもんか……。おっ、そうだ)


 と、ここで今俺がもたれかかっている柱の存在に気付く。


 こいつをよじ登って柱の間を飛び移れば、なんとかなるかもしれない。


 スキルで音と気配を消した状態なら、人の中を進むより増しだろう。



 そう考えた俺は早速【跳躍】を使い、柱の側で垂直ジャンプを敢行。


 ジャンプの頂点に達した時点で【張り付く】を発動し柱にへばりつく。そして【張り付く】を解除した瞬間に柱を蹴って再度【跳躍】。同じ要領で柱に張り付くと一息つく。


(よし、この位の高さまでくれば大丈夫だな。後は横へ移動だ……)


 十分な高さを確保した俺は【張り付く】を解除すると、じりじりと柱の側面を伝って周りこみ、次の目標にする柱が見える場所まで移動する。


 滑り落ちそうになると、すかさず【張り付く】を発動し、なんとかかんとか移動を遂げる。



 身体を落ち着けて次の行く先を見定めると、飛び移るべき柱は十メートル以上先にあった。


 角度をつけた水平方向への【跳躍】は余り飛距離が出ないが、落下しながらなのでなんとか向こうまで到達できるはずだ。


 届かなければ【縮地】での微調整も出来るので問題ない。



(行くぞ!)


 気を引き締めなおした俺は狙いを定めて【跳躍】を発動。


 次の目的地である柱へ向けて跳躍する。


 というか水平方向にゆるやかな落下といった方が近いかもしれない。


 空中へと身を投げ出した俺は、ブランコを思いっきり漕いだときや高所を見下ろしたときに感じる下っ腹のくすぐったさに顔をしかめながら、眼前に迫る柱を見据える。


 そして、腹からプールに落ちたときに出るベッターンとかいう効果音が似合いそうなほど綺麗に柱へしがみ付く。無事飛距離が足り、次の柱への移動を完了した。



(うし、これで一気に進んだな……)


 柱から柱への飛び移りをやり遂げて一息つき、【張り付く】を解除して全身が安定できる姿勢を探そうとした瞬間、それは起きた。


 踏ん張っていた足元のコンクリが欠けて、地面へ落下したのだ。


 欠けたといっても微量。



 下に誰がいようとも、事故にも怪我にもつながらない小さな欠片だった。


 が、隠れて移動中の俺にとっては致命的な分量だった。


 欠片が落ち、その側にいた兵士が落下音に気付いて上を見上げる。


 とても自然な因果関係だった。



「……おい、何やってんだお前?」


 それが柱の上方にへばりついて顔をしかめている俺にかけられた第一声だった。


「そ、掃除……、いや、修理です、修理」


 ヘヘッと変な顔で苦笑いしながら眼下の男へ告げる俺。


 駄目だ。


 絶対駄目だわ、これ。



 などと思っているうちに、人が数人集まり出す。


 ――そして。



「いいから降りて来い! さっさとせんか!」


 なんかその中でも一番偉そうな人が怒鳴りだした。


「はい……」


 怒鳴られてしゅんとなった俺は止む無く降りることを決意する。



 ここで全てを無視して逃げてしまうという手もあるが場所が悪い。


 どこの誰が考えた方法か知らないが、俺は今、柱の上方にいる。この状況で飛び回って逃走しても逃げられる場所や方向が限られ、非常に苦しい。まあ、いい結果には繋がらないのである。



 それならまだ一旦降りて機を窺う方が得策だ。


 兵士の服を拝借して変装しているし、ごまかしも効くはず。



「す、すいませんでした」


 シュルシュルとスムーズに柱を滑るように降りた俺は俯いた状態をキープして謝罪。


 顔はなるべく見られない方がいいだろうという判断からの低姿勢だった。


「見ない顔だな。お前どこの所属だ?」


 すると偉そうな人から難しい質問が来る。


「マイケルさんです」


 破れかぶれの回答であった。



 こんなことなら軍隊の階級とか会話形式を学んでおけば良かったと心の底から後悔する。


 そんなもん知るわけないわ! という逆切れ気味かつ、開き直ったマイケル発言。せめて突き進む前に【聞き耳】で色々な情報を得ておくべきだったと今更に後悔する。


「そうか、マイケルか。ならこっちを手伝ってくれ。着いて来い!」

「は、はい」


 が、話が通じ、案外うまくいった。


 俺、有能。



「ボルズ! ヴァダル! お前らも来い!」


「「は」」


 と、偉そうな人は新たに二人を追加する。


(ん?)


 二人の兵士が追加に入ったところで違和感に気付く。


 偉そうな人が先頭、次に偉いケンタが二番目、そしてボルズとヴァダルという奴が俺を挟むようにして一歩後方。


 なんか配置がおかしい。これって包囲されてないだろうか……。


 いやーな予感がしてキョロキョロしてると。


「何やってる! さっさと着いて来い!」


 偉そうな人からお叱りの言葉が飛ぶ。


「す、すみません」


 俺は慌てて謝り、遅れないように着いて行こうとした次の瞬間、後頭部に衝撃が走り意識を失ってしまう。



 ――そして。


「……う」


 何もない部屋で、椅子に拘束された状態での起床。


 眼前にはヴァダルが立ち、ボルズは退室していった。



 ――結局、俺が不審人物ということは最初からバレていたのだ。


 向こうはそれを承知の上で会話をあわせていただけの話だったのである。


 部屋に残ったヴァダルは俺が何者で何をしに来たのかを何度も尋ねてきたが、その度に軽口叩いて返していると質問が拳へと代わってしまう。


 質問に飽きて俺を三発殴ったヴァダルは俺の呻き声を聞き、満足そうに自分の腹を撫でていた。そしてまた拳を振りかぶる――。と、部屋の扉が開き、男が現れた。


「何か用か? 今いいところなんだが」


 ヴァダルが面倒臭そうな顔で現れた男に毒づく。


 扉を開けて部屋に入ってきたのは俺をこの部屋へと連行したもう一人の男だった。


 確かボルズ。



 この部屋で拘束された後、ボルズはすぐ部屋を出て行った。


 残されたのは俺とヴァダルだけであり、今まで二人っきりの状況がずっと続いていたのである。


「おい、召集だ。急げ」


 淡々とした感じでボルズがヴァダルへ呼びかける。


「あ? こいつはどうするんだ」


 不満げな表情をあらわにしたヴァダルは、椅子に拘束された俺を見下ろしながらボルズに尋ねた。


「後回しだ。新しいお客さんらしいから、そいつもまとめてってことになるんだろうさ」

「分かった」


 ボルズの説明を聞き、納得したヴァダルが俺に背を向け、のっしのっしと歩き出す。


 部屋の入口にいたボルズはヴァダルそんな重い動作を見てため息をつく。そして腕組みをして壁にもたれかかって目を閉じると、しばらくかかるであろうヴァダルの到着を待ちはじめた。


(よ〜し、……こっちを見るなよ〜)


 俺はそのタイミングで姿勢を固定したまま手錠に触れてアイテムボックスに収納する。



 そしてアイテムボックスから手錠の代わりに鉄杭を取り出すと、俺に背を向けて部屋から出ようとするヴァダルと、目を閉じて壁にもたれかかっているボルズ目がけて投げつけた。



 鉄杭は狙いたがわず、男たちの頭部へと命中する。


 俺はすかさず足の手錠に触れ、アイテムボックスにしまいこむと急いで立ち上がる。


 そして走って部屋の出入り口まで向かうと、二人の死体を室内へ引き入れ、扉を閉めた。


「ふぃ」


 これで、外からは何が起こったか分からない。


「捕まったせいで余計な仕事が増えたな」


 俺は口から垂れる血を手で拭いながらため息をついた。


 そして取りあげられた装備類が置かれたテーブルへ移動し回収する。


(新しいお客さんとか言ってたけど、ミックも見つかってしまったってことか……。急がないとな)


 取り戻した装備を粛々と着けていく中、ついさっきボルズとヴァダルが話していた会話の内容が頭をよぎる。


 やはりあれだけ人が大量にいる正面入口を突破するのはミックでも難易度が高かったのだろう。などと考えながら全ての装備を着け終え、最後に片手剣を腰に差し終える頃、勢いよく扉が開かれた。



 驚きつつも剣を抜いて構えると、そこにはミックが立っていた。


 ミックは殴られた俺の顔と部屋の惨状を見て軽くため息をつく。


「おいおい、俺みたいにもっとスマートにやれないのかよ」

「ッ!? 無事だったのか?」


 てっきり今聞いた会話から、俺と同様に捕まったか交戦中だと思っていたが、眼前に立つミックは傷一つなく平然としている。


「麗しい案内人付きだったんだから当たり前だろ? まあ、お前は無事じゃなかったみたいだがな。そのままじっとしてれば最下層一歩手前の地下十三階にある牢まで連行されたのに惜しかったな?」

「う、うるせえな。今、もう一人見つかったみたいな会話を聞いたから気にしてたんだよ」


 ミックが無事ということは俺たち以外にも侵入者がいるということなのだろうか。


「確かにざわついている気配はある。だが好都合だ。今の内に一気に研究棟まで行くぞ」

「分かったよ。で、ここからは? 結局聞いてないぞ」


 ミックの言葉に俺はうなずき返す。確かに今の混乱を利用すれば、進行が楽になりそうだ。


「おう、まずはここを目指す、そしてここを通って地下八階にある研究棟へ一直線だ。都合良く俺たち以外に注意が向いてるから、今がチャンスだ」


 壁に向かって施設の見取り図を広げたミックは現在地から次の目的地である研究棟までのルートを指し示してくれる。


「なるほど、それなら少し時間がありそうだし、その一個上にある俺のために作られたと思わしきVIP室で休んでいこうぜ」


 などと冗談を挟んでみる。


 実際、ミックが持つ見取り図を見ると研究棟の一個上に当たる地下七階は来客用の層なのかVIP室だらけとなっていた。


「まあ、お前のために作られたってのは悪くない言葉だな。なんせそこは誘拐してきた学者や魔法使いがSHB開発に強制参加してもらうために監禁宿泊される場所だからな。どうだ、もう一回閉じ込められてくるか?」


 ミックがしたり顔でニヤリと笑う。


「もういいっつうの! というか、それなら監禁されてる人たちを助けなくていいのか?」


 なんとそこはVIPとは名ばかりの監禁場所。確かにミックの説明を聞いた後だと下に研究棟があるし移動に便利だよね、とは思った。そして、捕らえられている人がいるのなら助けた方がいいのでは、とも思うわけで。


「死人は助けられんな。そういった人たちが攫われたのは開発初期だ。SHBが完成した今となっては用済みとして処理されている。残念な話だが、その辺りは見取り図を手に入れたときに調査済みだ」


「そうか、分かった」


 俺はミックの回答に静かに頷く。


 こういった機密臭溢れるものに関わった場合、外部に情報が漏れないように用が済んだら消されるってのはありそうな話だ。そう説明されるとSHBが発射されるかもしれないという今の段階では、そういった人たちはすでに亡くなっていてもおかしくない。


 ミックの仲間が俺たちが来る前にちゃんと調べたようだし、それ以降に新たに人が攫われてでも来ない限り、無人に近い層ということなんだろう。まあ、発射間近の今になって新たに人が攫われてくるとも考えにくいし、誰もいないというのは間違い無さそうだ。


「分かったらさっさと行くぞ?」


 俺が納得するのを確認したミックは見取り図を懐にしまうと、ヒラヒラと手を振ってみせる。


「はいはい、仰せのままに」


 俺はミックに返事をしながら見取り図のルートを頭に叩き込む。


 見取り図を確認する限り、ここから研究棟まではかなり距離がある。



 研究棟は地下八階、今度は見つからないように進行したいものだ。



 ◆



「ふぅ」


 周囲の警戒を終えたヴィンセントは軽くため息を吐いた。



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